結ばれた綱 2
2016/11/28 内容の分化を行いました。加筆修正などはありません
「着きましたよ」
地下駐車場の入り口近くにバンを停め、青年の方がそう告げる。
車から降りた四人は、その中へと入っていく。ユキホとタケヒロは、手にバケツを一つずつ持って引きずって行く。ちなみに『ポリッシャー』の二人は、規則で安全が確認出来るまで車内で待機、ということになっている。
「うわ。盛大にやってんなあ」
「戦場みたいねえ」
カーブを描くスロープを下りた先に、銃殺された死体がゴロゴロと転がっていた。
「あはっ」
『主人』二人が執刀医スタイルになったのを確認してから、ユキホとタケヒロはいつもの様にみじん切りを始め、足元を血の海にする。彼女らはいずれも、狂ったような笑みを浮かべていた。
そのきざまれた肉の塊を、スミナ、アイリは黙々とバケツの中に放り込んでいく。程なくバケツは満杯になり、二人はその蓋を閉めて密封した。
その後、バケツを入れ替えるために外へと向かうが、
「……何でシャッターしまってんだ?」
いつの間にか出入り口の分厚いシャッターが降り、四人は閉じ込められていた。
「……またいつものパターンみたいよ」
各々剣を抜いて構える二人と、その前方にいる、銃などを構える覆面集団を見て、アイリはうんざりした様にスミナに告げる。
「そうらしいな」
彼女も同様にそう言い、大きなため息を吐いた。
「あははははぁ!」
「殺す殺す殺す殺す……」
覆面集団が何かを言う前に、二人はそれらを容赦無く滅多切りにしていく。
「流石に、スポンサー様の知名度低くねえか?」
「動かしてるヤツがアレなんでしょ」
切りまくるユキホとタケヒロの、妖しい笑い声と不気味な声の二重奏が駐車場内にこだましている。目の前が、安いスプラッタ映画みたいになっているのを後目に、スミナとアイリはどこまでも冷静に会話する。
数が半分になった覆面を、ジリジリと奥に押し込んでいく『下僕』コンビ。少し距離を置いて、その後を『主人』二人は続いてゆっくり歩く。
その間がちょうど中央辺りに来た時、
「むっ!」
「スミちゃん!」
破裂音のすぐ後に、シャッターが急に降りてきた。それは、重そうな音を立てて二組を分断した。
「うおっ」
「きゃっ」
驚いたアイリとスミナは、ほぼ同時に尻餅をついた。分厚いシャッターのせいで、向こう側の音は遮断されている。
「おい冗談じゃねえぞ!?」
「何なのよ全く!」
すぐに立ち上がり、二人してシャッターを持ち上げようとするも、当然びくともしない。
「……」
「……」
手が痙った二人は無駄な挑戦をやめ、手袋を投げ捨てて同時にため息を吐いた。
「……毒ガスとか噴射されてないと良いけど」
「……したところで、"あいつ等には意味ない"けどな」
二人は護身用の銃をホルスターから抜き、安全装置を解除する。
「……」
「どうしたお前。顔色がやべえぞ」
苦しそうに呼吸する、へたり込んだアイリの顔が青白くなっていた。彼女の整った顔立ちのせいもあって、よりその人形のような美しさが強調されている。
「……バカに、しないのね」
そう言って、アイリは弱々しくスミナを見上げる。
「お前も居ないとダメなんだろ。ユキみたいなのが傍に」
そう言いながら彼女は、銃を構えながら辺りを見回している。
「も、って、あなた平気そうじゃないの」
アイリは持っていた銃を取り落とし、それを慌てて拾い上げてから、苦労して立ち上がる。
「んな訳あるか。我慢してるだけだ」
よく見ると銃を握る両手が、小刻みに震えていた。
「囲まれたら、はっきり言ってやべえな」
「そうね」
二人は引き攣った笑みを浮かべ、互いに背を預ける。
「そう言えばお前のアレと、どう知り合ったんだ?」
間を持たせるために、スミナがアイリに話しかける。
「彼はタケヒロよ」
「アイツそんな名前なのか」
「何回も言ってるじゃない」
「そうだっけか?」
アイリは数秒間沈黙してため息を吐く。
「……いつも思うけど」
「なんだよ」
「バカなんじゃないの。あなた」
「バカとはなんだバーカ」
「何ですって! 実際バカじゃないの!」
「んだとゴラァ!」
どんどん語気を強めて、しょうも無い喧嘩を始めたその時、奥の方から爆発音の様な轟音がして、灰色の砂埃が舞った。
「うわああああああああ!? 助けてくれええええ!」
「きゃあああああああああ!? 怖いよおおおお!」
飛び上がらんばかりに驚いた二人は、半狂乱でその方に撃ちまくる。
「ああ弾倉が! 弾倉が!」
「どっ、どど! どうやって換えるんだっけ!」
二人ともすぐ弾を撃ち切り、大慌てで弾倉を交換しようとするも、スミナは落っこちた換え二つを蹴飛ばしてしまい、アイリはそもそも換え方が分からない。
「あ、あんた代わりに撃って!」
「弾が違うだろ!」
「じゃあコレで撃ちなさいよ!」
「左手用なんか使えるか!」
てんやわんやしている間に、何者かの足音がすぐそばまで近寄ってきていた。
「ああああああああ!」
「ああああああああ!」
絶叫して腰を抜かしそうになりながら、二人同時に壁際まで後ずさる。
埃の中から現われた、その『何者か』の正体は、
「危ないでしょう。スミちゃん」
「アイリ、安易に撃ちきったらダメだ」
いつもの様に笑みを浮かべるユキホと、心配そうな目を髪の間から覗かせるタケヒロだった。
「おせえよバカ……」
「本当よ……」
安堵感から身体の力が抜け、涙目の二人は床にへたり込んだ。
「遅くなってすまないアイリ」
「もう大丈夫よ。スミちゃん」
二人はそれぞれの『主人』を、優しく抱きしめてそう言った。
「で、さっきの連中は?」
「言うまでもないわ」
スミナの頭を撫でるユキホはそう言い、その頬にキスをした。
「もう安全だから入って」
アイリが外の二人に無線でそう連絡すると、監視カメラのモニター室にいるタケヒロが、入り口のシャッターを操作してそれを開ける。
バンが入ったのを確認してから、再びドアを閉める。駐車フロアに入って停車するなり、運転していた青年の方が、飛び出してきて隅っこで嘔吐した。
全員がそれを無視して、ユキホ、タケヒロはリアゲートを開け、荷台に積んであるバケツを引っ張り出した。
「さてと、バケツは足りるかね」
「あなた達と組むと、いつもこうなるのは何なのよ……」
『主人』二人は先程床に置いた手袋を拾い、それを再びはめ直す。
「んなこと知るか」
幸いバケツは足りたので、スミナの心配は杞憂に終わった。
*
「やれやれ……」
「酷い目にあったわ……」
ラウンジにある、三人掛けのソファーにどっかりと深く腰掛け、散々な目に遭って疲れ切った二人がそうぼやく。その真ん中を倒してできたサイドテーブルの上には、『下僕』二人が持って来た菓子の小皿と飲み物が乗っていた。
「しかしお前も……、弱い所あるんだな」
「……それはお互い様でしょう?」
アイリとスミナは同時にお互いを見やり、その目線がかち合う。
「今思い出したけど、お前、アタシをよくもバカ呼ばわりしやがったな」
スミナの発言に、いつもの鉄仮面な笑顔のユキホから、にわかに殺気がにじみ出す。
「嘘は言ってないつもりよ?」
どや顔でスミナを挑発するアイリに、
「わかり易い誘導に引っかかるヤツに言われたくねえよ」
不快そうに顔をしかめて、スミナはカウンターを食らわせた。
「ふっ、普通そんな事言うと思わないでしょ!」
今朝の事を思い出たアイリは、瞬時に顔を真っ赤にする。
「アイリを侮辱するとは――」
「あはっ」
タケヒロが背負っている剣を抜くと、ユキホも全く同じタイミングで抜いた。
「むやみに剣を抜くなバカ!」
「無駄な戦いは止めなさい!」
それを見て『主人』二人はそう言って彼らを制止すると、ほとんど同時に手にした剣をしまった。
「だって……」
「だが……」
「言い訳は無しだ(よ)!」
示し合わせたかのように、二人の息はピッタリと揃っていた。
「あー、余計疲れた」
「あなたが掘り返すからよ……」
自分達よりも短気な二人を相手にして、頭が冷えた二人はため息を吐く。
「すまん」
「私も悪かったわ」
ややあって、ゆったりと立ち上がった二人は、
「……風呂でも入るか」
「……そうね」
フラフラと、大浴場のある方向へと歩き出す。その後ろをいつもの様に、四白眼の二人が続いた。その視線は自らの主に向けられていた。