エピローグ 赤城蛍は待ちぼうける
おはようございます。
普段は深夜投稿ですが、別にあとがきに書く内容がないから時間をずらしたわけではありません。
新規読者層の獲得とか、きっとそういうのです、はい。
冗談はさておいて、蠍座編、エピローグです。どうぞ。
「それでは星太様、本日は大変名残惜しいですが…。」
今生の別れかといった表情の英梨香からの挨拶が始まった。
戻ってきた保険医に怒られ、制服の洗濯も完了した星太たち一同は、校門で車に乗る英梨香と沙塑里、そのまま歩いて帰る星太と月花に別れ、帰路につこうとしていた。
普段であれば途中まで英梨香と同じ道なのだが、どうやら今日は夜も遅いので迎えの車が来たようだ。
もう辺りも暗くなり、冷たい風が顔にヒリヒリと当たる。
「本日の星太様も大変素晴らしかったと伺っております…困難にぶつかろうともご自分の力で…。」
「はいはい、私疲れたから早く帰りましょう?」
長い挨拶に飽きたのか、沙塑里があくびをしながら止めに入る。
英梨香は笑顔のまま「ちょっと失礼します」と軽く一礼すると、沙塑里に食ってかかる。
「雲井先輩!この後私は十二時間以上も星太様と会えないんですのよ!?今のうちにその分を補給しておかないと…。」
「あんまりしつこい女は嫌われるわよ?それに星太くんたちも寒そうだし。」
「嫌われ…星太様、また明日お会いしましょう♪では、ごきげんよう。」
沙塑里の言葉で何かに気がついた、といった様子の英梨香は、早々に挨拶を切り上げた。どっちが主なのだろうか…。
星太と月花も挨拶を返すと、英梨香は車に乗り込む。
「あ、そうだ。星太くん?」
それに続こうとした沙塑里だったが、立ち止まってもう一度振り返った。
「なんですか?沙塑里先輩。」
「少しだけ、手相占いの続きよ。」
そう言って星太の手を取ると、手ではなく目を見ながら言う。
「今日で、あなたの運命は大きく変わったわ。これから、今までよりもさらに大きな困難があなたに襲い掛かるでしょう。私を助けてくれたあなたならきっと大丈夫だけど…気をつけてね。」
沙塑里の真剣な眼差しから、様々な感情が伝わってくる。
星太がそれに応えるように「はい」と返事をすると、沙塑里はニッコリと笑う。
「うふふ、じゃあこれは私からのおまじない…。」
沙塑里はそう言うと、月花と英梨香に見えないような角度で、握っていた星太の手にそっとキスをした。
「じゃあ、またね。」
いじらしく笑ってみせる沙塑里。まるで子供がまた明日遊ぶ約束でもするかのように、小さく手を振りながら離れていく。
彼女の微かな唇の感覚が寒さに溶けていく間に、車は発進してしまった。
…窓に張り付く英梨香が見える。
「星太さん?何か言われたんですか?」
星太が呆けていると、月花が横から顔を覗かせた。
別に悪さをしたわけではないが、少しドキッとする。
「いや、ちょっとおまじないをね。」
星太が手を隠すように返事をすると、月花は何か感じ取ったのかわざとらしく眉をひそめる。
そしてやや意地悪な口調で返すのだった。
「ふーん、おまじないですか。まあ、誘惑されても大丈夫な星太さんなら心配はないですけど?」
「あはは…。」
「そういえば、一体私がいなくなった後どんなことをされたんですか?」
「うーん…どう言えばいいのかな。ちょっと怖かっただけっていうか…。」
沙塑里からの誘惑を思い出し、星太は本心を口にする。
いきなりの未知の経験に、出てきたのはどうすればいいのか分からないという恐怖心だった。英梨香からも毎日のように好意を伝えられているが、沙塑里からのソレは何かが違った。
月花は星太の返事を聞き、驚いたような顔をする。
「なんだか少し意外です…星太さんすごく大人っぽいからてっきりカッコいい駆け引きみたいな感じだったのかなと。」
「俺だって月花と同い年だよ。」
「それは安心していいんでしょうか?もしかして私って子供っぽい…?」
両手で自分の顔をぐにぐにと触る月花を見て、星太は笑う。
するとまた冷たい風が吹き、二人は思わず体を震わせた。
「じゃあ、俺たちも帰ろうか。」
「はい!」
人のいない夜の街を、二人は歩きだした。
商店は閉まっている所も多く、街の明かりは少ない。
隣り合って歩く二人は、自然と今日の出来事を語り合う。
「それにしても…今日はすごい一日でしたね。」
「あはは、月花は転校初日だしね。」
「そうですね、なんだかもう一ヶ月は経った気がします。」
「俺はこういう日でもそんなに嫌じゃないけどな。」
「えー、なんでですか?」
知りたいわけではなく、流れで尋ねるように聞く月花。
星太はそれまでの軽い流れを少し溜めるように間を開けると、気になっていたことを聞く。
「…月花はさ、俺を守るために転校してきたんでしょ?」
「ええ。それについても、もう少し詳しくお話しないといけませんね。」
「だとしたらさ、もし俺が安全だーってなったら月花は帰っちゃうのかなって思って。」
顔は合わせず、寂しそうに話す星太。
月花は優しく笑うと、自慢でもするように言う。
「星太さん…確かに私は星太さんが地球の星守だから守りに来ました。」
「…。」
「でも、それは私が月の星守だからです。私は…私、『白石月花』としては、地球の星守ではなく『天野星太さん』を守りたいと思っています。私だって星太さんやメアリーさん、他のみなさんと離れたくなんてありません。」
自分の問いに正面から真摯に答えてくれる月花。
その頼もしい返事に、星太も自然と笑みがこぼれる。
「そうだね、ごめん。それにまだまだこれからだよね。」
また明るい雰囲気が戻り、緩やかな時間が流れ始める。
まもなく橋が見えてくるだろうか、という頃に月花が思い出したように疑問を口にした。
「星太さん、そういえば晩御飯のメニューはどうなったんですか?」
そういえば教室でそんな話をしたか。
星太はワクワクしている月花に今日の献立を…。
「今日はね…って、あー!!」
「な、なんですか!?」
突然大声を出した星太に、月花も驚いて大声を出す。
星太は悔しそうに肩を落とすと、カバンから何やら赤い丸の着いた紙を取り出す。
「スーパーの特売の時間、過ぎちゃった…。こんなに遅くなると思ってなかったから。」
星太が悔しそうに握りしめたチラシには夕方タイムセールと書かれており、何か所かに赤い丸が付けられている。生活臭のする話に、月花は笑おうか励まそうか悩む。
とりあえず本人は落ち込んでいるようなので、励まそうか。
「だ、大丈夫ですよ!ほら、特売じゃないかもですけどスーパー行きましょう?」
「うん…せっかくの月花へのピーマン克服メニューだもんね…。」
「わー!お金は大切ですもんね!ダメです!スーパーは特売じゃないと!ほら、メアリーさんもきっとお腹をすかせて待ってますから!」
「えっ、でもさっきは行こうって…。」
「あー…まだまだこれからなんですから、私のピーマン嫌いもゆっくり解決しましょう…。」
危うくピーマン祭りに自分から突入しかけ、すぐに手のひらを反す月花。
必死の説得によりどうにかそれを回避し、二人は駅側から山側へ戻ってきた。
それぞれの家には明りが点き、テレビの音や楽し気に笑う声が聞こえる。
いつもより少し遅いが、見慣れた景色に星太はポツリと感想をこぼす。
「なんだか不思議だね、何にも変わってないように思えてくる。」
星太は保健室でも実感した違和感のような何かを口にした。
「変わってないですよ、何にも。星太さんはコインの裏側が見えるようになっただけです。世界は何にも変わってない。魔法はずっと世界にあったんですから。」
月花は優しく言う。
変わったのは世界ではない、星太だ。まだ納得とはいかないが、その言葉がよく刺さる。
ぐねぐねと入り組んだ住宅街を進み、ようやく天野家の大きな門に着くと、今朝は圧倒されたその大きさに少し安心する。
星太がカギを開け、二人で「ただいま」と言うと同じように二人から「おかえりなさい」が返ってきた。
…二人?
星太が疑問に思っていると、見慣れた無表情のピンク頭のメイドから声がかかる。
「お帰りなさいませ、星太様、月花様。私はお腹が空きました。」
メイドの言葉としてどうこうよりも、その隣の女性に目が行く。
その女性は鳥居のような朱色の、少しクセのある髪を後ろで一つに束ねている。目は薄い金色で、少し日に焼けたような小麦色の肌。元気そうに笑う顔は、やや大人びたような印象を受ける。失礼ではない程度に楽な姿勢をとるその体は女性らしい凹凸のある曲線を描いているが、英梨香のようなソレとはまた違い、いやらしくないような、健康的といった感じだ。
…別に英梨香がいやらしいわけではないが。
星太が心の中で弁明をしていると、その朱髪の女性は口を開いた。
「はじめまして、赤城蛍です。今日からお世話になります。」
「えっ。」
星太が驚く。
「えっ。」
星太が驚いたことに蛍が驚く。
「あっ。」
メアリーが変わらない顔で、ヤバいという声を出す。
「あー…。」
最後に月花が今朝の自分を思い出して同情した。
「…メアリー?」
星太がお化け屋敷の装置のごとく、グリンとメアリーの方を向く。
その声色は明らかに「晩御飯遅れてごめんね」ではない。
「星太様、私は一度も下宿人は一人だとは言っておりません。」
「メアリー。」
「ですから、これはわざとではなく。」
「メアリー。」
「その…ごめんなさい。」
「そうだね、それが最初だね。」
いつもの調子で逃げようとしたメアリーだったが、さすがにダメだったようだ。
そんな様子を見た蛍が、申し訳なさそうに会話に入ってくる。
「その、私、何か悪いこと言ったかな?」
「ああ、赤城さんは別に悪くないですよ。ちょっとこの子を叱るだけですから。」
「そ、そっか…。」
営業マンのような綺麗な笑顔で返事をする星太だが、声から怒りが漏れている。
「星太様、彼女、蛍様は火星の星守です。」
メアリーが補足、といった感じで説明する。
「あー、だいたい事情は分かったよ。それにメアリーも魔法を知ってるってことも。」
「はい。今日の出来事はだいたい連絡をいただいております。こちらも長らく星太様にお伝えすることができず、大変申し訳ございませんでした。」
先ほどとは違い、丁寧に謝罪するメアリー。
星太は目を閉じてため息をつくと、笑顔に変わった。
「いいよ。メアリーは何の理由もなしにそんなことはしない。」
「ありがとうございます…。」
サラリと告げる星太に、メアリーは深々と頭を下げる。
「そんなことよりお腹すいたんでしょ?俺も月花もお腹すいたから、早くご飯にしよう。赤城さんは何かアレルギーとか苦手なものはあります?」
そんなこと気にしない、と言ったように振る舞う星太。
突然話を振られた蛍も、少し焦りながら答える。
「えっと、辛すぎるものは苦手かな。」
「わかりました、じゃあ急いで作るんでもう少し待っててください。月花も荷物の整理とかしておいで。」
「あ、はい。」
「メアリーは月花を案内して、四人分の食器とかの準備もしておいて。」
「承知しました。」
星太はサラサラと指示を出すと、何やら料理の名前をブツブツ言いながら自室に向かって行った。
残された三人。まずはメアリーが口を開く。
「とのことですので、月花様、私室へご案内します。今朝のキャリーバッグなどは先にお運びしておりますので。」
「ありがとうございます、お願いします。」
「続いて蛍様、驚かせてしまったようで申し訳ありません。下宿に関しては問題ありませんので、お先にダイニングにてお待ちください。」
「ああ、はい。」
メアリーに案内され、月花も行ってしまったので、蛍は取り残される。
「あはは…楽しくなりそうだな。」
三人の不思議な信頼関係を見て、蛍は一人で笑うのだった。
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やがて四人が集まり食卓を囲むと、他の家と同じように団らんの声があふれる。
普通ではない高校生、天野星太の日常はさらに普通ではなくなった。
しかしそこには前よりもよく笑う彼の姿があり、倍に増えた家族の笑い声がある。
その声が今後消えてしまうのか、続いていくのか。それはまだ分からない…。
ありがとうございました。
ひとまず一話終わらせられたので、私としても安堵しております。
まだまだ未熟な私ですが、どなたかのお気に入りになれるよう、精進してまいります。
さて、新キャラ蛍ちゃんですが、まあ今回は顔出しだけで、次回以降が本番です。
可愛い子なので、どうぞお楽しみに。
まだまだこれからなので、今回はこの辺りで締めようかと思います。
書く内容がないからではありません。
では、また。