麗、モテる。
わたしが世間知らずだというのはよく言われたことがあります。だけど、
「ヒューッ!なんだよ朝からすげぇもんに出くわしたぜ!」
「おいおい、少ないとはいえ俺らの学校にも人間はいるだろー?」
「ネェちゃん、人間だろ?珍しいなぁ。ちょっと味見していいか?」
ワニって学生服着るんでしたっけ。
「あ、あのぅ。わたしのお弁当はあげられませんよ?」
今日のお弁当にはおばあちゃんが作ってくれた大好物が入っているので譲れません。
「おーいおい?別にあんたの弁当なんざ興味ねーや。・・・あんた自身を食べちまいたい」
「直球だな。だけど、俺もおんなじこと思ってるぜ。俺があんたを求めてる」
「なんだよ、お前ら抜け駆けすんなよなー」
「・・・」
大変。わたしにモテ期が到来しました。
「これが高校生活・・・!」
校門をくぐり抜け、入学式が行われる体育館に向かう途中、わたしは誰かにいきなり物陰に連れ込まれてしまいました。なにが起きたのかわからず戸惑うわたしの目の前には頭がワニ、首から下が中学時代もよく目にした学ランの男の人?が三人・・・三匹?いました。早くも展開について行けない気がします。
「高校ってすごい・・・」
わたしは感動を隠せません。中学の頃からは想像もできない出来事が次々と。まだ入学式前なのにこの充実ぶり。違う高校に行ってしまったさなえちゃんもこんな体験をしているのでしょうか。
「あー、ネェちゃん。で?どうなん?かじってもいい?」
「わたしをかじるんですか?」
おかしなこと言う人たちです。ワニの顔だったから最初は驚きましたけど、知ってますよ。いわゆるコスプレってやつですね。
「話聞いてた?人間見るの久しぶりなんだよー。この学校にも人間が入学してこなくなって長いらしいんだ。俺たちラッキーなんだよね」
「あんたリザードマンみるの初めてかい?」
「リザード?なんですそれ?」
三人のワニのコスプレの人たちはよだれをたらしながら笑いました。すごい出来の衣装ですが少し汚いですね。
「なんにも知らずにウチの学校に来ちまったらしい。人間の多くはこのあたりの学区の高校には来ないんだぜ?」
「え?学区?」
「・・・まさか、他校の生徒が紛れ込んだとかそういうオチか?」
「いえ!わたしはここ、陣内高等学校の新入生です!」
「「「・・・」」」
ワニさんたちが黙ってしまいましたけど、わたし、なにか変なこと言いましたっけ。
「あー・・・ネェちゃん、ここはな、陣外高等学校って名前だぜ。門に校名書いてなかったか?まぁ、陣内高等学校はここから近いっちゃ近いが・・・」
「え・・・」
わたしは言葉を失いました。なにかの間違いでしょうか。
「学校で習ったろう?俺らみたいな存在が人間と共生するようになってから日は浅い。まだ15年かそこらくらいだしな。見たことない人間もいるだろうが、ほとんどの人間は俺らについて知ってると思うんだが。この学校は俺らみたいなのが溢れかえってるぜ」
信じられません。この人たちコスプレじゃなくて本物みたいです・・・!
「まさか先生が言っていたおとぎ話みたいな話は本当にあったことだっただなんて」
「いやいや、ネェちゃん、本当に俺らみたいなの見たことない?」
「わたし、最近ここに越してきたんです。前はすごい田舎に住んでいたんですよ。あなたたちみたいな方々には会ったことないです」
わたしの住んでいた村は高校が無く、高校に進学することが決まって、都会に住んでいたおばあちゃんの家に居候させてもらっています。
「田舎モンか。そりゃ見てなくてもおかしくはないな。しっかし、残念だったなぁ。俺らに出会ったのが運の尽きだぜぇ?」
「人間、食うのはタブーだが、いい機会だ」
「俺ら一回も食ったことないけどなー」
「うるっせぇ!コイツ馬鹿っぽいし大丈夫だろう!」
「むー、馬鹿とは失礼な。これでも受験には合格してるんですよ?」
3人のワニさんは顔を見合わせてため息をつきました。
「ウチの問題簡単だもんなぁ」
「ああ。ラックショーだったな」
「そもそも受ける高校ミスってる時点でおバカさん確定でしょー」
うぐっ。
「ネェちゃん。合格通知とか校名がのってる書類見てみろよ。陣内高校って書いてっあったら陣内高校行けばいいじゃん」
「その前に俺らに食われちゃうけどねー」
「ちげぇねぇ。でも合格通知なんてフツー持ってるか?」
「この子合格したことが嬉しすぎて合格通知とか肌身離さず持ってそうじゃね?」
「ぶはっ。ありえる」
ワニさんたちの言葉でわたしははっとしました。
「そうでした!通知見れば陣内高校の生徒だって証明できますもんね!」
でもなんで持ってるってわかったんでしょう。凄いです。
「くくくくっ。マジで持ってたよこの子」
「必死に探してるぜ。頑張れー」
「早くしないと食べちまうぞ」
後ろで笑っているワニさんたち。よだれがたれまくってます。あ、ありました。
「ありましたよ!どうです!」
わたしは通知を突きつけました。
「これでわたしが陣内高校の生徒だってわかったでしょう!」
わたしは胸をはりました。だけどワニさんたちはまた顔を見合わせ、笑っています。
「ぶははっ。ネェちゃん、ドンマイ!」
「かわいそーになぁ」
「これからよろしくねー。あ、食われちゃうからさよならかー」
「え?え?どうしてです?」
ワニさんの一人が通知書をわたしの手から取り、言いました。
「合格通知書。本校入学選抜者試験に合格したので通知します。陣外高等学校」
「ええーっ?!」
わたしは通知書を取り返し、まじまじと見ました。確かに陣外高等学校と書いてあります。今の今まで陣内高校とばかり思っていたのに、一字違いの高校に入学してしまったようです。わたしはよろよろと壁際まで歩き、がくりと膝をつきました。
「うう、間違っていたのはわたしだった・・・」
情けなくて涙が出そうです。
「・・・おい、なんかだんだんこの子が可愛く見えてきたわ」
「マジで?俺もそう思った。バカだけどねー」
「なんか食っちまうのは勿体無いな。俺はこのバカっぷりをもっと見たくなったぜ」
「わかるわー。よし、食べるのはやめだ」
涙ぐむわたしのところにワニさんたちが歩み寄ってきます。
「まぁ、元気だせよ。ホラ、新入生ってんなら入学式がある。体育館まで連れてってやるよ」
ワニさんが手を差し出してきました。
「うぅ?わたしは食べられちゃうんじゃないんですか?」
「いーや、食べるのはやめたよ。行こうぜ」
「・・・こんなおバカなわたしはいっそ食べられてしまったほうがいいんじゃないでしょうか。あ、でもおばあちゃんが悲しむかも・・・」
「大丈夫だって。もう食べるなんて言わねーよ」
なんだか命拾いしたみたいです。助かりましたけど複雑な気分です・・・。わっ、ひんやりした手です。
「あ、ありがとうございます」
「いいっていいって。じゃ、行こうぜ」
「待て」
力強い声が響きました。
「「「あ?」」」
完全に一緒のタイミングで三人が振り返ったのでわたしは少し吹き出してしまいました。振り返った先にいたのは、
「貴様ら、そこでなにをしている?」
「「「げぇっ!龍郎先輩?!」」」
ふふっ。また同じタイミング・・・じゃなくて、今度は大きなトカゲさんでした。本当にいろんな人がいるみたいです。
「生徒からの通報があったから来てみれば・・・その生徒になにをしていた?」
トカゲさんの迫力のある声に三人の顔がみるみるすごい顔になっていきます。もとからすごい顔ですけど。
「い、いやぁ・・・誤解ですよ、龍郎先輩。俺らはこの子新入生なんで道案内をしようと思ってたんです」
「え?そうだったんですか?」
てっきり食べられるものだと。
「ちょ、きみは黙ってて」
「むぐっ」
ワニさんの手に口を塞がれて喋れません。・・・だけどひんやりして気持ちいいです。
「どこからどうみても道案内には見えんのだが、どうせまた食べようなんて言っていたのだろう?」
「「「・・・」」」
三人とも震えています。どうしたんでしょう。
「何度言ってもわからんようだな・・・」
「勘弁してくださいよ!龍郎先輩!マジで食べようとしたんじゃないんですって!」
「そうっスよ!俺ら別にそんなつもりじゃ!」
「食べたいっていうのはそういう意味じゃなくてー!『食べちゃいたいくらい可愛いなぁー』みたいな意味で!」
・・・可愛いって言われました。少し照れちゃいますね。
「よし・・・その生徒をこちらへ来させろ。そうしたら許してやらんこともない」
トカゲさんは怒っているみたいです。
「わかりました!離しますって!ほら、行って!」
「悪かったねきみ。驚かせちゃって。ほら」
ワニさんの手が離れて、私は自由になりました。
「これからよろしくねー!」
態度がまるで違う人みたいですけど、悪い人たちみたいではないみたいです。
「それでは、失礼しますね」
「おう。じゃあね。おバカさん」
「きみも元気でな」
「また会おうぜ」
ワニさんたちは手を振ってくれています。わたしは少し歩いたあと、振り返りました。
「わたしはおバカさんでもきみでもありません!春野 麗っていいます!これから仲良くしてくださいねっ」
『笑顔を忘れないで。いつでもとびっきりの笑顔。それが大事だよ』
笑顔での挨拶は忘れません。おばあちゃんに何度も言われましたからね。
「お、おう。じゃあな。春野ちゃん」
「・・・バイバイ春野さん」
「くくっ。お前ら照れてるじゃねーか。だっせー」
「お前だって一瞬ときめいてたクセに」
「・・・ほっとけ」
後ろの方でワニさんたちがなにやらコソコソ話しているようですが、わたしはあのトカゲさんのところに行かなくてはいけないので、話を聞けませんでした。
「・・・春野くんと言ったか。大丈夫か?」
トカゲさんがわたしを見つめてきます。大きくて綺麗な瞳です。
「はい。わたしは大丈夫です」
「まったく、あいつらも懲りない奴らだ。・・・春野くん。少し下がっていろ」
「?はい」
よくわかりませんがトカゲさんの言う通りに彼の後ろに下がりました。
「龍郎先輩!春野さん離しましたよ!」
「これで誤解は解けたっスよね!」
「じゃ、俺らはこれで失礼しますねー!」
ワニさんたちは深々とお辞儀をし、この場を離れようとします。
「お前ら、俺が言ったことをもう忘れたのか?」
トカゲさんの鋭い声にワニさんたちはびくっと身体を震わせました。
「え?春野ちゃん離したら許すって言ったじゃないっスか」
「離してそちらにやったのでー、俺らは無罪」
「誤解も解けたというハッピーエンドっスね」
わたしも一度は危ない目にあいましたけど、別に食べられてしまったわけではないので、ワニさんたちの言うことは合ってるはずですけど、トカゲさんはなにを言いたいんでしょう?
「俺は『許してやらんこともない』と、言ったんだぞ?」
「「「えっ」」」
確かに言ってたかもしれません。
「ちょ、龍郎先輩、それは許すほうっスよね?」
「まさか・・・春野ちゃんを俺らから離したのって」
トカゲさんはここで始めて笑顔を見せました。とてつもなく悪そうな笑顔でしたけど。
「そのまさかだ。察しがいいな貴様ら。褒美をくれてやる」
ご褒美?
「いやいやいやいや!マジで勘弁してくださいって!」
「お前らっ!逃げるぞ!」
「うわぁぁぁー!!」
ワニさんたちは一目散に逃げ出そうとしました。ご褒美なのにいらないのでしょうか?
しゅごおおおうっ!
「きゃああっっ?!」
トカゲさんがいきなり火を吹きました!凄い勢いです!
「「「ほぎゃー!!」」」
「あっ、ワニさんたちが!」
火はワニさんたちをあっという間に包み込み、燃え盛りました。・・・とっても熱そうです!
「少しは懲りろっ!お前らの悪事のせいで何人の生徒が困っていると思っている?!」
「ぐあああ!知らねーっスよ!」
「お、俺らのっ!ぐぅぅぅ!勝手ですよ!」
「つーか火吐くのズルくないっすかー!?焼ける!ウロコが焼けるー!」
「知らんな!うわははは!」
あれ?トカゲさん、笑ってません?
「ぎゃー!やっぱり風紀委員の立場を理由に攻撃するのを楽しんでるだけだあの人!」
「やっぱり元ヤンの先輩が風紀委員なんて慣れないもんやってるなと思ってたんだ!」
「死ぬぅぅぅー」
「これに懲りたら悪さをやめるんだなぁ!」
「「「懲りたからやめてください!!」」」
「誰がやめると言った?」
「「「ずりぃぃぃ!!」」」
ワニさんたちが苦しそう・・・やめさせなきゃ・・・!
「トカゲさんっ!」
わたしは声の限りに叫びました。
「と、トカゲ?!俺のことかっ?!」
トカゲさんが素っ頓狂な声をあげます。
「そうですっ!今すぐやめてください!ワニさんたちが死んじゃいますっ!」
「心配するな。あの程度では奴らは死なん。ちょっとした火傷程度ですむだろう」
「でもっ!かわいそうです!あんなに苦しがってます!やめてください!」
トカゲさんは困り顔になりました。
「でも、春野くんはいきなり食べられそうになったんだろう?!風紀委員長として制裁をだな!」
風紀委員なんて今は関係ありません!
「それでも!やめてくださいっ!ほら!わたしは食べられてはいないんですよ!?」
トカゲさんはしばらく唸り、火を吐くのをやめてくれました。
「この娘に免じて、今日のところは許してやる。春野くんに感謝するんだな」
わたしはワニさんたちのところに駆け寄ります。
「ワニさんっ!」
「よぉ、春野ちゃん。・・・助かったぜ」
「熱ぃ・・・相変わらず龍郎先輩のブレスは強烈だぜ・・・」
「死ぬかと思ったー・・・」
「三人とも無事みたいですね。・・・よかった」
「ホントにありがとな。春野さん。だけどよくもまぁ、一度は食べられそうになった相手を助けるよな」
「やっぱりー・・・少しおバカなんじゃん?」
「あはは。バカだバカ。」
「・・・」
「あれ、怒らせちゃった?ごめんな?」
「あなたたちが無事ならバカと言われても平気です」
「「「え・・・」」」
「ほんとに・・・無事でよかったぁ」
わたしは初日からめまぐるしい展開に疲れてしまったのか、力が抜けて地面に座りこんでしまいました。
「春野ちゃん・・・マジでどうして俺らなんて助けたんだ?」
「龍郎先輩の炎なんてある意味喰らい慣れてるんだよ。悪さなんて今に始まったわけじゃないし」
「それなのに、必死になってさぁー」
「・・・ワニさんたちは、熱かったですか?」
ワニさんたちはきょとんとします。顔を見合わせて、わけがわからないというような顔をしました。
「そりゃ、熱かったよ」
「苦しかったですか?」
「まぁ、そうだねー。喰らい慣れてるとはいえ苦しいのは変わらないよなぁ」
「だったらわたしはほっとけません」
「・・・なんで?」
わたしは力を振り絞り、胸を張ります。ああ、力が入らない。
「これから楽しい高校生活が始まるんです。間違えて入ってしまったとはいえ、ここがわたしの愛する母校になるんです。わたしは高校でいろんな人たちと仲良くなりたい。あなたたちともここで知り合って、仲良くなれると思ってます。」
「「「・・・」」」
「あなたたちはわたしのことをただの食べ物だと思うかもしれません。だけど、知り合った人が苦しんでるのは見たくないです。もしあなたたちがわたしを親しく思ってくれているのだとしたなら、なおさらほっとけませんよ」
ふぅ。少し喋りすぎました。体育館に行かなきゃいけないのに身体に力が入りません・・・
「やっぱはるのんはバカだなぁ」
「でも、・・・ありがとな」
「食べようとしてごめんな。これから仲良くしようぜ、春野ちゃん」
本当に軽傷だったのか、ワニさんたちはすぐに立ち上がり、私に手を差し伸べてきます。
「・・・はいっ」
わたしはまた、そのひんやりした手をつかみました。
「まったく。まるで俺が悪者みたいじゃないか」
トカゲさんが向こうからのしのしと歩いて来ます。人の顔とは明らかに違いますが、呆れているのがなんとなくわかります。
「どーも。龍郎先輩・・・」
「俺らも、悪さももう少し控えますわ」
「俺らが焼かれるたびに春野ちゃんがこんなになってちゃたまらねぇ」
トカゲさんは凄く驚いた顔をし、そして今度はさっきとは全く違う優しげな笑顔になりました。
「そこは悪さをやめると言え。まぁ、無理だろうがな。・・・だが、不思議なものだ。俺がいくら焼こうが考えを曲げない跳ねっ返りのお前たちが、入学してきたばかりのこの女子に改心させられてしまうとはな」
え、わたしのことを言ってるんでしょうか。
「いやぁ、春野ちゃんには敵わないっスよ」
「バカだけど健気だよねー」
「確かに。くくくっ」
「また、バカって言いましたね?ちゃんと名前で呼んでください!」
「バカでもいいんじゃないのかよ?」
「それとこれとは話は別ですっ」
「つーか俺ら春野ちゃんより一つ上の先輩なんだぜ?そんな態度でいいのかなー?ん?春野後輩?」
あわわ、ワニさんたちは先輩でした!なんたる無礼を働いてしまったようです!
「すみませんでしたっ!ワニセンパイっ!」
「ぶははは!やっぱりバカ素直だ!」
「やっべ、可愛いぞこの生き物」
「ぐりぐりー」
「あうあう」
頭が、頭が痛いです!やめてください!
「それとな?俺らもワニさんじゃなくてお前と同じように名前があるんだわ。俺らは一応日本国籍だから親しみやすい名前だと思うぞ?」
そういえば名前を聞いていませんでした。
「お名前はなんていうんですか?」
「俺は海主 理一よろしくな春野ちゃん」
「続いて俺は海主 李二太だぜ。春野さん」
「最後は俺。海主 利三朗だ。よろしくーはるのん」
「同じ苗字・・・」
センパイたちはにやりと笑い肩を組みました。
「そう!俺ら海主三兄弟!いつでも俺らは一緒だぜ!」
「三つ子なんですか?」
「そ!まぁ、リザードマンなんて卵で生まれてくるんだし、全員一緒に生まれるんだけどな」
「母ちゃんと父ちゃんが卵の数だけ名前用意して孵化した順につけたって話らしいしな」
「ヘぇ〜」
どうりで動きが全員一緒のタイミングだったんですね。納得です。
「そんなことより、春野くん、入学式のために体育館に行くのだろう?時間がもうあまりないぞ」
あっ。
「忘れてました!トカゲセンパイ!場所はどこでしょう!?」
トカゲセンパイはやれやれ、とため息を吐きました。少し火が混じっていて危ないです。
「あのな?俺だって焔 龍郎って名前がある」
「そうでした!すみません焔センパイ!」
「まぁ、いい。俺が連れて行ってやろう」
さっきまですごい形相で炎を吐いていたとは言えないくらい親切なセンパイです。
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
「おう。・・・あと、春野くん。一ついいか?」
「なんでしょう?」
吸い込まれそうな青い瞳が近づいてきます。
「俺は、トカゲじゃない。ドラゴン。竜だ」
「へ?」
いきなり後ろで海主センパイたちが爆笑しました。
「そういえば、あの龍郎先輩をトカゲよばわりしたのは春野ちゃんが初めてだよな!」
「フツードラゴンをトカゲと間違えるわけないもんなぁ!」
「見た目でわかるって話だよなー」
・・・なんだか、とても焔センパイに失礼な間違いをしたみたいです。
「わ、わたしは燃やされてしまうんでしょうか・・・?」
おそるおそる焔センパイのほうを見ると、
「そんなことで燃やすものか。気にするな。見たことがないのなら間違えてもおかしくはない」
ほっ。本日二度目の命拾いです。
「フフフ。今年はなかなか面白い人間が入学してきたな。さて、海主三兄弟、貴様らは教室に戻れ。ホームルームに間に合わんと先生に怒られるぞ?」
「やっべ。メディ先生怒らせたら石化させられる!」
「行くぞ、李二太、利三朗!」
「はるのんじゃあねー」
慌てて海主センパイたちは今度こそ、去って行きました。焔センパイとわたしだけが残りました。
「朝から災難だったな」
「いえ、わたしは大丈夫です!」
なんだかワクワクしてきました。これから楽しい高校生活が始まるんですね。
「さぁ、体育館はこっちだ。ついて来い」
「はいっ」
焔センパイは少し歩くと、わたしのほうを振り返りました。
「春野くん」
「なんでしょう?」
「少し早いが、入学、おめでとう。陣外高校はきみを歓迎する」
あたたかい太陽みたいな笑顔。
「・・・はいっ!」
わたしは焔センパイのもとに走りました。