委員長は委員長である。
こんにちは。普段は深夜投稿ばかりしている者です。
昨日書き上げたまま寝落ちしまして、せっかくだから昼にも投稿してみようキャンペーンです。
…と言ってもこの部分から読み始める人は少ないのかもしれませんが。
では、どうぞ。
灰色の雲が重たくのしかかる空の下、天野家を出発した星太、月花、蛍の三人は、彼らの在籍する天心高校への通学路をゆっくりと歩いていた。
葉は枯れ空は隠れ、町の色が少なくなると共に、寒さが強まっていくのを感じる。
「なあ星太。」
健康的な小麦色の頬を寒さで赤く染めながら、蛍は星太に声をかけた。
「毎朝気になることがあるんだけどな。」
「うん。」
何やら意味ありげに言葉の感覚を開けて喋る蛍。
言いにくいというよりは納得がいかないといった顔だ。
普段からあまり自分の意見をハッキリと表に出すタイプではないと思っていたが、そんな彼女からの言葉だ、もし下宿のことで不満があるのならば、家主として真摯に受け止めねばならない。
「メアリーさんがさ、星太がランニングから帰ってくる丁度の時間になると、突然立ち上がって玄関に行くんだよ。」
「え…?ああ、確かに毎日出迎えてくれるね。」
勝手に覚悟していたところに飛んできた意外な話題に、星太もそういえばといった風に答える。
玄関を開ければ「お帰りなさいませ」と言われるのが当たり前になっていて、いつ玄関で用意しているのかなど考えたこともなかった。
二人の会話を聞いていた月花も話に加わる。
「あー、それ私も不思議だと思ってました。それまでボーっとテレビを見てるのに、突然立ち上がるんですよ。」
「あれビックリするよなあ。」
メイドの奇行…は普段からだが、長年共に暮らしてきても知らない一面があったとは驚きだ。
「だいたい朝のトレーニングが終わる時間は同じだし、テレビの時計を見て予測してるんじゃない?」
星太はなんとなく思いついた仮説を二人に提案してみる。
しかし蛍が証言と共にそれを否定した。
「いやあ、いくら予測はついても、そのまま座って頭下げたらドアが開くなんてことはないだろ。」
「そんなに正確なんだ…。」
一度や二度ならば有りうることかもしれないが、その精度で毎朝ともなるとさすがに異常だ。
答えが見いだせないまま三人で首をひねっていると、月花が冗談でも言うように笑いながら仮説をたてる。
「もしかして星太さんに発信機が埋め込まれてる…なんてないですよねー、あはは。」
「ははは、それはないだろー。」
「うんうん、いくらメアリーでもそれは…。」
「「「(…ないよな?)」」」
未だ謎に包まれた無表情メイドに本人不在で翻弄されつつ、三人は橋を渡って反対側の陸地にやってきた。
通学路もあと少しといった頃、月花が小さく前の方を指さして小声で二人に問いかける。
二人が月花の指す方向に目をやると、見知った少女の後ろ姿が目に入った。
「あれ、雲井先輩ですよね。」
雲井先輩とは、星太たちのひとつ上の先輩である雲井沙塑里のことだ。
彼女は一月前の星太襲撃事件の実行犯である。ただしそれは魔法で精神に干渉を受けていた結果であり、犯行自体は彼女の意思ではなかったため、監視のみで罰は与えられていない。
そんな沙塑里が、何やら複数人の女子たちと会話しながら歩いている。
ここからなら声をかければ届くだろう。
「一緒にいるのは占い同好会の方たちですかね?おーい、雲井せんぱ…ムグッ!?」
月花が沙塑里を呼び止めようとした時、その口を何者かが塞いだ。
一行が振り向くと、そこには凛々しい眼と大きくカールした金髪がトレードマークの同級生お嬢様、冠英梨香の姿があった。
「星太様~♪、とお二人もごきげんよう。」
あいさつの間だけで表情と声がガクンと変わる様は、見ていて器用だと思う。
星太に向けて犬の様な笑顔を向ける彼女も冠座の星々を守る星守の一人であり、沙塑里の監視役でもある。
英梨香は口を押えられた月花がもごもごと何か話したそうにしていることに気がつき、その手を放してやる。
解放された月花は軽く呼吸を整えると、英梨香に物申した。
「もう、冠さんいきなり何するんですか!」
頬を膨らませて分かりやすく不満を表す月花を見て、英梨香は優しく謝る。
「白石さん失礼しました。少し手荒になってしまいましたわね。」
英梨香の真面目な様子から、お嬢様のお戯れというわけではないらしい。
月花はとりあえず頬の空気を抜くと、改めて口を塞いだ訳を尋ねた。
「何か理由があるみたいですけど、雲井先輩がどうかしたんですか?」
英梨香はジェスチャーで三人に集まるように促し、四人は歩道の端で小さな円を作る。
周りに聞こえないようにとの配慮なのだろうが、かえって怪しさ満点だ。
いぶかしげな三人に、英梨香は声をひそめて話し始める。
「実は今雲井先輩は、お友達復活大作戦の最中ですの。」
「お友達復活大作戦…?」
作戦名で内容はだいたい察せられるが、月花はそれらしくオウム返しで英梨香に相槌をうつ。
「ええ、あのあと先輩ご自身で色々考えられたようでして、今は占い同好会の方々や友達であった方たちとの関係を修復するために努力されているそうですわ。」
星太は英梨香の話を聞いて安心する。
沙塑里は彼女自身の力で前に進み始めたようだ。
良くも悪くも話題性のある星太たちが話しかけてしまえば、“友達”との時間を台無しにしてしまうだろう。
「なるほど…それはお邪魔できませんね。」
「ご協力感謝いたしますわ。」
四人は優しく頷くと、円を解いて遠くの沙塑里を温かく見守ることにしたのだった。
「(星太くんたち、さっきから何してるのかしら…?)」
本人には見つかっていたが。
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キーンコーンカーンコーン
朝のホームルームを告げるチャイムが鳴り、思い思いに過ごしていた生徒たちが慌ただしく席に戻る。
それは蛍も例外でなく、星太たちのいる一年二組から急いで自分の教室に戻ろうとしていた。
「じゃあ三人とも、また昼になー。」
「はい、また後で!」
天心高校はコースごとにクラス分けがなされているのだが、生徒の人数が多いこともあり、同じコースでも複数のクラスが存在する。
蛍も月花と同じく進学コースに転入してきたが、彼女は三組へ配属されていた。
生徒の行き来も落ち着き全員が着席した頃、教室のドアが開かれる。
特に誰も注目しない中、現れたのはシャツの襟をピンと立てた長身ロン毛の男性だった。
勘違いをしたロックミュージシャンのような恰好のその男は、教壇の真ん中でポーズをとると、奇声を発した。
「ヘーイ、マイスチューデンツッ!今日も元気かナ!?☆」
たった今生徒たちから元気を奪った彼は、一応教師である。
『ヘンタイ』こと辺見泰司、悲しいことに星太たち一年二組の担任だ。
暖房が効いている教室の中を凍てつかせた辺見は、特に気にすることもなく連絡事項に移る。
「さあーて、そろそろみんながお・ま・ち・か・ねの学期末テストの季節だヨ☆」
冷えきっていた教室は、テストという言葉にさらに冷えこむ。
大学を目指す進学コースに所属している彼らだが、だからといって勉強をしなければならない状況に喜びを感じるわけではない。
できることならば、鉛筆よりもゲームのコントローラーを持っていたい。
しかしそんな空気の中、一人の女子生徒が手を挙げた。
矢作千夏。肩ほどに伸ばした栗色の髪をゆるく巻いた彼女はクラスの中でも目立つグループの一員であるが、前に出て発表などをする姿はあまり見かけたことがない。
自然とそちらに注目が集まり、辺見もそれに気がつく。
「ンー?チナツ、何かオピニオンかナ?プリーズセイッ☆」
うねうねと動く辺見から発言許可をもらった千夏は、教室中の視線が集まる中ひとつ提案を始める。
「はーい。実は女子何人かで話しててー、テスト勉強頑張りたいねって話になったんですけどー。」
周囲の生徒ときゃいきゃいとふざけながら喋る千夏。
語尾と話はズルズルと長引き、本題はなかなか見えてこない。
やがて、誰がどう言っただの私はこう思っただのの下りが終わり、ようやく意見が現れる。
「それでー、せっかくならクラスみんなでって言うかー?学校で勉強合宿とかいいじゃんって思っちゃったんですよねー。」
天心高校は自由という校風を掲げており、生徒が企画、運営となって大なり小なり催しを開くことができる。
当然ながら公序良俗の範囲内で教員等の引率者同伴が条件だが、逆を言えばそこさえ整えれば許可が下りるので、過去にもダンスパーティやBBQ大会など、他校ではあまり見られない行事が行われたことがある。
今回の千夏の発案は、期末テストが近いのでクラス単位で学校に泊まり、勉強合宿をしようというものだった。
学校に泊まるという非日常的な響きに多くの生徒が賛否両論し、彼女が話し終わる頃には教室中が合宿の話で埋め尽くされていた。
「ハイハイハーイ!みんなビークワイエット!☆」
ザワついた教室を静かにさせると、辺見は改めて提案に教師としてコメントする。
「サンキューねー。どうやらやりたい子もいるみたいだし?企画の内容が固まったらオレの所にプレゼンに来てネ!☆」
辺見からの事実上の許可も下り、教室がまた騒がしくなる。
ホームルームの時間が残り少ないこともあり、辺見は慌ただしく必要のないポーズをキメながら他の報告を終えると、足早に教室を後にした。
「―――ってことがあったんですよ。」
時は流れて昼休み。
月花はお茶の入ったコップをそれぞれに配りながら、蛍に今朝のホームルームでの出来事を報告する。
料理のにおいが漂い、たくさんのイスやテーブルが並ぶここは、天心高校内にある学食だ。
天井が高く建物の周りがガラス張りになっている開放感のある空間なのだが、生憎の天候でその効果も半減である。
月花と蛍の転入以来、星太、月花、蛍、英梨香のメンバーで昼食をとるのが定番となっていた。
安くてボリューミーという学生ホイホイの学食で席に座れるのは、私立高校特有のやたらと広い設備のなせる技だ。
6人掛けの長方形のテーブルに星太と蛍、月花と英梨香で分かれて向かい合って座る。
不思議なもので、毎日特に示し合わせなくとも自然と同じ席順になっている。
「へー、学校が許可してくれるのか。すごいなあ…っとありがとう。」
月花の報告への感想を言いながら蛍がお茶を受け取ると、昼食の準備が整った。
それぞれが弁当の包みを取り出し、蓋を開ける。
今日の星太たちの弁当はサンドイッチだ。
タマゴサンド、ハムレタスサンド、ツナサンド…四角い容器にラップに包まれた色とりどりのサンドイッチが並ぶ。さらに別途の小さい容器に、デザートのサクランボ付きだ。
「いただきます」とあいさつをし、食事が始まる。
合宿という特殊な環境下になるということで、話題は自然と星太の護衛についてになった。
「団体行動で冠さんと私もいますし、参加するのは問題ないんじゃないですか?」
細かく刻まれたキュウリの入ったタマゴサンドを頬張りながら、月花が言う。
「確かに星太様お一人になられる場面は少ないかもしれませんが、前回も目撃される可能性はあったわけですし、確実にとは言い切れませんわ。」
それに対してフォークでニンジンを刺しながら、英梨香が答えた。
周囲に聞かれても問題がないように、主語や目的語を省きながら会話する。
星太を守ることは最重要事項だが、魔法という特殊なファクターが噛むと一筋縄ではいかない。
魔法のことは公には知られてはならない。
星守というシステムを守るための、魔法に関係する人間たちのルール。
合宿で一般の生徒が多くいるという状況では、こちらからのアクションをかけずらくなってしまう。
「俺が自分である程度対処できればいいんだけど。」
星太がそう言いながらライ麦パンのハムレタスサンドをかじると、蛍も同じものを食べながらフォローする。
「そんな一朝一夕で身に着くものじゃないからなあ。こればかりは仕方ないさ。」
「まあ、参加しないことが一番早い解決方法ですの。」
英梨香がまとめたところで、食事中の一行に一人の女性から声がかかった。
「ごめんなさい。隣、いいかな?」
「あっ、委員長さん!」
その姿を見て、月花が最初に反応した。
うっすらと緑がかった黒髪を二つに分けて三つ編みにし、制服はきっちりと着こなして、その銀縁メガネの奥にある瞳は冷静さを感じさせる。
まさしく委員長という呼ばれ方が似合うこの女子生徒は、井手優美。
その実、星太たちのクラスの学級委員長でもある。
そんな委員長は、ほかほかと湯気の上るきつねうどんが乗ったお盆を持っている。
一緒に座って食べても良いか、ということだろう。
「ええ、もちろんですわ。」
全員の総意として、英梨香が返事をした。
護衛についての話は続けられなくなるが、断る方がおかしな話である。
「ありがとう…よいしょっと。」
委員長が星太の隣に座ると同時に、出汁の香りがふわりと漂う。
透き通ったスープに学食らしい細い冷凍麺と、汁を吸ってふっくらとしたおあげ。
やけにボロボロなネギはお世辞にも綺麗とは言い難いが、学食という付加価値がそのチープさをメリットに変えて、思わず一度に大量の麺をすすりたくなってしまう。
委員長がメガネを外してケースに入れ、また顔を上げると、右前の月花が明らかにうどんから目を逸らそうと頑張っているのが見える。
委員長は手に取っていた箸を器に置くと、笑いながら月花に尋ねた。
「白石さん…少し食べる?」
「はわわ…そ、そんなわけにはっ!」
体の前で手をパタパタと動かす月花。
月花が断ろうとするのを見て、委員長は言い方を変える。
「…じゃあ白石さん、少し交換しましょうか。私そのサンドイッチ食べてみたいな。」
「はい!えっとじゃあ…。」
委員長の優しさをみんなが見守る中、サンドイッチに目を落とした月花が小さく「あっ」という声を上げた。
すると月花はサンドイッチのひとつを選び、委員長に渡す。
「こっ…これがおすすめです。…一個全部どうぞ。」
なぜか目を合わせない月花からサンドイッチを受け取ると、パンから赤い具が覗いている。
「あら、じゃあいただきます。白石さんもはい、どうぞ。」
委員長はお盆を引きずらないように月花の方に動かすと、サンドイッチのラップを剥いだ。
酸味のある香り…赤色の正体はケチャップだろう。一口頬張る。
「ピザ…?」
別にメガネを外したからサンドイッチが見えていないわけではなく、委員長の口の中にはしっかりとピザ味が広がる。
「なるほど、ツナと玉ねぎとピーマンをケチャップで味付けして、スライスチーズと一緒に挟んであるのね。」
自分に言い聞かせるように具の解説をする委員長。
味を分析しながらも、食べる手は止まらない。
「それに黒胡椒とバジルのスパイスで、少し油っぽい具なのにペロッと食べちゃえる。もちろんパンとの相性は言うまでもなし!」
大きくないとはいえ、なかなかのスピードでサンドイッチをひとつ食べきると、委員長は月花に礼を言った。
「ごちそうさまでした、美味しかったわ。料理、上手なのね!」
「いやあ、ありがとう。」
しかし返事が返ってきたのは隣の星太からだった。
こんなお茶目なことをする男子だとは思っていなかったが、友人の前では違うのだろうか?
委員長が疑問に思っていると、察した蛍から説明が入る。
「委員長…さん、そのサンドイッチを作ったの、星太だよ。」
「えええっ!?」
委員長は空になったラップを一度見た後、星太を見て、ラップを見て、もう一度星太を見た。
テンプレート通りな反応に、なぜか一番自慢げなのは月花だ。
「すごいですよね!」
うどんのお盆を戻しながら、やけに楽しそうである。
「へえ、料理男子なのね。カッコいいじゃない。」
「小さい頃からやってたから、少し慣れてるだけだよ。」
「今どき女の子もやらない子がいるのに、十二分にすごいよ。」
「そうかな。ありがとう、嬉しいよ。」
褒められてテンションの上がった星太は他のサンドイッチの解説も始め、委員長も興味津々だ。
ニコニコとしている月花、どことなく不満げな英梨香、黙々と食べる蛍がそれぞれその様子を見守る。
「なるほど、パンの耳は削ってパン粉として利用するのね。」
「トースターで焼いて、ラスクにしても美味しいよ。」
委員長と楽し気に話していた星太だったが、説明がひと段落つくと月花の方を向いた。
「ところで月花…もしかしてピーマンが入っていたからそれを渡したのかな?」
声のトーンが若干下がっており、普段メアリーをお説教するときのモードだ。
それまで楽しそうだった月花が途端に黙り、目を逸らす。
「チガイマスヨ…。」
目を泳がせながら否定する月花。
それを聞いて星太は、わざとらしく遠くを見ながら言う。
「せっかく月花にピーマンを食べてもらおうと思ったのになあ。」
「うっ。」
続いてラップを丁寧に折りたたんでいる委員長。
「白石さんがオススメって言ってくれて、嬉しかったのになあ。」
「うぐっ。」
そしてトドメに英梨香。
「子供じゃないんですから、頑張りなさいな。」
「ガチ説教…ごめんなさい。」
月花が素直に謝ると、笑いがおこった。
そうして楽しい食事も終わると、委員長がかしこまった様子で話し始める。
昼休みもまだ少し残っており、食後の余韻でイスから立ち上がる気力が起きない。
「さて…実は頼まれてほしいことがあるの。」
しっかりと座り直した委員長に続いて、星太たちも改まって話を聞く。
「天野くん、白石さん、冠さん、今度の勉強合宿に参加してもらえないかな?先生に聞いたら、クラスとしての行事なんだから三分の二以上の参加が条件だって言われてね。」
高校側が許可しているのはあくまでも“学校行事”だ。
申請をすれば私的な理由で好き勝手に学校の施設を使って良いわけではない。
意図せず話題が戻ることになり、少し気まずい雰囲気になる。
そこでふと、英梨香が何かに気がついたように委員長に確認をとった。
「あら、委員長も提案した方たちのグループに入っていらしたのでして?普段あまり一緒にいる姿は見かけませんが。」
学校という環境では明言こそされないが、仲の良い友人同士や所属している部活動などで少人数グループを形成し、日常的に共に過ごすということがよくある。
天心高校も例外でなく、星太たちもいわばグループのひとつだ。
しかし今回合宿を提案した千夏たちのグループの中に、委員長が加わっている様子は見たことがない。
仲が悪いと言っているのではなく、仲が良かったかと聞いているのだ。
返答が分かっているような英梨香の口ぶりに、委員長も弱ったといった風に返す。
「うーん…実はあの子たちから企画と運営の手伝いを頼まれちゃって。」
その返答を聞いて、英梨香は小さくため息をついてから冷たく拒否した。
「自分たちで責任を取れないような方々の企画に協力だなんて、御免ですの。委員長もご自分から動かれているのなら結構ですが、情けは人のためになりませんわよ。」
「…。」
釘を刺され、委員長は一瞬考えるように押し黙ってしまう。
しかし他の誰が口を開くよりも早く、すぐに元のように笑った。
「情けなんかじゃないよ。私は学級委員長だもの、クラスの行事なら手伝うのは当たり前でしょ?」
「当たり前ですのね…。まあどちらにせよ、申し訳ないですが私たちの返答は変わりませんわ。」
変わらない返事に委員長が「そっか」と残念がると、隣で様子を見ていた星太が口を開いた。
「俺は参加するよ。」
「星太様!?」
星太の突然の申し出に、英梨香は困惑する。
委員長も驚いたように星太の方を見ると、星太が理由を話し始めた。
「だってクラスの行事なんでしょ?俺だってクラスメイトだからさ。」
飄々と言ってのける星太。確実に本心は違うのだろう。
確かに護衛の件も含めればここは断るところなのだが、そうなった場合に一番困るのは委員長だ。
星太たちとも、委員長に協力を頼んだ千夏たちとも気まずくなり、彼女が板挟みになってしまう。
「仮にこれを見込んでいたのだとすれば、とんだ策士ですわね。」
英梨香はホームルームでヘラヘラと話していた千夏の顔を思い浮かべ、ポツリとつぶやいた。
「星太様が参加されるなら話は別ですわ!私も勉強合宿、参加させていただきます。」
そしてわざとらしく自分も参加を表明する。
星太が参加をするのなら、護衛のために当然そうなる。
「わ、私も参加します!」
遅れて月花も賛同し、結果三人とも参加することとなった。
委員長はそんな星太たちの様子を見て、嬉しそうにペコペコと頭を下げる。
「ありがとう!成績上位の二人と転校生の白石さんが参加してくれるのなら、きっと他にも参加者が増えてくれるはず!」
「力になれそうで嬉しいよ。」
星太が安心していると、長らく蚊帳の外だった蛍から四人に声がかかった。
「話もまとまったみたいだしさ、そろそろ時間だから教室に戻ろうよ。」
言われて時計を見れば、確かに程よい時間だ。
一行は席を立ち、教室へと戻ることにした。
「ごめんね、英梨香。」
教室への道中、星太がそっと英梨香だけに聞こえるように謝罪した。
合宿への参加を勝手に決めたことについてだろう。
「構いませんわ。星太様の信念の強さと優しさは理解しておりますの。それに私と白石さんで、確実に星太様をお守りしますわ。」
呆れたように笑う英梨香に星太は頼もしさを感じながら、後ろにいた月花たちの会話に混ざる。
「恋は盲目…私は本当に星太様を愛せているのでしょうか。」
恋に患う少女は自分の判断に迷いながらも、追い求める相手に続いて会話に参加するのだった。
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「星太様…。」
英梨香は泣き出しそうな目で、にこやかに笑う星太を見つめる。
「ついに金曜日の放課後が来てしまいましたわ。今から長らく星太様に会えないのだと思うと私、胸が張り裂けそうな思いですの。」
冠家の大きな黒い車を待たせ、学校から少し歩いたところで英梨香は別れの挨拶をしているのだった。
ちなみに別れと言っても誰が転校するわけでもなく、ただ帰宅するだけである。
最近短くなってきた別れのあいさつだが、未だに金曜日だけは長めだ。
「必ずや!必ずやまた月曜日にお会いしましょう!それまでは星太様もどうかお元気でっ…。」
「うん、また来週ね。」
涙をこらえる英梨香が車に乗り込むと、惜しむようにゆっくりと発進した。
車の窓に英梨香が張り付いているのもお約束である。
「じゃあ俺たちも帰ろうか。」
「毎回内容が違うから凄いですよねえ。」
「なんか最近、私もあのあいさつ慣れてきたよ。」
サラッと帰ろうとする星太に、それぞれが感想をもらしながら月花と蛍が続く。
天気は相変わらず晴れないが、雨は降っていない。
英梨香と別れてすぐ、星太はカバンから特売チラシを取り出した。
隣を歩く蛍がそれを覗き込む。
「今日は何買って帰るんだ?」
「えーっと、サバが安いのと卵のタイムセールとそれから…。」
星太は料理の担当ということもあり、学校の帰りにスーパーに寄ることが多い。
特に人数が増えてから買う量、頻度も増え、月花と蛍が手伝うのも日常の光景になっている。
三人になったことにより安売り商品を効率的に確保できるようになった他、おひとりさまひとつまでが三つ買えるので、お買い物力は以前の三倍だ。
「あとメアリーさんが、洗剤がなくなりそうだって言ってました。」
「おー、そうだったね。ありがとう月花。」
話しているうちに学校近くの商店街、『天心銀座』に到着する。
アーチ状の屋根に覆われた商店街内は、店の上に等間隔に並んだレトロなデザインの電灯で、独特の明るさになっている。
多いとは言えないが人々が行き交い、明るい声が飛ぶ。
隣町に大型ショッピングモールがあるにも関わらず、未だに地域に根強く残った活気あふれる小さなメインストリートだ。
そんな天心銀座を入ってすぐ、店舗スペースをいくつかぶち抜いて大きく構えているのが星太たちの目的地、スーパーマーケット『マルチョク』である。
入口でカートとカゴを取り、星太は二人に指示を出す。
「じゃあ蛍は洗剤取ってきて。いつものやつね。」
「了解。」
「そして月花はピーマンを取ってきて。」
「ピ、ピーマンですか。」
自分の苦手な食べ物を任され、露骨に嫌がる月花。
星太はそんな様子を見て、丁寧に言い直す。
「月花、今日の昼、ピーマンを委員長に渡したでしょ。」
「はい…。」
「いつまでも嫌いな食べ物だからって避けちゃダメだよ、ピーマンは栄養価も高くて良い野菜なんだから。」
「うう…でも苦くて。」
「調理に関しては俺に任せて。なんで嫌いなのかを聞いて、それに合わせて作るから。」
「はい…。」
「とにかく今日は、今晩自分で食べるピーマンを自分で選んでみること。小さいのでもいいから、見てきてごらん。」
「わかりました…。」
星太に諭され、月花はトボトボと野菜売り場に歩いて行った。
いつもより背中が小さく見える。
「鮮魚コーナーにいるからねー。」
その後ろ姿に声をかけると、弱々しく手を振り返してくるのだった。
「星太ってお母さんみたいだよな。」
お説教の間に洗剤を取ってきた蛍が、星太と月花の様子を見て笑う。
星太は困ったような顔で答えた。
「別にそんなつもりはないんだけどね。やっぱり作る側としては、色々なものを美味しいって思えるようになってもらいたくてさ。」
「それがお母さんみたいなんだって。まあ月花が子供っぽいっていうか、純真なのもあると思うけどね。」
「あはは、じゃあ蛍はお姉さんみたいだね。」
二人が笑いながら鮮魚コーナーに向かっている頃、月花はピーマンの山と対峙していた。
一袋158円。月花にはそれが安いのか高いのか分からないが、問題はそこではない。
ピーマンピーマンピーマンピーマン…眼前にはピーマンしか映らない。夢にでも出てきそうだ。
「(うー、星太さんのイジワル…。)」
ピーマンのあのザ・植物といった感じの苦みがダメ、噛んだ時に薄皮がモゾモゾする食感が嫌、種がうじゃうじゃしていて見た目が怖い。
ピーマンを目の前に、脳内で味が想像され、ひたすらマイナスイメージが出てくる。
「(でも、星太さんは私のために料理してくれるって言ってた!お昼休みは裏切るようなことしちゃったし、挑戦するチャンスだよね…。)」
しかし、ここで逃げてはいけないと星太に怒られたばかりだ。
もう高校生なのである。いつまでも嫌い嫌いと言ってはいられない。
月花は意を決して、改めてピーマンの山を見る。
一面緑の塊かと捉えていたそれは、よく見れば様々な形がある。
「(こっちは細くてひしゃげてて唐辛子みたい。こっちはゴツゴツしてて…あっ、これは綺麗な形をしてる。)」
無意識に、眺めていたピーマンの袋のひとつを手に取った。
「おっ、それにするのか?」
「うわああ!?」
突然話しかけられて振り向けば、蛍がニヤニヤと笑っている。
蛍はその手に玉ねぎをもっている。星太に頼まれたのだろうか。
「星太がな、月花が悩んでるだろうからついでに様子を見てきてくれって。でも心配いらなかったみたいだな。」
蛍は月花の手に持ったピーマンの袋を見て、年下の子をあやすように頭を撫でてやる。
「ちょっと蛍ちゃん…もー。」
嫌がりながらもどこか嬉しそうな月花。
幸せそうに笑う二人は、仲良く星太の元へ戻るのだった。
会計を終え、家路へとつく三人。
いつものように笑う月花の持つ袋には、いつもより美味しそうに見えるピーマンが入っている。
空の雲はうっすらと夕焼け色に染まっていた。
ありがとうございました。
ちなみに私、ピーマンは生で食べちゃえるほど大好きです。
そんな私は昔練り物が嫌いだったんですが、今では食べられるようになりました。というか一度、異常にマズいかまぼこを食わされて軽いトラウマになっていただけでした。カマボコワルクナイ。
嫌いだから食わない、じゃなくて美味しい食べ方を探してみてほしいです。
私の身の上話はこの辺にしまして、作品のお話。
今回も前話とだいたい同じ部分数、文字数を予定しております。
一万字超えると読みにくいですかね?
そのあたりもこの作品を投稿する中で勉強させていただければと思います。
ではまた、お目にかかることがあれば。