蒼い薔薇の棘4
「なっ――」
「しん――」
「グワアアアア!」
次々と出現してくる黒服を秒殺しながら、二人はL字形の屋敷へと進んでいく。
「んー。金額の割には大したこと無いよね」
黒服の持っている得物は警棒やナイフの類いで、誰一人として飛び道具を持っていなかった。
「……」
緊張感が感じられないジョウジの発言を、少女は完全に無視した。
特に苦も無く建物まで到着し、いざ裏口から侵入という段になったとき、
「おいっ! お嬢さんちょっと待て!」
それまでほぼ横並びに歩いていた少女が、突然ジョウジを置き去りにして突入していった。
「いたぞ! 侵入者だ!」
「ちっ……!」
その足音に反応して、小銃を持った黒服が二人出てきた。そのときには、少女の姿は見えなくなっていた。
外のアレらは捨て駒だったか……ッ。
ジョウジは投げナイフでその二人を即座に始末する。彼はその死体から奪った銃で、次々出てくる黒服達をつるべ打ちにする。
黒服の喉をすれ違いざまに切り裂きつつ、少女は屋敷の一番奥に向けてひた走る。彼女の通った後は、貴族の庭の噴水のようになっていた。
ジョウジが引き受けているおかげで、少女の後を追ってくる者はいない。
彼女は速度を緩めずに角を曲がると、ターゲット居室の扉が正面に見えるやいなや、
「……!」
重厚な観音開きのそれが開き、機関銃を持った黒服が現れた。
その連射が始まると、少女は即座にバク転して角に身を隠す。飛んでくる銃弾に柱が抉られて木くずが飛び散った。
彼女はしばらく何もせずに待ち、弾倉を変えるために連射が途切れたタイミングで、
「グワッ!」
腰の9ミリ口径の拳銃を抜いて角から飛び出し、交換を終えて頭を出した黒服を撃ち抜いた。
少女はそのまま、ターゲットの部屋に駆け込む。
「ギャッ!」
「ゴハッ!」
中にいた黒服二人が放ったショットガンの弾を側転でかわしつつ、彼女は彼らの頭と胸に鉛弾を撃ち込んだ。
「ひいっ!?」
王手をかけられたターゲットは、彼女の不気味な姿を見て腰を抜かし、大きな音を立てて尻餅をついた。
「……」
少女はナイフを手に、ゆらり、とターゲットに歩み寄る。その動きには全くためらいがない。
「まっ、待ってくれ!」
贅肉だらけ巨体を引きずって後ずさる彼は、顔を脂汗まみれにして命乞いをする。だが、少女には全く効果が無く、ターゲットを壁際へと追いやっていく。
「か、金が欲しいのか? いくらでも出すぞっ!?」
ついにその背中が、壁際に置いてある植木鉢にぶつかったところで、
「――ッ!」
「ほげ……」
少女の後ろから三発分の発砲音が聞こえ、ターゲットの右手と胸、頭に穴が開いた。
床に伏せていた少女は身体を転がして起き上がり、音のした方を見た。
「いやあ、危なかったね」
そこには、10ミリ口径の拳銃を手にしたジョウジの姿があった。
「……」
彼の姿を見た少女は何も言わず、心ここにあらず、といった様子で立ち上がった。
「ん、どうした?」
そう訊いてきたジョウジを睨み付けた彼女は、何も答えず部屋から出て行ってしまった。
「横取りしたと思われたかな……」
ジョウジは数回頭を掻いてそう言い、ターゲットの死亡を確認する。その後、その指にまる指輪を取って、大きな身体を少女のいた地点に放る。
「大した役者だな。このデブ」
それから彼は、植木鉢と壁の間に落ちていた、手のひらサイズのボタンを押す。
「……おいおい、忍者屋敷かよ」
すると、床に3メートル四方の穴が開き、太った死体が落下していった。ほどなくして、底の方から鈍い音がした。
「ひえー、おっそろしい」
もう一度ボタンを押して穴を閉めると、ジョウジは少女の後を追いかけていく。
「おーい、待ってくれー」
玄関を出たところで、ジョウジは少女に追いついて並んで歩くが、彼女はガン無視でツカツカと歩き続ける。
「ほら、これ持って行きなよお嬢さん」
服の裾で表面を軽くぬぐってから、いかにも成金趣味の指輪を少女に手渡す。
「……」
彼女は、わずかな間だけ目を見開いてそれを受け取ったが、何か裏があるんじゃないか、という疑いのまなざしを向けた。
「いやいや。後ろからバッサリ、とかはやらないから」
何も武器を持ってないアピールしつつ、ジョウジは集合場所近くの三叉路に続く道を、後ろ向きで足早に下っていった。
……何、あの人?
少女は念のため、姿が見えなくなるまでジョウジを見送った後、掌の中の指輪をじっと眺める。
それに気を取られていた彼女は、知らず知らずの内に気が緩んでいた。
「ぅ――ッ!?」
そのわずかな隙をつかれ、何者かに後頭部を強く殴られた。軽い脳しんとうを起こして身体が横倒しになる。骨を模したヘルメットの後部が砕けていた。
「それ、結構頑丈なんだねぇ」
集められた内の一人である、ヒョロリとした男が少女の後ろに立っていた。粘っこい声のその男の手には、頭部の片面が山型になったハンマーが握られている。
まともに動けない彼女をひっくり返して、ジョウジから渡された指輪を奪い取った。
「あ……っ。だ……」
頭がぐらぐらしているせいで、少女は呻くことだけしか出来ない。
「油断したのが悪いのさ」
嘲るようにそう言った男は、彼女を道路脇の茂みに蹴り込んだ。その身体は緩やかな谷を転がり落ち、道路から見えなくなったところで止まった。
上から降りてきた男はそう言うと、鳩尾を蹴られて喘ぐ少女の上に跨がり、
「悪く思うなよ」
その肢体を舌なめずりしつつ、下品な笑みを浮かべて見下ろす。
「たまらないね」
男は少女の服のファスナーに手をかけ、その反応を楽しむかのように、ゆっくりと下ろしていく。
「ぅ……」
1分ほどの時間をかけて、彼女のショーツが露わになる寸前まで下ろしたとき、
「何してんだこの性犯罪者がああああ!」
「オデェイ!?」
興奮して気持ち悪く笑う男の顔に、いきなりジョウジの跳び膝蹴りが突き刺さった。
「おいっ、大丈夫か!?」
仰向けに倒れた男を谷底に放り投げた彼は、少女のすぐ傍にかがみ込んでそう訊いた。
「なん、で……?」
少女は途切れ途切れにそう訊ね返し、ゆるゆると自分の身体を抱きしめた。
「放っとけねえって言ったろ」
二度も言わせんじゃねえよ、と、少女の乱れた衣服から目をそらしつつ、ジョウジは自分の上着を彼女の上半身にかけた。




