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プロローグ メアリーはお茶を淹れる

夜なのか朝なのかよくわからない時間に失礼します。とりあえずおはようございます。


衝動的に行った一話の改訂も終わり、待ちに待っている方がいらっしゃるのかはわかりませんが二話でございます。


前書きで長々とお話するのもなんですので、さっそくどうぞ。


微かに聞こえるドアの音。

それは彼女の主人が外出した音であり、起床時間を告げる合図でもある。


薄暗い六畳間の布団の中、濃いピンク色のボブヘアーに少しの寝癖をつけたメアリーは、まもなくアラームを鳴らそうとしていた目覚まし時計の背面にあるスイッチをオフにした。


「さて。」


一息置くと、すぐに朝の支度に取りかかる。

布団をテキパキとたたみ、押し入れに戻す。そのままクローゼットを開けると、中には同じようなメイド服と同じような赤色のジャージがまるでブティックかのように何着も並んでいる。もちろん彼女がメイド服とジャージの専門店などというマニアックな商売を営んでいるわけではなく、全て彼女の仕事服と私服である。


「今日はこれにしましょうかね。」


その中から一つを手に取り、クローゼットを閉じる。

彼女の選んだメイド服はワンピースとエプロンに分かれており、着ていた赤いジャージを脱いで上下白色の下着姿になると、黒いタイツとペチコートを履き、黒に近い紺色のワンピースを頭から被る。

少し乱れた髪を手で整えて、器用に背中のチャックを上げる。そしてその上から控えめなフリルで飾られた真っ白なエプロンを纏えば、よく見るメイド姿の完成だ。


そう、メアリーはこの天野家唯一のメイドなのである!


「…。」


鏡の前でなんとなくポーズをとり、虚しくなってそのままヘアセットに入る。

ササッと寝癖を整えてヘッドドレスを着け、脱いだジャージとタオルを持って自室を後にした。


メアリーの自室は天野(あまの)家の二階にあり、この大きな日本家屋が旅館であった頃の客室のひとつである。

音をたてないように静かに階段を降りて、一階にある洗面所へと向かう。12月に入って一段と寒くなり、スリッパ越しにでも廊下の冷たさが伝わって来るようだ。


お湯で顔を洗い、化粧水に手を伸ばそうとして、改めて洗面台周りに物が増えたことを実感する。今まで二人暮らしであったのが四人暮らしになったのだから当然なのだが、そんな変化にメアリーは無表情のまま笑うのだった。


その後自室に戻って簡単に化粧を済ませると、ようやくメイドの一日が始まる。

庭の掃き掃除、草木への水やり、郵便物の確認などなど…。

ホコリが舞う可能性がある場所の掃除は人がいない日中に行うので、朝の仕事は意外とすぐに終わる。


やり残した仕事がないか頭で確認しながら、暖房で温めておいたリビングダイニングに滑り込む。

体が溶かされるような温かさに思わず「おー」という声を出し、慣れた手つきでお茶を淹れると、ソファの端に陣取った。



テレビの電源を点け、毎朝決まって視聴している番組にチャンネルを合わせると、都会のオシャレな和風カフェ特集というコーナーだった。


「お茶は温かい家で飲むのが一番ですよ…。」


目を見開いて美味しいと叫び続けるレポーターに負け惜しみのような皮肉の様な事を言いながらお茶をすすると、部屋のドアが開く。


「おー。」


上下黒のスウェット姿で登場した下宿人である朱色のロングヘア―の女性は、噛みしめるように部屋の温かさを確かめると、その金色の瞳を開いた。


「おはようございます、(ほたる)様。」

「おはようございます、メアリーさん。毎朝早いっすね。」


蛍と呼ばれたこの女性、赤城蛍(あかぎほたる)は魔法使いだ。

比喩などではなく、正真正銘の魔法使い。それも古代の宇宙戦争によって生み出された生ける戦争の抑止力、星守(ほしもり)の一人であり火星の存続を担っている。

そんな仰々しい存在である蛍だが、彼女は一人の女子高生でもある。魔法使いだからと言って朝からトカゲの黒焼きなんかを食べるわけでもなく、メイドが手早く用意した温かいお茶を飲みながら、ソファに座ってのんびりテレビを見る。


「パンケーキに2500円は払えないなあ…。」


庶民的な感想もこぼす。


蛍も天野家に来てから約一か月が経ち、かなりここでの生活にも馴染んできた。

始めは少し距離のあるような接し方だったが、今では上下スウェット姿で家の中を歩ける程度には慣れてきている。


「パンケーキ、頼んだら作ってくれるかな…。」

「ええ、可能だと思いますよ。お菓子もお得意ですので。」

「うおっ。メアリーさん、気配消したまま突然独り言に反応するのやめてくださいよ…。」


そんな蛍の独り言に、メアリーが返答する。

どこか他人任せの言い方なのは、実際作るのが彼女ではないからである。

彼女曰く料理は作()ないのではなく、作()ないらしいが…。


「失礼しました。あまりにもハッキリとおっしゃっていましたので。」

「ああいや、別に嫌だとかいうわけじゃないんで、大丈夫ですよ。」

「お気遣いありがとうございます。…ところで蛍様。」

「はい、なんですか?」


二人で並んで視線はテレビに向いたまま、メアリーは蛍に質問を投げかける。


「蛍様はもうここ、天心(てんしん)区には慣れましたでしょうか?」

「あー、住んで1か月は経ちましたけど、結局学校ばかりでまだ一人で出歩くのはって感じですかねー。」

「ふむ、なるほど。ありがとうございます。」


天心区とは、この家がある山と海に囲まれた小さな町のことである。町を割るように真ん中を川が流れており、大きめの田舎といった雰囲気の場所だ。


「メアリーさんは何か天心区でオススメの場所ってあるんですか?」


今度は反対に、蛍からメアリーに質問が飛ぶ。

メアリーは無表情のまま拳をあごに当てて、考えているというポーズを作る。


「そうですね、メイド服を売っているお店はないので、お求めならネット注文がよろしいですよ。」

「よろしいですか…。」


なぜか自慢げに回答になっていない返事をするメイドに、蛍はどうツッコんでいいのか分からない。

そういえばこのメイドが天野家の敷地から出ている所を見たことがない。聞く相手を間違えたようだ。


「メアリーさんって地縛霊とかなんですか?」

「まだ死んではいないので違うかと思われます。」


その後もゆるい会話を続けていたが、突然メアリーが立ち上がった。

隣でのんびりとテレビを見ていた蛍も特に疑問を口にすることもなく、そそくさと歩くメアリーの後を追う。

やがてメアリーが玄関までやって来て恭しく頭を下げると、それに呼応するかのようにガラス戸が開かれた。


「お帰りなさいませ、星太(せいた)様、月花(つきか)様。」

「た…ただいま戻りました。」


玄関を開けたのは琥珀色の瞳をした白髪の少女で、今にも膝から崩れ落ちそうだ。

彼女、白石月花(しらいしつきか)も下宿人であり魔法使い、月を守る星守である。


「ただいま、メアリー、蛍。」


そしてその後ろから顔を現れた黒髪の好青年は天野星太(あまのせいた)、天野家の事実上の家主にして地球を守る星守、さらには今まで女性のみであった星守初の男性である。


帰宅した二人が靴を脱いでいると、メアリーの後ろに立っていた蛍が月花に話しかけた。


「月花、もう一ヶ月経つんだしそろそろ慣れなよ~?」

「蛍ちゃん…運動音痴にとって朝のランニングは一か月で慣れられるものではないですよ…。」


先月、星太は地球の星守という特殊な境遇であるためにその命を狙われた。

星守とは膨張を続け、いつかは爆発してしまう星々の力を逃すための空気穴の様な存在だ。星守の誕生により、宇宙の星々による『まだ寿命の残っている星への侵略戦争』は終わった。だがもしも、システムの象徴たる地球の星守が意図的に殺害されてしまえば、抑止力としての信用は消え去り、宇宙はまたしても戦争の時代へと突入するだろう。


そして未だに星太を狙った真犯人の足取りすら掴めない状態であり、いつ襲われてしまってもおかしくはないので、星太の日課である朝のトレーニングにも月花か蛍のどちらかが護衛として付き添うことになったのだ。彼女たちの身体的なトレーニングにもつながるので一石二鳥である。そのうち一羽は現在瀕死だが。


「月花様、お茶をお持ちしました。」


玄関でうなだれる瀕死の鳥こと月花は、メアリーから差し出された優しさにすがるように手を伸ばした。

そのカップからは温かそうな湯気が立ち上っている。


「メ、メアリーさん、できれば冷たい方がよかっ…た…。」


ガクリと沈む月花を見て、メアリーは口元を隠しながら謝る。


「これは失礼しました。お外は寒かったかと思いまして。」

「わざとか本気なのか分からないっすよ…。」

「強いて言うならわざとですね。」


蛍に引かれながらメアリーが冷たいお茶を出すと、すぐに星太からお説教が飛んでくるのだった。


_____________________________________



部屋全体にスパイスの効いた刺激的な香りが広がる…。


「おおー、朝カレーってやつか。」

「昨日は肉じゃがだったからね。蛍、味見してもらってもいいかな?」

「べ、別にそういうつもりで話しかけたんじゃないぞ?」

「いやいや、一応中辛なんだけど蛍も大丈夫かなって。辛いの苦手でしょ?」

「あー、なるほど。でも中辛なら大丈夫だよ、ありがとな星太。」


台所でコトコトと美味しそうな音をたてる鍋を見守りながら、紺色のブレザーにそれぞれグレーのズボンとスカートの制服姿で星太と蛍は談笑する。蛍は伸ばした髪を二つに結んでおさげにしており、先ほどよりも落ち着いた印象に見える。


この二人、出会ってすぐの頃はお互い「天野くん」、「赤城さん」と呼び合っていたのだが、いつの間に距離を縮めたのだろうか。」


「メアリー、聞こえてるから。変なナレーション付けて遊ばないの。」

「あはは…確かに最初はそんな呼び方だったっけ?」


柱に隠れながら実況するメアリーに二人がそれぞれ反応を返すと、メアリーはわざとらしく顔だけを覗かせる。


「気がつかれてしまいましたか…。ですが蛍様も星太様と仲良くして頂けているようで、メイド兼保護者として私メアリー、嬉しい限りです。」

「はいはい、主人兼被保護者として優しいメイドが心配してくれて嬉しいよ。」


いつも通りのやり取りをしながら、星太は棚から人数分のスプーンやコップを取る。

するとメアリーがそれを受け取り、丁寧にテーブルへ並べていく。


「(いくら距離を縮めても、この二人には敵わないよなあ。)」


そんな様子を見ながら、護衛兼下宿人の蛍は心の中で感想をこぼすのだった。


「おお、今日はカレーですね!」


ダイニングのドアを開けて、シャワーで復活した月花が部屋に入ってきた。

彼女も星太たちと同じ制服に身を包んでいる。


「よし、じゃあ揃ったしカレー配るから手伝ってー。」

「「はーい。」」

「承知しました。」


天野家の住人が揃い、朝食がテーブルに並べられる。


緑が鮮やかなサラダ。ワンポイントでトマトの赤色が可愛らしい。

肉じゃがアレンジカレー。よく見れば白滝が覗いており少し不思議な見た目だが、一目でわかるホロホロに仕上がった大ぶりのジャガイモがよだれを誘う。

ヨーグルト。上にマーマレードが乗っており、カレーの後にこれを食べればその酸味と甘みで舌を癒し、口内をさっぱりとさせてくれるだろう。

そしてたくわん。カレーの隣ではあまり見かけない存在だが果たして。


「はい、じゃあ手を合わせてー。」


配膳が終わり、星太の号令で皆合掌する。


「いただきます。」

「「「いただきます。」」」


「んー!思っていたよりも和風な味で美味しいです!」


まず始めに、カレーを一口食べた月花が感想を言う。


「元が肉じゃがだからね。結構出汁の味が残るんだ。カレーうどんなんかと一緒だね。」

「深みがあってスパイシーで…もしかしてカレーって日本料理なんじゃないですか?」

「日本のカレーは別物扱いされることもあるらしいね。」


その後も一口ごとに楽しそうにしながら、月花はカレーを食べ進めていく。

すると続いて蛍が口を開く。


「本当美味いよコレ。肉じゃがが甘いからカレーは辛めの方が合うね。」

「野菜や肉の味もたくさん出てるからね。おかげで市販のルーを溶かすだけでも結構それらしい味になるんだよ。」

「あー、肉じゃがの汁って行儀悪いけど飲みたくなっちゃうよな…ってたくわんも意外と合うな。」

「カレーと漬物が元々合うし、和風味だから。」

「なるほど。」


蛍がジャガイモをスプーンで切り崩しながら星太の料理談義を聞いていると、今まで黙っていたメアリーが突然口を開いた。


「星太様、おかわりは可能ですか?」

「あはは…少な目だけど残ってるよ。早いもの勝ちだからねー。」

「天野家のメイドとして、勝ちに行かせていただきます。」


メアリーが家の誇りをカレーにかけながらおかわりに立つと、月花と蛍の食べるスピードも少し上がる。

星太はそんな光景を微笑ましく眺めるのだった。



「うおお…朝からカレーを二杯食べてしまいました。これはお肉が付きそうな予感です…。」

「ヨーグルトのおかげかまだいけてしまいそうなのが怖いな…。」

「ごちそうさまでした。」


これまた三者三様に食後の感想を述べていると、星太からそれぞれに包みが渡される。

月花には赤、蛍にはオレンジ、メアリーにはピンク。お昼用のお弁当である。


「ありがとうございます、星太さん。」

「どういたしまして。」


それぞれのカバンなどに入れ、出発の時間までもう少し食後の余韻を楽しむ。

そんな和やかで平和な日常が、また大きく揺れ動こうとしていた。


外では12月の冷たい風が、枯れ木の枝をざわつかせている。


ありがとうございました。これより射手座編、スタートです。


お察しの方もいらっしゃるかもしれませんが、各編ごとに一ヶ月ずつ物語内の時間が進みます。

早くリアルタイムに追いつき追い越したいです。


あっ、話は変わりますが、カレーは水の三分の一程度を野菜ジュースにしても美味しいですよ。

料理の描写も完全に趣味です。美味しそうに書くのって難しい。


それでは次回も頑張って急ぎます。ではでは~。

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