表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/8

白石月花は魔術師である

こんばんは。


お昼頃に起きてこの節を書き始め、気がつけばご飯も食べずにこの時間です。腰が爆発しそう…。


蠍座、解決編です。では、どうぞ。


星太(せいた)さん、早く!」


白髪の少女、白石月花(しらいしつきか)に手を引かれ、天野星太(あまのせいた)は校内を走っていた。

踏み出す度に足がもつれそうになる。地面を無理やりに蹴って、どうにか歩を繋いでいく。



ほんの数十秒前、自分の目の前で常識が崩れた。


二人の少女が武器を構え、一人は自分を殺す、一人は自分を守ると言った。


蛇に睨まれた蛙という言葉がある。蛙にとって捕食者である蛇と相対す、『殺される』という恐怖。


頭から全ての血液が抜けていき、視野が広がるような、音が聞こえなくなるような。人間が狩ることも狩られることもなくなって、忘れ、奥底に閉じ込めていた生き物としての危機感。


もし月花があの場に戻ってきていなければ、今頃自分は…。


「星太さん!突然すぎて混乱しているかもしれませんが、私の声に集中してください。」


夕日でオレンジ色に染まる人気のない廊下を走り抜けながら、月花はまだ平静を保てない星太に力強く話しかける。


雲井沙塑里(くもいさそり)の狙いは星太さんです。細かい事情は正確にはまだ話せませんが、彼女はあなたのことを殺そうとしている。」

「…っ!」


改めて告げられる事実に、星太は小さな悲鳴をあげる。

月花は構わず続けていく。


「落ち着いて。そうさせないために私がいます。先ほど見せたように私も雲井沙塑里と同じ力…魔法が使えます。」

「ま、ほう…?」

「そうです、魔法。信じられないかもしれませんが、理解してください。」


月花は走りながら無機質にそう告げる。


魔法。

星太もマンガやテレビで見たことがある。火が出たり、空を飛んだりの超常現象。


しかしそんなものはファンタジーであり、CGや想像の中だけのものである。そうだ、そのはずなのだ。目の前で突然剣が現れて、自分を殺しにくるようなものでは…


「星太さん!」


階段の踊り場で足を止め、月花の手によって星太は壁に勢いよく押し付けられる。

現実から逃れようとしていた思考が、無理やり中断させられる。


バシィッ!


月花はそのまま星太の頬を思いっきり叩くと、下を向こうとする彼の顔を両手でしっかりと抑え、捻じ込むように言い聞かせる。


「いいですか星太さん、生きることだけを考えてください。怖がるのは生き残ってからです。」


月花の真剣な眼差しに、余計な思考が吹き飛ぶ…今は逃げなければ。


星太の返事を待たず、月花はまた手を取って走り出す。

実習室棟の三階から二階へ、そこから教室棟へ抜け、もう一度実習室棟の二階へ。

他の生徒がいる道を避けながら、学校を迷路のように走っていく。



しかし、実習室棟の二階から一階に降りようと階段に向かっている途中、理科室の前でその足が止まった。


「うふふ、見ーつけた。」

「うっ…!」


星太たちが走ってきた反対の渡り廊下から、その手に歪な剣を持った沙塑里が現れた。

彼女は不敵に笑うと、武器を構えながら話し始める。


「もう、この学校に来たばかりのあなたが、一年以上通っている私から逃げられるわけがないじゃない。それに律儀に他の生徒がいない所を通ってるんだもの、かーわいい♪」

「当然でしょう!あなたは魔術師としての最低限の決まりさえ忘れたんですか!」


楽しそうに言う沙塑里に、月花は叫ぶように答える。

それでも沙塑里の調子は変わらない。


「魔法のことは公には知られてはならない、でしょう?忘れてないわよ。」

「だったら!」

「でもいいじゃない、その公がなくなるんだから。」

「…そんなことっ、私がさせない!」


月花はそう言うと、弓を構える。

しかし、やはりその手に矢は握られていない。


「あらあ、やっぱり“見えない”のね。」


月花が手を開くと、沙塑里は藪でも払うかのように剣を振った。

ガギィ!という石レンガを砕くような音がして、剣から微かに火花が散る。


「でも見えないだけ。タネが分かればあっけないものね。」

「ぐっ…。」

「さっきはいきなりでちょっとびっくりしちゃったけど、もう効かないわ。」


沙塑里がそう言いながら剣を構えるのを見て、月花はもう一度矢を番え直そうとする。

しかしそれよりも早く、今度は沙塑里が切りかかった。


「それにッ!弓じゃあ近距離もッ!苦手そうねッ!」


月花に向かって、空を裂く音と共に何度も何度も振り下ろされる剣。

弓と剣、近接戦闘において両者の武器の性能には圧倒的な差があった。


「星太さん!逃げてッ!」


月花はこのままではまずいと判断し、後ろで怯える星太に怒鳴る。

このまま防戦一方で消耗しても結末は明らかだ、一度距離を開けなければ。


「そんな余裕…ないでしょっ!?」


その瞬間を見逃さない、と沙塑里はまた剣を振りかぶる。

月花は即座にまた弓で受けるが、弓でいなされたはずの沙塑里の剣は突然ぐにゃりと曲がった(・・・・・・・・・)


「なっ…!?…ガハッ!」


驚く月花の背中に、大きくしなった鉤爪の様な剣先がザクリと刺さる。

体の中に異物が食い込み、血がドロリと流れ出す感覚。


「私の武器がただの剣だと思った?残念ながらこれ、鞭なのよ。」


そう言って沙塑里が武器を引き抜くと、剣に付いていたギザギザの一つ一つの間が離れ、薄紫色の光の膜のようなものでつながっている。

その姿はまさしく蠍の尾のようだった。


「…!?」


ゆっくりと自分の武器を撫でる沙塑里に、月花はすぐさま反撃しようとするが体が動かない。

その様子を見た沙塑里は、満足そうに話し始めた。


「私の武器『スコルピオ』はね、刃に私の魔力が宿っていて、相手を傷つけたときにその傷口から魔力が流れ込んで、神経毒みたいに動きを封じちゃうの。本当は少しずつ傷をつけるんだけど…かなり深く刺さっちゃったわね♪」


沙塑里は愛しそうに月花の顔を撫でる。


「あなたもかわいそう…こんな人気のある場所で、ましてや誰かを守りながらなんてじゃなければ格下の私なんて相手にならないでしょうに。」

「…っこの…!」


月花が沙塑里を睨みつけながら絞り出すように声を出すと、沙塑里は少し驚いたように笑った。


「あら…さすがは月の星守(ほしもり)ね、さっきの一撃を受けておいて喋ることができるなんて。でも、残念ながらもう終わり。」


そして、月花の耳元で優しく(ささや)く。


「あなたは自分が守ろうとした大切な人間関係を目の前で失うの…占い、当たっちゃったわね。」

「やめ…ろ…っ!」


沙塑里は月花から手を離すと、立ちすくんで動けないままの星太に向かってゆっくりと歩き始める。

必死に足掻こうとする月花の叫びすら、今やこの悲劇を“らしく”するだけだ。


「さて、星太くん…何か遺言はあるかしら?」


_____________________________________


星太は目の前の少女の背中に、刃が突き刺さるのを見た。


彼女の茶色のブレザーにじんわりと赤黒い染みが広がっていく。


そんな光景を、見た。


そしてその光景は、彼の忘れ去りたい過去を引きずり出す。


目の前で赤い水たまりの上に寝転がる見慣れた妹の姿。


横断歩道の上の自分の体が引き裂かれるように熱く、そして確実に冷たくなっていくのが分かる。


誰か、大人の悲鳴。


思い浮かぶ優しい母親の顔、よく覚えていない父親の顔、いつも変わらない使用人の顔。


ああ、せっかく今日はお母さんにお花を買ってきたのに。


これじゃあ渡せないや。ごめんね、お母さん…


_____________________________________


「さて、星太君…何か遺言はあるかしら?」


「な…んで…。」


誰にも向けられていないようにつぶやかれる星太の言葉。

沙塑里はそれを聞いて、楽しそうに返す。


「何で?かあ、そうね、本当に何も知らないのね。」


沙塑里は一人で納得したように頷くと、保育士のように優しい口調で語り始めた。


―――この地球で人間だけが言葉を話して、文化の発展したコミュニティを作っていることに疑問をもったことはあるかしら?


人間に近いと言われる猿たちとだって、まるで違う。一般的には進化だって言われるけど、もしそれが、誰かが“故意的に”行った結果だとすれば?人間が“作られた”ものであるとすれば?


星。planetのことね。あれは成長し続ける魔力の塊なの。成長し続けて、いつかは爆発してしまう。これは小学校くらいで習ったのかしら?


まあいいわ、それが爆発してしまうとなると、そこに住んでいる生き物、私たちから見れば宇宙人ね、彼らは生きる場所を失ってしまう。あ、宇宙人はいるのよ?私も会ったことはないけれど。


それで昔、生きる場所を失いたくない者同士、まだ寿命のある星を狙って戦争が起こったの…人間と似たようなものね。そんな戦争がずっと続いて、たくさんの犠牲が出た。


死にたくないために死ぬなんて不思議な話よねえ。


そのうち、ある程度強大な力を持った星々、太陽系と呼ばれるそれらは、この不毛な争いに決着をつけるための解決策を考えた。どんどん魔力が膨らんでしまうのなら、それを抜くアースを着ければいい。理論は簡単な話ね。


彼らは技術の粋をもって誰もいない星を作り上げ、その環境に適した、自分たちよりも弱小でいて、なおかつ星の膨大な魔力を体内に取り込んで排出できる生き物…人間を“創った”。疲弊していた星々はもちろんそのシステムを、手放しとは言わないまでも歓迎した。


そうして生まれた地球(アース)を、他よりも強大な自分たちが守る。抑止力ってわけね。もちろん全ての人間が星の魔力を吸い上げてるわけじゃないわよ?


むしろその存在を守るために、木を森の中に隠すために、多くの人間を、多くの生き物を創った。そして星を守る者、『星守』にだけ魔力を扱う術を授け、自衛させることにした。


私はさそり座の星々の、そして白石さんは月の、そして…星太君、あなたも『地球の星守』なのよ。


ようやく本題ね。“なんで”星太くんを殺すのか、地球の星守が死んだらどうなると思う?地球が爆発する?


うふふ、さすがにそこまでこのシステムは弱くないわ。もし星守が死んでも次の人間に代わるだけ。コップが割れたら新しいのを買うでしょう?


でも、もし地球の星守が意図的に殺されたら(・・・・・・・・・)…?根幹を狙って壊される可能性のあるシステムに、自分の星の命運をかけるかしら?


誰も勝手に開けられる金庫にお金は仕舞わないわ。すなわち、また安定を求めて、全宇宙で戦争が起きる。そうすれば私は―――


それまで話し続けていた沙塑里の言葉が、止まった。


「私は?私はなんで戦争を…?違う、私はただ…私は?」


突然自問自答を続ける沙塑里。

月花はその様子がおかしくなったことに気がつき、星太に声をかける。


「星太さん!星太さん!星太さん…!!!」


_____________________________________


どこか、白い。いや、または黒いのかもしれない世界で、星太は佇んでいた。


「(俺は…。)」


なんだかひどく疲れたような気がする。

足に泥のようなものが絡みついて、上手く動かせない。


「(あれ?なんで俺動こうとしてるんだ?)」


そこでふと、足を動かそうとしている自分に疑問をもった。

なぜ自分は歩こうとしているのだろうか?歩きにくいのなら立ち止まればいい。


星太が動くのをやめると、ずぶずぶと体が沈み始める。


ずぶずぶ、ずぶずぶ、ずぶずぶ…。


だんだんと、膝が埋まって、腰が埋まって、胸が埋まって…不思議と口がふさがっても息は辛くなかった。


「(ああ、俺はこのまま沈んで死ぬんだな。)」


なぜかふと、そんなことを考えていた。



沈んで沈んで、どのくらい経っただろう。

気づけば下から、子供のすすり泣くような声がする気がした。


無意識に閉じていた目を開けると、向こうを向いて泣く一人の少年がいる。


「どうしたの?大丈夫?」


星太は優しく声をかけた。


「ぐすっ…おかあさんね、いなくなっちゃったの。」


少年も泣きながら答えた。迷子だろうか。


「そっか…良かったらお兄ちゃんが一緒に探そうか?」

「ううん、ちがうんだ。おかあさん、もっと“とおいところ”にいっちゃったんだって。」

「…そっか。」


星太は言葉に詰まる。


「うん、それでね、ぼく、とってもかなしいんだ。」


「…そっか。」


「そらちゃんもねちゃって、おとうさんもいなくなっちゃった…。」


「…そっか。」


膝を抱えて泣いている少年の独白を、星太は噛みしめるように聞く。

しかし少しの沈黙を開けて、泣いていた少年は立ち上がった。


「でもね、ぼく、がんばるんだ!」


「…!」


そして、彼は振り返る。


「あのね、もう、いやだから、に度と、大切な人を失いたくないから!」


星太の目の前に立つ黒髪の青年は、よく見慣れた自分の姿だった。


「…そっか…ごめん…ごめんな…。」


「泣いてるの?お兄ちゃん。」


「うん、少し、思い出したんだ。」


「「ありがとう。」」


_____________________________________


「星太さん!星太さん!星太さん…っ!!!」


今にも掠れてしまいそうな月花の声が聞こえる。

今ならはっきりわかる。まだ、大丈夫。


星太は周囲を見回して、状況を把握する。

…月花、背中に傷はあるけど、致命傷じゃない。弓はまだ持ってるか。

…沙塑里先輩、何か錯乱してる?仕掛けるか、いや、相手は武器を持ってるんだ。

…先輩の武器、リーチはかなり長い、咄嗟に反応されればかなりの範囲でアウトだ。

…廊下、何かないか…窓、理科室、消火器、階段の近くに掃除道具、自分の後ろの廊下には何もないはず。


与えられた状況を確認して、組み立てる。

状況を打破する最適解…。



「私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は…私?」


沙塑里は目の前の星太が座り込んでいることに気がつく。

うつむいてだらしなく座り込んだ姿に、もはや気力は感じられない。


「あなたもやっぱり、そうなのね。」


沙塑里はそう言うと、ためらいなくその手に握ったスコルピオを振り下ろした。


…とその時、星太が突然地面を蹴って動き出す。

当然沙塑里もそれを追おうとするが、振り返った瞬間、目の前に薄ピンクの煙が迫った。


「!?」


突然奪われる視界。沙塑里は思わず動きを止めてしまう。


「うああああああああああ!!!!」


勇ましく叫ぶ声。すぐに腕に激痛が走ったかと思うと、沙塑里は後ろから腕と首を掴まれる。

声の主の星太は沙塑里が落としたスコルピオを蹴飛ばすと、沙塑里を床に抑え込んだ。


バチィッ!というと激しい閃光と音が轟く。


窓からは薄ピンクの煙が上っていた…。


_____________________________________


「おおお!?ワッツハプン!?☆」


長髪の男性教師、辺見泰司(へんみたいじ)は廊下の惨状に驚いていた。


異常事態かと駆けつけてみれば、その通りだったわけだ。男子生徒が一人、女子生徒が二人、ピンクの粉まみれになっている。


「…先生?」

「おわああア!☆」


その中の一人、男子生徒が起き上がり、こちらに気がついたようだ。


「って、セータじゃないか!?大丈夫かイ!?☆」

「あっ…はい。」


辺見はそれが自分の受け持つ生徒、天野星太だとわかると、心配そうに駆け寄る。

手厚く介抱しようとしたが、その手は丁寧に押しのけられた。大丈夫そうだ。


「すごい音とかスモークが見えたから、確認に来たんダ☆」


辺見はどことなく異臭のする周りを見回しながら、星太に来た理由を報告する。


「セータ、一体何があったノ?☆」


口調は変わらないが、心配してくれているようだ。

しかし、正直に答えるわけにもいかないし、何とか誤魔化さなければ…。


「実は、消火器が突然誤作動したみたいで…そうだ!白石と雲井先輩を助けないと!」


星太に促され、辺見は他にも生徒が倒れていることを思い出す。

確かにあの姿は自分のクラスの転校生、白石月花と、最近話題の雲井沙塑里だろう。


「オ~!?セータ、とりあえず君の言葉を信じるヨ!だから早く二人を保健室ニ!☆」

「はい!ありがとうございます。」


星太は礼を言って立ち上がると、廊下に倒れこんだ月花に話しかける。


「月花!月花!」


体を軽く揺すると、月花は軽くむせるように咳をした。

顔についている粉を軽く払ってやる。


「星太…さん。」

「月花!大丈夫?ケガは!?」

「背中の傷は応急処置で塞ぎました…でも、痺れがまだ少し…。」

「塞いだって…とにかく保健室に行くから、体起こすよ。」


まだあまり力の入っていない月花の体を、星太はしっかりと抱きしめる。

人間の温かみ、声、心音、重み…その感覚をしっかりと確認するように。


「ごめんなさい…星太さん、ごめんなさい…。」

「話は後でいくらでも聞くから、とにかく今は保健室。」


星太に叱られるように言われ、月花は小さく「はい」と答える。

辺見も沙塑里をお姫様抱っこし、四人で教室棟一階の保健室へ向かうのだった。

_____________________________________


「えーっと…何があったのかしら?」


着くやいなや保険医に驚かれる一同。

とりあえず辺見にしたものと同じ説明をする。辺見のフォローもあってか納得してもらえたらしい。


「クリーンアップしてくル☆」と言って辺見が消えた後、保険医は二人に軽い指示を出す。


「雲井さんはひとまず様子を確認するから、二人は奥のシャワー浴びちゃいなさい。着替えも制服洗ってる間は、ここの体操服貸してあげるから。」


保険医はそう言って、テキパキとタオルや着替えの体操服を用意すると、まだ気絶している沙塑里を抱えた。


「月花、先に浴びておいで。」


保健室にはシャワールームが一つ備え付けられており、星太は月花に先を譲る。

ちょっと誤解を招きそうなセリフではあるが、そんなことに反応する雰囲気でもないので、月花も素直にそれに従った。


二人は脱衣所のドアを挟んで、話し始める。


「星太さん、ごめんなさい。」

「なんで月花が謝るの?俺を助けようとしてくれたじゃないか。」

「でも…私、完全に浮かれてました。星太さんを守らないとなのに、星太さんや冠さんに優しくしてもらって、クラスのみんなにも転校生だ、同棲だってちやほやされて…。」


月花はぽつぽつと言葉を紡ぐ。

星太はそんな彼女の声に黙って耳を傾けた。


「占いの話だって聞いて、おかしいって、何かあるって気づかなきゃだったのに、私は自分のことしか考えられてなかった。ましてや最後は、星太さんに守られて、命まで助けられた。だから…ごめんなさい。」


月花は泣いているのだろう。消え入るような、しゃくりあげる声がする。

彼女の反省がひとしきり終わると、今度は星太が口を開く。


「月花。」


名前を呼ぶと、月花の声が止まる。

聞いてくれているようだ。


「月花、俺も昔、大切な人を守れなかったことがあったんだ。その時俺はまだガキでさ、何もすることができなかった。…ただただ怖いって、自分を助けてほしいって思ってた。」


星太は遠くを見るような顔で、噛みしめるように話す。


「そうして結局、俺は誰も助けられないどころか、大切な人をもう一人失った。人生に絶望したし、自分のことを殺してやりたいくらい憎らしかったよ。」


少し恥ずかしそうに笑いながら、星太は目を閉じた。


「でも、月花は違う。俺を助けに戻って来てくれた。俺を何度も励ましてくれた。俺の頬を叩いてくれた。自分が傷ついても、俺の名前を何度も何度も、何度も呼んでくれた。そして、だから俺は今、ちゃんと生きてる。」


星太はクルリと脱衣所のドアに振り返ると、深々と頭を下げた。


「だからありがとう、月花。」


少し沈黙があった後、また月花の声がした。


「星太さん…ありがどうございまず…!」


鼻水混じりでお礼を言う声に、星太は思わず泣きじゃくる月花の顔を思い浮かべて笑ってしまう。


「あはは…じゃあ、魔法だとか細かい話は帰ってからするから。」

「ばい。」


ぐずぐずと泣く月花がシャワー室に入ったのを聞きながら、星太は床に座り込んだ。


思い出したくもないと考えていた過去に、命を救われてしまった。


気がつけばただの日課になっていた毎朝のトレーニング。これは昔、自分の失敗に後悔して、誰かを守れるようになりたいと思って、始めたのだ。そんなことも忘れてしまうとは…。


「天野くん…。」


星太がセンチメンタルな気分になっていると、服の端に粉をつけた保険医から声がかかる。


「女の子が入ってるシャワー室の前でニコニコ座ってるのは、どうかと思うよ?」

「あっ。」


自分の状況を客観的に説明され、星太はすぐに飛びのいた。



月花の制服を洗濯機に入れた保険医は、星太に沙塑里の容態を説明する。


「雲井さんね、腕にちょっとアザはあったけど、気絶してるだけみたいだから。安心してね。」


安心、でいいのだろうか。しかし死ぬよりは間違いなく良い。沙塑里からもいくつか聞きたい話がある。


「そうですか、良かったです。」

「うんうん、天野くんもケガとかないかい?」

「はい、大丈夫です。」


魔法で死にそうにはなった、なんて言えないので、普通に答える。

保険医は「そうかそうか」と喜ぶと消火器の話をし始めた。星太も適当に話を合わせる。


こうしていると何も変わらないような、不思議な感覚になる。

実は何もなかったのではないか。そんな風に思ってみるが、自分の目に、脳に焼き付いた景色は消えそうもない。


「あのっ、シャワー使い終わりました。」


そのうち、体操服姿の月花が出てきた。

自分の見知った服のはずなのに、不思議と新鮮に見える。目の下が少し赤いのが可愛らしい。


笑顔で出迎えたが特に会話は交わさず、月花と交代で星太もシャワーを浴びる。

粉まみれの制服を脱衣カゴに入れ…なんだか脱衣所がいいにおい…ではなく急いでシャワー室に入った。


熱いシャワーを頭からかぶると、自然と考え事をしてしまう。


魔法は実在した。無意識に聞いていた沙塑里の話が本当ならば、それは宇宙人がもたらしたものだという。


さらに、沙塑里や月花…そして星太自身も人間の中で選ばれた『星守』という存在らしい。

ということは自分にも魔力とやらが通っているのか…?それも地球の?星太も武器を持って戦うのだろうか?いやいや、まず魔力というもの自体がよくわからない。


月花はこのために来たのであれば、メアリーも魔法のことを知っているのだろうか。…彼女なら何を知っていてもおかしくない気がするが。


沙塑里の様子がおかしかったのも引っかかる。最後の「あなたもやっぱりそうなのね」とはどういう意味だ?


とにかく考え始めると、いくらでも疑問が生まれてくる。

幼い頃にこれが常識だよ、と言われたときはなぜあんなにも素直に受け入れられたのだろうか。


あらかた粉も落とせたので、シャワー室から出て、体を拭く。

もちろん体もいつも通りで、何も変わっていない。16年間ずっと見てきたそのままだ。


体操服に着替えて、シャワー室から出ると、保健室は静かだった。


「先生?月花?」


星太はいるはずの二人を呼んでみるが、返事はない。

外は既に暗くなっており、蛍光灯の人工的な明かりに照らされた保健室は異様な静けさを放っていた。


「…っ!」


星太に瞬く間に緊張が走る。

沙塑里は気絶していたとはいえ、月花もケガ人であるし、ましてや保険医は一般人だ。


まさか、また…?


シャワーで上がった体温のせいではない、嫌な汗が額を伝う。完全に終わったと油断したか。

星太はなるべく平静を保ち、手近にあった花瓶を手に取った。壁に背を付け、隠れることができそうな場所を探す。


「…!」


ベッドのひとつ、カーテンが閉められている場所から微かに水音がする!

カーテンの生地が厚いのか、影は確認できないが、何かがそこにあるのは確かだ。


星太は周囲に気をつけながら、そのカーテンにゆっくりと近づく。

そして花瓶を握りしめると、思い切りカーテンを開いた。


「きゃっ!?」


そこには…そこには、濡れタオルで体を拭く、下着姿の沙塑里がいた。


装飾の少ない紺色の下着に隠された、妖艶な顔にふさわしい豊かな白い双丘が、ばっちりと視界に入る。

下半身は毛布に入っているので見えないが、胸以外を隠していないので、上半身のありとあらゆるボディーラインが丸見えである。


「す、すみません!」


星太は謝ると、カーテンを急いで閉じた。

重たい沈黙が流れ、先ほどまでとはまた違った緊張感が星太を襲う。


「ええと…見た、わよね。」


沙塑里は確認しかけて、自分で納得する。

そして昼休みの時の様な明るい口調になると、星太を励ますように話しかける。


「その、あんなことの後だし、警戒したのよね?仕方ないわよ♪」

「いえ!その…ほら、綺麗でした!」

「えっ…そう、ありがとう?」


星太も焦りからかよくわからないことを口走る。

沙塑里の気を使ったフォローが痛い。


…二度目の気まずい静寂の後、沙塑里が口を開く。


「星太くん…いや、天野くん。信じてもらえないでしょうけれど、私があなたを襲ったのは私の本心じゃないわ。」


本心ではない…?他人の意思で誰かを殺そうとできるのか?

少し落ち着きを取り戻した星太は、花瓶から手を離さず、隣のベッドに座る。


「今さら天野くん、は逆に慣れないです。そのままでいいですよ。」

「そう…。」


沙塑里は少し考えるように返事をする。

また静寂が始まると、次はドアが開く音でそれが破られる。


「あー!天野くん、また女の子と壁一枚でニコニコしちゃって…不思議なフェチだねえ?」

「フェチ!?そっか…星太さんのフェチ…。」


カバンを持った月花と保険医。

どうやら荷物を取りに行っていたらしい。なんとタイミングの悪いことか…。というかニコニコはしていない。


「まあ三人とも大丈夫みたいだし?制服の洗濯が終わったら今日はもう帰りなさい。私はちょっと職員室に報告とかをしに行くから。」


保険医はそう言うと、書類をいくつか持ってそそくさと部屋から出て行った。

取り残される三人。


まず始めに、月花が星太に声をかけた。


「星太さん、雲井先輩とお話されましたか?」

「う、うん…。」


お話どころか下着姿を見たが、言っても得はないので黙っておく。

そういえば、月花の沙塑里に対する呼び方が戻っている。


「そうですか。どんなお話をされたかは知りませんが、とりあえず星太さんも交えて詳しい確認をしたいんですが、いいですか?」


月花は閉じられたカーテンに向かって確認をとる。


「ええ、もちろんよ。」

「わかった。俺も聞いてみたいことがある。」


三人は沙塑里のベッドの周りに集まる。

…さすがに沙塑里は既に体操服姿だった。


「では、話を始める前に、誓約魔法を使わせてもらいます。構いませんね?雲井先輩。」

「わかったわ。」

「誓約魔法?」


また星太の知らない単語だ。

すぐに月花から説明が入る。


「ああ、星太さん、早い話がウソ発見器ですよ。お互いに同意して魔力をリンクさせて、精神の乱れや記憶などの齟齬による波長の変化で判断するんですけど…。」

「細かい説明はいいや。」

「あ、はい。」


知らない単語がわけのわからない単語に進化する前に止めておいた。ウソ発見器で十分伝わる。

月花が手を差し出すと、沙塑里もその手を握る。これでリンクしたということだろうか?


星太が勝手に想像していると、月花が仕切り直す。


「では雲井先輩、とりあえず先輩の知っていることを話してもらってもいいですか?できるだけ細かいことまで。」

「ええ。」


沙塑里は承諾すると、話し始める。


「と言っても、私が覚えているのは、誰かに精神に干渉するような魔法を受けたってことだけなのよね…。学校の帰り道、突然意識がなくなって、誰かに色んなことを言われたわ。星太くんのこと、地球の星守を殺して戦争を起こそうとすること…でも、その人の顔までは思い出せない。」

「そうですか。相手は精神干渉、それも黄道十二星座たるさそり座の星守に自分の痕跡を残させない程の高度なものを使うことができる。」

「そうね、それに私が星守だと知っていて、なおかつ星太くんが男性であるにも関わらず星守であるとも知っていた…。」

「そして現在の星守のシステムを崩そうとしている、戦争推進派の存在であることも確かでしょう。」


少女たちが少しずつ限られた情報をたどる中、話についていけない星太が一つ質問する。


「ちょっと止めるようで悪いけど、男性であるにも~ってどういうこと?」

「星守は代々女性がなるものなんです。」

「なんで?」

「女性の方が精神的に強い方が多いって見方が一般的ですね。私は男性でも心が強い人はいると思いますけど…実際正確には分からないっていうのが現状です。」

「長らく女性だけがやってきたっていう事実があるから、それが常識として定着してるのよね。私は女性の体が“受け入れる形”をしてるっていうのが一番納得したんだけど、性差別的だからってこの論は下火なのよ。どっちが差別的なんだか。」


月花と沙塑里、それぞれから返答がくる。

どうやら魔法も全てが解明されているわけではないらしい。


「ありがとう。じゃあもうひとつ、沙塑里先輩は俺たちを襲ったとき、かなり混乱しているように見えたんですけど、あれはどうしてなのか覚えてますか?」


星太が質問を変える。

沙塑里は少し言いにくそうな顔をしたが、すぐに話し始めた。


「そのためには、ちょっと時間を遡る必要があるわね。…私は、元々占いが得意だったの。それでよく友達の相談に乗ってあげたり、仲良しグループの中ではお決まりの遊びみたいな感じだったわ。」


沙塑里は穏やかな笑顔で、昔を思い出すように語る。


「そのうち、私の占う対象は少しずつ広がっていった。友達伝いに噂が広まって、話したこともなかったクラスメイト、別のクラスの子、知らない先輩、最後には先生まで…占いって結局は客観的に見た現状に対して、集められたデータから予測される結果を心地よく聞こえるようにアドバイスをしてあげることなんだけど、幸か不幸か私のそれは、よく当たってしまったのよね。」


隣で「超能力じゃないんだ…」と落胆する白髪の魔術師がいるが、星太は触れないことにした。


「私が“占い”をする度にみんながすごいって、褒めてくれるのが嬉しかった。自分の言葉でその人の人生が良い方向に向かったんだって、そう思ってたわ。でも、それは勘違いだった。次第にみんな、占いに従うようになってしまったの。自分の頭で考えず、何か壁に当たればすぐ占い。どうすればいい、私にはわからない、どうにかしてほしい…ってね。私が言えば何でもしようとするの。滑稽だったわ。」


月花がだんだん落ち込んでいる…。


「私は周りに失望するようになった。この人はどんな魅力があっても、私がこうしなさいって言えば変わってしまうんだって。それってロボットと何も変わらないじゃない、私がレバーを前に倒せば、彼らはこけてもひたすら足を空回りさせる。占いでこう言ったから、きっと正しいんだって。この世界に一人だけにされたような…うん、寂しかったのかな。」


沙塑里は疲れたように笑う。

それは悲しいようで、優しいような複雑な表情だった。


「そんな頃ね、私が精神干渉を受けたのは。私はたが(・・)がひとつ外れたような気分になって、いっそこんな世界なくしてしまおうと思ったの。」

「それで、地球の星守、星太さんを。」


いつの間にか復活していた月花が納得したように言う。

沙塑里もすぐにそれを肯定した。


「ええ、そんな感じよ。占い同好会なんてクラブを立ち上げて、部室を用意して…。占ってあげた見返りとして先生に提案したら簡単だったわ。会員もちょっと声をかければすぐに集まった。」


会員とはおそらく教室に来たヴェール集団のことだろう。


「あとはそれらしい内装や服も用意して、同好会の噂を流して、星太くんの情報を集めさせた。でもここでまたひとつ計算違い、星太くんと冠さんは占いを信じなかった。私は焦ったわ。自分が嫌だと思っていた『占いを信じられること』を計画の中に盛り込んでいたなんてね?ほんと白石さんがいなかったらどうなってたか…。」

「うぐっ…。」

「そうして、どうにか星太くんをあの部屋に連れ込んで、白石さんを追い出した。あとはどうにか殺せば終わり…だったんだけど、私は星太くんが気になってしまった。だって一人だと思っていた世界に突然私の思い通りにならないイケメンが現れたんだもの、私だって女の子よ♪」


沙塑里は照れくさそうに星太をチラリと見る。

あれは演技じゃなかったのか…。


「でもダメだったわ~、ハーブティーだって言って媚薬飲ませても、体くっつけても、どれだけ誘惑してもダメ。私だって恥ずかしかったから飲んで勢いづけたのになあ。」

「ええっ!?媚薬!?星太さんに何飲ませ…って誘惑!?」


月花が反応に忙しい。沙塑里よりもよっぽど波長とやらが乱れているんじゃなかろうか。

そしてサラッと言われたが星太が飲んだハーブティーは媚薬だったらしい。さすがに料理に媚薬を使う予定はないので、あの味を参考にするのはやめておこう…。


「でもね、それでも私、すごく嬉しかったわ。久しぶりすぎて下手くそだったかもだけど、私、人間と触れあってるんだって思えた♪」


沙塑里は年相応に笑ってみせる。今までよりも、スッキリしたようないい笑顔だ。


「ちょっと!なんでそんなこと…もー!」


月花がいまいち語彙力の足りない怒りを表すと、沙塑里は笑って続けた。


「だって今私、嘘を話せないじゃない♪それに、問題はここからよ。」


月花はまだ不服そうだが、今は沙塑里の話の方が大切だ。

不機嫌そうに頬を膨らませる月花を視界から外すように、星太は沙塑里に向き直った。


「私は、星太くんに突き放されて、諦めようと思ったわ。だって人間ってそういうものでしょう?でも、白石さんが戻ってきて、星太くんを殺せなくなるってなったとき、私の中の何かが変わった。主目的が、寂しさが紛れたのに、星太くんへの殺意だけは消えないどころかどんどん増していく。私の中で、私じゃない感情が暴れるみたいに私の心を食い荒らす。そして、気がついたら二人を襲ってた。」

「精神干渉の効果…でしょうか。それまで依代にしていた雲井先輩の寂しいという感情が薄れ、居場所がなくなった魔術が暴走した。」

「そうね、もしかすると、最初からそれが目的だったりしたのかもしれないわね。」


月花と沙塑里は考察をする。


「そして、星太くんにトドメをさそうとした時、自分でその矛盾に気がついたの。私なのに私じゃない、私は戦争を起こしたいわけじゃないって。」

「雲井先輩の私は私は…はそういうことだったんですね。」


月花が納得したように呟くと、沙塑里もそれを肯定する。


「そう。まあその葛藤も星太くんが座り込んで、“諦めた”ように見えちゃって、干渉側が勝っちゃったけど。」

「なるほど、あなたもっていうのは、俺が困難に自力で抗うのを止めたように思ったということですか。」

「正解♪結果としては真逆で、綺麗に粉まみれにされちゃったわ♪」

「あっ…ごめんなさい。」

「殺そうとしてきた人に謝らないでよ…やっぱり優しいのね。」


星太の謝罪に沙塑里が少し寂しそうに笑うと、月花が事務的な口調で続ける。


「さて、雲井先輩。情報もあらかた出たので、ここからはさそり座の星守として話をさせていただきます。」

「はい。」


沙塑里もすぐに姿勢を正し、月花に向き直る。

それまでの緩やかな空気から変わって、ピリリと張り詰めた雰囲気だ。


「一応あなたは首謀者ではないですが、実行未遂を起こしたのは事実です。」

「はい。」

「これは非常に危険な行為であるのですが、困ったことに魔術師本人による首謀ではなく、さらに精神干渉されていた場合の処置は前例がありません。」

「…。」

「さらに、現状なぜか精神干渉の魔法の痕跡も掴めず、解決したとは言い切れない案件です。」

「はい。」

「そこで、実際に被害者である地球の星守たる星太さんに、どの程度の刑罰が妥当なのかを仮処置として判断していただきたいわけです。」


月花と沙塑里は星太の顔を見る。

星太は重々しい空気に合わせるように静かに目を閉じると、判決を下した。


「じゃあ、無罪で。」

「わかりました、では無ざ…えええええ!?」


シリアスな雰囲気を保てない月花。


「いいんですか、星太さん!?仮にでも私たちは刃を向けられたんです。死刑まではなくとも、かなりの罰までは容認されますよ…?」

「月花は実際にケガをさせられてるから、なかなか認められないかもしれない。でも、俺は自分が沙塑里先輩と同じ立場だったら、きっと辛いと思う。それに、そんな感情を利用するやつのせいで沙塑里先輩が傷つけられるようなことは絶対に許せない。」


星太はしっかりと自分の意見を述べる。

月花は少し迷ったようだったが、やがて諦めたようにため息をついた。


「そんなの、私も許せないに決まってるじゃないですか。」

「ありがとう、月花。」

「雲井沙塑里さん、今回は星太さんからのご厚意により、現時点での刑罰はなしとします。」

「…本当に、いいの?」


沙塑里からの視線に、星太は受け入れるように微笑んでみせる。

沙塑里は悩んでいただけだ。悩むことは前に進もうと努力すること。それのどこに悪があろうか。


「ただぁーし!」


…と、ここで月花が待ったをかけた。


「雲井先輩は失敗をしたわけですし、もしかすると首謀者側から何らかの報復があるかもしれません。さらに、魔術の痕跡がない以上、このまま野放しでどうぞ、とはさすがに言えません。これは安全のためです、いいですね、雲井先輩?」

「わかったわ。」


月花が芝居がかったような説明をすると、沙塑里もそれを承諾する。


確かに罪はないが、可能性がゼロだとも言い切れない、というのはその通りだ。

報復のことも考えるとこのままは…。


「そこでなのですが、こちら側が用意したある程度安全の保障された施設に住んでいただこうかな、と考えております。」

「なっ、月花、懲役はなしだって。」


まるで囚人のような扱いに、星太は噛みつく。

しかし月花はそんな星太の反応に「まってました」といった表情で答える。


「星太さんご安心を。十畳の自室に大浴場、トイレ、毎日専属シェフの三食付き。さらに学校からもほどほどに近くて、たくさんのお手伝いさんやお庭にはプール、近所には所有する山があってジムの無料会員まで付いてくる超優良物件です。」

「えっ…ウチよりも広いね。」

「はい、普通に住めるのなら住みたいです…。」


星太は自分の家よりも好待遇なことに少し不満を覚えた。

…しかしそんな施設、学校の近くにあっただろうか。


「なので雲井先輩には本日付でそちらに引っ越していただきます!あと媚薬も禁止です!」


月花がどさくさに紛れて私情を挟むと、カーテンが勢いよく開け放たれた。



「媚薬ってなんですの!?」



ツッコミお嬢様再来、冠英梨香(かんむりえりか)である。

セリフはひどいものだが、お嬢様である。


「英梨香…なんでここに?」


星太は突然の英梨香の登場に動揺する。

英梨香は用事があると、今日は早めに下校したはずだ。それに、魔術は公に知られてはならないのではなかったか…?


星太が疑問に思っていると、月花から補足が入った。


「えー、改めまして、こちらかんむり座の星守(・・・・・・・・)である、冠英梨香さんです。」

「よろしくお願いしますわ!」

「「ええ…。」」


鼻高々な英梨香、対して星太と沙塑里は呆然といった感じである。

英梨香はそんな二人の表情を気にせず、話を続ける。


「星太様、星太様が星守であるとの話をお聞きした時はチャンス!…ではなく大変驚きました。何より星太様は男性でいらっしゃいますし、さらには地球の星守だなんて。」

「あはは…それは俺も驚いたよ。」

「私そんな星太様のために、何ができるかと!そう考えまして、白石さんの予想通り雲井先輩が無罪とのことですので、それならば宿を貸そうと!冠家であれば魔術方面でも物理方面でも、さらには居住性やサービス面でも、そこらとは格が違うと自負しております!」

「そ、そっか…。」


星太が勢いに押されていると、沙塑里が口を挟んだ。


「でも、いいのかしら?私はあなたにあんまり良い印象を与えてなかったな、と思っていたのだけど。」

「ふむ…まあ、大歓迎ではありませんわね。」


意地の悪い質問に、英梨香は正直に答える。

しかし返答の内容とは裏腹に、その表情はとても明るいものだった。


「ですが、あの時星太様が許し、今星太様が望み、笑っていらっしゃるのなら、私は何でもよろしいですわ♪」

「うふふ…やっぱりあなた、すごいのね。自分の決まりは絶対に曲げないんだ。」


軽快に笑い飛ばして見せる英梨香に、沙塑里も破顔する。問題はないらしい。

普段うるさいほどに振り撒かれる英梨香の強さが、今は一段と頼もしかった。


「それに、別に家が広いからというだけではありませんのよ?冠家は、契約魔法に特化した家系ですの。」

「契約魔法?」


一文字違いで、またもや新しい用語だ。

契約、と言うと悪魔のようなものを想像してしまうが。


「ええ、二者間で主従を結び、従者は主に抗えなくなる。名前の通りですわ。」

「その代わりに同意が必要だったり、色々と条件は厳しいんですけどね。」


また月花が補足をいれてくれる。

早く魔法の話題にも着いていけるようになった方が良さそうだ。


星太が今後の課題を確認していると、沙塑里が英梨香に手を差し出す。


「そうね、あなたとの主従関係なら、喜んで受け入れましょう。」

「ええ、私こそ、よろしくお願いしますわね。」


英梨香もそれに応えるように手を取り、二人はしっかりと握手を交わした。

想定外の登場だったが、事態が収束しそうで何よりである。


星太がわいわいと話す三人を見守っていると、英梨香が忘れていた話題を切り出した。


「そういえば、媚薬って何事でしたの?白石さん。」

「あっ…えーっと。」


収束しかけていたが、また発散しそうだ。


「あら、私が星太くんに媚薬を盛ったのよ。」

「びや…うぷっ。」


普通に自白する沙塑里。もう月花の手は握っていないのだが…。

英梨香も英梨香で、なぜかえずいている。


「雲井先輩…?主としてあなたには色々と教え込まなければいけないみたいですわね…。」

「冠さん!?禁止!禁止にするって話ですから!」

「あらあら~、どんな事されちゃうのかしら~?」


怒り、焦り、煽る。

今朝教室で見た気がする…。


星太が嫌な予感を感じ取る間もなく、沙塑里が余裕そうな口調で続ける。


「でも、私はもう媚薬なんてなくてもいいかも♪だって星太くん、私の下着姿が綺麗だって言ってくれたし…ね?」


沙塑里は星太に向かってウィンクを飛ばす。

この学校の生徒は火があればガソリンをぶち込まないと気が済まないのだろうか…。


また「ドウイウコトデスノ」と体を揺さぶられながら、それを必死に止めようとする月花の慌てぶりを見ながら、沙塑里の高笑いを聞きながら…今度は笑顔で心地よい地獄を楽しむ星太なのであった。


ありがとうございました。


今回は少し長いセリフや設定、わかりにくい演出などがあったかもしれません。ご容赦ください。


星太の過去についてはしっかりと考えております。今後明らかになっていきますので、どうかお待ちを。


さて、この章もついにエピローグを残すのみですが、星の守り人は全13章あったりします…。

まだまだ始まったばかりです。味方の女の子も、敵の女の子も、たくさん控えております。


あいも変わらずの深夜投稿ではございますが、もしよろしければお付き合いいただければ幸いです。

ではまた。



…次回エピローグのあとがきに書くことがなくなった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ