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口裂け女vsメリーさん

 夕暮れ時、とある住宅街。


「ねぇ、私キレイ?」

 いったいこの言葉を何度言ったことだろう。

 かれこれ二十年間口裂け女をしている彼女にとってこの言葉はもはや、おはようとかおやすみとかと同列のものであった。口裂け女としての礼儀のようなものだ。とりあえず、この言葉は外せないのだった。

 今日であったのは少女だった。白いワンピースに麦わら帽子をかぶった少女であった。

「……」

 その少女は無言で彼女に携帯を渡してきた。

 口裂け女は内心でため息をついた。あぁ、昔はよかった。

 ここ最近は彼女を見える人も少なくなり、仕事量も減ってきたがその分一つ一つの仕事が面倒なものに変化していった。昔はキレイかと聞いたら、『はい』か『いいえ』の二択だったというのに。こんな夏場に真っ赤なコートを着て大きな白いマスクをして目元が見えないほどに長い髪をしているモノに声をかけられたら、それだけで逃げて行ったというのに。そんな子供を全力で追いかけることの楽しさといったらもう、格別だったのだが、今はもう酷いものである。

 『まぁまぁ』とか『知らん』とか、質問に答えるだけならまだマシというもので。『はぁ?』とか子供じゃないよう威圧感を出すものや、とりあえず写真を撮ったり無言で防犯ベルを鳴らすなんて……昔はよかったと人面犬に愚痴りたくもなる。しかし、とはいえ。そういう現代の子供たちでも、マスクをとりその耳まで裂けた口を見せれば泣き叫び逃げ出す姿を見ると、この仕事は辞められないなと思ってしまうのだった。

 この少女は一体どんな泣き声と泣き顔を見せてくれるのかと期待しながら、口裂け女がそのマスクを取ろうとしたとき、携帯が鳴った。そして声がする。

「私メリーさん、今、あなたの後ろにいるの」

「っ!!」

 瞬間。背後から殺気を感じたその瞬間。口裂け女はすでに走り出していた。

 彼女は足が速いという事は有名だが、その実、二十年前はそこまで速くはなかった。せいぜい100m16秒程度。それは小学六年生の平均スピードとほぼ同一である。故に、彼女はたまに負けていた。陸上やっている小学生に負けることがあった。悔しかった!!彼女はそれはもう悔しくてそんな日はよく枕を涙で濡らした。ヒールを履いていることなんて言い訳でしかない。彼女は口裂け女なのである。口裂け女が生意気な小学生に負けていいのだろうか?いいわけがない。彼女は走った。来る日も来る日も走り続けた。雨の日も雪の日も。昼夜を問わず走り続けたのだ。その速さに憑りつかれた一部の口裂け女はダッシュババァになった。

 そして二十年経った今。彼女の足は、100mを2秒で走り抜けれるほどになった。もはやこの速さに逃げ切れるモノは存在しない。しかし、口裂け女は決して追いついてはいけない存在でもあった。彼女はどれほど速い足をもってしても『追いかけるモノ』としての本質を変えることはできなかった。故に、彼女はここ数年、手を、いや、足を抜いていた。本気で走ることはなかった。しかし、今。そう、今。彼女は本気で走っていた。100m2秒で駆け抜けていた。もちろん彼女に体力という概念はない。ゆえに、いくらでも彼女はこの速さで走ることができる。そんな彼女に追いつけるものなど存在しない。口裂け女はニヤリと笑っていた。裂けてるから常にそう見えるが、今、彼女は勝ち誇り笑っていた。逃げ切った、と。

『私メリーさん』

「なっ!!」

 その油断に付け入るように声が、聞こえた。驚きのあまり足がもつれそうになるが、そこは意地で持ち直す。

 そんなバカな!!顔に汗がにじみだす。いくら走っても汗をかかないはずの彼女が汗をかいたのだ。ありえない。この私に追いつけるものがいるわけがない。彼女は動揺していた。先日ダッシュババァにすら勝ったのだ。『もうお前うちらの仲間じゃね?』そう言われるほどの速さを手に入れたのだ。それなのに、なぜ。それにもうすでに、携帯を手放している。なのに、なぜ声がする……!!

『今、あなたの中にいるの』

 その口裂け女の疑問に、メリーさんは答えた。クスクスと笑いながら。

「そういう、ことっ!!」

 やられた。口裂け女は思わず舌打ちをした

 口裂け女が生まれた原因の一つが『母親』だとするならば、メリーさんが生まれた原因の一つは『孤独』であった。彼女は公衆電話なんて使っていない。彼女は携帯電話なんて必要とはしていない。それらは全て彼女の演出である。本当の自分の居場所を隠すための蓑である。メリーさんは、常に、被害所の内にいる。誰でもいいから。誰かもわからないモノとでも。声を聴きたい話がしたい。その電話のベルを鳴らしてほしい。そういう願望を持つもの中から電話という形で声をかける。そして時間を計って、そろそろこの辺にいることにしようとか考えて、あの辺ならあの建物が有名ねとか色々考える頭脳派霊。そう、霊である。口裂け女のように追うモノではなく、憑りつくモノだった。

『速さなんて、私には関係ないのよ。どれだけ逃げても無駄なのよ。だって私はメリーさん、今、あなたの中にいるんだもの』

 クスクスと脳内に響く笑い声に、口裂け女は憤りを感じた。自分の二十年間を今、無駄だと笑われたのだ。しかもメリーさんは口裂け女が速さに自信を持っていることを、誇りを持っていることをわかっていて、そう言ったのだ。口裂け女の中にいる今、メリーさんは全てというわけではないだろうが、彼女の心を感じているはずなのだから。わざと、メリーさんは、口裂け女の大切なものをバカにしたのだ。このことに怒りを覚えずにいられるだろうか。いていいだろうか。いいわけがない。そんなことは例えムジナが許したとしてもこの口裂け女が許さない。

「それなら、早く私を殺してみなさい」

『っ!』

 やっぱり。裂けた口の口角がさらに上がる。メリーさんの動揺が伝わってくる。中にいるメリーさんが口裂け女の心を感じ取れるように、口裂け女もまた、メリーさんの心を感じ取れる。殺せないのだ。走っている状態では。メリーさんは、口裂け女を。なぜなら彼女は『憑き殺すモノ』ではなく『背後から殺すモノ』だから。

 メリーさんが相手を殺すためには、必ず最後に背後に回らなければいけない。『いつの間にか死角にいる恐怖』というのも彼女の本質の一つであるがゆえに、彼女はそのルールを破ることができない。つまり、中にいる状態で殺すことはできない。絶対に背後に回らなければいけない。中から、出ないといけない。では、今、出たらどうなるか。置いてかれる。あっという間に口裂け女に置いてかれ、一人ポツンとそこに立っていることになる。100m2秒で口裂け女は走っているのである。今現在も。彼女は走り続けている。100m2秒という事はすなわち時速180kmということである。時速180kmで走ってるモノから急に飛び出したらどうなるのか。考えるまでもなく、やばい。メリーさんでも、これはやばい。二十年間の努力は無意味ではなかったのだ。

『で、でもあなただって私をどうにもできないもん!!』

「そうね」  

 そう、口裂け女もどうすることもできない。何せ自分の中にいるのだ。どう追いつけていうのか。まぁ追いついたらダメなのだけれど。しかし追いかけることはできる。今現在している。口裂け女は自分の中にいるメリーさんを追いかけている。今、自分の、背中を追いかけている。この丸い地球、一直線に走り続けるという事はそういう事である。ゆえに、彼女は消えることはない。いつまでも走り続けることができる。メリーさんも同様である。殺すことは出来ないが、いつまでも声を聴かせることは出来る。ゆえに、彼女もまた消えることはない。まだ彼女たちは過程である。彼女たちが消えるのは、都市伝説の結末が示されたときだけである。

『あぁもうそれならぁ!!』

 このままではらちが明かない。先に仕掛けたのはメリーさんだった。若さゆえに我慢が足りない。

『ポマード!!』

「あああああ!!」

 衝撃。口裂け女の口から悲鳴が上がる。その衝撃に速さも落ちる。『ポマード』とは口裂け女を撃退する魔法の呪文である。男性が使用する整髪料すなわち父性の象徴になるそれは母性の象徴的な口裂け女に効果は抜群だ。しかもそれを内部から食らわせたのである。口裂け女が味わった衝撃は想像を絶する。

『ポマードポマードポマード!!』

 効果ありとみたメリーさんが一気にたたみかけた。

「ああああああああああ!!」

『ポマードポマードぉ!!』

 口裂け女の口から悲鳴が上がるたびに。その速度が落ちていくたびに。メリーさんは勝ちを確信した。止まったところで背後に回る。それで終わり。勝った。ついに私は子供の敵である口裂け女に勝ったのだ。次は怪人赤マント貴様だ。すでに次の標的について考えるほどに、メリーさんは勝利を確信していた。確信してしまった。

「まだ、まだ、子供ね」

 そういう爪が甘いところがダメなのだ。まだまだ都市伝説のセンターを譲るわけにはいかない。口裂け女はその口に嘲笑をうかべた。

『つ、強がりをこのオバサン!!』


 気づけばそこは、どこかの山奥だった。


 もうすでに口裂け女の足は完全に止まっていた。息も絶え絶えになり地面に倒れ伏してさえいた。赤いヒールはどこかで脱げてしまったのかその足はすりむき泥だけだった。象徴たる赤いコートも泥だけのびりびりで見るも無残な姿になり、あんな速さで走っていたのだから仕方ないかもしれないが、黒髪もビッグバンだった。その姿は誰が見ても満身創痍。

「山を下りた私は、都会に染まったのさ」

 しかし、その口は。耳まで裂けたその口は、今までにないほどに凄惨に裂けていた。そしてそこから見える歯はすでに歯ではなく、牙となっていた。それは、先ほどまでの口裂け女にはなかった象徴だった。

『え、え、え、え!!』

 驚くメリーさんをよそに、口裂け女の体は次々と変化していく。目は窪みその瞳は赤色に染まる。白い肌に染みとそばかすが生まれ、黒髪に白髪が混じり始める。赤いコートは白く黄ばんだ布きれとなった。

「そしてまた山にきたら、どうなると思う」

 彼女は立ち上がった。しかし、その姿、先ほどまでの長身ではなく小柄なその姿を見たものは、誰も彼女を口裂け女とは呼ばないだろう。山姥と。そう呼ぶに違いない。

『変身なんてずるい!!』

「あんたみたいな新参にはできない芸当だろう?」

 口裂け女から山姥に変化した彼女はその本質もまた変わった。『追いかけるモノ』から『呑みこむモノ』という本質が強くなる。山姥のその裂けた口は、子供を脅すためのものではない。食べるものである。そして獲物はすでに、彼女の中にいる。たやすい仕事だ。

「それじゃあ、いただきます」

「いやあああああああ!!」

 子供の悲鳴が山の中に木霊する。その声は山姥にしか聞こえないものではなかった。そう、メリーさんは食べられる前に逃げ出したのだ。口裂け女の、山姥の、勝ちだった。

「はぁ、やれやれ全く疲れたよ」

 曲がった腰を叩きながら彼女はため息をついた。

「あぁいてて。これだから山姥は嫌だ。さっさと里に下りて、牛丼でも食べたいよ」

 彼女は愚痴りながら山を駆け下りる。

 100m2秒の速さで。





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