不可分の鎖 1
2016/11/28 一話分だったものを分化しました。加筆修正などはありません。
日付が変わってまもなく、いつもの様に仕事の依頼が『掃除屋』に入る。死体処理担当の二チームは、それぞれ社用車に乗って現場周辺へと向かった。だが、
「なにか問題でもあるのか?」
人気がない落書きだらけの道を、麻の白い外套をはためかせ歩くスミナの後ろに着いてくるのは、ユキホではなくタケヒロだった。
「問題しかねえよこの野郎!」
スミナは振り返ってそう叫び、変な迷彩服を着用する彼を睨みつけた。
肌にまとわりつく様な湿気た空気が、小高いビル群の間に澱んでいる。空一面を覆う雲に、街の明かりが反射して夜闇を薄く照らす。
「なんたってユキホと別行動なんだよ!」
追いついたタケヒロの脚に、スミナはかなり貧弱な蹴りを入れる。
「そういう命令だ。仕方がない」
彼女が疲れて蹴るのをやめるまで、タケヒロは無表情で受け続けた。
「それに簡単な仕事だ。すぐに帰れるだろう」
顔には出さないが、正直なところ彼もアイリが心配でしょうが無かった。
「へいへ――ッ」
しかめっ面のスミナは、道端の空き缶を八つ当たりで蹴り飛ばし、その勢いでバランスを崩して尻餅をつく。
「……」
彼女はゆらりと立ち上がり、白いショートパンツをはたいた。そこから伸びる、細い脚を包むタイツが少し伝線した。
「んだよ!」
「いや?」
あまりのばつの悪さに、さらにスミナの機嫌が悪化していく。
「……」
「……」
一方、アイリとユキホの二人はユキホを先頭に、無言のまま港湾エリアの倉庫街を進んでいく。
黒いゴスロリのワンピースを纏う彼女には、アイリの歩調を合わせる様子はさらさらない。
「……ああもう! 何か喋ったらどうなのよ!」
沈黙に耐えきれなくなったアイリは、早歩きでユキホを追い抜き、前に立ってそう訊ねる。
「あなたに話すことはないわ」
眉根を寄せ、据わった目で冷たくユキホはそう言い放ち、『主人』と同じ白衣を着たアイリを見下ろす。
「ちょっとはコミュニケーション取りなさいよ!」
「黙って頂戴」
アイリを避けて、ツカツカ行ってしまうユキホ。
「先に行かないで!」
必死に着いて歩きつつ、アイリは幾度となく話しかけるが、ユキホはその度に睨み付けてくる。
「……いくら何でも、差がありすぎじゃ無いの?」
ユキホと普段共にいるスミナには、砂糖菓子のような猛烈に甘い接し方をしている。
「当たり前じゃない、あなたと違ってスミちゃんは――」
それから、いかにスミナという少女が素晴らしいか、という話が延々続く事になった。
何でいきなり饒舌になるのよ……。
喋り続けるユキホの表情は、恋する乙女そのものだった。
やっぱり断れば良かったわ……、と独りごちて、アイリは大きなため息を吐く。
*
遡る事2時間。
「はあ? ふざけんなハゲ!」
「到底納得できないわ」
『掃除屋』社屋の会議室に呼ばれた四人は、『社長』から別々のコンビで仕事しろ、と言い渡される。
万が一、有事に組み合わせが違ってしまった時の対策、という目的に理解を示したのはタケヒロだけだった。
「私は絶対嫌だから!」
アイリも白黒コンビ同様、拒否の一点張りで譲らない。
「どう見てもフッサフサだろうが! あと拒否したら部屋から追い出すぞ!」
「良いぜやってみろよ! 毛どころか胴体まで刈られても良いならな!」
スミナがそう言うと、躊躇無く背負っている包丁のお化けを抜いたユキホは、それを最下段に構える。
「やめて下さい」
『社長』の秘書のパンツスーツを着た女性が、大型のサバイバルナイフを手に、ユキホの前に立ちふさがる。その目には普段と違って、獣のようなどう猛さを帯びていた。
「冗談だユキホ。剣を仕舞え」
ユキホは命令通りに剣を鞘に収め、
「昔の目になってるぞ、アオイ」
「……申し訳ありません」
それと同時にナイフを仕舞う秘書。彼女はまた、いつものおとなしそうな表情に戻る。
「タケヒロ、なに今の?」
「人には意外な面があるものだ、アイリ」
秘書の豹変ぶりに、アイリは面食らって生返事を返す。
「決定事項だ。変更は無いからな」
以上、と言って『社長』は四人を追い出す。
「サボタージュしてやる!」
「タケヒロと別々なんて絶対嫌だから!」
無視してブーブー文句を言う『主人』二人。
「タケヒロくん、その三人を説得してくれ」
迷惑そうにしている『社長』は、タケヒロに丸投げして秘書と共に出て行く。
キラーパスを受けた彼は、なんとか三人を丸め込んで、渋々了解させたのだった。
*
「なんで落ちてねえんだよ!」
指定された地点までやって来たのだが、肝心の死体がどこにも無かった。
「クソが!」
スミナは腹いせに石を廃ビルに向かって投げるが、それはすっぽ抜けて壁に跳ね返り、彼女の脳天に直撃した。ついでに、投げると同時に肩まで痛めてしまった。
「い……ッ」
頭と肩を抑えて涙目で呻くスミナ。
「差し出がましい事を言うようだが、君はもう少し運動するべきだ」
そんな彼女を見下ろして、タケヒロはそう言った。長い前髪の奥から、ユキホ同様据わっている、黄色い瞳が覗く。
「うるせえ! お前も死体探せよ!」
タケヒロを睨み付け、そう怒鳴って八つ当たりする。
「恐らく死体はこの周辺にはないだろう。どこからも死臭がしてこない」
「ポリの連中……、ってことはねえか」
「もしそうなら、今頃ここは立ち入り禁止だ」
んなことわかってんだよ! とキレつつ、スミナは首から提げている、赤い懐中電灯を付けた。
「ん? 何だこれ?」
そう言ってしゃがみ込んだ彼女は、照された汚い路面の表面に、一筋の何かが引きずられた跡を見つけた。
「もしかしなくても、死体のものだろう」
「面倒な事しやがって……」
スミナは思い切り顔をしかめて舌打ちした後、それをたどって歩き出す。これ以上どこか痛めたくないので、彼女はぼやくだけに留めた。
「分かった! 分かったからちょっとストップ!」
ユキホの語りが三十分に及んだところで、アイリは彼女の目の前で手を振って制止する。
「何?」
また表情が一転したユキホは、冷え切った目を彼女に向ける。
「そろそろ現場なのよ」
二人はちょうど、街灯が少なくなり始めるエリアに入っていた。厚い雲のせいで相変わらず月明かりは望めない。
だが、こちらも目当てのものは無かった。
「どうなってるのよ全く……」
探し疲れたアイリは、その辺に落ちていたビールケースに座わる。それと同時にアイリの携帯電話に着信があった。スカートのポケットから携帯を出して電話に出る。
「そっちも何かあったの?」
『何かどころの話じゃねえよ』
明らかに不機嫌そうな声色のスミナは、自分の現状を伝えてきた。
「そっちもなの」
『全く、めんどくせえ事になったもんだ』
何かあったら連絡しろ、と言ってスミナは一方的に電話を切ってしまった。
「……」
携帯を戻したアイリは、終始無言だったユキホが、暗闇の一点を見つめているのに気がついた。
「なに? 何か見つけたの?」
夜目が利かないアイリには、何一つ見えない。
「……」
その質問を無視したユキホは、彼女とバケツを置いて一人で行ってしまった。
「ちょっと待って!」
その声は暗闇の中に吸い込まれ、帰ってきたのは僅かに聞える波音だった。
「なんなのよ!」
ぽつんと一人、古めかしい街灯の下で、アイリは取り残されてしまった。
「うう、タケヒロ……」
肩に提げた小さなバッグから、護身用の銃身が短い銃を取り出す。
昔は確かずっと、こんな感じだったわね……。
彼女がまだ『商品』だった頃、肌の白さを保つため、薄暗い檻の中で育てられ、一切外には出られなかった。
もう帰りたい……。
安全装置掛けっぱなしの拳銃を握る、その手の震えが止まらなくなっていた。
「――ッ!」
どこからか、何かが倒れる様な物音が聞え、アイリは慌ててバケツの中に入る。
もういや……。
即座にその蓋を閉めた彼女は、狭い中で膝を抱え怯えていた。




