『掃除屋』の忠実な狂犬 2
2016/11/28 一話分だったものを分化しました。加筆修正などはありません。
『貴女の目、綺麗ね』
『そりゃ、どうも……』
レインコートを着て血の付いた剣を持った少女の前に、左の肩から肘まで切られた少女が俯せに倒れていた。その周りには、首のない死体が転がっていた。
『ねえ貴女、死んじゃうの?』
『このままなら……、な』
ぼろ布を纏う倒れた少女の横には、小さな赤い水たまりができている。
『そう……。なら助けるわ』
『は?』
背負ってる鞘に付いている、カーキ色のポーチから止血帯を出す。
『アタシなんか……、助ける意味ないだろ』
『何で?』
レインコートの少女は、自虐的にそう言った彼女の、腕の付け根辺りを縛った。
『アタシは……、この世界に要らない存在、なんだよ……』
『要らないなら、私が貰ってもいいわよね』
『……お前は何を言ってるんだ』
『だめ?』
ひとまず止血をしたレインコートの少女は、据わった目で真っ直ぐと、誰のものでもない少女の目を見る。
『好きにしろ』
これは断れないし、断らせてもらえない、と思った彼女は、ため息を一つ吐いてそう言った。
*
「……今と大して変わらねえな」
「そうなんですか」
それだけ言うと、再び男は黙って運転に集中する。
「おい、お前も昔話の一つでも話したらどうだ」
「いやあ、あの……」
しまった、というような表情をして、男は言葉を詰まらせる。
「人に聞いといて、自分は言わないなんて道理はないぞ。なあ、ユキ」
「ええ。スミちゃんの言う事は全部正しいわ」
「待て、アタシだって、間違う事はあるぞ?」
「そんな事は無いわ。だって私が全部正しくするもの」
「そんならいいか」
ユキホの白い髪の毛を、ワシャワシャと撫でた。
「いいんですか……」
「どうせこいつに何言っても、考えを改めねえからな」
スミナが肩を少しすくめて、男にそう言ったその時、
「! スミちゃん!」
彼女に甘えていた黒い少女の目が、唐突に険しくなった。
「やれやれ、愉快なお友達のお出ましか……」
「ブレーキ踏みなさい」
面倒くさそうにため息を吐くスミナを抱き寄せて、ユキホが男にそう指示を出す。
「はいっ?」
状況を把握できていない彼は、間の抜けた声で聞き返す。
「ブレーキ」
「はひぃ!」
ユキホのナイフがルームミラーに映って、驚いた彼はバンを急停車させる。
すると、その数十メートル手前で、転がってきた手榴弾が爆発し、
「アクセル」
「ひええええ」
男が半泣きで急発進すると、さっきまでバンが居たところで、もう一つ爆発した。
「何なんですかこれええええ! もういやだー! 自分何もしてないのにー!」
「死体運んでるじゃねえか」
「あぁ~」
スミナがバケツを指さして言った短い言葉に、彼は深い深いため息を吐いた。
「止まりなさい。でないとあなたが死ぬわよ」
既に手に得物を持ったユキホは、スライドドアのロックを外していた。
「あー、本当だー。道塞がれてるうううう!」
進行方向の正面に、何台かの車を停めて作ったバリケードが見えた。
アハハハハ、と泣きながら笑って怒る男は、ドリフトの要領で停車した。
「お前、器用だな……」
なるべく低い姿勢で頭を抱えている男に、スミナはそう言った。それからユキホを先に行かせ、続いて自分もバンから降りた。
似たような黒いスーツを着た十数人が、懐に手を突っ込んだまま、一定の距離をとって二人の前に横並びになっていた。
その中から、リーダーっぽい男が出てきて、白い少女に銃口を向ける。
「貴――」
出てきたのが女の子二人だったので、ぽい男は完全に舐めていた。
「断る」
「あはぁ」
そんな彼にスミナはほぼ何も言わせずに断り、続いてユキホがリーダーっぽい男の首をはねた。
「……えー、あのー、『掃除屋』さん」
「なんだよおっさん」
その頭がバウンドした瞬間に、副リーダーっぽい初老の男が、バンザイをして集団の中から出てきた。その薄くなった頭部から、汗がダラダラと流れていた。
「全てそいつが言い出した事です。私達は従っただけです」
「よし。帰れ」
「総員撤収!」
スミナが許可を出すと、黒服グラサン達は迅速に車へと乗り込み、さっさと帰っていった。
「やれやれ、『社長』の野郎から手間賃むしり取るか……」
スミナは、スミちゃんに銃向けるから悪いのよぉ、と言って、グラサンリーダーを挽肉に加工したユキホを呼びよせた。
「おいポリバケツ、サービス残業だ」
「『ポリッシャー』です! あとサービスは――」
「いいからやれ!」
返り血が顔に付いていて、怖さが増したユキホが剣を振り上げる。
「はいはいはい! 分かりました!」
やけくそ気味な男の視界に、本日二つ目の人肉ミンチが入った。
「って、またミンチィィィィ!?」
将来禿げる絶対禿げる……、と、呪文の様に言いながら、涙目で男は赤い水たまりを処理した。
『掃除屋』の社屋内にある大浴場で、白と黒の少女は同じシャワーブースに入ってシャワーを浴びていた。
「隣、空いてるだろ」
「いいじゃないの」
白い少女のスミナの全身には、余すところなく無数の傷跡が付いている。その身体をユキホはじっと見て、一番見た目が酷い背中の傷に触れる。
「あなたを傷つけるものは、全部私が殺してあげるから」
「どうした? いきなり」
シャワーを止めたスミナは、特に止めさせようとするわけでもなく、ただ単純に彼女へそう訊ねた。
「貴女への忠誠の誓いよ」
ボディーソープをスポンジに出して泡立て、スミナの身体を洗う。
「それだと、お前がお前を殺す事になるぞ」
一番大きいが、一番綺麗に治っている左腕の傷を見てから、彼女は脚を洗っているユキホを見下ろす。
「それでも良いわ、私は貴女を傷つけたのだから」
お座りする犬の様に座ってスミナを見上げて、どこか違和感を覚える笑顔を浮かべる。
「よくねえよ」
「どうして?」
「言うまでもないだろ」
スミナは真っ白なユキホの髪を乱暴になでる。
彼女の人との深い繋がりがあるのは、たった一人。自分を愛してくれるユキホだけだ。
うなだれているスミナの表情は、彼女には見えなかった。
「そうね、私しか居ないものね」
身体を洗い終えると、ユキホは高い方のフックにシャワーヘッドを掛け、それから湯を出した。
「分かったわ、それじゃあ止めておくわね」
「なんだよ、やけに素直じゃねえか」
スミナは頭から湯を浴びて、身体に付いた泡を流す。
「忠犬は主人の嫌がる事はしないわ。それに、」
「それに?」
後ろから包み込む様に、スミナを優しく抱きしめる。
「もうあの時みたいに、泣いてるあなたを見たくないもの」
「……アタシ、そんとき泣いてたか?」
「ええ」
耳元でささやくユキホの顔を、横目でみてスミナが訊ねると、彼女はそう答えた。
「……前から思ってたけど、お前はアタシのこと、なんでも分かってるんだな」
ユキホは手にシャンプーを出して少し泡立ててから、風呂イスに座ったスミナの頭皮をマッサージするように洗う。
「当たり前じゃない、あなたを愛しているもの」
「だろうと思った」
目を閉じて、彼女はその身の一切をユキホに任せる。
ややあって、
「……お前は、アタシの傍にずっと居て……、くれるか?」
シャワーヘッドを手に持ったユキホが、頭髪の泡を洗い流した後、スミナは不意にそう訊ねた。
「当たり前じゃない。地の果てから底まで、貴女と一緒に居ると約束するわ」
「それは……、心強いな」
トリートメントをスミナの黒いショートカットになじませているユキホは、鏡越しに彼女の目を見てそう言う。
「あら、貴女が笑うなんて珍しいわね」
やっぱり凄く可愛いわ、とユキホは今日一番の笑顔を見せた。
「……どうやったら、お前みたいに笑えんだよ」
「そうねえ……。私には分からないわ」
「そうか」
「ええ」
スミナは二人で一緒に居られることさえできれば、大概のことはどうでも良く、それはユキホも同様だった。
*
いつか……、いつかあなたが、思うままに笑えますように……。
その願いを込めて、黒いネグリジェを纏う少女は、安心しきった表情で眠る、白いシャツだけを纏っている少女の額にキスをする。
そのためなら、どんな手だって使うわ。
黒い少女の表情は、慈しむ女神と好戦的な武神が、混在しているようなものになっていた。
それまでは、私が貴女の分まで笑うの。
窓ガラスにうっすらと映る己の笑顔は、何かが致命的に欠落している感じがした。