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冠英梨香は対抗する

お久しぶりです。


投稿が開いた言い訳をいたしますと、PS2を買い直しまして…。

あれはきっとゲーム機の形をしたタイムマシンか何かなのでしょう。


気がつけばこの日付でございます。ごめんなさい。


前二本よりも長めですが、登場人物はあまり増えません。よろしければお付き合いください。

天野星太(あまのせいた)白石月花(しらいしつきか)は登校中である。


大きな門を出て、朝通ってきた道と反対側に進む。

周りの建物の背が低いからか、少し顔を上げれば冬の青空がよく見える。


星太が生まれ育ったこの町、『天心(てんしん)区』は海と山に囲まれた小さな町だ。自然が豊かだと言えば聞こえは良いが、要するに田舎である。


海に面した陸地が半円形になるように山々に囲まれており、大きな川がそれを半分に割るように流れている。二つの陸地を繋ぐ橋が等間隔に並んだ光景は、町のトレードマークである。


天心区の子供たちは学校で上から見た町の形をケーキだとかピザだとか習うのだが、どう見てもアッガイというのが他の地域に住んでいる人に町を紹介する時の鉄板ネタだ。


星太の家がある側の陸地には日課のランニングコースでもある天心山(てんしんざん)があり、反対側には区内唯一の駅である天心駅があるのでそれぞれ「山側」、「駅側」と呼ばれている。別に対立があったとかそういうわけではなく、ただ単に愛称のようなものらしい。


二人の向かう天心高校は駅側にあり、そこそこの大きさを誇る私立高校だ。公立校が近くにないこともあって、私立校ながらわりと地元感の強い雰囲気である。生徒に任せるという校風で人気があり、自立した人間を育てようというのがモットーだそうだ。


星太が一歩後ろを歩く月花にそんな説明をしていると、二人に声がかかる。


「おー、天野。おはよー。」

「おはよう。」


「天野くんおはよう!」

「おはよう。」


「おっす、天野ー。」

「おはよう。」


紺色のブレザーに男子はグレー色のズボン、女子は同じくグレーのスカート。皆同じ制服。星太の同級生たちだ。


星太が次々飛んでくるあいさつに作業のように返事をすると、続いて決まったように「隣の女の子は?」という質問をされる。転校生という単語に食いついた思春期たちの質問攻めにあい、月花の気分はさながら芸能人である。始めこそ特別扱いをされているようで嬉しかったが、同じやり取りを繰り返すというのは意外と億劫なものだ。


何度目かわからない自己紹介が落ち着いた頃に、月花が少し疲れたようにこぼす。


「星太さん、お友達多いんですね。さっきからすれ違う人みんなとあいさつしてる気がします…。」

「地元の生徒が多いからね、どうしても知り合いは多くなっちゃうんだ。それにみんな月花が気になるんだと思うよ、この辺りでは見ない制服だし。」

「ああ…なるほど。」


そう話しているうちにもまた「天野くんおはよう」が飛んできて中断される。長い道のりである。



山側から橋を渡り駅側のブロックにやってくると、風景に商店や事務所の様な建物が見え始める。先ほどまでの一般家屋が並ぶ景色とは変わって、街といった感じだ。

周りを歩く生徒の数も増え、同じ服装の人間で列ができる様はちょっとした行事のようである。


信号待ちをしながら星太が月花に商店の説明をしていると、一台の長い車が二人の隣で停車した。黒い光沢やエンブレムからは高級感が漂い、嫌でも目が引き寄せられる。


「(テレビでハリウッドセレブが乗ってるやつだ…!)」


月花がいかにも庶民的な感想を抱いていると、助手席からはセレブではなくスーツにサングラスというSPの様な格好をした人物が降りてきた。彼は星太たちの姿を確認すると、こちらに向かってくる。


突然の黒服の登場という非日常な展開に月花は思わず笑いそうになったが、この見慣れぬ格好の人物が自分たちに用事があるのというのは少し怖い状況だ。


しかし周りの生徒たちは普通に談笑しているし、星太も「どうしたの?」といった表情。

「まともなのは私だけか!」というハリウッドを少し引きずったセリフが月花の頭をよぎっていると、そのスーツの男は星太に一礼し、丁寧に後部座席のドアを開けた。


中からゆっくりと登場したのは金髪の女性だった。


その髪は腰近くまで伸びており、ソフトクリームのように大きくカールしている。キリリとした茶色い眼は力強さを感じさせ、出るところの出たプロポーションもあってモデルのようである。ただし身にまとうのは天心高校の制服なので、なんとなくアンバランスというか、コスプレのように見えてしまう。


「ありがとう。」


女性がドアを開けてくれた黒服に小さく礼を言うと、車はいつの間にか信号が青になっていた交差点を発進して、どこかへ行ってしまった。


残された彼女は月花をチラリと見て、すぐに星太の方に向き直る。そして星太と目が合うと、ふにゃ~っとした嬉しそうな笑顔になった。


…きっと彼女に尻尾が生えていたなら、はちきれんばかりに振り回していただろう。眉と目尻はハの字に下がり、口はだらしなく半開きになっている。先ほどまでの凛々しい表情はどこへやらだが、顔立ちが整っているおかげかこれはこれで魅力的だ。


そして、そんなよだれでも垂らしそうな表情のままスカートの裾をつまみ、膝を軽く曲げて深々と頭を下げた。


「ごきげんよう、星太様♪今日も大変魅力的ですわ。」

「おはよう、英梨香(えりか)。」


恭しく頭を下げてあいさつする金髪の女性に、星太は他の生徒にもしたようにサラッとあいさつを返す。

複数人から様付けで呼ばれる高校生も珍しいと思うのだが、他にも色々ツッコまなければいけないことがある。ですわって何だ、ですわって。


月花が納得のいかない表情をしていると、英梨香と呼ばれた金髪の女性は顔を上げ、星太から視線をそらさずに疑問を口にする。


「星太様…そちらの方は?」

「ああ、彼女は白石月花。今日から天心に転校してくるらしくて、今道案内してるところだよ。」

「まあまあまあ…さすが星太様お優しい。よろしくお願いしますわね、白石さん。」


英梨香は月花に視線を移しながらキリリとした表情に戻ると、星太にしたように月花にも丁寧な挨拶をする。

その声には芯が通っているようで、まるでミュージカルのワンシーンのようだ。とはいえ話の内容は今までの生徒と同じなので、月花もやや慣れたように自己紹介を返す。


「白石月花です。今日から天心高校の一年生です。こちらこそよろしくお願いしますね、ええと…。」


そういえばフルネームを聞いていない。

英梨香は月花のそんな思いを知ってか知らずか、思い出したように自己紹介をする。


「あら、失礼。まだちゃんと名乗っていませんでしたわね。ワタクシは冠英梨香(かんむりえりか)、同じく天心高校の一年生です。名前はお好きなように呼んでいただいて構いませんわ。」


英梨香の優しい微笑みは圧倒的なお嬢様オーラを纏いながらも高圧的でなく、彼女ができた人間であると伝わってくる。

挨拶のしやすい雰囲気のある人。これが優雅か。


「はい、よろしくお願いしますね、冠さん。」

「ええ。もし分からないことがあれば何でも聞いてくださいな。さて…。」


月花の返事にもう一度微笑むと、英梨香はまたふにゃふにゃ顔で星太に向き直った。やっぱりダメな人かもしれない。


「星太様、それでは教室までご一緒しましょう♪」


英梨香は嬉しそうな声色でそう言うと、スッと星太の隣に立つ。好意さえもハッキリとしていて分かりやすい。

目の前に並んだ二人は美男美女で、とても画になっている。…別に星太が誰とどう付き合おうと星太の自由だ。今朝知り合っただけの月花がどうこう言う話ではない。


月花が自分への謎の言い訳に必死になっていると、周りの生徒たちが話しかけてくる。


「あはは、すごいでしょ?冠さん。」

「あれで付き合ってないんだからねえ…。」

「天野くんもさすがにアレは、って感じなのかしらね。」

「でも美男美女ですっごくお似合いよね…。」


どうやら他の生徒からすれば見慣れたものらしい。月花がボーっと前を歩く二人を見つめながら話を聞き流していると、その様子を見たひとりの女生徒が耳元でささやく。


「ねえねえ、白石さん。天野くん取られちゃうよ?」

「えええ!?」


女子生徒からの突然の問いかけに、思わず声が出た。

取られるも何も、そもそも星太は月花のモノではない。


「わ、私は別にそういうのじゃ…。」

「えー、だって天野くんと歩いてる白石さん、すごく楽しそうだったよ?」

「うんうん、恥ずかしがっちゃう気持ちもわかるぞー。」

「乙女だねえ!甘酸っぱいねえ!」


一つ返事をしただけなのにいくつも反応がくる。そして勝手に話が進んでいく。

月花の話をしているはずなのに月花が話に参加できていない。


「あのっ、えっと、だから私は…。」

「ふっふっふ…大丈夫!私たちに任せなさい!」

「同じ女の子として力になろう…。」

「よっしゃ、そうと決まれば!」


決まったらしいが、どうやら決定権は月花にないらしい。

好奇心というガソリンで走り出した思春期暴走機関車軍団は、円になって素早く作戦会議を済ませると、星太と英梨香に向かっていく。


まず一人の女生徒が英梨香に飛びつき、左腕にしがみついた。


「ねえ!天野くん。白石さん転校初日だし職員室とか分からないんじゃないかな!?」

「ちょっと、なんですの!?」


突然の襲撃に戸惑う英梨香。

しかし彼女たちはさらに畳みかける。


「私たちよりも仲良しの天野くんが案内してあげた方が良いかもな~、いや、絶対良い!」

「なんですの!?」

「きっと白石さん心細いよー?」

「なんですの!?」

「うんうん!冠さんは私たちと女子トークしようねー!」

「なんですの!?」


右腕、左足、右足と次々にしがみつくJKプロテクターたちに、英梨香はナンデスノマシーンと化すしかない。

一瞬のアイコンタクトを交わし、女生徒たちは騎馬戦のように英梨香を持ち上げる。


月花がその光景に呆気に取られていると、ガシリとその腕が掴まれる。

振り向くと、満面の笑みの女生徒がしっかりと月花の腕をホールドしている。


「へへへ…白石さん、痛くないからね~。」

「なんですか!?」


聞くまでもなくこの後自分がどうなるのかは予測できたが、脳の処理が追いつかずまともに反応できない。


「大丈夫大丈夫、一瞬で終わるから!」

「なんですか!?」

「ほらあ、私たちにまかせて?」

「なんですか!?」

「カレーと一緒に食べるパンみたいな…。」

「ナンですか!?」


すぐに英梨香同様に四肢を固定され、ナンデスカマシーンにされてしまう。

…なんとなく言葉のチョイスがおかしかった気がするが。


彼女たちはまるで流れるように英梨香が引きはがし、入れ替わりで月花を星太の隣に滑り込ませる。

そして月花を運んでいた生徒も加え、英梨香を巻き込んだ人の波は学校へと走り去っていった。「なんですのおおおおお」と叫ぶ英梨香の声がF1カーのエンジン音のようにフェードアウトしていく。


取り残された星太と月花は状況を把握できず呆ける。JKとは恐ろしい生き物だ。


「ええと、月花?」


困った顔をした星太が、どうしようかといった風に口を開く。


「えっ…とぉ。」


声をかけられて向き直った月花の言葉が止まった。


星太の顔が近い。


真横にいるのだから当たり前なのだが、英梨香と会うまでは少し間を開けて後ろを歩いていたので先ほどよりも顔が近い。

流されるように英梨香のいた位置にそのまま置かれた月花は、今になってその近さに気がつく。


「どっ!どういたしましょうか!」


返事にも力が入る。


「じゃあ職員室まで案内するよ。元よりそのつもりだったしね。」

「ヨロシクオネガイシマス…。」


周りの音が減って少し静かになった通学路。

何事もなかったように案内を再開する星太の隣を、ぎこちなく付いて歩く。


気持ちは一度意識してしまうと、どんどん加速する。


そんなはずがないのに、隣にいる星太の体温が伝わってくるような気がする。心音がうるさくなる。体の内側がバカみたいに熱くなっていく。汗はかいていないだろうか。変な臭いがしたら嫌だな。

星太が何か言っているはずなのに、内容が入ってこない。反射的に曖昧な返事をしてしまう。話に興味がないように見えてしまわないか。先ほどの女生徒いわく楽しそうな顔をしていたらしい。そんな顔星太に見られたら…いや、もしかしてずっと見られていたのでは?顔が熱くて焼けそうだ。


思考回路がパンクしそうなほど色々な思いが押し寄せる。



「月花。」



足を止めた星太が、顔の高さを合わせるようにして月花の顔を覗き込んだ。

目が合った瞬間にそれまでうるさかった心の声が止み、突然声がクリアに聞こえる。



「…顔、赤いよ?」


ノックアウト。そこから職員室までの記憶はなかった…。


________________________________


天心高校は3階建ての教室棟と、同じく3階建ての実習室棟が渡り廊下でつながっており、上から見ると四角形になっている。大きなグラウンド、体育館、プール、テニスコートなどなど、私立高校らしい贅沢な設備たちが街中の一角という限られたスペースの中に綺麗に並べられている。


一年生の教室は一階、二年生の教室は二階といった具合に階ごとに学年が分けられており、星太の所属する一年二組も一階にある。


一クラスは三十人から四十人程度で、授業の進度やコースごとの特別講義などがあるので各コースでクラス分けされている。星太の所属する二組は進学コース、すなわち大学進学を目指す生徒向けだ。他にはスポーツコース、就職コースがあり、それぞれ名前の通りに特化した教育を受けられる。


「おはよう。」


教室に入ってクラスメイト達に挨拶をし、星太は自分の席に向かう。

星太の席は一番窓側の列の一番後ろ。つまり左下の角である。


教科書やノートを机に入れ、文庫本を取り出す。朝のHRまではもう少し時間がある。

昨日はどこまで読んだか、そんなことを考えながら栞の挟まっているページを…


「星太様♪」


開く前に声がかかる。

振り向くと、朝と変わらぬ笑顔の英梨香が一人の女生徒をヘッドロックして立っていた。


「あ…天野くん、ごめんなさい…。」


女生徒はギリギリ年頃の乙女がしてはいけない顔で謝ると、ガクリと気絶したように首の力を抜く。

力尽きた少女をガッシリ固定したまま、英梨香も口を開く。


「先ほどはお騒がせして申し訳ありませんでしたわ。白石さんの案内をされていたのに割って入るような形になってしまって。」

「ああ、別にいいんだよ。結局ちゃんと案内はできたし。」

「なんとお優しいお言葉…。」


申し訳なさそうにしている英梨香よりも、腕の中のグッタリ少女が気になって仕方ないのだが。


「後でちゃんと白石さんにも謝るんですのよ?」

「あい…。」


英梨香は子を叱るように女生徒に約束をさせると、最後に少しグッと腕を絞めてから解放してやるのだった。頭をフラフラさせながらもしっかり歩けているので大丈夫だろう、たぶん。


「ふう…。転校生で浮かれる気持ちは分かるんですけれどね…。」


そう言うと英梨香は星太の右斜め前の席に座った。


別に星太と話すために、というわけではなく、彼女も同じクラス、そしてすぐ近くの席なのである。

手早く荷物の整理を済ませると、英梨香は星太に向き直る。


「ところで星太様、白石さんはどのコースですの?」


そういえば聞いていなかった。

マラソンは苦手だと言っていたし、スポーツコースではないかもしれないが。


「うーん、俺も聞いてないや。」

「あら、そうでしたか。白石さんも知っている人がいる方がよろしいでしょうし、同じクラスだと良いのですけれど…。」


英梨香はそう言って少し心配そうな顔をする。

ただのふにゃふにゃではなく、ちゃんと優しいお嬢様なのである。ヘッドロックはするが。



その後も会話を続けていると、キーンコーンカーンコーンという朝のHR開始を告げるチャイムが鳴った。

生徒たちがガヤガヤと席に座ると、ほどなくして教室のドアが開く。


「おはよう!みんな。今日も素敵なスクールライフが始まるゾ☆」


暖房が効いているはずの教室の温度を下げに現れたこの男性は、不審ではあるが学校関係者なので問題ない。


男性の中でも高身長である星太よりもさらに高い身長。ややウェーブのかかった黒い長髪。そして素肌の上から着ているシャツの襟はピンと立っており、この寒い中ご丁寧に第二ボタンまで開いている。

その名も辺見泰司(へんみたいじ)、通称『ヘンタイ』。残念ながら星太の担任である。


「ンンー?元気ないなー。でもそんなキミらにグッドなお知らせがあるのサ☆」


静まり返った生徒たちの視線をものともせず、辺見は話を進める。

ちなみに先ほどからちょくちょく英語が混ざるが、彼は生粋の日本人であり、担当教科も物理だ。


「じ・つ・は!トゥデイからこのクラスにニューフェイス、つまり転校生が来ちゃうゾ!☆」


それまで冷え切っていたクラスの雰囲気が、転校生という単語にザワつく。反対に星太は少し安堵し、英梨香と軽く目を合わせた。

辺見は一言発する度にポーズを変えながら話を続ける。


「しかもとってもキューティーガールだ!喜べ思春期ボーイズ☆」


思春期ボーイズたちが言われた通りに「お~!」と期待の声を上げる。

その反応に満足そうな表情をした辺見は、教壇の上をクルクル回りながら器用に移動し、ビシィ!と音が鳴りそうなほどキレのある停止で生徒たちの視線をドアに向けさせる。


「カモン!我らがクラスのニューフェイスッ☆」


そんな満を持して教室のドアから現れたのは、とても困った顔をした月花だった。こんな紹介をされれば誰でもそうなる。


だがまあ実際月花は美人であるし、生徒たちも大いに盛り上がる。

万雷の拍手に迎えられ、月花は恥ずかしそうにペコペコと頭を下げる。そして辺見に促され、教壇に上がった。


「よし、じゃあ自己紹介してもらっちゃおうかな!?プリーズ!☆」


言葉を発する度にウネウネと動く辺見。

ある程度教室が静かになると、月花は黒板に自分の名前を書いて、改めて姿勢を正す。


「白石月花といいます。今日からよろしくお願いします。」


もう一度大きな拍手が起こる。月花もどことなく嬉しそうだ。

先ほどよりも少し短い拍手が止むと、また辺見がしゃべり始める。


「さて、それじゃあ白石チャンにはどこに座ってもらおうかな…ってオレとしたことがデスクを持ってくるの忘れてたヨ!☆」


大きな動きで自分の額をパチンと叩いた辺見は「すぐに取ってくるから決めてテ!☆」と言い残すと颯爽と教室を飛び出していった。忙しい教師である。


転校生の席を自由に決めていいという非日常的なイベントに生徒たちがワイワイと騒ぎ始めるが、すぐに何人かが星太の隣にしろという意見を出す。朝に挨拶したメンバーたちは月花が星太と登校していたのを見ているので、気を使ってくれたのだろうか。

何より月花本人も賛成したことにより、月花の席は星太の隣になった。


「一緒のクラスで安心しました…。」

「うん、良かった。」


月花は星太の隣に来ると嬉しそうに笑い、星太も優しく返す。


ヒュー!ヒュー!


そんな二人の様子を見て、クラスメイトたちがからかい始める。

転校生が一人の異性と仲良し、という状況。さらに高まった教室のテンションもそれを助長する。


「そんな…えへへ。」


月花がまんざらでもなさそうに照れると、ガタンッという大きな音と共に一人の女性が立ち上がる。月花の目の前にいる英梨香だ。

突然のことに驚いた月花に対し、英梨香はわなわなと肩を震わせ、焦ったように言う。


「ちょ、ちょっと白石さん!星太様は私のものでしてよ!?」


いや、違うが。


「ええっ!?ち、違います!星太さんは私のです!」


いや、それも違うが。


…どうやら月花も勢いに任せて反応してしまったらしく、顔を真っ赤にして「やってしまった」という表情をしている。

突然目の前で発生した修羅場バトルに、星太もどう止めていいのか分からず口を挟めない。


一方、火にガソリンを注がれた教室のボルテージはマックス。いいぞー!という他人事の歓声が教室内を飛び交う。

その声に押し出されるように英梨香が慌てながら言う。


「私の方が星太様とご一緒している時間は長いんですのよ!昨日今日で優しくしていただいただけのあなたとは歴史が違いますの!」

「長さなんて関係ありません!さっき冠さんが挨拶したときも星太さんの反応は他の方たちへのものと同じでしたよ!特別なんてことはないです!」

「んなッ!?それは星太様が誰にでも平等にお優しいからですわ!そんなことにも気が付けないだなんて、愛情が足りないんではなくて?」

「あい…っ!?違いますー!語るまでもないだけですー!それにそんなにグイグイ押し付けるような振る舞い方じゃ星太さんも困っちゃいます!女子力が足りないんじゃないですか!?」

「うぐっ!…女性らしさというのであれば、あなたの体は少々貧相じゃありませんこと?やはり星太様も私の様なナイスバディの方が…。」

「わ、私は平均です!冠さんがちょっと人より大きいだけです!星太さんは外見だけで判断するような浅い人じゃないはずです!」

「あらあら~?私より小さいことはお認めになるんですのね?それに、それはただのあなたの願望ですわ!もう星太様に聞いてみましょう!ほら!星太様、女性として魅力的なのは私と白石さんどちらだと思われます!?」


白熱する舌戦に、見て見ぬふりをしていた星太もついに巻き込まれてしまう。

腰に手をあててポーズをとってみせる英梨香。確かに彼女のプロポーションは、同年代の普通のオンナノコである月花と比べればエロ…女性らしいと言えるだろう。


しかし、ここでどちらかを選んでしまえば間違いなくどちらかが傷つく。

それにこういうことは勢い任せに決めて良いものではない。どうにか納めなければいけないのだが、星太自身も焦っているため上手く思考がまとまらない。


星太が言いよどんでいると、オロオロとしていた月花が何かを決心したように英梨香の前に出る。

目を瞑って拳を握ると、今までよりも大きな声で叫んだ。


「わ、わたしは…。」



「私は星太さんと同棲してるんですからああああ!!!」



同棲:(名)スル ①一つの家に一緒に住むこと。(大辞林 第三版)


ドウセイ…?普段聞きなれない単語にクラスが一瞬戸惑い、順々に理解した生徒から奇声をあげる。

教室内にいる人間全てが思い思いに声を上げ、無法地帯と化していく。


「ドウイウコトデスノ!」を繰り返しながら星太をぐわんぐわん揺する英梨香。

英梨香に揺すられながら菩薩の様な顔をする星太。

自分の言ったことを理解して両手で顔を覆ったまま動かない月花。


阿鼻叫喚の地獄絵図である。どうせいっちゅーねん。


結局、机と椅子を持った辺見による巻き舌の「シャァァラァップ!☆」という仲裁が入るまでこの惨事は続くのだった…。


ありがとうございました。


個人的にお嬢様口調は書いていて楽しいです。別に私はお嬢様口調ではないのですが。


英梨香も辺見先生も激しい人たちなので、今後どう動かそうかなあとワクワクです。


次回からようやく魔法要素を出せるかなあ、と思っております。

…次は急ぎます。ではまたお会いできた時にでも。

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