麗、暴走する。
「え、先生、人間なんですか・・・?」
「そんなに驚くところか?」
人間はてっきりわたしだけだとばかり思っていましたが、まさか早くも同じ人間に出会えるとは思いもよりませんでした。
「いえ、人間はてっきりわたしだけかと思ってました」
「まぁ、ここんところ人間の入学者も減ったし、お前だけと思うのもおかしくはねぇな」
この学校の生徒に慣れる努力はするつもりですが、同じ種族の人と会えたおかげで少しほっとしました。
「名前も日本人みたいな奴が増えたし、名簿だけじゃ人間かどうか区別もつかん。面倒だ」
じゃあ、わたしの他にも人間でこの学校に入学した人間もいるってことなんですかね。そうだとしたらぜひ会ってみたいです。
「質問はもういいか?」
先生はあくびを噛み殺してます。声のトーンがどんどん落ちていきます。今にも寝そうな。
「はいっ。ありがとうございます」
先生は頭をかき、・・・癖なんでしょうか。教壇から離れ、どかっと端に置いてあった椅子に座りました。
「あー、眠ぃ。お前ら、あとは好きにやれ。俺は寝る」
本当に自由な先生です。このくらいの気持ちでいるほうがこの学校では過ごしやすいのでしょうか。
「先公寝ちまったぞ」
「どうする?」
「はじからやりゃいいの?」
「最初は嫌だなぁ」
教室がざわめきます。まとめる役の先生があの状態だと、みなさん慌てますよね。わたしも例外ではないですけど。それにしてもざわつき方が人間のそれではないですね。すごい迫力と音量です。・・・先生は相変わらず寝てますけど。
わたしもどうしていいかわからなくなっていたその時、
「みんな。落ち着いて。誰か進行役を決めましょうよ。これじゃ埒が明かないわ」
聡子ちゃんがよく通る声で呼びかけました。クラスは一瞬でしんと静まり、先ほどの騒がしさは嘘のようです。聡子ちゃん、行動力があってかっこいいです。
「誰がやるんだよ」
「俺はやだぜー」
「私も嫌ー」
「やる気のかけらもないわねあんたたち・・・」
聡子ちゃんがため息をつきます。聡子ちゃんもう何回ため息をついてるんでしょうか。今度数えてみようかな・・・
「つーか言い出しっぺがやるもんじゃねぇの?」
「そうそう。ちょうどいいじゃない!」
「きみにきめた!」
クラスのみなさんが口々に聡子ちゃんを推薦しています。また少し騒がしくなり始めました。単にやりたくない人もいるのかもしれませんが、でも、たしかに聡子ちゃんなら適任です!
「う、麗もなんか言ってよ」
聡子ちゃんが羽で私をつついてきます。
「ふふっ。聡子ちゃんくすぐったいよぅ」
「そうじゃなくて!進行役なんて面倒なものやりたくないわ」
「でも、聡子ちゃんなら適任だと思うなぁ。クラスのまとめ役の聡子ちゃん、似合うと思うよ!」
「う・・・」
聡子ちゃんがたじろぎます。わたしのおばあちゃんは『褒められて嬉しくないやつなんていないさ。どんどん褒めな。それでそいつの良いところを伸ばしてやれ』って言ってました。
「でも、私、まとめるのとか向いてないわ。キャラじゃないし」
でも最初にみなさんにまとめ役を決めようと言い出したのも聡子ちゃんなんですよね。実はまとめ役をやってみたいのかもしれません。
「そんなことないよ!聡子ちゃんよく通るいい声してるし。聡子ちゃんの一声でみんなも注目してくれたでしょ?」
「い、いい声なんて」
やっぱり褒めるって効果抜群です。でもまだ聡子ちゃんは苦い顔をしてます。
「あのね・・・そんな褒めたって簡単には・・・」
「聡子ちゃんも強情だねぇ」
「麗・・・それはあなたもでしょう」
自分の良いところは認めることってとっても大事なことだと思います。おばあちゃんも言ってましたし。
教室は相変わらず騒がしいままです。聡子ちゃんはうつむいて、小さく声を漏らしました。
「知ってる?カラスの鳴き声って不幸を呼ぶなんて逸話もあるのよ?」
聡子ちゃん、それを気にしてたんですね。わたしは聞いたことはありませんけど。でもそのようなことで引き下がるわたしではありません!
「そうなんだ?」
「そうよ。だから私の声は」
「でもそのカラスさんは聡子ちゃんじゃないでしょ?」
聡子ちゃんの言葉を遮り、わたしは続けます。勢いは大事です!
「わたしは最初に入学式の時から聡子ちゃんの声、綺麗で羨ましいなって思ってたの。そんな綺麗な声が不幸を呼ぶなんて、絶対ないよ!」
「う、麗、そんなに何度も綺麗って言わないで・・・!」
真っ黒な見た目の聡子ちゃんですが、心なしか顔が赤くなってるように見えます。照れてるのかな。
「そりゃ、あなたは私の声をき、綺麗と思うかもしれないけど、それはあなただけじゃない」
「じゃあみんなに聞きましょう!」
「えっ?」
わたしは立ち上がり、手を目一杯あげました。
「みなさんっ!聞いてくださいっ!」
「なんだなんだ?」
「さっきのぶっ倒れ娘だ」
「先生への質問が残ってたのか?寝てるけど」
ぶっ倒れ娘が定着しちゃってます・・・。いえ、そんなことより大事な事が!
「聡子ちゃんの声が一瞬でもいい声だな、綺麗な声だなって思った人、手を上げてくださいっ!」
しん、と教室はまた静寂に包まれました。
・・・あれ、聡子ちゃんの言うとおり綺麗だなと思ったのはわたしだけなんでしょうか・・・?
「なぁ、ぶっ倒れ娘」
「は、はい、なんでしょう?」
狼みたいな人が、というか顔がまんま狼の人が鋭い声でわたしに声をかけます。・・・やっぱり『ぶっ倒れ娘』なんですね・・・。
「そのお前の言う、さとこ、ってのは誰だ?」
「あっ」
そういえば、まだみなさん自己紹介をやってませんでした。わたしとしたことが、なんたる凡ミスでしょう!
「あわわ・・・どうしよう」
「だけどな」
「えっ?」
狼さんがニヤリと笑い、こ、怖いです。
「その、いい声だったかっていうのがお前の後ろの化けガラスのことを言ってるんなら、俺は一票入れさしてもらうぜ」
「・・・!」
聡子ちゃんの顔色が変わります。・・・真っ黒ですけど。
教室の窓際の席に座っている人からも手があがりました。
「私もそう思うわ「歌手デビューまったなしね「魔物にとって声って意外に重要なのよね「歌手は言い過ぎじゃないかしら」
さっきのすきゅらさんも!
「そうです!聡子ちゃんはこの子です!わたしの高校になって初めての友達の!」
わたしは嬉しくなってしまい、聡子ちゃんの両手をとり、(羽根でした)聡子ちゃんも立ち上がりました。
「ぶはっ。なんでぶっ倒れ娘のほうが得意げなんだよ」
クラスのみなさんがくすくす笑っています。
「友達を褒められたらわたしも嬉しいですよっ」
わたしは胸を張ります。
「ということで改めて、この烏野 聡子ちゃんの声がよかった、とか綺麗だなとか思った人は手をあげてくださいっ!」
わたしは繋いでいないほうの手をばっとあげました。
「まぁ、確かによく通る声だったな」
「親がセイレーンだったりしてな」
「かもな」
みなさんが次々と手をあげていきます。やっぱり!わたしだけじゃなかったみたいです!まるでわたしが褒められているみたいな気持ちになって、思わず笑顔になってしまいました。横にいる聡子ちゃんを見ます。
「聡子ちゃん!みんな聡子ちゃんの声が綺麗だって!」
「・・・」
だけど、聡子ちゃんは黙ってます。どうしたんでしょう?
「あれ?聡子ちゃん?」
「麗、あなたって人間は・・・恥ずかしげもなくそんなことをよく言えるわね」
「・・・聡子ちゃん?」
もしかして、いらないおせっかいだったんでしょうか・・・たしかに、わたしだけ突っ走っちゃっいました。聡子ちゃんが嫌がっていたらどうしよう・・・
「あなたね・・・今することは私の声のことをクラスに聞くことじゃないでしょ?」
「あれっ?」
そういえば、なんだか大事なことを忘れているような。
「はぁ・・・やっぱり。麗、あなた暴走すると止まらないわね」
「ぼ・・・暴走してた?」
「ええ。凄い勢いでね。・・・やっぱり不思議な人間」
「聡子ちゃん・・・」
聡子ちゃんはわたしの手を離し、またため息をつき、そして柔らかく笑いました。
「いい声がどうとかは置いておいて、根負けした。いいわ。進行役、やってやろうじゃない?」
「わぁ・・・聡子ちゃん!」
そうでした。進行役を決める最中でした。でもわたしも聡子ちゃんを推薦する予定だったので、結果オーライってやつですね!
「お前ら・・・進行役決めるだけでどんだけ時間かかるんだって話だよ・・・」
いつのまにか先生が起きていて、こっちを気だるそうな目で見ていました。
「まぁ、いいや、そこのいい声のお前、進行役ついでにクラス委員もやれ」
「はぁ?そんなことまではやる気は・・・」
「そう言うなよ、いい声。俺は適任だと思うぞ?」
「・・・」
聡子ちゃんをクラスのみなさんが見つめます。聡子ちゃんはため息をついた後、羽根をひらひらさせました。
「わかったわよ。そっちもやるわ。それでいいんでしょ?」
わぁっと歓声が上がります。
「さぁ、私がやる以上、適当にはやらないわよ・・・!」
聡子ちゃん、やる気満々です。やっぱりやりたかったんじゃないでしょうか?聡子ちゃんは席を立ち、前に出る途中、わたしの耳元にくちばしを近づけてきました。そして小声で囁きました。
「麗、・・・・・・ありがとね」
「え、なにがありがとうなの?」
聡子ちゃんはわたしから離れ、振り返って微笑みました。
「・・・内緒♪」