アナザとの初めての出会い
「だから、駄目だと言っているだろう!」
父の怒鳴り声が家中に響き渡る。
思わず一瞬ビクッとしてしまった。
だが、俺も負けじと声を荒げて父に言い返す。
「なんでだよ! それくらいいいじゃないか!」
俺が言い返したことにより、父の眉がより一層吊り上がった。
「いいはずがないだろう! 絶対に認めないからな、お前が冒険者になるなんて!」
――ただいま、父と絶賛喧嘩中である。
経緯は簡単で、あのあと俺は直ぐに村へ戻った。
村へ戻ると知り合いのオジサンやオバサン数人に心配され、胸が暖かくなりながら、俺は帰宅した。
そして、俺は自分の家のドアを開けたと同時にこう言い放った。俺冒険者になりたい、と。
――あとはご覧の通りだ。それからずっと俺は父と同じことで言い争っている。ちなみに母は特に口を挟まず黙って見守っている。
「じゃあ、どうすればいいんだよ!」
「どうもしなければいいだろう! わざわざ自分から危険に飛び込むことはない」
「っ……」
父の言っていることは正論だ。恐らくこのままいっても父を言い負かすことは出来ないだろう。
なので俺は撤退という選択をする。
「もういい、部屋に戻ってる」
俺は一つため息を吐くと、椅子から立ち上がり部屋を出る。
「待ちなさい! 父さんはお前を心配して――」
――バタン。
俺はドアを閉めて父の言葉を途中で遮った。
もちろん父の、子を心配するその気持ちは分かっているつもりだ。だが、それでも俺は冒険者に、自由になりたいのだ。
そのためには、親の気持ちを裏切らなれけばならない。
俺は多少の罪悪感を胸に抱きつつ、そのまま物置小屋に向けて歩を進めた。
◇◆◇◆◇
さて、そろそろだろうか。
壁に掛かっている時計に目を向けると、今は午後の十時。村のみんなが寝静まった時間帯だ。
それを見計らって静かに俺は動き出す。
パンパンに詰め込んだバッグを背負い、父と稽古の時に使っている自分専用の槍を持って、俺は開いている窓から外に出た。
この村には外灯がないため、夜は完全な闇に包まれるのだが、俺には問題なく行動が出来る。
というのも、【闇墜ち】の初級魔法『暗視』を発動しているためだ。
本当はこのギフトの魔法は使いたくなかったのだが、まあ、中級以下の魔法は通常通り魔力を使用して発動するので恐らく大丈夫だ。
よし、取り敢えず誰かにバレないうちにさっさと行動しよう。
俺は念の為辺りを一度軽く見渡してから、すぐに村の入り口に向かって走り出す。
――ちなみに何故俺は今こんなことをしているかというと、冒険者になるため村を密かに脱出しようしているところなのだ。
冒険者になることを父に反対されてしまった以上、このまま村から出ることは許されないだろうからな。そもそも村に生まれた人間が村から出ること自体殆ど無いだろうし。
まあ、街に着くまでどのくらい時間が掛かるかは分からないが、【身体能力上昇】のアクティブスキルを使って夜通し走れば割とすぐに着くだろう。仮に時間が掛かっても、念の為にバッグには数日分の食料が入っているので問題は無い。水は魔法でなんとかなるしな。
やっぱり魔法って便利だな。
そんな事を考えているうちに俺は村の入り口に着いた。
俺は振り返り、村を見る。
俺をここまで育ててくれた村だ。村のみんな、特に両親には本当に感謝の気持ちで一杯だ。まあ、だったら黙って親の言うことを聞けっていう話になるのだが、やはりそれは出来ない。俺は冒険者になって、この自由な世界を駆け巡り、幸せな家庭を手に入れるのだ。
ただ、この感謝の気持ちは本物だ。
「今まで、本当にありがとうございました」
そう言って俺は頭を下げた。
本来ならちゃんとした形で両親に言いたかったのだが、こうなってしまった以上仕方がないだろう。
頭を上げて、俺はもう一度自分の育った村を見る。
……冒険者というのがどれ程危険なのかは俺には分からない。ただ俺が冒険者になりたいと言った時の父の反応をみるに、この光景を眺めるのがこれで最後になる可能性は非常に高い。
だからこそ、俺は誓おう。絶対に死なないと。
「……よし、そろそろ行くか」
そうして村を十分に眺めた俺は、決意を胸に納め街に向かって走り出した。
◇◆◇◆◇
途中で休憩を挟みながらも、走り始めてから数時間が経った。
周りが草木に囲まれているということもあって、辺りはまだ薄暗いが、見れば東の空はうっすらとオレンジ色に染まっている。
次第に明るくなってきた空を見上げ、そろそろ休もうかと足を止めたところで俺はあることに気が付いた。
「――あ、金持ってくんの忘れた」
急いでポケットやバッグの中を漁るが、持ってきていないのだから、入っているはずがない。
「……やっちまった」
たしか街に入るには入市税とやらが必要だったはず。それを払えなければ街に入ることは出来ない。
……マジか。どうしよう。
普通ならばここはおとなしく村に戻るところなのだろうが、黙って村を抜け出してきた事を考えると、そんなことは出来るはずがない。
仮に戻ったとしてもなんて言えばいいんだ?
冒険者になりたくて夜に村を抜け出たんだけど、入市税が払えなかったから戻ってきちゃった☆ってか。
馬鹿だろう。間違いなくそこで捕縛されて終わりだ。
だが、村に戻る以外に道がないのも事実なのだ。
どうしようか……。
何かいい案が浮かばないかとしばらくウロウロしていると、ふいに道を挟んだ向こう側の茂みガサガサと音を立てた。
何っ!?
俺は反射的に木の後ろに隠れ息を潜める。
たしか、この辺りには山賊がいるのだと両親から聞いたことがあった。
そのため今まで俺は道ではなく、道に沿うように林の中を走ってきたのだが……気が付かれたのだろうか。
いや、もしかしたら山賊ではなく魔物――ゴブリンやスライムなんかの可能性もある。ゴブリンならまだなんとかなるが、酸で攻撃をしてくるスライムだった場合は戦わずに逃げた方がいい。
そうして直ぐに逃げられる体勢になりながら、茂みに注意深く視線を向けていると、やがてその茂みを掻き分けるようにして現れたのは――。
――冒険者……?
茂みから姿を現したのは、白銀の金属鎧に見を包んだ金髪碧眼のイケメンだった。右手にはなんか凄そうな剣を持っており、イメージ的には冒険者になったばかりの貴族のお坊ちゃん、といった感じだろうか。年齢も若く、もしかしたら俺と同じくらいかもしれない。
顔も爽やかなイケメンで、山賊や人殺しといった単語とは無縁そうな優しい青年といった印象を受ける。――が、彼から漂ってくる血の臭いがそれらを否定している。
……もしかして山賊の線もありえるか?
注意深く観察していると、イケメンは俺の進行方向と同じ方向に歩き出した。
俺もバレないように静かにイケメンの後を追う。
たしかこの道の先には俺が向かっていた街しかなかったはずだ。ということは、やはりこのイケメンは冒険者なのだろうか。
そうしてイケメンの後を追うこと数分。ここで俺はある違和感に気が付いた。
……流石に隙が多すぎないか?
見ると、イケメンは道のど真ん中を堂々と歩いている。周囲を警戒している様子も全くなく、歩き方も自然な――いや、自然過ぎて逆に不自然だと感じるほどだ。
冒険者であれば、この辺りには山賊がいることは知っているはずだ。にも関わらず、こんなにも無防備な姿を曝け出しているということは――。
――もしかして俺、バレてる……?
それか誘われているのか。仮にそうだった場合、どちらにしろマズい。ここは、自分から出ていった方が得策だろう。
そう思って、イケメンに声をかけようと口を開き――嫌な想像が脳裏をかすめ、俺は開きかけた口をギュッと結ぶ。
待てよ? もしこのイケメンが山賊だったらどうする。自分は山賊だから、襲われないと分かっているからこそ、こんなにも大胆に歩けるのかもしれない。
そうだとした場合、仮にここで俺が出ていったところで、俺はそのなんか凄そうな剣の錆びになるだけだ。
……だとしたら、ここは素直に逃げる方がいいか? いや、イケメンの本当の狙いはこれで、俺が逃げようと背を向けた瞬間に斬り掛かってくる可能性もある。でも、そう考えると――
様々な考えが頭の中を逡巡するが、どう考えても最後は剣の錆になる未来しか見えない。そうして迷いに迷った挙げ句、俺が出した答えは――。
――ヨシ。オレ、アイツ、ヤル。
忘れていたが、この世界は殺るか殺られるかなのだ。だったら自分が殺る側の方が断然いい。それに、もしかしたら入市税も払えるようになるかもしれない。
考えながら、俺はイケメンの装備を注意深く観察する。殆どが鎧で覆われているが、唯一頭だけは何も着けていないようだ。
狙うなら頭か。あとは、少しでもダメージが通るようにギリギリまで近づくか。
俺はバレないようにしながらイケメンとの距離を詰める。ギリギリとはいっても、五メートルほど感覚はあるが仕方がない。
――よし、今っ!
俺はイケメンの頭に狙いをつけながら、タイミングを見計らって飛び出した。しかし、イケメンは足を止めただけで、特に反応はない。
クソ、やっぱりバレてたか!
飛び出したことに少し後悔の念を抱きつつ、俺は大声で叫んだ。
「おらぁ! 初級風魔法エアカッター!」
言いながら、俺は心の中で中級の水魔法『アクアショット』――魔力を大量に込めた為威力は上級魔法と変わらない――を発動させる。
イケメンはそんな俺に背を向けたまま、風魔法に相性が良い初級の火魔法を発動させた。
「はぁ。『ファイヤーウォール』」
イケメンの周りに炎の壁が出来る。
しかし、俺が大量に魔力を込めた『アクアショット』は、イケメンが発生させた炎の壁をぶち破り、そのまま狙い定めた通りイケメンにヘッドショットした。
「え?」
イケメンが小さく声を挙げる。
更にイケメンが「なに……!?」と小さく驚いたような声を挙げると、地面に前のめりになって倒れ込んだ。
だが、これは恐らく気絶したと見せかけたイケメンの罠だ。俺が油断したろころを一突きにする作戦だろう。
俺は倒れ込んだイケメンから距離を取ると、もう一度魔法を発動させる。
「いくぞ! 風魔法『エアハンマー』!」
今度はフェイクなしの中級魔法だ。さて、ここからイケメンはどんな動きをするのか。魔力が残り少ないからできれば近距離戦に持ち込みたい――なに?
防がれると思っていた『エアハンマー』が、そのまま倒れ込んでいるイケメンの体に叩き込まれた。
……どういうことだ? 俺の魔力を減らす作戦? ――だったらこれならどうだ!
俺は急いでバッグから紫色の液体が入ったビンを取り出し、それをイケメン目掛けて投げつける。
ちなみに中身は紫色に着色した、ただの水だ。しかし、見た目は毒のポーションと何ら変わりはない。
イケメンがどんな作戦を考えているのかは知らないが、流石にこれは避けるなり魔法を使って打ち落とすなりと何かしら行動するはずだ。そう思っていたのだが――。
――パリン!
俺が投げつけたビンは、またもや防がれる事なくイケメンに直撃した。
マジか! これがポーションじゃないと分かっていたのか? だが、それにしてもここで動かないのはリスクが大きいはずだ。では何故……。
ここまで考えて、俺はある可能性に行き着いた。
……もしかして、本当に気絶しているのか?
確認のため、俺は近くに落ちていた手頃な石をイケメン目掛けて割と強めに投擲する。
――ゴツ!
石がイケメンに命中するが、やはりイケメンは動かない。
……あれ。これ、本当に気絶してるっぽいな。
とはいえ、まだ油断は出来ない。俺は、何があっても動けるように【身体能力上昇】のアクティブスキルを使ってから、倒れているイケメンに慎重に近づく。
そしてある程度近くまで来た俺は、持っていた槍でチョンチョンと軽くイケメンを小突く。しかし、イケメンには動く気配が無かった。
ここまでやって、俺は確信した。
「勝った」