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退屈少女の不思議な結婚  作者: 華
第二章 退屈な日々は続くのか
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第六話 夢を叶える者

 聞けば、今まで最短で妖還師になった者でも修業は一ヶ月ほど続いていたらしい。それも、朝から晩までみっちりと修行、修行、修行だったという。

 もちろんアランはそんな酷なことをサーラにさせようとは思っていなかったし、サーラもそんなことは御免だった。せいぜい一日に七時間ほどの時間を割いてやるだけだった。

 ……さて、それで果たしてサーラは妖還師になれるのか。

 --------その答えは一つである。



 ✡✡✡



 その日、屋敷の中に住まう妖精という妖精がすべて、余すところなく大集合していた場所があった。

 花壇やオブジェが実にバランス良く飾られた、屋敷の裏庭である。

 そこに凛と立っているのは、滑らかな琥珀色の髪を風になびかせた一人の少女--------サーラである。

泡沫水舞アクア・セルテジオ

 呟く彼女の手のひらから、膨大な妖力と共に噴水のように水があふれ出す。同時に彼女の長い髪の毛がぶわりと広がった。

 水は瞬く間に空へと高く舞い上がり、円を描くようにして空中で散った。キラキラと舞う雫と虹が、ひっそりとした空間に余韻を残す。

 すべてが終わり、サーラは数分ぶりに双眸を開いた。

 さっきまでは妖精の瞳を借りていたので、視点を整えるために何度か瞳を瞬かせる。

「よし、水も問題なしね。……次は、ええと、木の妖精とかっている?」 

 サーラの問いかけに、呆然としつつも進み出てくる妖精たち。今日何度も見たその光景に、彼女は不満そうな表情をした。

 何が理由なのかは知らないが、妖精たちは自分に異形の者でも見るような視線を向けている。はっきり言って気に食わない。何か思うところがあるのなら言えばいいというのに。

 それでも、力を貸してくれている者達に文句は言わないのがサーラの中でのルールだった。少しくらい煩わしくても我慢するくらいの忍耐はある。

 近寄ってきた妖精たちに触れ、サーラは瞳をゆっくりと閉じる。瞼におおわれた瞬間から、その網膜が妖精の物へと切り替わったように視点が変わるのが分かった。

新緑の息吹ヴィリデス・ヘルタム

 妖精に触れたまま、少女はよく通る声で歌うように言葉を紡いだ。

 瞬間、少女の目の前の地面から植物が次々と飛び出してくる。主にそれは蔦などが多く、絡まりあって何かを形作っていった。

 複雑な工程を経て植物たちが作り上げた緑色の物体は、まるで巨大な騎士のような風貌をしていた。サーラを守るようにその身を少女の目の前にさらす。

護れシーサルス

 新たな言葉とともに、少女が目を開く。

 すると、植物で出来た騎士は咆哮ほうこうを上げて手に持った剣を構えた。

 前方にいる妖精たちが飛ばす火の玉を、騎士は木でできている剣を振って風圧で消し去り、植物で出来ている手でつかんで消火する。

 その光景を見てやはり唖然とする妖精たちの中に、コリンとリリスはいた。

「……すごいねえ、奥様」

『すごいなんてもんじゃないだろ! あいつ何者だよ!?』

 感情のぶつけ所が分からないコリンは、とりあえずリリスに向かって激昂げっこうする。しかしリリスはそれをなれた調子で受け流し、目の前の少女に苦笑した。

「しかし、もう妖精から力を吸収するまでになるとは……旦那様も予想外だったんじゃないのかね」

 『堕ちた』妖精を正気に戻すことを、『還す』と言う。妖還師という名の由来でもあり、妖還師フェアロードの主な仕事はそれだ。

 しかし、それだけがフェアロードの仕事ではない。

 まず、世界には、主にフェアロードになる資質のあるものにしか見えない『妖精』という種族がおり、それらの力を自分に吸収することでフェアロードはこの世の森羅万象しんらばんしょうを操ることが出来る。そしてそれにより、国は大いに助かっている節がある。

 それは主に工業であったり産業であったり、はたまた国の防衛であったりと様々だが、王国の大臣たちはみな上級のフェアロードであるほど、国にフェアロードはなくてはならない存在になっている。

 そして一般に、妖還師フェアロードにはレヴェルがある。

 一番レヴェルが低い者は『堕ちた』妖精一人にすら手こずるため、『一般人よりはマシ』と言う残念な認識しかされていない。

 しかし、それに対してアランのような上級のフェアロードはドラゴンすら従えられるような能力を持つ。空や海に住まう妖精たちほどそれは顕著だ。何しろ弱肉強食の世界で生きているのだから、アランのような妖還師のオーラに敏感なのは当たり前だ。

 普通フェアロードは、最初は妖精を『還す』ことが出来るようになり、次に妖精たちを従えることが出来るようになり、最後に妖精の力を吸収することが出来るようになる。

 妖精たちを従えるのと力を吸収するのとは、結果は同じだがそのメリットやデメリットには天と地ほどに差のある作業だ。従えている妖精たちは主の言うとおりに動くが、所詮は自分の体ではなく妖精の体だ。コントロールが難しく、やりすぎたり足りなかったりと、何かしら不具合が起きる場合がある。

 そして、妖精たちの忠誠というのは主の能力に比例する。日々の鍛錬を怠れば、妖精たちはあっさりと手のひらを返して襲い掛かってくるのだ。気が抜けない。

 対して、妖精から力を吸収する場合は裏切られる必要もなく、妖力を少しもらう程度で自分で妖精の能力を使えるようになる。妖精の特徴的な妖力を少し自分に混ぜ、あとは自分の妖力でそれを使用するのだ。 

 言うまでもなく、サーラは最高レヴェルの妖還師となっていた。

 そう、なれたのだ。彼女は昨日、アランに一人前の妖還師であるという印をつけてもらえた。腕に光る金色の腕輪がその証である。

 しかしコリンは大いに納得がいかなかった。

『何で一週間で妖還師になってんだよ!? 化け物か!』

 そう。サーラは何と、妖還師になった者の最短記録を軽々とすっ飛ばし、前代未聞の一週間という短さで妖還師になったのだった。

 もう気づいているだろう。妖精たちの驚愕の理由はこれである。

 というか、それに驚いていないのは当の妖還師であるサーラだけだ。アランでさえ驚いたというのに、サーラは顔色一つ変えなかったのである。この結果を最初から分かっていたかのような顔で、逆にアランの表情の変化を喜ぶ余裕があるほどだった。

『何で俺らが、あんなちんちくりんに力貸さなきゃいけないんだよ、うああ……』

 ここまで来ると逆に悲痛に聞こえてくるコリンの叫びを、サーラの地獄耳は完全にとらえていた。

「ちょっとそこ、うるさいわよ!」

 その言葉が聞こえた瞬間、コリンの体に衝撃波のようなものが伝わった。驚いてしりもちをつき、ぽかんとした表情でコリンはサーラのほうを見やる。

 瞳をすがめたサーラの前に立っている植物の騎士が、剣を振った姿勢のままに固まっているのが見えて、コリンは目を見開いた。

 どうやら騎士の剣の風圧で吹っ飛ばされたらしい……ますます気に食わない。悔しくて歯がぎりりとなる。その様子を、呆れながらリリスは眺めていた。

「あんたも往生際が悪いねえ……いい加減あきらめな。あたしらよりももっとずっと高みに行っちまったんだよ、奥様は」

 さとすように言われたが、コリンはそんなリリスをきっと睨み付けた。ここではいそうですねと返せるような素直さを持っていたら、そもそもサーラに反抗したりなどしていない。

 それをよく分かっているリリスは肩をすくめて、コリンの腕をむんずと掴むと半ば強引に立ち上がらせた。コリンはよろめきつつもその場に裸足で立つ。

「あたしはどっちかっていうと、あんたが一方的に奥様を敵視してるようにしか見えないけどねえ……」

『は、はあ!? そんなわけねえだろ! 俺は別に……』

「ねえねえ」

 コリンが口ごもったところで、横から何気ない調子の声が響いた。

 二人で同時に振り返る。

「何の話?」

 きょとんと首を傾げた、サーラが立っていた。

『うぉあ! お、お前いつの間に!?』

 当然の反応として狼狽えたコリンを、訝しげにサーラは見つめる。

「いつの間に、って……妖力の確認が終わったから、さっき見つけた二人のところに来てみただけよ」

 別におかしいところはないはずだ、と言外に告げられて、コリンは仏頂面のまま口を閉じる。さっきのことは完全に水に流し終えた後らしい。ここまで来るといっそ清々しかった。

「? どうしたの?」

『何でもねえよ!』

「そう」

 あまりにもあっさりとひかれて、コリンは逆に唖然とした。つかみどころがなさ過ぎてこちらのペースが乱される。

 対して、サーラはもうコリンへの興味が失せたらしく、リリスのほうに体を向けて尋ねた。

「アランは何処? 今日は見かけていないんだけど」

「旦那様なら、そろそろ巡回に行くころじゃないだろうかね」

「巡回?」

「町に『堕ちた』妖精がいないかどうかを見て回るんだよ。パトロールってところかね。まあ、本当は依頼を果たしに行くんだろうが」

「依頼?」

 不思議そうにのぞき込んでくる少女の瞳を見つめ返して、リリスはどう説明したものかと首をひねった。

「う~ん、奥様は、『堕ちた』妖精たちが何をするかを知ってるかい?」

 その質問に、すぐに首を横に振るサーラ。『堕ちた』妖精を見たことすらないのだ。何をするのかなど想像がつくわけがない。

「だろうね。とりあえず前提として、妖精たちは『堕ちた』瞬間に別人のようになる。ていうか別人だ。新しい人格が形成されるからね。負の感情が凝り固まって、それだけに心が支配されてしまうんだよ。……で、問題は此処ここからなんだけどね」

 真剣な顔で、リリスは興味津々のサーラを見た。

「新しい人格はいわば、生まれたての赤ちゃんみたいなもんでね。何をどうしようっていうのを、明確に考えている奴らは少ないんだ。レヴェルの高い妖精だったらありうるけど、そういうやつらはそもそも『堕ちる』ことがないからね」

「悪いことはしたいけど、どうすればいいのか分からない?」

 分かりやすくまとめられたその表現に、リリスはパチンっと指を鳴らす。

「そういうこと! だから、そういう妖精たちがやることは分かりやすいんだ。何しろどうすれば人間たちにとって悪いことになるのかが分からない。だからとにかく暴れまわる。たとえば、ありえない自然災害が起きたとき、それは妖精のせいと考えていい。二年くらい前に起きた、後宮が竜巻に襲われた事件。あれも『堕ちた』妖精のしでかしたことだよ」

 その事件はサーラも知っていた。二年前、王宮の隣にある後宮がまるで狙われたかのように竜巻に襲われ、一瞬で後宮を破壊してしまったのだ。幸い死人は出なかったが、一人の後宮妃が重傷を負い、一生寝たきりになってしまったと聞いたことがある。

「あの時の妖精が『堕ちた』原因が、その後宮妃だったんだよ。何でも、たまたま見えた妖精を面白がって檻に閉じ込めて、毎日虐待していたらしくってね。妖精はまだ幼くて、檻から出ることが出来なかったらしいんだ。そのせいで『堕ちて』しまって……そういう強い憎しみを伴う場合、妖精はその原因を抹殺まっさつしようとする可能性が高いから、その後宮妃だけが重傷を負ったのさ」

 つらかったろうにね、と、自分のほうがつらそうな顔をするリリス。自分よりも年も背も高い彼女がそんな顔をすると、なんだか変な気持ちになる。

 なのでとりあえず、さっき暇つぶしに作った花の冠を頭に乗っけておいた。そして、驚いて思わず花冠を押さえたリリスに、サーラはきっぱりと告げた。

「大丈夫よ。そういう子たちは、私が全員救うから」

 少女は快活に笑う。

 一瞬で大人の表情に戻ったリリスは、それを苦笑して見つめた。

「奥様ならきっとできるよ。…………ああ、話がそれたね。とりあえず話を戻すと、人間たちには妖精の姿は見えないが、『堕ちた』妖精の姿は見ることが出来るんだ。それに、地震でもないのに津波が起きたり、嵐でもないのに特定の地域にだけ大雨が降ったりした時は、住民たちは妖還師を呼ぶことが多いんだよ。今回もそんな感じじゃないかな。念のため、って感じだと思うがね」

「そうなの。……私も連れて行ってもらおうかしら」

「え?」

 ぽつりと漏らしたサーラのつぶやきに、リリスは唖然とした。

 この国の住民たちはむやみに妖還師を呼ぼうとはしない。妖還師と言う職業がどれだけ貴重なそれなのか知っているからだ。それが今回アランが呼ばれたということは、結構な確率で本物の『堕ちた』妖精が出たということになる。おそらく誰かが姿でも見たのだろう。がしかし、ならばそんな危険なところに、最高レヴェルの妖還師とはいえ一度も経験を積んでいない少女を向かわせるわけにはいかない。

 だから、さっきからしきりに「大したことない」風を装って話していたのに、まさか乗ってくるとは。

「お、奥様。たぶん念のために呼んだだけだと思うから、行ってもつまらないんじゃないのかね」

「あら、大丈夫よ。アランがいれば退屈なんてしないから」

 至極当然というようにそう呟いて、少女は返事も聞かずに身をひるがえした。走り出したかと思うと急に振り返り、妖精たちに向かって声を張り上げる。

「もう戻っていいわよ。練習に付き合わせちゃって悪かったわねー!」

 手を振りながら元気に駆け出していく少女を茫然と見つめるリリス。その横では、コリンが実に気に食わなさそうに顔をゆがめながら、地面をけっ飛ばしていた。


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