雲井沙塑里は占う
今度はお久しぶりではありません。どうも。
だんだん長くなっている気がします…手が止まるよりは良いんですが。
では、どうぞ。
「…やっと解放されました。」
綺麗な琥珀色の瞳を少し濁らせた白髪の少女、白石月花は気だるげに、そうつぶやいた。
月花は今朝のホームルームでの爆弾発言…まあ完全な自爆だったが、転校生がクラスの男子と同棲しているというドラマ顔負けの現状をぶちまけてしまったことにより、休み時間が来るたびに質問攻めにあっていたのだった。
そして現在、昼休みになってようやく下宿先というだけだと納得してもらえ、その家主である黒髪の青年、天野星太に愚痴をこぼしているわけである。
噂話は広がるのが早いもので、今でも廊下には話題の二人を見ようと近隣のクラスから野次馬がちらほらやってきている。
「お疲れ様。まあ、いつかはバレることだっただろうし、それが早くなっただけだよ。」
「だとしても、もう少しゆるやかなのがよかったです…。」
「ほら、人の噂も七十五日って言うでしょ。きっとすぐに落ち着くさ。」
「七十五…二ヶ月半ですか。」
「うっ…あはは。」
月花を気遣うように話す星太。
月花が今朝置かれたばかりの机に伸びるように突っ伏すと、正面から声がかかる。
「まったくですわ…朝からあなたのせいでどれだけ振り回されているか…。」
二人の会話に自然に混ざってきた金髪の女子生徒、冠英梨香も月花同様疲弊している様子である。
というのも、朝の一件で同棲相手である星太にも好奇心が牙を剥き、英梨香はそんな星太を必死に守っていたため、代わりに疲れてしまったわけだ。自慢の大きくカールした金髪も少し乱れている。
「元は全部冠さんが…いや、もういいです。」
「ええ、ひとまず今は休息が必要ですわ…。」
同じ苦労を経験した者同士、二人の少女の間にも謎の友情が生まれていた。
「さて、昼休みなんだしご飯にしようか。せっかくだし三人で食べよう?」
「「はい」ですわ。」
空気を変えようとした星太の提案により、三人は机を寄せ合って各々弁当を取り出す。
星太は紺色の包みの弁当箱。
月花は赤色の包みの弁当箱。
英梨香は白い花柄の巾着袋。
星太と月花の弁当箱が似ていることに気がついた英梨香が、口を開く。
「あら、お二人のお弁当、よく似ていらっしゃいますわね。」
「うん、朝俺が二人分作ったからね。」
「なるほど、それで一緒の…って、ええっ!?」
芸人さながらのノリツッコミをする英梨香。お嬢様はツッコミだってできるのだ。
お嬢様芸人はそのままリアクションを続ける。
「星太様、ご自分でお弁当を作られているのですか?そして白石さん、一緒の!それも手作りだなんて羨ましいですわ!」
眉毛を忙しく動かしてしゃべる英梨香を見て微笑みながら、二人は弁当箱を開ける。
白ご飯とふりかけの小さく丸いおにぎりがそれぞれ一つずつ、赤いウィンナーに芋がしっかり潰れたなめらかなポテトサラダ。朝も見かけたきんぴらと、緑が映えるブロッコリー。小さなアジフライと玉子焼き。これまた豪勢なお弁当である。
「その…すごいですわね。」
弁当に対してもコメントをしようとした英梨香だったが、その出来栄えに素直に関心しているようだ。
料理は味はもちろん、見た目やバランスだって大切なのである。
星太の弁当はそれぞれが主役ではないが、互いを邪魔せず彩も鮮やかで、「食欲をそそる」一折であった。
「すごいですよね、私も最初、びっくりしちゃいました。」
月花がなぜか少し得意気に英梨香に同意する。
「いやあ、なんだか照れちゃうな。でも実は半分くらいは作り置きでね…」
二人の反応を見て、星太は弁当の解説を始める。よほど嬉しいのか、いつもより饒舌だ。
すると月花が、何か思いついたように自分の玉子焼きをひとつ、弁当箱のフタに取り分け、そっと英梨香の前に差し出した。
「なんですの?」
自分の前に差し出される玉子焼きに首をかしげる英梨香。
月花はいたずらでもするように口角を少し上げて、その質問に答える。
「おかず、交換しませんか?」
月花からの提案に一瞬キョトンとした英梨香だったが、意味を理解すると、その手から丸いデザインのかわいらしいフォークが滑り落ちた。
「はっ…!白石さん…あなた…。」
「いいんです。この玉子焼きは、少しでも多くの人に味わってもらいたいですから。」
「オススメの一品ということですわね…。ふふ、一つ借りができてしまいましたわ。」
英梨香は強い目で笑うと、改めてフォークを握り直し、震える手で玉子焼きを口に運んだ。
「…そしてポテトサラダは弁当用に…って、アレ?」
星太が誰とも話せていないことに気がつくと、目の前ではモグモグしながら固く両手を握り合う二人の少女の姿があった。
食事は終わったが、まだ昼休みも残っているので、三人はゆったりと会話を楽しんでいた。
話題は、月花が休み時間に聞いた、学校の名物生徒についてだ。
「占い…?」
星太が聞き返すと、月花が嬉しそうに説明する。
「はい!クラスの女の子たちから教えてもらったんです。なんでも、二年生の雲井先輩って方の占いが、ものすごく当たるんだとか!」
「へえ、知らなかったなあ。」
星太はどことなく興味なさげである。
英梨香も少し呆れた様子で、月花の情報に付け加える。
「雲井沙塑里、進学コース二年生。最近占い同好会を立ち上げた方ですわね。相談したら両想いになっただとか、なくしていたはずの物が見つかったなんて眉唾物の噂を聞いたことがありますわ。今では予約で待たなければいけないほどの大人気だとか。」
英梨香がスラスラと説明すると、月花の目が輝く。
「冠さん、詳しいですね!占い好きなんですか?」
「この学校で過ごしていれば嫌でも聞かされる話題ですわ。むしろ星太様はご存知ありませんでしたの?」
質問された星太は、少し困ったように答える。
「うーん、聞いたことはあるかもしれないけど、占いってねえ?」
「まあ、なかなか信じがたいものですわよね。」
宇宙人でも扱うかのような二人の態度に、月花は少し不服そうである。
「もう!二人とも気にならないんですか?」
「はあ、あなたは雑誌で読んだラッキーカラーのハンカチを喜々として持ち歩きそうですわね…。」
「お、よくわかりましたね。私今月はピンクなんです♪」
ポケットから取り出したピンク色のハンカチを嬉しそうにヒラヒラさせる月花を見て、二人は苦笑するのだった。
ガラガラガラッ!!
月花がなぜ笑われるのかわからない、といった顔をしていると、教室のドアが勢いよく開かれ、黒い集団が教室に入ってくる。
集団の先頭にいる女性は天心高校の制服姿だが、頭から黒いヴェールを被っている。隠された表情はよく見えず、ヴェールの下に見える長めの髪は艶のある深い赤紫色で、ザ・占い師といった感じだ。
さらに、周りには同じように黒いヴェールを被った生徒たちが、彼女を守るかのように付き従っている。突然のヴェール集団のインパクトは、なかなかのものだ。
今日だけで何度目か分からないイベント発生に、教室はまたザワつき始めた。
「なあ、あれってさ…。」
「だよなあ、占い師の!」
「えっ、本当に?」
「だとしてもなんでウチの教室に…?」
今学校で占い師と言えば、心当たりはひとつしかない。
周囲の会話を聞いて、星太たちもヴェールの女性の話をする。
「星太さん!すごいですよ!本物です!」
「本物って…同じ学校なんだからそりゃいるよ。」
「噂をすれば、というやつですわね。」
何やらダンスのような不思議な動きをしながら教室を見回していたヴェールの女性だったが、星太たちを見つけると、ゆっくりと近づいてくる。
「わっ、わっ!こっちに来ますよ!」
月花だけが焦り始める中、三人の正面に立ったヴェールの女性は、ゆっくりと星太を指さした。
「あなたが、天野星太くんね?」
「わー!すごい!当たってますよ!」
「さっき月花が大声で俺の名前を呼んでたからね。」
星太が数秒前のことを忘れた月花を優しくたしなめると、ヴェールの女性はあえて教室全体に聞こえるように話を再開する。
「いきなりごめんなさい、私は二年の雲井沙塑里、この学校で占い同好会の会長をやっている者よ。」
両手を広げて自己紹介をする様は、占い師というよりは宣教師である。
「安心して頂戴。今日はこのクラスの天野くんに少しお話があるだけよ。」
沙塑里は有名人の登場にどよめく生徒たちを少し眺めた後、一歩星太たちに近寄り、今度は星太たちだけに聞こえるように自分の目的を話し始めた。
「さて…はじめまして、天野星太くん。」
「はあ、はじめまして。」
怪しい雰囲気を纏いながら、沙塑里は改めて挨拶をする。
星太が警戒をしながらも返事をすると、沙塑里はいきなり本題を話し始めた。
「天野くん、単刀直入に言って、あなたを占わせてほしいの。」
「占わせてほしい?」
聞きなれない表現に、星太はオウム返しで聞き返す。
占いは受ける側から依頼するものではないのか。それとも行列のできる占い師サマともなると、何か特別な理由があるのだろうか。
「そのままの意味よ。あなたのウワサを人伝に聞いてね、成績優秀、運動神経抜群、おまけにイケメンだって♪」
「はあ、誰が言ったのか知りませんけど、ありがとうございます。それで、どうしてそこから占いに?」
「まあ、お礼を言えちゃうあたりが本当にイケメンって感じね。でも…それだけじゃなくて、あなたは他にも色々特別みたいじゃない?」
茶化すような口調だが、声は笑っていない。
沙塑里の言う“特別”とは、星太の家族関係のことであろう。
「…人のプライベートを探るだなんて、良い趣味をお持ちですね。」
星太は押し付けるように嫌味を返す。
「あら、ありがとう。占い師の性ってやつなのかしらね、あなたみたいな特別な境遇の人間は、どんな運命なのか見てみたくなっちゃうのよ。」
ケラケラと笑うように皮肉を受け止めてみせる沙塑里。
どうやら純粋に悪意と興味だけの行動らしい。
「申し訳ないですが…。」
曖昧な返事で下がる人じゃない、と星太が断ろうとした時、横から月花が声をかける。
「星太さん、すごいじゃないですか!有名な占い師さんに占ってもらえるだなんて!」
子供のようにワクワクした様子で、精一杯自分の感情を表現する月花。その楽しそうな笑顔に、思わず出かかっていた言葉が止まる。
その様子を見た沙塑里は、ヴェールで隠された口元を微かに上げて、月花に笑いかける。
「有名だなんて、嬉しいことを言ってくれるわね♪そんな子は特別に、天野くんと一緒に占ってあげようかしら?」
「本当ですか!?」
星太、月花、沙塑里、それぞれが三者三様の表情をする。
星太は沙塑里の声色が若干変わったのを聞いて、苦虫を噛み潰す。
「星太さん…?」
月花は星太が何の反応も示さないことに気がつき、心配そうな顔で振り返る。
星太は一度目を閉じると、すぐに優しい顔に変わった。
「そうだなあ、たまには占いも…良いかもしれないね。」
「星太さん!」
「良かったわ、それじゃあ…。」
承諾の返事を聞いて、沙塑里が話し始めようとする。
「白石さん、何をやっているんですの?」
しかし、次は今まで黙っていた英梨香がそれを遮った。
彼女はとても冷たい顔で、三人を睨む。
「話を聞いていらっしゃらなかったのかしら?先ほどの雲井先輩の星太様への態度、先輩とはいえ、私見過ごせません。」
「英梨香、いいんだよ。」
星太は英梨香を止めるように言うと、優しく笑う。
英梨香はその顔を見て、眉間にしわを寄せると、星太にグッと近づいた。
鼻と鼻がぶつかってしまいそうになる距離で、ゆっくりと、話す。
「星太様、私は星太様のことを考えて話しております。確かに星太様は優しいお方です。私もそういう部分を大変尊敬しておりますし、誇っていただきたいとも思っております。ですが、ご自し…「英梨香!」」
星太の普段よりも大きな声に、英梨香は思わず言葉を止める。
「英梨香、ありがとう。大丈夫だから。」
「…っ!!!」
変わらない星太の表情を見た英梨香は、小さく「わかりましたわ。」と言うと元の位置に戻った。
終わったことを確認した沙塑里は、とりわけ明るい口調で話し始める。
「さて、話もまとまったみたいだし?次に進んでいいかしら。」
「はい、お願いします。」
星太の返事を聞くと、沙塑里は左手を従者の一人に差し出す。
従者は素早く二つ折りの赤いカードをその手に渡した。
「今日の放課後、ここに来てもらえる?場所はこのカードに地図が描いてあるから。」
星太は沙塑里からカードを受け取ると、その中身を確認する。
様々な特殊教室の名前が並んだ廊下の地図で、その一番端にある一室に星のマークがつけられている。
「実習室棟の…三階?」
「そう、放課後ならずっとそこにいるわ。今日は予約も入れてないからいつでも大丈夫よ。待ってるわね。」
沙塑里はそう言い残すと「じゃあ、午後の授業があるから。」と教室を後にした。
彼女のカードからは、甘い香水のような香りがしていた。
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午後の授業も終わり、放課後。
生徒たちはそれぞれの部活動や、帰路に向かって行く。
「では、私は用事がありますので。」
英梨香は二人にそう告げると、そそくさとどこかへ行ってしまった。
普段一緒に帰れないとなれば、数分に渡るお別れ劇場が開幕するのだが、昼休みのことを気にしているのだろうか。
星太が少し考えていると、荷物をまとめ終えた月花が話しかけてくる。
「星太さん、何か考え事ですか?」
「うーん、今日の夕飯どうしようかなって、ね。」
「わあ、楽しみです!」
適当な返事をして誤魔化す。
沙塑里はどのようなことを聞いてくるのだろうか?いや、別に適当にはぐらかしてやればいいのだ。真面目に取り合う義理もない。
その後も内容のない会話を交わしながら、二人は指定された部屋の前までやってきた。
「生物準備室…?」
月花が読み上げたように、古い木製のドアには生物準備室と書かれており、その下辺りに「占い同好会」という張り紙がされている。ここで間違いないだろう。
「わああ、なんだか緊張してきちゃいました!」
月花が何やらパタパタしているが、星太は特に構わずドアを三回ノックした。
その様子を見て、月花も姿勢を正す。
「は~い、待ってたわ。天野くん、白石さん。」
中から沙塑里の声がする。
「わ!すごい!ノックだけで私たちだってわかっちゃいましたよ!」
「きっとテレパシーとかだね。」
「テレパシー!すごいです!占い!」
今日は自分たち以外に予約はないと言っていたし、こんな古い木製ドアの防音なんてないようなものだからな、と思いつつも月花に話を合わせる。
テレパシーは占いと関係ないか、と自分でツッコミをいれながら、しっかり噛んでいない感じのするドアノブをひねって中に入ると、教室で渡されたカードに付いていたものと同じ香りが広がる。
部屋は入口から縦に細長い形をしており、窓や壁には暗幕がかけられている。真ん中には学習机を寄せて作ったテーブルがあり、上には真っ赤なクロスが敷かれ、ランプの明るすぎない照明がぼんやりと照らす。棚には水晶玉やタロットカードも並べられており、表の粗末な張り紙からは予想できないなかなかの雰囲気だった。
「いらっしゃい、来てくれて嬉しいわ。」
机の奥側のイスには沙塑里が座っており、二つ並んだ手前側のイスを指している。そこに座れということだろう。
星太は、はしゃぐ月花を落ち着かせ、ひとまず椅子に座る。
「すごいです!私、占いは受けたことがないんですけど、本格的ですね!」
「そう言ってもらえると嬉しいわ。やっぱり雰囲気って大事だから…。」
キョロキョロと周りを見る月花。
沙塑里はそんな月花の褒め言葉に答えながら、机の中から何やら用紙を取り出すと、ペンと一緒に差し出す。
「その用紙の質問内容に答えて頂戴。生年月日だとか、占いの判断材料にするものだからウソは書いちゃダメよ?」
用紙に目をやると、確かによく聞く占いのデータのような項目が並ぶ。
どれも特に考えずに書けるようなものばかりで、すぐに書き終わる。
「はい、ありがとう。チェックするから少し待っててもらってもいいかしら?」
沙塑里は何やら紙の束を取り出すと、二人の用紙と見比べながら慣れたようにサラサラとメモ書きをし、ペンを置いた。
「じゃあ、まずは白石さんから占いましょうか。」
「は、はい!!」
緊張した様子の月花が返事をする。
沙塑里は、確認をするように月花に言葉をかけていく。
「さて…まず、あなたはとても優しい人のようね。」
「そ、そうですね。あんまりイジワルとかはしないかもです。」
「ええ、それに一人の時間が欲しいけど、みんなと行動するのも嫌いではない。」
「はい!まさにそんな感じです!」
「さらに、他人から嫌われたくなくて、思ったように事が進まなくて落ち込んでしまうこともある。でも、自分の好きなことに関してはとても積極的で、小さな幸せでも喜びを感じることができる…。」
「なんでそこまで…。」
「うふふ、それは企業秘密よ。」
沙塑里の言葉にただただ驚く月花。
机にやや身を乗り出し、足の上に置いた手はギュッと握りしめている。
沙塑里はそんな様子を見ると、少し間を開けて怪談でもするようにゆっくりと言う。
「…もしかして、だけど、白石さんは今、大事にしたいと思っている人間関係があるんじゃないかしら?」
「!?」
月花はビクンと背筋を伸ばすと、星太を横目でチラチラと見つめてくる。もしかするとその大切な関係とやらの話を聞かれるのが恥ずかしいのだろうか?
星太が視線への反応に悩んでいると、沙塑里が話を続ける。
「あらあ、大丈夫よ。名前なんて出したりしないから。」
「ええ!?相手まで分かっちゃうんですか!?」
「さあ?試しに言ってみましょうか?」
「うわあああ!いいですいいです!」
手をブンブンと振って断る月花を見て、沙塑里は上品に笑うと、また真剣な雰囲気になって話を続ける。
「でもね、このままだとその関係が良くない方向に行ってしまう可能性があるの…。」
「なっ…!どうして…。」
「あなたの運勢が今良くない方に向かっているせいね。でもちゃんと解決策はあるわ。」
「解決策!それは教えてもらえるんですか!?」
「もちろんよ♪簡単なおまじないみたいなものだけどね。」
「ど、どうすればいいんですか?」
「誰にも見られていない場所で空に向かって10回、誰々が好きです~ってお願いするのよ。願ってる途中で誰かに見られちゃったり、恥ずかしがって中途半端になっちゃったらもう一度最初から。そうすれば良くなるわ。」
「そ、そんな!恥ずかしいですよ…。」
おまじないとやらに月花が難色を示すと、沙塑里は用紙を見ながら心配そうに口を開く。
「あらあら、でも今日を逃すと日取り的にしばらくチャンスはないのよね…それまでに関係が悪化しちゃったら…。」
それを聞いた月花は困った様子で、オロオロとしている。どうやら葛藤中のようだ。
やがて、拳を握り直して頷くと、しっかりと沙塑里を見て決心を伝える。
「うう…や、やります!」
「よし!今教室棟の屋上なら人が少ないはずよ。このおまじないは夕方の間じゃないと効果がないから急いで!」
「夕方!?わかりました!行ってきます!」
カバンも持たずに急いで出ていく月花。沙塑里は「気をつけてね~」とドアから手を振って見送ると、星太の方に向き直った。
ガチャリという音がする。
「ねえ、天野くん?少し喉が渇かないかしら。良ければ飲んでほしいハーブティーがあるのだけど。」
沙塑里はそう言いながら、棚を開けてティーセットを取り出しはじめる。
何やらいきなりな話だ。それに、喉も特には渇いていない。
「いえ、お構いなく。それに月花が戻ってきてからでも。」
「あら、天野くんが家庭科の実習で料理も上手だったって聞いて、私のオリジナルブレンドを飲んでみてほしかったのだけど。それにもちろん白石さんにも準備するわよ。」
まったく、この女子高生の情報網はどうなっているのだろうか。
星太がそう考える間にも、沙塑里は次々と棚からティーセットを用意している。まだ飲むとは言っていないが…。
「上手だなんて、人並みですよ。雲井先輩はハーブがお好きなんですか?」
「ええ、色々な香りや効能があって楽しいわよ?料理の参考にもなるんじゃないかしら。」
「そう、ですかね。じゃあ少しなら。」
「ありがとう。ちょっと待っててね。」
料理という言葉に負け、星太は沙塑里特性のハーブティーをご馳走になることになった。それに、ここで断っても後から月花が飲みたがるだろう。
沙塑里は楽しそうにビンからハーブを取り出し、お湯を注いでいる。
ハーブティーを蒸らしている間、星太が沙塑里に話しかける。
「雲井先輩…あなたは優しい人ですね。」
「あら、ハーブティーは私が飲んでほしいから淹れているのよ。でも嬉しいわ、ありがとう。」
「そして、一人の時間が欲しいけど、みんなと行動するのも嫌いではない。」
「…ええ、そうね。」
「さらに、他人から嫌われたくなくて、思ったように事が進まなくて落ち込んでしまうこともある。「でも、自分の好きなことに関してはとても積極的で、小さな幸せでも喜びを感じることができる…。」」
途中から沙塑里も追うように、星太と同じ言葉を話す。
「…すごいわね、天野くん、占い師になれるんじゃないかしら?」
少しの沈黙があった後、沙塑里は嬉しそうに手を叩いて、星太を褒めた。
「そうですね、学校で噂になるくらいにはなれるかもしれません。」
「じゃあ、私は今から空にお願いでもしてくればいいのかしら…?」
心理学の一つに、バーナム効果というものがある。
誰にでも当てはまるような曖昧な特徴を、さも自分だけが当てはまっているかのように示されたとき、人間はその結果を信じてしまう、というものだ。
「あなたの占いは嘘っぱちだ。」
「あら、白石さんが可愛いから少しからかっちゃっただけじゃない。そんな怖い顔しないで、ね?」
沙塑里は悪びれる様子もなく、カップを温めていたお湯を捨てた。
出来上がったハーブティーを注ぐと、フワッと香りが広がる。色々なものが混ざったような、独特な香りだ。
「それに、そういうものをキャーって楽しめる方が、人生楽で良いわよ?」
沙塑里はティーカップをひとつ星太の前に置き、もうひとつをその隣に置くと、星太の左隣の席に座った。
「それは雲井先輩に言われたくないですね。」
星太は特に気にする様子もなく、沙塑里と隣合って座るような形になる。
「まあ、確かにそうね。そんなに熱くないから、冷めないうちにどうぞ?」
沙塑里は笑いながらカップを持ち、星太にも促す。
星太は「いただきます。」と小さく言うと、確かめるように一口飲んだ。
ジャスミンに似たような香りもするが、全体的にピリリとして苦めで、大人の味といった感じだ。
しかし吐き出してしまいたくなったり、舌の上に残るような感じもなく、苦さを楽しむものだとわかる。
「美味しいです。でも、ハーブティーって甘いものだと思ってました。」
星太が感想を伝えると、沙塑里は満足そうに答える。
「良かったわ。もちろん一般的には甘いものの方が人気があるでしょうね。でも、今回は苦いから誤魔化そう、じゃなくて苦いものをいかに味わうかを考えてみたのよ。」
沙塑里はそう言い終わると、自分でもハーブティーを飲むために、頭のヴェールを取った。
その下からは、同級生と一つしか違わないことを忘れさせるような妖艶な顔が現れる。余分な肉はないものの、細っているというわけではない輪郭に、スッと通った鼻。ぽってりとした唇に、髪と同じ色の瞳は少し垂れ、左目の下の泣きぼくろが印象的だ。
星太がそんな沙塑里の容姿を見ていると、カップから唇を離した彼女は悪戯な笑みを浮かべる。
「どうしたの?そんなに見つめられたら私、勘違いしちゃうわ。」
「ああ、すみません。雲井先輩、ずっとヴェールを着けてたから。」
星太が素直に謝ると、沙塑里は少し不機嫌そうな顔をして、人差し指を立てて見せる。
「もう、さっきから雲井、雲井って…。白石さんや冠さんのことは下の名前で呼んでたじゃない。」
どうやら、見ていたことに怒っているわけではなく、呼び方に不満があるらしい。
なんだか子供っぽくて、今までとのギャップに少し拍子抜けする。
「でも、雲井先輩は先輩じゃないですか。さすがにいきなり先輩を下の名前では呼べないですよ。」
「ほらまた。本人がいいって言ってるんだから…ね?さ・そ・りって呼んで?」
「わかりました、沙塑里先輩。」
「うーん、まあいいわ。」
どうやら納得してくれたらしい。
そもそも沙塑里に心を許したわけではないのだが、呼び方ひとつで機嫌をとれるなら安いものだ。
沙塑里は何か思いついたといった顔をすると、両手のひらを合わせて、星太に話しかける。
「じゃあ私も星太くん、って呼ぼうかしら。」
「ご自由にどうぞ。ニックネームもないですし。」
「やったあ♪じゃあ、星太くんの占いに移るわね?」
沙塑里は嬉しそうに笑うと、星太の左手を握る。
しかしそれは握手ではなくて、星太の手を左右から包むような持ち方だ。
「…?手相、ですか?」
「ええ、最近始めたばかりで上手かはわからないけれど。」
沙塑里は星太の手が見やすいように肩を引っ付け、両手で星太の手を広げるように触り始める。
髪からカードと同じ甘いニオイが伝わってきて、くしゃみが出そうになる。
「手相なら星太くんも余計な事言わなくていいし、私の占いを嘘だと思うなら手を触られるだけでしょう?」
確かに、星太からすればまためんどくさい静かな口論をさせられるよりは楽だ。
星太が沙塑里の言葉に沈黙で答えると、それを察したのか沙塑里は独り言のように占い始める。
「うふふ…右利きの星太くんの場合、左手に先天的にもって生まれた運命が見えるの。どの線もはっきりとしていて、あなたの人間としての強さがわかる。大きな流れに中心となって関わり、様々な苦難をも糧にして、前へ、前へと進む。そんな人生。」
沙塑里はひとしきり話し終えると、名残惜しそうに星太の左手を離した。
「じゃあ、次は右手ね?右には後天的、つまり今までの人生の積み重ねが出るわ。」
そう言ったかと思うと、星太の右手を取るために少し身を乗り出す。
結果として、星太が左腕で沙塑里を抱くような形になるが、そんなことはお構いなし、どころかあえて引っ付けるように体を預けてくる。
そして左手と同じようにゆっくりと触り始めた。
「あら…。だいたい10歳?もう少し前かしら、何か大きな出来事があったのね。」
それまで無反応だった星太が、少しピクリと動く。
沙塑里の声も、次第に甘さが消え、冷静に分析するような口調に変わる。
「それはあなたの人生観を大きく変えてしまうような、命にも、精神にも関わる出来事。ここからあなたは迷うようになり、何度も挫けてしまいそうになった、いや、今もなっている。」
「…。」
「しかしそれでもあなたには苦難が襲い掛かる。その度に人生を削るように、自分を殺すように生きてきた。」
「…先輩。」
「そうやって今は自分が誰なのかさえわからない。過去で重たくなった足を引きずるようにしながら…。」
「沙塑里先輩、もう、いいです。」
星太の感情のこもっていない制止を聞いて、沙塑里も言葉を止める。
声がパッと元に戻り、また星太の手で遊び始めた。
「そうね、これは私が今踏み込む場所じゃないみたいだわ。」
指をぐにぐにと引っ張る手つきが、緊張した心をほぐす。
すると、沙塑里はそのまま体をクルリと回転させ、星太の方に向き直った。
「それにしても大きな手…。星太くん、やっぱり男の子なのね。」
顔を合わせると、自然と上目遣いになった沙塑里の表情が見える。
星太は張り付いたような笑顔のまま、その視線に答えていた。
「全然表情が変わらないのね。緊張…ではないでしょうし、もしかして慣れてるのかしら?」
沙塑里は星太の手を自分の肩に回させて、楽しそうに笑う。
星太も沙塑里が落ちないように支えてやる。彼女の、人間の重さがしっかりと手に伝わる。
「次は人相占いですか?沙塑里先輩。」
「残念ながらそれは専門外ねえ。」
「そうですか。」
「ねえ…こういう時、女の子がどうしてほしいか、あなたの口から聞きたいわ?」
沙塑里の手がゆっくりと首を這い、星太の頭を絡めとるように撫でる。
自然と二人の顔が近づいていく。
…星太は目を閉じると、立ち上がると同時に沙塑里を元の席に座り直させた。
「沙塑里先輩、俺はそういう人間じゃない。」
強く拒絶する言葉。変わらない表情が、外れない視線が、その意志の強さを物語る。
沙塑里はそんな星太の反応を見て、つまらないといった顔をした。
「はーあ、そういうって、どういう?もしかしてホモなの?それともロリコンかしら。」
沙塑里は子供のように足や指をパタパタさせながら、爪を眺め始めた。
星太も何も返さず、室内の空気がほどけたように薄まっていく。
ーーーーガチャガチャガチャ!
二人の会話が途切れ、静かになった部屋に突然の音。
どうやら入口の方からで、ドアノブを乱暴に回している。
『星太さん!大丈夫ですか!星太さん!』
この声は月花のようだ…。とても焦っているがどうしたのだろうか?
『星太さん!もし聞こえているのなら早くその場から逃げてください!』
逃げる?いったい何を…?
「あらあ、王子様…じゃなくてお姫様の到着みたいね。でも邪魔されるわけにはいかないしなあ…。」
後ろからの声に、星太が振り返る。
声の主である沙塑里は不意に立ち上がると、右手を横に突き出した。
ザザッ…というテレビのザッピングノイズのような音が鳴ると、薄い紫色に光る円が、沙塑里の右手の先に現れる。
「…!?」
星太が驚いている間にその円は光を増し、溢れだしたその光は次第に細長い形をかたどっていく。
『星太さん!早く!』
バン!バン!というドアを叩く音で意識を戻した星太は、反射的に危険だと悟り、ドアの方へ駆ける。
「あんまり痛いのは可哀想だと思ったんだけど…もう仕方ないわよね。」
一際強い光が瞬いたかと思うと、沙塑里の手にはその体の半分はあろうかという剣が握られていた。
ノコギリのようにかえしの連なるその刃は、切るのではなく削ぐためのような形をしており、己が人を殺すための道具であると主張する。そして先は蠍の尾のように湾曲した鉤が付いており、その凶悪さをさらに際立たせていた。
「あなたが悪いのよ?星太くん。あなたがいなくなれば…。」
沙塑里は笑顔だが、その目に先ほどまでのような光はない。
星太は恐怖に震える足でどうにかドアノブまでたどり着き、触れると同時にドアが開け放たれた。
「ぐっ…雲井先輩。」
飛び込んできた月花は、星太と沙塑里の間に入ると、見たことのない苦しそうな顔をする。
そして、先ほどの沙塑里のように手を横に突き出した。
バシィ!という音と共に月花の手には純白に光る弓が握られる。
そして視線は沙塑里を見据えたまま、背後の星太に声をかける。
「星太さん、色々とお話したいこと、お話しなければならないことがたくさんあります。」
その声は、突然話しかけられて驚いたり、料理が美味しくて笑ったり、占いにはしゃいでいた、今日一日でたくさん聞いた月花の声であるのに。
「ですが、今は…私にあなたを守らせてください。」
酷く冷たく、熱かった。
「あら、あなたも星守だったなんて、これは少し想定外かしら?」
言葉とは裏腹に余裕そうにしゃべりかける沙塑里。
これに対し月花は、はっきりとした声で答える。
「雲井先輩…いえ、雲井沙塑里!月の星守として、私白石月花がお相手します!」
「もちろんよ。武器を抜いた時点でもう、戻れないもの♪」
突然交わされる理解できない会話、目を疑うような光景。
星太の常識は崩れ落ち、目の前で“異常”が牙を剥いた。
沙塑里の返事が終わるよりも早く、月花は体を捻って弓を前に突き出し、肩の辺りで何かをつまむように手を動かす。傍から見れば矢を番えているようだが、肝心の矢はそこにはない。
「何を“ごっこ遊び”してるのかしらッ!?」
沙塑里も数瞬遅れて、手に握る獲物を大きく振りかぶる。
ガキィンッ!!
しかしそのまま振り下ろされるはずの刃は強烈な金属音と共に宙を舞い、後ろに弾き飛ばされた。
「なっ!?」
沙塑里は突然の事態に驚き、隙が生まれる。
月花はそれを見逃さず、後ろで腰を抜かす星太の腕を掴み、引きずり出すように廊下に飛び出した。
「うふふ…予想外だったわ、どうしましょう。」
一人、部屋に取り残された“異常”は不気味に笑うと、床に落ちた剣を拾い直してゆっくりとドアへ歩き出した。
ありがとうございました。
ようやく物語が動き始めた感じでしょうか。
沙塑里先輩は名前と章タイトルで明らかに敵だったわけですが、もちろんその通りでございます。
エッチな先輩はかわいらしいので、書いていて楽しいです(毎回言ってるな)。
この章も、エピローグを含め本編は残り2パートといったところでしょうか。
もしよろしければ、お付き合いいただけたらと思います。
ではまた。