地球は青かった
目が覚めると、俺は景色が先程と違うことに気が付いた。その前に、自身が生きていることに喜ばなければならないが、俺はそんなことは後回しに、周りの風景に気を取られていた。
整然とした大きな部屋。白い床に白い壁。天井より吊り下がる照明まで白いものだから目がチカチカする、ということはなく壁と床との境目がわかり辛い程度だった。
ふむふむ、どういうことだ? 俺は生きているってことでいいんだよな? こう現実味のない部屋にいると、実は今いる場所は死後の世界で実験は失敗した、と言われても信じてしまいそうになる。
とはいえ、こうしていても仕方がない。現状把握だ。俺は研究員を呼ぶためのブザーを探そうと立ち上がった。
はずだった。
俺の体は一歩も動かず、その場に鎮座していた。今思えば、目線が少し低い気がする。具体的には元の身長の半分くらいだ。
いやいや、それはいいんだ。目算を誤ったのは、この部屋が床も壁も境目が良くわからないからだ。俺は目線を落とした。視界が下に向き、今俺が座っていると認識している椅子を見ようとした。
そこには俺の足がなかった。否、これでは言葉不足だ。俺の腰もなかった。胴もなかった。肩もなかった。何もなかった。
俺は仰天して、立ち上がろうとするもそれは叶わない。足がないのだ。当たり前と言えよう。
それと、もうひとつ気が付いた。俺は先程、どうやって部屋の全体像を見た? 動けないのなら見えようがあるまい。体がないなら視点を動かしようもあるまい。
その答えは単純だった。
俺は実験の前に覗き窓から見えていたあの球体になっていた。
視界は三百六十度あるようで、視点を移動したかのように思ったのは、実は注視している部分を移動させているに過ぎなかった。
故に部屋の全体像を把握出来、視点を動かすことが出来たのだ。俺は椅子の上で考えた。
どうやら実験は成功したらしい。何不自由なく……いや手足がないのは相当な不自由だが、兎に角、問題なく意識を保っている。一昨日の夕飯を言う事だって出来るし、今朝の起床時間を正確に覚えている。
記憶障害も起こしていないみたいだ。俺は壁の向こうにいるであろう研究者たちに心の中でサムズアップした。きっと、部屋の向こうではこの球体から俺の脳波を感知して大喜びしているに違いない。
さあ、俺は起きた。ここから出して欲しいが、そう簡単には出せないのは百も承知だ。俺が本当に俺なのか、そいつを検査しなくてはならないからな。とはいえ、ずっとこのままというのも少し寂しい。
体内時計で一時間が経った。不意に、俺は何年も人と会っていないような人恋しさを覚えた。誰でもいいから話がしたい。話して俺の無事を伝えたい。
誰かいないか? 声を上げようにも今の俺に口はないので、心の中で叫ぶほかなかった。
『はい、こちらに』
『誰だ……! 直接脳内にっ……!』
俺は驚いて危うく飛び上がるところだった。
この部屋を見渡すに俺しか見えない。まさか椅子の下にいるとも思えない。テレパシーは専用のデバイスを用いないと出来ないから……いや、そうとも限らないのか。
俺はもう人間じゃあない。テレパシーなんて遠回りしなくても、直接通信すればいい。この声だって、多分、通信によるものだろう。
『八咫烏とお呼びください』
『ヤタガラス?』
『私を造った方たちは私を〝新世界へ案内する先導者〟という意味を込めてそう命名したのです』
まあ、確かに八咫烏は〝導きの神〟だ。一応理には適っている……って、
『お前は誰だ? 口振りからして研究者よりも誰かの従者っぽい気がするが、そこにいるなら俺をここから出して欲しい』
『これは大変失礼しました。それでは自己紹介も兼ねてまずは一つ目のご質問にお答え致します。私は、マスターの下にてサポートをするよう東雲金蓮花室長から命令を受けた、大和・山背連邦が世界に誇る反重力型量子コンピュータを搭載した汎用AIの八咫烏と申します。続いての――』
『ん? ちょっと待て。反重力量子コンピュータ搭載の汎用AIってことは……。確か俺はそいつに意識を移植したのではなかったか? てっきり俺はAIに人格を搭載していないと思っていたけれども、搭載していたのか』
『はい、私はマスターのことをサポートするよう室長から命令を受けました』
『そうなるとつまり、お前と俺はどういう関係になるんだ?』
『運命共同体です』
『何か嫌だな。ずっと頭の中で声が聞こえるのは。それに変な妄想も出来ない』
『少々心外ですがご心配なく。今は初めてのチュートリアルということで積極的にマスターの質問に答えていますが、普段はマスターが私に質問しない限り、マスターの思考に干渉することは御座いません』
『それなら安心だ。ところでこの部屋から出たいんだがどうすればいいんだ?』
『それについてですが、残念ながら情報が不足しておりお答えすることが難しく、現状を申すならば、まず部屋の外には誰もいません。加えてこの部屋に出口はありません。それどころか、ここが研究所内かどうかも確かではありません』
『どういうことだ?』
『わかりません。マスターの意識を移植する際に、私の人格は一度スリープモードにされましたので、私もマスターと同じく目が覚めたらここにいたのです』
『……それは困った。』
『ええ、困りました。一応原因は調査していますがあまりいい結果は得られなさそうです。本来ならばあの実験室で目を覚ますと聞いていたのですが……』
『移植している最中に問題が起こって別室に移された、とか?』
『もしそうならば、事前に万が一の際の手順が私に登録されているはずです。それに、ここの壁の材質は研究所の何処の材質とも合致しません』
『それはつまり?』
『ここは研究所ではないということになります』
『何処かの国の特殊部隊に襲撃されて拉致された可能性は?』
『その可能性は捨てきれませんが低いかと思われます』
『どうして?』
『実はこの壁の材質、私のデータベースにない物質なのです』
『…………』




