救命
少女はまだ生きている! しかし、急速に脈拍が低下している。このままいけば、三分も持たないだろう。俺は八咫烏を呼び出した。
「この子を助ける手段はないか? 見ての通り腹部からの出血が激しい。出来れば、意識を回復させてやりたい」
『ではまず、傷口を見ましょう。マスター、生体ケーブルを彼女の傷口から接続させてください』
「わかった!」
俺は血塗れの服を剥ぎ取り、それから生体ケーブルを少女の傷口から体内に挿入させた。そして、体温が逃げないよう優しく全身を冷凍カプセルのように包み込んだ。
血色が悪い。出血が多すぎる。こうしている間にも俺のスライムの体に少女の血液が溜まり、俺は急ぐ気持ちを抑えつつ、怪我の具合を調べにかかった。
少女の着ている服は見慣れない生地で出来ていた。
『データベースには無い生地ですね』
俺は八咫烏を無視して、脱がした服を横に吐き出した。傷は腹部に受けた銃創の他に、頭部への強い打撃による内出血があった。俺は八咫烏に言われるよりも前に、まずは腹部へナノマシンを送り込んだ。銃創は骨盤を砕き背中より貫通していた。
銃創は入口より出口の方が酷い、というが全く持ってその通りだ。少女の背中から砕けた骨盤が見える程の重傷を負わせていた。
ナノマシンには傷の修復と傷が回復するまで、体組織の代わりとして活動するように、命令を出した。
ナノマシンが仮の体組織を形作るまでに時間がかかるので、俺は溢れた少女の血液をかき集め、その中に大量のナノマシンを溶け込ませた。ナノマシンは死んだ赤血球を取り込み、構成をコピーして人口赤血球となる。これは短時間しか持たないが、今はそれだけでも十分だ。全身に酸素を届けてくれ!
こうして出来た人工血液を腕の静脈から注入していくと、少しではあるが、その血色が元に戻ったような気がした。よし、これで少しは時間を稼げるはずだ。
「これからどうすればいい?」
『……マスター……非常に申し上げにくいのですが……脈拍を計測してみてください』
「脈拍だと?」
俺は即座に理解した。ハッとして確認するも少女は既に事切れていた。
「何でだよ! 今さっき顔色が良くなったばかりだぞ!? 助ける方法は無いのか!?」
こんなことがあっていいものだろうか。少しおふざけが過ぎている。この少女たちは何なんだ? 何故ここにいる? 誰が彼らを撃った? これは決して一人では出来ない。少なくとも六人以上の、それも対物ライフル並みの銃を使わないとこうはならないぞ。
俺は治療を止めなかった。止められなかった。ずっと続けていればまた心臓が動き出しそうな気がしたのだ。俺は急ピッチで体組織の修復を進めていった。
『……マスター……その行為に意味があるとは思えません……が、それが人間というものなのですか? 私は人工知能なので、自ずと最適解を選択しようとしてしまします。ですが、マスターと過ごした四年間の中で少し感化されたのかもしれません。私にも彼女を助けたいと思う感情が湧いてきました。そこで一つ提案をしてもよろしいでしょうか?』
「提案?」
『単刀直入に申し上げますと、私たちで心臓を造るのはどうでしょう?』
「心臓を……」
『はい、この少女はまだ心停止してから一分も経っていません。十分な傷の処置が出来れば、脳が死なない内に蘇生することが可能かと』
「そんなことが出来るのか?」
『成功する確率はお世辞にも高いとは言えませんが、試してみる価値はあると私は考えます』
ナノマシンは本来医療用に開発されてあるので、人体への拒否反応が起こらない有機金属で造られている。それのお陰で、自己増殖や、自己破壊、はたまた他の有機物へと成り代わることが出来る機能がある。
それを用いれば、つまり彼女の心臓も骨盤もナノマシンで代用してしまえば、彼女を蘇生させることも不可能ではなくなる!
俺はすぐさま作業に取り掛かった。そして、内臓や体の細胞が死滅してしまわないように強制的に人工血液を循環させ、酸素を全身に送り出し、何とか体の状況を保っている間に胸部を切開し、生体ケーブルで詳しく調べ、それを元に人工心臓を作成した。
それと同時に骨盤をはじめとする各部位の修復も完了した。俺は切開された胸に元通り心臓を戻し、ナノマシンで切開面を癒着させた。後は俺が新しい心臓へ合図を送れば、心臓が動き出し彼女の血液も元に戻る算段だ。
俺は拍動開始の信号を送った。
果たして…………少女の胸が微かに上下した。
俺は小躍りしたくなる気持ちを抑え、心中で最大限に跳び回った。こういう時に俺の心に干渉出来る八咫烏は役に立つ。俺は八咫烏と二人で最大限に喜びを分かち合い、互いを労い、褒め称えた。
俺は少女の頭にある内出血もナノマシンを用いて血を抜き、その辺の死体から失敬した衣服の切れ端で結わえてあげた。
少女の胸にある切開の傷跡もナノマシンが綺麗さっぱり消してくれたので、今後を心配する必要もないはずだ。俺は少女が冷えないように程よい温度に保ちながら彼女を包み込んでいた。目が醒めるまでこのままでいいだろう。
暫くして、俺は少女のことを観察してみることにした。特にいやらしい意味は無いが、勝手に人体改造をした手前、今後のケアも含めての行動だ。
『本当ですか?』
うるさい。
少女の髪の毛は燃える様に赤い。根元から毛先まで真っ赤な紅葉の様だ。少女はそれを背中位の位置で切り揃え、邪魔にならないように緩く纏めている。顔も小振りで、細く伸びる赤い柳眉が同じく赤い髪に映えた。
すっと一本筋の通った綺麗な鼻の下には、これまた小振りの可愛らしい口がちょこんと付いていた。
首から肩にかけての筋肉は薄く、浮き出る鎖骨は水も溜まるや、と思う程美しくある。手がすっぽりと収まる位の程よい大きさの乳房、その上にあるまだ赤子にも吸わせたこともなかろう乳首は桜色だった。
夜空に浮かぶ望月も斯くやと思う程眩しい肌は己の血液ですら弾き、汚すことは無い。女性にしては珍しく両腕の筋肉が発達していた。掌にあるまめから推測するに、彼女は剣を握っていたのだろう。
浮き出るかどうかのあばらからすうっと下に伸びたさらさらの腹は健康的な骨盤へと続き、少女の健康状態を窺わせる。薄くて柔らかい和毛は足の付け根の三角州にひっそりと身を横たえ、大事な中身を隠しきれていない。
程よく付いた太腿、脹脛の筋肉は彼女が剣術だけではなく、体術も研鑽していることが見て取れた。歳は十七八歳位に見えた。
ふむ、俺は一通り観察を終えてある事に気が付いた。
どうやら性欲が完全になくなっている。俺が人間だったときではあり得ないことだった。もしかすると今の姿が人間ではないからかもしれないが、それよりも可能性としてあるのは、意識を移したときに現れた副作用だろうか。
俺が八咫烏に聞いてみたところ予想通りの反応が返ってきた。しかし、立ち返って考えてみると、性欲のあるスライムとか唯のエロ漫画じゃねえか。良かった、性欲が無くて。
俺はその後も彼女が目覚めるのを待っていた。少女が着ていた服は血みどろの破れかぶれなので、服を着せようにも着せられない。まあ、この問題は後回しでもいいだろう。
俺はいつまでもここにいるわけにはいくまい、と思い再び、出口を求めて移動を始めることにした。本当は彼女の目覚めを待って、少女たちがどこから来たのかを聞き出した方がいいことは目に見えているが、俺は忍耐力というものが無かった。