【闇墜ち】
最上級クラス【闇墜ち】
朝起きたら俺のギフト一覧に変なギフトが追加されていた。
なんだ、これ……?昨日の夜まではこんなギフトはなかったはず。それにしても最上級クラスだと?
うーん? ……取り敢えず起きるか
ベッドから起き上がり軽く伸びをする。
「あー……」
背中がポキポキ鳴って気持ちいい。
体を起こした俺は、改めて頭の中に浮かぶギフトに目をむける。
さて、このギフトは一体なんなんだ? 最上級クラスというのは、この世界ではトップクラスに強いギフトだったはず。それがなんで俺に?
そして何よりも判らないのが、このギフトの【闇墜ち】という名前だ。
……この闇墜ちというのは、世間一般的な意味合いとして思っていいのだろうか。そうだとした場合、俺に闇墜ちの要素は無かったはずだ。
別に、長年一緒に戦ってきた友人が殺された訳でもないし、誰か大切なひと……を……
ここで俺は昨日の出来事を思いだす。
……そういえば、そうだったな。
「はぁ……」
大きくため息を吐きながら、壁にもたれかかる。
……どうしようか。
急な脱力感に襲われ、しばらく虚空をボーッと見つめていると、ふいに壁に掛かっている時計に目が向いた。
時計を見ると、今は午前七時。エクシアたちが村を出発するのは七時半のはずだから、もうそろそろか。まあ、見送りなんて出来るはずがないのだが。
「はぁ……」
もう一度ため息を吐いて、俺は重くなった足に力を込めてなんとか立ち上がる。
……まあ、しょうがないか。
いくら現実逃避をしようが、エクシアは戻ってこない。それに、ブサイクだからという理由だけで生じる理不尽な出来事には前世でもたくさん体験してきたのだ。こういう時はいつまでも思い悩まず、全て忘れた方がいい。俺がいくら苦しもうが、相手はそんなこと気にもしていないだろうしな。
「よしっ!」
自分で元気を出すために、少し大きめの声をあげる。
エクシアのことは忘れよう。もうブサイクだった俺が悪いってことで全て解決だ。
さて、と。気持ちを入れ替えた俺は、改めて頭の中に浮かぶギフトをみる。
取り敢えず、この【闇墜ち】というのは昨日の出来事が関係しているということで恐らく間違いないだろう。
墜ちた、とは未だに自分では思っていないのだが、この【闇墜ち】というギフトを得てしまっている以上これは事実なのだろう。
もしかしたら自分ではそう思えていないだけで、無意識のうちに何か変わっているのかもしれない。
……だとしたら自分が怖いな。
そんなことを思いながら、他のギフトと同じように【闇墜ち】のギフトを選択する。
すると、頭の中に初級から最上級クラスまでの魔法の名前がズラリと並んだ。
魔法名を一通り確認するが、やはり見たことがない魔法ばっかりだ。とはいえ、そもそも魔法がそれほど詳しいという訳でもないので、単純に俺が知らないだけでどこにでもある魔法という可能性もあるが。
取り敢えず、適当に初級から魔法を発動させてみるか。起きたばっかで魔力量は満タンな訳だし。
俺は初級魔法の中から適当に『不快音』の魔法を選択する。それと同時に自分の魔力が消費される感覚があり、そして――
――俺の頭の中に、黒板を爪で引っ掻いたようなギィーという不快な音が響き渡る。
……おぉう。朝からこの音はキツい。いや、初級程度なら大丈夫だろうと確認しなかった俺の自業自得か。
次から気を付けよう。
そうして初級、中級魔法を次々と発動していく。今のところ、これといって変わったことは特にない。
さて、中級以下の魔法はこれくらいでいいだろう。次は上級魔法だ。とはいえ、上級以上は俺も初めてなのだ。しっかりと注意しなければいけない。
前に魔法を暴発させてしまったことを思い出しながら、俺は慎重に上級魔法『幻影』を発動させる。
……うん? 魔力が消費されない?
代わりに、俺の中に何か良くないものが溜まっていく感覚があった。
……なんだこれ、なんか気持ち悪い。もしかして上級の魔法はみんなこんな感じなのか? いや、でも父さんと母さんはそんなことは一言も……。
俺が考えに耽っていると、突如目の前の空間がグニャリと歪んだ。そして、その空間が少しずつ人間の形になっていく。
恐らく『幻影』の魔法が発動したのだろう。そうとは分かっていたが、いきなり空間が歪むと本当にびっくりする。
黙ってみていると、その人間の形をしたものがより具体的になっていき、最後には俺の姿になった。身長や着ている服も全て一緒だ。
……マジで凄いな。本物に何もかも全て一緒だ。……だけど、わざわざその時の表情まで忠実にしなくていいじゃないか。
見ると『幻影』によって創り出された俺の顔は、目元を赤く腫らしており、口元には作り笑いを浮かべている。
なんてブサイクな顔なんだろうか。これならエクシアに言われてもしょうがないな。
すこし自虐気味になりながら、俺はその顔を手で払った。すると、俺の幻影はまるで蜃気楼のようにふっと消えていった。
……なるほど。触られると効果は消えるのか。だが、使いようによってはかなり強い魔法なのではないだろうか。
他にも何か使える魔法はないかと、危険の無さそうな上級魔法を次々と発動していく。
上級魔法を発動する時の、あの気持ち悪い感覚にはどうしても慣れることはできなさそうだ。ここら辺は後で両親に詳しく聞いておこう。
さて、次は最上級魔法を見てみるか。
見るとどうやら最上級魔法は中級や上級と比べて、魔法の数が圧倒的に少ないようだ。まあ、その分強いのだろう。
実際『記憶消去』やら何やらと恐ろしい魔法の名前が並んでいる訳だしな。
そうして一つずつ見ていると、ある魔法の名前が俺の目にとまった。
『洗脳』……?
この魔法の意味を認識した瞬間、俺の中にドス黒い感情が蠢いた。まるで自分のものではなくなったかのように、黒い感情が俺の思考を支配していく。
……この魔法をエクシアに撃ったらどうなるのだろうか?
そう考えると、いてもたってもいられなくなった。
時計を確認すると、午前七時三十分。ちょうどエクシアたちが村を出発した時間だ。今から家を出ればギリギリ間に合うかもしれない。
そう思った俺は、自分の部屋から飛び出した。
「どうしたのカカルド!」
母さんが驚いているが、今は説明をしている暇がないので無視をする。
そのまま家を出た俺は、村の入り口に向かって走る。
もし本物にエクシアを自分の思い通りに洗脳出来たのなら、何をしようか。ああそうだ、エクシアだけでなくあの勇者の仲間にも『洗脳』を試してみよう。
俺のエクシアを最初に奪ったのはアイツなんだ。それくらい許されるだろう。
口元に浮かびそうになる笑みを必死に堪えて俺は走る。
入り口に着くと、そこには既にエクシアたちの姿はなかった。
――くそ、遅かったか。
とはいえ、まだそんなに遠くへは行ってないはずだ。
近くにいたオジサンに勇者たちがどこへ向かったのかを聞き、俺は急いで勇者たちのもとへ向かう。
待っていてくれエクシア。すぐに行くよ。
◇◆◇◆◇
それから少し走っただけで、すぐに勇者たちの姿が見えてきた。
どうやら勇者共は楽しく談笑をしているようだった。美男美女というのは、ただ談笑をしているだけでも絵になる。
そして、その光景を今から俺が壊す、そう考えただけでわくわくが止まらない。
まずはエクシアからだ。
ある程度まで近づいた俺は、エクシアに向けて手をかざす。
そして、魔法を発動させようと腕に力を込め――
あ?
――突如俺の視界がガクリと揺らいだ。
何が起こったのか理解する間もなく、俺はそのまま地面に倒れ込んだ。何故か全身に力が入らない。
……なんで? 魔力切れ? いや、そんなことは……。
混乱している頭で必死に考えていると、すぐ近くから聞き覚えのある声が俺の耳に届いた。
「君は確かエクシアと幼馴染の……カカルド君だったかな。何の目的があって僕たちを追いかけて来たかは知らないけど、君からすこし魔物と同じ匂いがしたからね。悪いけど無力化させてもらったよ」
この声は、あの憎らしい勇者の声だ。
でもいつの間に? どうやって?
心にたくさんの疑問が浮かぶが、口が動かないために喋ることが出来ない。
「まあ、あと数分もすれば動けるようになるけど、もしそれでも追いかけてくるようなら……次はないから」
勇者は冷徹さを含んだ声音でそれだけ言うと、用は済んだとばかりに急にその気配が消えた。恐らくここに一瞬で来たときと同様に、瞬間移動のような魔法を使って帰ったのだろう。
……なんてチートな奴なんだ。こんなのに勝てる訳がないじゃないか。
それから少しして、勇者の言った通りに体が動けるようになった。
急いで起き上がり前を見たが、もちろんそこにエクシアたちの姿は無かった。
……俺は一体何をしたかったんだろうか。
新しく得た自分の力に溺れ、エクシアを襲おうとした挙げ句、何も出来ないまま勇者に返り討ちにされる。なんて馬鹿なんだろうか。
おかげで最悪の形でエクシアと別れることになってしまった。
今冷静になって考えると本物になんでこんな馬鹿なことをしてしまったのか。取り敢えず、俺を止めてくれた勇者には感謝すべきだろうな……。
「あぁ……」
今日何度目になるか分からないため息を吐きながら、俺はその場に座り込む。
……俺は本当に、どこで間違ってしまったのだろうか。
俺は一つずつ考えていく。
エクシアと勇者を会わせたのが一番の間違いだった?
……いや、どちらにしろ今の状態ではエクシアとの関係は破局していた可能性が高いか。
では、幼い時からエクシアに対してもっと積極的に動いた方が良かった?
……これも違う気がする。エクシアに、俺はブサイクなのだと知られた時点でいくら頑張っても結果は同じだっただろう。
では、そもそも俺が転生時に女神様に普通の顔が良いと言ったのが間違いだった?
……恐らくこれだろうな。たが、こればっかりはどうしようもない。だって、地球でいう普通の顔が異世界ではブサイクに分類されるとか一体誰に想像でき……た……?
俺の中に一つの疑問が生まれる。
いや、待てよ……? 女神様はそのことは知っていたはずだ。じゃあなんでそれを俺に教えてくれなかったんだ? 女神様はあの時俺になんて言っていた?
今まで碌に動いていなかった俺の頭が、少しずつ回転し出したのを感じながら、俺は考える。
……そういえばこの世界に転生する直前女神様が、俺の後輩について何かを言っていた気がする。
たしか「巻き込まれなければ今頃は後輩とラブラブだったでしょうに」だったか? 女神様にどういう事かと問い詰めようとしたその直後に強制的に転生させられたから、今でもその時の会話の内容は鮮明に覚えている。
なぜあの場面で女神様はあんなことを言ったのだろうか。わざわざそんなことを俺に言う必要はないはずだ。つまりこれは――
――これは、なんなんだ?
ここまで考えて、俺は言葉に詰まった。
仮に女神様が、俺がブサイクになると知っていてこの世界に転生させたとして、それが一体何になるというのだろうか。ただ俺が苦しむだけで、女神様からすればそんなのは何の意味もないはずだ。
……俺が感じた違和感は、ただの勘違いや考えすぎなのだろうか。
少し納得がいかないが、そういうものだと納得するしかない。
実際のところ俺がエクシアを襲ったのは紛れもない事実なのだ。
……これに関しては本当にエクシアに申し訳ない。
しっかりと俺が、エクシアに振られたという事実を受け止めることが出来ていたのなら【闇墜ち】なんていうギフトも手に入れることはなかった、のに……?
「……あっ」
自分で言って、ここで初めて違和感の正体に気が付いた。
そうか、ギフトだ。【闇墜ち】はギフトなんだ。
頭の中で、点と点が繋がり始めた。
俺は今まで、よくあるゲームやラノベと同じように【闇墜ち】も実際に自分が体験したから手に入れたものなのだとばかり思っていた。例えば、相手から毒の攻撃を受けたから【毒耐性】のスキルを得た、みたいな感じで。
だけど、この世界は違う。【ギフト】なんだ。
ギフトは、言葉の通り女神から与えられて初めて使えるようになる、いわば女神様からの贈り物のようなものなのだ。
つまり女神様が、今日、直接、俺に【闇墜ち】のギフトを与えたというわけだ。
生まれつき持っている先天的なもののはずなのに、ギフトが途中で新たに増える――あとから女神が直接ギフトを与える――なんてことは聞いたことがない。では、なぜ女神は俺に【闇堕ち】のギフトを今、与えたのか。
それは、女神が俺に【闇墜ち】のギフトを使わせようとしていた、ということにはならないだろうか。つまり、俺は女神の思惑通りに動いてしまっていたということだ。
ブサイクとして転生し、それが原因で幼馴染に振られ、挙句の果てには勇者に幼馴染を奪われ、俺は【闇墜ち】のギフトを手に入れた。
【闇墜ち】のギフトを手に入れた過程としては、とても自然な流れだ。
そして【闇墜ち】のギフトを使ってどうなったか。
……自我を失いエクシアに襲いかかった。しかし、自我を失ったのは【闇墜ち】を使った影響なのでは、と俺は思っている。
というのも、【闇墜ち】の上級魔法を発動させた時に自分の中に何かよくないものが溜まった感覚があったのを忘れてはいない。
恐らくこれが自我を失った原因、そして女神が俺に【闇墜ち】を使わせたかった理由だと思う。
仮に【闇墜ち】の等級の高い魔法を使うほど自分の中に何かよくないものが溜まるのだとしたら、女神の目的は俺に最上級魔法を使わせることだったのではないだろうか。だとしたら勇者に止められて正解だった。
もちろん、これは俺のただの妄想に過ぎない。本当かどうかなんて全く分からないし、見落としも沢山あるだろう。
それどころか、エクシアを襲った自分を正当化したいがためにこんなことを考えているのかもしれない。
だが、もしもこれが本当だった場合、俺は長い間女神の手の平の上で踊らされていた、ということになるわけだ。
……つまり俺がエクシアに振られるのも、エクシアが勇者に奪われるのも、全て女神のシナリオ通りだったということだ。
……だとしたら、本当にふざけないでほしい。俺がどれだけ――
「……はぁ」
熱くなった息を吐き出し、体の中に新鮮な空気を送り込む。
冷静にならないと。
取り敢えず、これからは【闇墜ち】のギフトを使わないように気を付けないといけない。仮に使うとしても、通常に発動する中級までだ。
まあ、教会に行ってみれば【闇墜ち】について何か分かるかもしれないが……。
――いや、そうだな。教会に行ってみるのはいい手かもしれない。それにそのまま冒険者になってみるのも面白い。
「……ああ、そうか」
冒険者という単語で思い出した。そういえば、ここって異世界なんだよな。
魔法があって、冒険者もいて、地球の時のように面倒な人間関係を作る必要がない、力が全ての俺の理想の異世界なんだよな……。
改めて認識した瞬間、体の奥から沸々と湯がたぎるように、俺の感情の熱が高まっていくのを感じた。
……そうだ、俺はまだ終わったわけじゃないんだ。これからなんだ。
俺は決心する。
女神の思い通りには絶対ならない。俺はこの異世界で、地球では成し得なかった幸せを手に入れるんだ。