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退屈少女の不思議な結婚  作者: 華
第一章 退屈から脱出するには
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第一話 退屈離れした出会い

 その日、ユグラスト公爵家の中では盛大なパーティーが催されていた。

 公爵家の長男であるアラン・ユグラストが成人したのだ。

 ユグラスト家には、代々長男が成人した時に公爵の座がその長男に移る、というしきたりがある。

 つまり、今夜はその二つの意味でのパーティーが開かれているのだ。

 そして、公爵という座に着いたからには当然、妻も必要になってくる。そのため、娘のいる貴族たちはこぞってそのパーティーへと参加したがった。

 そんな、貴族たちの間では火花がバチバチと散っているような空気の中に、なぜか壁の花に徹している少女がいた。

 緩やかにウェーブがかかった琥珀色の髪に、ラピスラズリをはめ込んだような深い青の瞳。決して不美人というわけではない容姿だというのに、その姿を注視する人間はいない。

 少女はつまらなそうに溜息をついて、ぼんやりと虚空を見つめた。

 今日もまた、退屈な一日になりそうだ。

 手に持ったグラスを一瞥したのちに、そんなことを思う。実際に今も退屈だ。なぜ自分はこんなところにいるのだろうと、少女は心底不思議に思っていた。

 ……さて、ここで少女の情報を開示しておこう。

 彼女の名前はサーラ・トルネシア。トルネシア伯爵家の一人娘である。

 花も恥じらう十七歳でありながら、色々なことに退屈し、日々退屈しないものを探しているという、なんとも理解しがたい性格の持ち主だった。

 当然恋などしたこともないし、これからもそんなものとは無縁の生活を送ると思っていた。

 ……はず、なのだが。

 なぜか少女は今、人生最大のピンチに直面しようとしていた。

 サーラが視線をゆっくりと向けた場所には、前ユグラスト公爵・・・・・・・・と楽しそうに談笑している父の姿がある。

 どういうわけなのかさっぱり理解不能だが--------サーラは現在進行形で、現ユグラスト公爵であるアラン・ユグラストの妻候補に、いや、最有力候補に名を連ねる存在になっていたのだった。



 ……一体どうしてこうなった。



  ✡✡✡



 壁の花に徹しながら、サーラは深くため息をついた。

「私、本当に結婚させられるのかしら」

 自分の父がユグラスト公爵と昔からの親友だという話は、前々から聞いて知っていた。きっとその関係で、自分はアラン・ユグラストの妻候補にされているのだろうことも予想がつく。……が、しかし。

 はっきり言ってとても面倒くさいので出来れば嫁ぎたくない。

 しかし大人という生き物は勝手かつ理不尽極まりない理由を延々と持ち出してくるものだ。あれを小一時間も聞かされるくらいだったらさっさと笑顔で頷いてしまった方が簡単なような気もする。

 どうしたものだろうかとぼんやり考える。やはり頷いてしまおうか。しかしこれ以上退屈な人生を送るのは御免だ。どうしたものか。

 考えているうちに次第に肩が重くなってきたように感じた。何かが肩に乗っているような感覚。しかし視線を向けてもそこには何もいない。

 よくあることだと思いつつ、再び思考の波につかろうとする。

 しかし、そのとき。

「君、つかれてるね」

 すぐ隣から、誰かわからないが青年の声が聞こえた。

 反射的に顔を向ける。

「いつもそうなの? 重いと思うけど」

「……誰?」

 訝しむように首を傾げると、いつの間にか近づいていたらしい青年はそれには答えず、なぜかサーラの肩に手をのせて埃を払うようなしぐさをした。

「……?」

 なんだろう、潔癖症なのだろうか?

 ますます不思議に思いながらその人物を観察する。

 流れるような長い銀髪に、菫色の澄んだ瞳。背は少なくともサーラよりも頭一つ分くらいは高い。ともすれば女性のようだが、声色と手の骨格を見る限りたぶん男性だ。

 そして、その顔には表情というものがあまりなかった。感情はあるのだろう。しかし、それをうまく表現できないとでも言うのだろうか、その顔は吸い込まれそうなほどに透明だ。

「……何をしたの?」

 サーラには青年の正体よりもそちらの方が気になった。さっきの埃を払うようなしぐさ。あれをされた瞬間に肩の重みがふっと消えたのだ。何か理由があるなら、それを知りたいと思った。

「ん? つかれていたみたいだったから」

「疲れていた?」

「ああ」

 ほら、と言われて、なぜか手を握られる。

 するとその瞬間、バチッと目の奥で火花が舞った。

「!?」

 さすがに驚愕して瞳を瞬かせる。

 しかし。

「え」

 瞳を何度か瞬かせて、やっと瞳が景色に慣れた……と思った時にはもう、それらはサーラの視界に入りこんでいた。

 透明な羽をもつ、花ほどの大きさの人間たち。

 頭から角をはやした白馬。

 暗緑色の毛並みを持つ、牛ほどに大きな犬。

 髪の毛が蛇で出来ている女性。

 庭には、薄着で噴水につかっている年端のいかない少女もいた。

 --------なんだこれは--------!? 

 仰天して、サーラは思わず目を擦る。しかし、目の前の光景が消える気配は微塵も見られなかった。

 ……これは、これはまさか。

 呆然とその光景を見つめているサーラに、突然、何処からともなく声がかかる。

「見えるかい?」

 ハッとしてそちらを見ると、青年が微笑んでこちらを見ていた。

 感情の読めない笑顔。

「……これ、何?」

 逡巡したのちにそれだけ聞くと、青年はさらりと告げた。

「妖精」

「よう……せい」

 その単語がしばらく頭の中でリピートされてから、サーラは気づく。

「あなた……もしかして妖還師フェアロード?」

 妖還師フェアロードとは、この国における特殊な職業の一種である。

 この国には「妖精」と呼ばれる人間ではない者たちが存在する。

 普通の人間の目には見えないし、放っておけば害などない者達ばかりで、妖力の高い者などはうまく人間の生活に馴染んでいるなどとも言われていた。

 しかし、時に妖精たちは暴走し、『堕ちて』しまう者たちが現れることがある。 そのような時に必要になるのが、「妖還師フェアロード」と呼ばれる「妖精」の見える者たちだ。

 ただ妖精が見えればなれる職業と言うわけではなく、妖還師になるためには資質と訓練が必要になる。そのため、妖精が見えても進んで妖還師になろうとする人は少ない。

 そんな貴重な職業の人物に会えるとは思っていなかったが、サーラは退屈を埋めるために一応聞いてみた。

 すると。

「ああ、そうだよ」

 当たり前のように、青年はそう告げた。呆気にとられたサーラをよそに、彼は言葉をつづける。

「君は妖精に好かれやすいタイプみたいだ。けど、そのせいでいたずらをされていることも多い」

「い、いたずら?」

 突然何を言い出すのだ、この男は。

「君は肩が重くなったりすることが多い?」

「ええ、まあ」

 彼の言わんとしていることが分からず、曖昧に返す。

「じゃあ、やっぱりつかれることが多いんだろう」

「……どういうこと?」

 どうも会話がかみ合っていないような気がして、サーラは首を傾げた。

 すると、青年は自然な動作でサーラの肩口を指さす。

「ほら、今も。つかれている」

 え--------?

 反射的にそちらを見ると、何かが肩に上ろうとしているところだった。小さな手足にぎょっとして、体が硬直する。

 動けなくなったサーラの様子に気が付いたのか、青年が少女の肩をパッパッと払った。

 残念そうな声を上げて、その小さなものは転げ落ちていく。

 その光景に、少女は反射的に手を伸ばして、その小さなものが地面に落ちるのを防ごうとした。

 しかし、その小さな何かはサーラの手を蹴って勢いをつけると、そのまま床に綺麗に着地してしまった。

「ちぇー」

 あまりにも聞き取りづらい声を上げて、小さな何か----どうやら少年のようだ----は逃げていく。

「な……なにあれ」  

「あれも妖精の一種だ。いたずらするのが好きで、君につこうとしていたんだろう」

「つく……?」

 その言葉を、頭の中で漢字に変換する。

 つく……突く……着く………………憑く?

「憑かれる……ってそういうこと?」

 今更ながらに先ほどの違和感の正体を知る。

 疲れる、ではなく憑かれる、だった。

「って、私憑かれやすいの?」

 新たに浮上してきた疑問を投げかけると、青年は無表情で言った。

「ああ、そうみたいだね。そういう人たまにいるよ」

 どうやらサーラは、その「たまにいる人」の中に入ってしまったらしい。がっくりと肩を落とす。

 まさか妖精に憑かれていたなどと、誰が予想できるだろうか。

 私のだるかった日々を返せ--------と言いそうになるのをぐっとこらえ、サーラは毅然として首を上げる。

「あなたのおかげで肩の痛みの原因が分かったわ。ありがとう」

「僕のおかげじゃないよ。君、もともとそういう資質があるんじゃないかな。僕の手を握って妖精が見えるようになるには、少しはそういう資質がないと無理だからね」

 そう言って、青年は繋がれたままの手を指さす。

「僕の手を握って妖精が見えるようになった人は何人かいるけど、それはみんな資質を元々持っていたからだよ。手を放すと見えなくなるしね」

「そうなの?」

 不思議に思って聞くと、青年は一つ頷いて手をぱっと放した。

「ほら、見えないだろう?」

「……見えるけど」

「え?」

 青年の顔がぽかんとしたものになる。

 この表情のほうが人間味があって良い、などと思いつつ、サーラは改めて辺りを見回す。……やはり、消えない。

「全部見えてるわよ。どういうこと?」

「いや、知らないよ。僕の手を放したら、みんな見えなくなったって言ったんだけど」

「嘘だったんじゃないの?」

「妖精が見えてるかどうかなんてすぐわかるよ。……でも確かに、君は見えてるみたいだ」

「でしょ?」

 二人して首を傾げていると、突然、そこに第三者から声がかかった。

「おーい! アラン!」

 その声に、隣にいた青年が反応する。

「父だ」

 零れ落ちたようなそのつぶやきに、サーラは何か違和感を覚えた。

「アラン……?」

 しかしその疑問を解消する暇もなく、一人の男性がこちらへと近づいてくる。

 その姿を見て、サーラはぎょっとした。

 そこにいたのは、朗らかに笑うユグラスト公爵と、サーラにとっては見慣れた人物である、サーラの父、トルネシア伯爵だった。



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