麗、怒鳴る。
「・・・ふわぁ」
みなさん、おはようございます!春野 麗です!高校生になってはや一週間になります。あれからわたしは陣外高校の生活を色んな驚きとともに満喫しています。自分の間違いで入ってしまった学校でしたが、これはこれでとっても楽しい毎日です。友達もできましたしね。
・・・・・・ところでわたしはどこへ話しかけているのでしょうか。
えーと、とりあえず布団から出ることにしましょう。
「麗、おはよう。随分と早いねぇ」
下の階に降りると、おばあちゃんが朝ごはんの支度をしています。
「おはようおばあちゃん。そう言うおばあちゃんも早起きだね」
それもそのはず。今は朝の4時50分。わたしは田舎にいた頃の癖が抜けなくてこんな時間に起きてしまいます。これでもけっこう遅くなったんですよ?
洗面所に行き、顔を洗います。
「ひゃっ」
春になったとはいえ、朝のこの時間はけっこう涼しいんですよね。水がすごい冷たいです。
「ふうっ」
急ぎ足で自分の部屋に戻り、着替えをします。おばあちゃんが買ってくれた桜色のジャージ。サイズは少し大きいけど、おばあちゃんからしたら
『高校生になったらめきめき成長して、丈なんてすぐつんつるてんになっちまうさ』
とのことです。長いならまくればいいことですもんね。
「おばあちゃーん!いってきまーす!」
「はいよ、朝ごはん作って待ってるよ」
わたしは家を出ました。
田舎にいたころは農作業があったので、時間があっという間に過ぎてしまっていたのですが、ここは都会です。畑や田んぼがあるわけがなく。暇を持て余してしまったので、ジョギングを始めることにしました。朝の運動は気持ちいいです。
まだ静かな町をわたしは軽快に走ります。今日はどこを走ろうかな。
「あっ」
入学式の日の帰りに聡子ちゃんが言ってた、手が隠し切れてなかったおじさんだ。おじさんも早起きですね。
「おはようございますっ!」
わたしはおじさんに挨拶します。
「おや、見ない顔だな」
「今年から引っ越してきた春野 麗です!」
深々とお辞儀をすると、おじさんはからからと快活に笑いました。
「おう、こりゃどうもご丁寧に。ん?・・・春野?」
おじさんは首を傾げました。
「え、わたしの苗字がどうしました?」
「きみ、桜花さんのお孫さんかい?」
「おばあちゃんを知ってるんですか?」
確かにおばあちゃんの名前は桜花ですけど。お知り合いなんでしょうか。わたし、けっこう走ってきたから家からだいぶ離れてますよね。
「知ってるもなにも、桜花さんにはこっちに越してきてからだいぶ世話になったからね。桜花さんが孫が来るって言ってたんだ。きみだったんだな」
「越してきたっていうのは、魔界からですか?」
わたしが何気無く聞くと、おじさんは驚いた顔をし、頭をかきました。
「ありゃ、どうしてバレたんだろう」
わたしは笑うとおじさんの腰のあたりを指差しました。
「右の腰、見てみてください」
「右の腰?・・・あっ」
前見た時と変わらず、シャツの裾から三本目の手がちらついています。
「まいったな、完璧だと思ったのに」
わはは、とおじさんは笑います。
「おじさんはどんな種族の魔物さんなんですか?」
「クラーケンって言うんだけど、知ってるかい?」
「くらーけん・・・わからないです」
おじさんは手をうねうねと動かすようなジェスチャーをしました。
「まぁ、でかいタコだと思ってもらえればわかるさ」
「タコさんなんですか!腕がいっぱいあるから隠すのも大変ですね」
「あと一本隠し切れてなかったわい」
わたしとおじさんは笑いあいました。
「実際はおじさんはどんな見た目なんですか?本当に大きなタコさんなんですか?」
おじさんは少し困った顔をします。
「合ってるっちゃ合ってるが、ちと見た目がなぁ、若い女の子にはキツいかもしれんなぁ」
わたしは胸を張ります。むしろ今は人間のほうがあまり会わなくなっちゃったくらいですし、へっちゃらですね。
「わたしは大丈夫ですよ!なにしろわたしは陣外高校に通ってますしね!」
「ありゃ、あの高校にかい。人間なのに珍しいねぇ。そうか。なら少し元の姿に戻ってみるか。麗ちゃん、少し離れていなさい」
「?はい」
わたしが離れると、おじさんは少し中腰になり、目を閉じました。
「む・・・うおりゃっ!」
どかんっ!!
「ひゃあっ!」
わたしは尻もちをついてしまいました。目の前には、お、大きな青いタコさんが・・・!あれがあのおじさんの本当の姿なんですか!
「ありゃ、壁が少し壊れちまった。麗ちゃん、大丈夫かい?」
おじさんがぎょろりと大きな目を鈍く輝かせながら手?を差し伸べてくれたのでそれを掴んで立ち上がります。・・・それにしてもおじさんの手、ぷにぷにしてて気持ちいいです。
「わたしは大丈夫です!それにしても、ずいぶんと大きいんですね!」
「ははは。なにせクラーケンだからね。わたしの一族について大げさに書かれた本もあるくらい、結構有名なんだよ?」
「そうなんですか?読んでみたいです!」
学校の図書室にあるかなぁ。
「それにしても、私の姿を見て驚かないとはたまげたな。さすが陣外高校に通ってるだけはある」
「えへへ」
「さて、と。朝早いとはいえ、こんな姿を近所の子供に見られたら泣かれてしまうな。戻るとしよう」
しゅるしゅる、とおじさんはみるみる縮んでいきました。わたしの手からおじさんの手が離れます。ああ、もうちょっと堪能したかったです。
「よし、元通り。どうだい?」
わたしは思わず拍手をしてしまいました。
「魔物さんってすごいんですねぇ」
「わはは。そうかい?若い女の子に褒められたら悪い気はしないねぇ」
おじさんははにかみます。
「・・・あっ」
嬉しそうに笑うおじさんの右腰には、やっぱり隠しきれてない手がぷらぷらしていたのでした。
おじさんと別れたわたしは朝の町をまた走り出しました。
「ありゃー、はるのん?」
「はい?」
走っている途中、後ろからなんだか知っているような声に話しかけられました。
「あ、海主センパイ!」
振り返ると、入学式で知り合った海主センパイたちがわたしと同じようにジャージに身を包んで、こちらに走ってきました。他にもたくさんの海主センパイみたいなリザードマンの方々が後をついて走ってきていました。
「こんな時間に会うなんて奇遇だな春野」
「おいっす春野ちゃん」
「おはようございますっ!」
また深々とお辞儀をします。
「相変わらずはるのんは礼儀正しいねー」
「どうだ、学校には慣れたか?」
「はいっ」
「そりゃよかった。それにしてもどうしてこんなところに?」
わたしはくるりと回ってジャージを少し自慢げにセンパイたちに見せます。
「ジョギングです!」
「もう部活にでも入ったのか?」
「いいえ?この辺りに慣れる意味も込めてジョギングを始めたんです」
「意外とアクティブなのな春野ちゃん」
「張り切りすぎて授業中グッタリすんなよ?」
海主センパイたちは大きな口を開けて笑います。あぁ、よだれ、よだれが。
「わたし、けっこう体力には自信ありますよ?だから大丈夫です!」
「どの辺から走ってきたんだ?」
「緑新町です」
すると海主センパイたちは目を同時に丸くしました。
「マジで?結構距離あんじゃん・・・」
「はるのん元気だねー」
「待てよ?・・・この時間に緑新町から走ってきたとなると、春野、お前起きたの何時だ?」
「4時50分ですっ!」
えへん、と胸を張ると海主センパイたちはぽかん、と口を開け、そしてくくくっと低く笑いました。
「ほんっと、面白い奴だなお前」
「そうですか?」
「なんで運動部でもなんでもないのにそんな早起きなんだよ」
「あれか?遠足の日に早起きしちまうガキんちょみたいな」
「毎日遠足気分かよ」
ぎゃははははと海主センパイたちは笑いあいます。なんだかものすごーく馬鹿にされてる気分です。
「むー、違いますよ。田舎にいたころは農作業が朝早くあるから早起きしてたんです。こっちに来てからもその癖がちょっと抜けてないんです。だからジョギングでも始めようと思ったんですよ!」
わたしは抗議します。決して浮かれて朝早くから走っているわけではありません!まぁ、高校に入ってから毎日楽しいのは確かなんですけどね。
「なーるほどねー。アホのはるのんのことだから目覚ましかけ間違えて早く起きたのかと思った」
「あ、あほとはなんですか!・・・・・・確かに頭はよくありませんけど・・・」
「あら?なんかおっしゃいました春野さん?」
「聞こえませんでしたわよ春野さん?」
「うーっ!酷いです!」
わたしはわたしなりに一生懸命怒りをぶつけましたが、全くと言っていいほど効いていません。むしろ逆効果のようでした。片手で頭を抑えられて、振り回したわたしの手が空を切ります。揃いも揃ってセンパイたちの清々しい笑顔。
「あれー、先輩。その子が先輩が言っていた人間っすか?」
「人間にしちゃけっこう可愛いっすね」
「部活に入ってないならサッカー部のマネージャーでもやってもらったらどっすか?」
後ろから走ってきていたリザードマンの方々がいつの間にか集まってきていました。あわわ、すごい光景です。トカゲさんの国に迷い込んだみたい。
「センパイ、サッカー部だったんですか?」
海主センパイたちはにやりと笑い、ジャージの胸を叩きます。
「おうよ。人間界のスポーツもやってみりゃなかなか面白れーからな」
「ねー、マネージャーやんない?はるのん」
わたしの頭をおさえてぐりぐりとしながら利三郎センパイが言います。
「うう、あう、やめてくださいー・・・って、ま、マネージャーですか?」
マネージャーさんってその部活のお手伝いさんみたいなお仕事ですよね。わたしが口を開く前に理一センパイが手で制しました。
「待て、お前達。考えてもみろ。この子に細かい雑務ができると思うか?」
海主センパイたちは同時に腕を組みました。うーむ、とわざとらしく言いながら唸ります。
「「「無理だなー!」」」
そしてぎゃははははと大きな声で大笑い。またバカにされてますわたし。なんだかもう慣れてきたような。
「もう、センパイ!ご近所迷惑ですよ!」
「先輩達復帰してから絶好調だなー」
「これでチームの戦力もマシになるよ」
「そうだな。悪さばっかしてるけど実力は確かだもんな」
後ろで後輩さんたちがひそひそ話してます。
「よし、春野からかったら元気でた。俺らも朝練戻るか」
「そうだな理一兄ちゃん」
「利三郎も早く行くぞ」
「えー、俺もっとはるのんいじめてたい」
「わたしは嫌ですっ!」
利三郎センパイの手から逃れると、足早に距離を取ります。
「ではっ!わたしはジョギングに戻りますので!センパイたちも部活頑張ってくださいっ!」
そして一目散に逃げます!そろそろ帰らないとおばあちゃんの作った朝ごはんが食べられません。ダッシュダッシュっ!
「あ、はるのん行っちゃったー」
「フられましたね先輩?」
「そういうやつじゃねーぞあいつは。まぁ、お前らなんかは同学年だ。これから結構会うかもな。仲良くしろよ」
「だけどあんまりイジんなよ?春野ちゃんイジるのは俺らだかんな」
後輩さんたちは呆れ顔で肩をすくめたそうです。
「はぁっ、はぁっ・・・ただいまっ!」
「どうしたんだい麗。そんなに慌てて」
「え?そんなことないよ。あ、でも朝ごはん早く食べたいから急いだかも」
「ふふふ。麗は食いしん坊だね。よそっておくからシャワー浴びてきな?」
「はーい!」
ジョギングのときの勢いのまま浴室に飛び込み、ジャージを脱ぎ、シャワーをさっと浴びます。
「あーきもちいいー」
すっかりリフレッシュしたわたしはいつの間にかおばあちゃんが用意していてくれていた制服に着替えると、朝ごはんが用意されている居間に向かいました。
「わぁ・・・!」
相変わらずおばあちゃんの作る朝ごはんは美味しそうです。わたしは席に着き、ぱーんと手を合わせます。
「いただきますっ!」
「はいはい。ゆっくり食べな。麗はいっつも元気だねぇ」
朗らかに笑うおばあちゃん。
「もぐ、もぐもぐ・・・もっ」
ゆっくりと、よく噛んで、わたしは朝ごはんを片付けていきます。それでも食べるスピードは速いようなんですが。
「ごちそうさまっ!」
「え?もう食べたのかい?」
「うん。とっても美味しかった!」
おばあちゃんは聞き飽きている言葉かもしれませんが、ほんとのことなのでわたしは言うのを欠かしたことはありません。それに、おばあちゃんはわたしのありきたりな感想にいつだって笑顔を返してくれます。
「そうかい。そりゃよかったよ」
「気をつけて行ってきな。あんまり遅くならないようにね」
「はーい!いってきまーす!」
今日二度目の出発。学校へ向かいます!
「おはよう麗」
「おはよう聡子ちゃん!」
黒い艶のいい羽根をはためかせて、わたしのこの学校での初めての友達、烏野 聡子ちゃんが歩くわたしに空から声をかけました。なぜ空から?お気づきでしょうが、聡子ちゃんはカラスさんなんです。それも普通のカラスさんではなく、大きくて人間と喋れることができます!凄いでしょう?
「どこ向いてんの?麗」
「はっ」
・・・・・・なんででしょう。まぁ、いっか。
「相変わらず不思議ちゃん全開ね」
「そ、そうかな?」
「早くも慣れた私が恐ろしいわ」
透き通る綺麗な声で聡子ちゃんは話します。この前はわたしがちょっとでしゃばっちゃって聡子ちゃんに迷惑をかけたけど、クラスのみんなには聡子ちゃんの魅力が伝えられたので、わたしはとっても満足です。
「そういえば、海主センパイたちも同じようなこと言ってたなぁ・・・」
「あのワニの三人組が?」
「さ、聡子ちゃん、あの人たちは先輩なんだよ?」
「知ってるわ。でもそれが何?」
聡子ちゃんも、相変わらず肝が座ってます。座ったまま立ち上がらなそうですね。
「奴ら、なんて言ってたの?」
「やつらって・・・あはは・・・。えっとね、こう・・・『春野はあほだー』って。わたしは確かに頭良くないけど、そこまで言わなくても・・・」
「ぷっ」
「あ、聡子ちゃん笑ったね?!」
「・・・笑ってないわ」
「ぜったい笑った!」
「笑ってないってば。・・・ふふっ」
「また笑ったー?!」
「なんか奴らの真似して春野はあほだーって言ってる麗見てたら笑いが・・・」
「ひどいよ聡子ちゃん!」
そんなやり取りをしているうちに学校が見えてきました。今の時間は8時15分。余裕を持って登校です。
「おう、春野くん。早い登校だな」
「あ、焔センパイ!おはようございますっ」
学校の門柱には聡子ちゃんと一緒で入学式の日に知り合った大きなトカゲ・・・じゃない、『竜』の焔 龍郎センパイが真っ黒でボロボロの学生服に身を包み、竹刀を片手に早く来た生徒たちに挨拶をしています。これも風紀委員長の仕事なんでしょうか。
「この学校にも慣れてきたようだな」
「はい!」
「だが、この一週間は言わばレクリエーションのようなものだ。本番は今日から始まると言っても過言ではない。心して挑むといい」
本当の学校生活は今日からってことなんでしょうか。・・・なんだか不安なようなワクワクするような。
「お、おはようございます」
わたしの陰に少し隠れ気味に聡子ちゃんが焔センパイに挨拶をします。あれ、さっきまでの余裕はどうしたのでしょう。
「うむ、烏野くんもおはよう。余裕を持っての登校、感心だな」
「ありがとうございます・・・」
「今日一日、しっかりと勉学に励むがいい。ではな」
のっしのっしと焔センパイが他の生徒に挨拶をしに行ってしまいました。
「・・・ふぅ」
「どうしたの?聡子ちゃん」
「よくあの焔先輩と自然体で喋れるわね」
「え、普通だと思うけどなぁ」
「あの凶悪な見た目、ドスの効いた声、あれは何人か殺してるわね。会ったこともないのに私の名前も知ってるし・・・」
「聡子ちゃんも焔センパイのこと会ってないのに知ってるよ?」
「あれは有名だから嫌でも耳に入るわよ。麗、喰われないように気をつけなさいよ」
「焔センパイはそんな人じゃないよー」
「麗にとってはみんな善人に見えるかもしれないけど、悪い奴もいるのよ?」
いつにも増して聡子ちゃんの目が鋭くなっています。
「そ、そんなことは知ってるもん」
「いいえ、麗はもう少し慎重になったほうがいいわ。あなたの側にいる人や魔物もいい奴ばかりじゃないのよ」
「でも、聡子ちゃんは悪い魔物さんじゃないでしょ?」
「う、ま、まぁ私は悪い魔物の部類ではないわね」
「なら大丈夫だよ!」
聡子ちゃんは呆気に取られた顔をして、いつものため息をついて、苦笑しました。
「なにが、大丈夫なんだか。まぁいいわ。教室行きましょ?」
「うんっ!」
「今日からくっそだりぃが本格的に授業が始まる。覚悟しとけお前ら」
担任の大谷先生がいつもの気だるげな調子でホームルームを開始しました。
「あと部活なに入るかも決めとけよ。個性的な部活がたくさんあるからよりどりみどりだぞー」
声に全く感情がこもってません。
「あー、もう、いいや。連絡終わり。一限の準備してろ」
あれ?もうホームルーム終わりですか?・・・なんということでしょう。大谷先生もういません・・・
「すげー、もう終わっちまったわ。つーか先生、だりぃとか言ってなかったか」
「こりゃ楽でいいわー」
クラスメイトのみなさんもおしゃべりを始めます。
「本当になんであの教師、先生になったのかしら。甚だ疑問だわ」
「それは少しわかるよ聡子ちゃん・・・」
わたしが苦笑いをしていると、突然外のほうから凄い声が聞こえてきました。
「貴様ぁーっ!遅刻だッッッ!」
あれ、焔センパイの声ですね。遅刻者を怒ってるんでしょうか。大きい声です。
「なっ、こらぁっ!貴様!飛んで逃げるなッッ!そこに直れーーーーーッッッ!」
翼が生えてる魔物さんなんでしょうか。そんなことを考えていたわたしは窓の外に校舎に向かって飛んでくる黒い羽根をはためかせ、鼻の長い・・・えーと、そう!天狗の生徒さんを見ました。まっすぐ三階を目指しています。同じ一年生でしょうか。物凄い必死の形相です。そして、
「「「あの天狗、死んだな・・・」」」
クラスの皆さんがそう声を揃えて言う理由は2秒後にわかることになりました。
しゅごうっっ!
下の方から私達のクラスの窓を通り過ぎて上に舞い上がり、見えなくなった天狗さんは後ろから無言でぴったりとついてきていた焔センパイの炎で、羽根と同じくらいの真っ黒に焦げて落ちてきました。
「麗・・・あれ見てもあの焔先輩が善人に見える?」
聡子ちゃんがわたしをじっとりとした目で見ています。
「・・・ちょっと気が短いだけで、いい竜さんだよ!」
「苦しすぎる擁護よそれ・・・」
「う・・・」
わたしのクラスメイトの皆さんも口々に焔センパイのことを言い、怖がってしまっています。
「うわー、えっぐいなぁ」
「焔先輩がいるうちはほんとに悪さはできねーよな」
「こわーい」
違うんです!わたしは焔センパイに入学式に助けてもらいました。・・・ちょっと荒っぽかったですけど。悪い魔物さんならそんなことはしません!火は吐きますけど!とにかく根は優しい竜さんなんです!たぶん!
「ちょ、ちょっと麗?!」
気がつくとわたしはベランダに向かって走っていました。勢いよく窓を開け放ち、外に出ました。そして下にいる焔センパイを見つけると、
「こらーーーーっ!焔センパーイっっ!」
思いっきり叫びました。
「なっ・・・春野くん?!」
焔センパイは上からわたしがどなったので、とっても驚いてます。遠いですが綺麗な蒼い瞳が見開かれているのがわかります。
「遅刻はいけないことだと思いますっ!それを怒るセンパイの気持ちもとってもわかります!」
「あ、ああ・・・」
完全に呆気に取られています。わたしは畳み掛けます。
「風紀委員長の仕事としての指導はとっても立派で!わたしは尊敬してますっ!」
「あ、なんだ・・・あ、ありがとう・・・?」
「わたしはセンパイの指導に口を出す立場では無いとは思いますっ!」
焔センパイは何がなんだかわからないといった様子です。
「でもッ!!!」
わたしは息を大きく吸い込み、声を振り絞りました。
「手当たり次第に焼くのはよくないですっ!かわいそうですっ!!・・・・・・やめてくださぁーーーーーいっっ!!!」
まだ16年しか生きてませんけど、一生分の大声を出した気がします。下にいる焔センパイは目をぱちくりとさせています。
「す、すまなかった!次から気をつける!だから落ち着いてくれ春野くん!」
焔センパイは一度大きな声で謝ると頭をぺこりと下げて天狗さんを抱えて早足でのしのしと去って行きました。
わたしはクラスメイトのみなさんのほうを振り向きます。みなさん固まってますけど、どうしたんでしょう?
どうです?焔センパイもちゃんとわかってくれます!悪い竜さんじゃないですよ!みなさんも怖がらなくても大丈夫です!
「麗、声出てないわよ」
え?
「こっちのほう見て、そんなドヤ顔かましてるけど・・・」
どや?顔?わたし今どういう顔なんでしょう。
「「「・・・・・・」」」
また教室が静まり返ってます。
「春野・・・すげーなお前」
狼の顔をした魔物さん、大神くんがほんとに驚いたという様子の顔で言いました。
「あの『陣外高校の炎の悪魔』の異名を持つ焔先輩に説教かますとは」
「しかも、謝ったな焔先輩。あの先輩がだぞ?」
うんうん、とクラス中が頷いてます。焔センパイ、そんなあだ名が・・・。
「わたし、またなんかとんでもないことを・・・?」
「麗、焔先輩が悪い竜じゃないのはもう充分伝わったわ。・・・ふふ。ほんと変な子ね」
そう言う聡子ちゃんは優しく笑っていました。
〜一年四組、同時刻〜
「颯太、今日から本格的な授業だね!」
前の席の美乃里が耳をしきりに動かしながらはしゃいでいる。・・・いつ見ても可愛いぜ。
「そうだな美乃里。人間の俺についていけるかとっても心配だぜ」
「頭いいのに私に対する嫌味か何かなの?」
「お前だって悪かないだろ?」
「う、ま、まぁそうだよ?一応自信あるよ?」
「烏野曰く、春野は実はちょいとおばかさんらしいぞ?勉強教えてやれよ」
「颯太・・・麗ちゃんには悪いけど、それはもうわかってたというか・・・」
「うん。俺も知ってた」
「二人してひでぇな」
今度は後ろの火牛 太郎がぶふーっ鼻息を鳴らしながら話しかけてくる。相変わらず善良なミノタウルスとは思えないインパクトの強い牛面?だ。
「太郎は勉強できるか?」
「俺か?俺はな、自慢じゃないが赤点は取ったことないぞ!」
「「・・・あー、うん。わかった」」
『こらーーーーっ!焔センパーイっっ!』
「・・・なんだぁ?」
「颯太、あの声、麗ちゃんじゃない?」
「美乃里も聞いたか。確かにあの声は春野の声だ。なんで叫んでんだ?」
「私にもわかんないよ・・・」
『・・・でもッッ!!!手当たり次第に焼くのはよくないですっ!かわいそうですっ!!・・・・・・やめてくださぁーーーーーいっっ!!!』
「手当たり次第焼くってなんだよ!」
「私に言われてもわかんないよ颯太!」
「ビフテキ食いてぇ」
「太郎よ、それお前が言うのか・・・」
それからというもの、俺たち三人は休み時間になるまで春野の珍妙な怒鳴り声の内容が気になって気になって、授業の内容がとてもじゃないけど頭に入るわけがなかった。
だいぶ間があいてしまいました。今後もマイペースに書くので、よければ読んでやってください。