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落としものの天使 2

2016/11/28 一話分だったものを分化しました。加筆修正などはありません。

「あー、これはまた、厄介な子を拾ってきたもんだな」

 『情報屋』の店主はため息を吐いて、契約書に書いてある名前を見てそう言う。

「あの子、気の狂った変態共御用達の業者んとこのだぞ」

 オレンジジュースをストローで飲んでいる、アイリを見やって彼は言った。

「おじさん。これ美味しい」

「おー、それは良かったなあ。……お兄さんだけどね」

「ありがとう、おじさん」

「だからさあ……」

 おじさん呼ばわりされた彼は、げんなりと力なくため息を吐いた。アイリにはとりあえず、下着に綿のパーカーとズボンを着させている。

「すまない」

「どの道、この業者は潰す予定だから気にすんな」

 まあ、「納品」までに何とかしないと、俺の信用が地に落ちるがな、と、苦々しく笑う。

「金積むだけなら楽なんだがなあ……」

 さーて、どうしたものかと、『情報屋』は腕を組んで考え始めた。

 『情報屋』は、少女がアイリの様な目に遭う事を嫌い、利益を度外視してでもその元を潰している。

「今帰った」

 そうしていると店舗のドアが開いて、全身黒ずくめの少年が入ってくる。『情報屋』が缶コーヒーを放ると、それを受け取って開封し、人形のように固い表情のまま飲んだ。


 業者の件は『情報屋』に任せることにして少年は、アイリを連れて店舗の上階にある、彼が寝泊まりしている部屋へと向かった。

「汚くてすまない」

 そこは、ダンベルやトレーニング器具が、部屋のそこら中に置いてある。

「……」

 ベッドにペタリと座ったアイリは、キョロキョロと部屋中を見回していた。

「これなに?」

 枕元に置いてある握力を鍛えるグリップを持って、彼女は少年へと問いかける。

「こうやって、手の力を強くするものだ」

 少年が使ってみせると、

「そんなものがあるの……」

 宝石の様な美しい瞳が、その輝きを増しているアイリは、興味深そうにその様子を注視していた。

「じゃあこれは?」

 次は床に落ちている、スプリングベルトを指さし、満面の笑みで訊ねた。

「それはだな――」

 目に映るもの全てが新しいアイリは、部屋中のもの全ての名称をひたすらこんな調子で訊きまくった。その頃には少しウトウトし始めていた。

 驚いたことにアイリは、一度訊いた事は全て記憶していた。

 これがロクでもない事を覚えるために、使われるはずだった、と。

 少年がじっとアイリを見ていると、

「なあに?」

 にこやかに笑って、彼女はそう少年に訊ねた。

「いや」

 そのやりとりのすぐ後に、アイリはパタリとベッドに倒れ込んだ。

「どうした」

「眠い……」

 小さな声でそう言って、スヤスヤと眠り始めた。そんなアイリに少年は、布団を掛けてから、顔を覆う長い髪をどけた。

「美しい……」 

 人を惹きつけるように「生み出された」彼女に、年が離れているにも関わらず、少年は目を奪われてしまう。

 この子が汚されずに済んでよかった。

 少年はそう思い、アイリの頭を優しく一撫でして、下階の店舗へと降りていく。


 店舗に戻ると、ちょうど『情報屋』が電話を切った所だった。

「あー、やれやれ」

 彼はいつものように、大きくため息をついて受話器を置いた。

「どうした」

「いや、あんまりにもユーザーが多すぎてなあ」

 まあ、もうちょいでめどは立つだろうよ、と、多少自慢げに『情報屋』は言う。

「そうなりゃ朝にはお縄だ。それで、あの子は当分安心して暮らせるさ」

 立ち上がって大きく伸びをし、大きな欠伸をする。

「後は里親捜しをしなければ」

 あれほどの少女だ、里親はすぐに見つかり、愛されながら幸せに生きられるだろう。

 そうは思っているものの、少年にはどこか、スッキリとしない所があった。

「どうした? あの子に惚れたか?」

 どっかりと革張りのチェアに座り、『情報屋』は茶化すように言う。

「……」

 少年はアイリの傍に居たい、とは何となく思っている。

「わからない」

 ――純真で透明な彼女には、自分はあまりにも濁りすぎている。

 今までに感じたことの無い思いに、少年の思考はかき乱される。

「おい」

 再びあの黒服の少年が、いつの間にか背後に居た。

「あの子どもが、お前を呼んでいる」

 黒服の少年が全く抑揚のない声で、少年にそう告げた。

「分かった」

 居ても立ってもいられなくなった少年は、すぐに部屋へと向かう。

「アイリ」

 アイリは少年の姿を見た途端飛びつき、ぎゅっとしがみつく。

「何か用か?」

「何でも無いの」

 少年に頬ずりする彼女は、嬉しそうに笑っていた。

「アイリ。君は私と、一緒に居たいか?」

 言葉の意味が瞬時に理解できないアイリは、目を丸くして黙り込んでいる。

「うん」

 数秒後、頷いてそう答えた彼女の蒼い目は、しっかりと少年の目を見ている。

「私は……」

 人殺しをして生きている。という事を知ってしまえば、彼女は離れてしまう。ならばこのまま、私の事を何も知らずに、綺麗な思い出にしておいた方が――。

「よく分からないけど、"わるいひと"なんでしょ?」

「あ、ああ……」

 アイリは、すでに感づいてしまった、と思い動揺する少年に、

「でも、アイリは傍に居たいな」

 そう言って、またニコリと笑う。

「そう、か……」

 どうやら、この少女に懐かれたらしい。

 少年が眩しい笑顔のアイリを抱きあげると、彼女は少し驚いたような顔をする。

「お出かけ?」

「今日はもう遅い。だからそれは明日だ」

「うん!」

 彼女をベッドに寝かせ、また肩まで布団を掛けると、アイリはあっという間に眠りについた。

 寒いだろう、と思った少年は、彼女の隣に入って添い寝をした。


                  *


「ん……。タケヒロ……」

 布団にくるまって横になるアイリは、隣に座っているタケヒロに身体を寄せた。二人が座るベッドの脇には、大小二人分の服が散らかっていた。

「どうした、アイリ」

 寝返りをうったせいで、アイリの顔に金髪が掛かっていた。汗ばんだ額に張り付くそれを、タケヒロは優しくどける。

 二人が出会ったあの時から八年の時間が過ぎた。性格こそ大きく変化したものの、美しい少女へと成長した。だが、

「……何でも無いの」

 陶磁器のように白くなめらかで、柔らかく暖かな肌は当時のままだった。――背中に入っている刺青までも。

「そうか」

「……あなたこそどうしたの? 珍しく笑って」

 タケヒロの口元が、本人も気がつかない内に緩んでいた。

「……少し、昔の事を」

「あら、そう」

 そう言ったタケヒロは自らの唇を、淡い紅をたたえるアイリの唇に重ねる。

「……あなたは、どっちがいいの?」

「どっち、とは?」

 横になったタケヒロは、アイリを後ろから抱き占めて、そう彼女に聞き返す。

「私にとっては、どんなときのアイリも良い。どれか一つには決められない」

 耳元でそうささやかれたアイリは、少しくすぐったそうにする。

「欲張りね……」

 穏やかに微笑んで、そう言ったアイリは、すぐに小さな寝息を立てはじめた。

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