落としものの天使 1
※こちらは番外編2です。本編ではありません。
2016/11/28 一話分だったものを分化しました。加筆修正などはありません。
澄んだ冷たい空気の中、青白い半月が夜更けの漆黒の空に浮かんでいる。その光が港のコンテナ置き場を照らす。
そこを今し方『仕事』を終えた、背の高い殺し屋の少年が歩いている。背中に包丁を巨大化したような剣を背負った、十代後半の彼の後ろで、壮年の刑事が敬礼をして見送っていた。その刑事の背後には、胸に大きな穴が空いた死体が転がっていた。
夜目が利く少年はガムを噛みながら、ほとんど真っ暗闇に近い空間を進んでいく。
「……?」
首にかけているヘッドホンを付けようとしたその時、彼からみて左側に置いてあるコンテナの山から、微かに軋むような音がした。
それが何となく気になった少年は、足を止めてその音の元を探して耳をすませる。その音は、しばらく鳴り続けたあと少し止み、再び鳴り出すのを繰り返す。
「ここか」
しばらく探し回り、ようやくその音の元と思しきコンテナを特定した。そこに付いている鍵を、変な迷彩柄ジャケットの内側から取り出した、ナイフの柄で叩き壊した。
その扉を開けると、コンテナの中央になぜが、四方が柵に囲まれた寝台があり、その足は床に溶接して固定されていた。その寝台の上で、革ベルトが巻かれ、革寝袋に包まれた何かが、もぞもぞと動いている。それはベルトで柵に固定されていた。
小さいが、恐らく形から見るに人間のようだ、と、少年は思った。頭部と思われる部分が麻袋に覆われていて確認できない。その上、口が塞がれているのか、言葉にならないうめき声が聞こえる。
人間らしきものを固定していたベルトを切って、少年は頭の麻袋を外した。すると、ツヤが良く長い金髪が現われ、それは重力に従って寝台の上に広がる。案の定、口には布で猿ぐつわを噛まされ、その上目隠しまでされていた。
目隠しを外すと、やけに整った顔立ちの幼い少女の顔が露わになった。恐怖からか固く目を閉じる彼女は、金髪ではあるが顔だちは東洋系のそれだった。
「君に危害を加えるつもりはない」
猿ぐつわを外して、少年はできる限り優しく、彼女に問いかける。
「……」
おずおずと目を開けた少女の瞳は、純度の高いサファイヤの様に、蒼く澄んだ色をしていた。息をのむ様な美しさを持つそれに、少年は強く惹きつけられて、ついじっくりと見入ってしまう。薬物でも打たれているのか、不自然なまでにぼんやりとしていた。
「これ……、ほどいて……」
幼女は高く掠れた様な声を出して、少年に革寝袋に巻かれたベルトを解く様に頼む。
「すまない」
彼はベルトを手早く切って、戒めから幼女を解放する。ゆっくりと革寝袋の中から這い出すと、彼女の一糸まとわぬ白い裸体が露わになる。その背中には、よく分からないモチーフの刺青が入っていた。
「寒いだろう。ほら」
少年はジャケットを脱いで幼女に手渡す。ジャケットの下のパーカーも、同じく変な迷彩色をしていた。
「……? これ、どうするの?」
受け取った幼女は、手に持つそれをじっくりと観察し、少年を見て不思議そうな顔で訊ねる。
「貸してみろ」
彼はそう言って、幼女にジャケットを着せると、物珍しそうに、着ているブカブカなそれを眺める。
「着てても良いの?」
「ああ」
表情から察するに、気遣いで言った訳では無さそうだ。と、少年は思った。
「君は、何者だ?」
ポケットに入っていた、クッキーのブロックを幼女に手渡し、髪の間から据わった目を覗かせてそう訊ねる少年。彼女はそれを手に持って、まず匂いを嗅いでから舐め、それから囓りついた。
「この中に書いてあるって言われた」
全部食べ終えて、幼女は革寝袋の中から、金属製の筒を取り出して少年に渡す。
「これは?」
筒の中には契約書の様な紙と、取り扱い説明書と書かれたものが出てきた。後者の方には彼女の事がまるで玩具のそれの様に書かれていた。
「君の名前はアイリ……、か」
「……アイリ」
彼女――アイリは自分の名前を、実感が無さそうな様子で繰り返した。
どうやらこの少女は、そのために作られた(・・・・・・・・・)「商品」なのだろう。なら、このまま立ち去るわけにはいかない。
そう考えた少年は、
「とりあえず移動しよう」
と言ってアイリを抱きかかえ、当時彼が世話になっていた、『情報屋』の元へと向かった。
その道中。少年に抱かれているアイリが、彼の服を引っ張った。
「あなたがアイリの『ご主人様』なの?」
そう言うアイリの目は、売られている子犬のそれに見えた。
「ちがう」
この子は恐らく、人としての尊厳を持っていないのだろう。
「アイリが私の『ご主人様』だ」
だから自分がせめて、今からでもこの幼い少女にそれをあげよう。そう少年は思った。
「それじゃあアイリは、どうしたらいいの?」
前髪の後ろにある、少年の明るい茶色の瞳を見据えて訊く。
「好きにしたら良い。アイリは自由だ」
「じゆう、ってなに? 好きにする、ってどうやるの?」
アイリは無垢な笑みを浮かべてそう訊ねる。
「その内、わかるさ」
「いつ?」
「もう少し、アイリが大きくなってからだ」
回答に困った少年はそう言ってお茶を濁した。




