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チョコレート狂詩曲

チョコレート狂詩曲~花と涼の迷走

作者: ナツ

バレンタインデーに投稿した短編の裏話です。

ホワイトデーに、少しでもニヤリとして頂けたら嬉しいです。

 関川せきかわ はなは焦っていた。

 何故なら、部活帰りに男バスの二年生エース芝崎しばさき りょうに呼び止められたからだ。

 

 ――もし告白なら、最悪。


 花が所属する女子バスケ部にもファンの多い彼のことだ。告白を断ったとなれば、全員からボコられてしまいそうな気がする。


 「……話ってなに?」


 部活の後だというのにサラサラな自分の髪が憎い。自分の容姿が男受けすることは知っている。中学生の頃から、花はモテた。だけど、ガツガツと獣のように迫ってくるデカイ男子への恐怖心も、その頃しっかりと植えつけられてしまったのだ。


 ――田中くん。私に勇気を!!


 二年になってすぐ、同じクラスで発見した愛らしい少年を思い浮かべた。ああ、あんな子とお付き合いしたい。飢えた野獣とは正反対な、のんびりしたリスみたいな田中くんと。


 「こんなこと突然言われたら、驚くと思うんだけど」

 「うん」


 ゴクリ、と花の喉がなる。

 すでに薄暗くなっている体育館脇。ジャージ姿にでっかりスポーツバッグを斜め掛けしている目の前の男子の背は、花よりもずっと高い。引き締まった筋肉のついた腕が、照れくさそうに持ちあがりその端正な口元に当てられた。

 細マッチョな芝崎くんが本気を出したら、簡単に押さえつけられそうで怖い。早く用件を言え!

 緊張のあまりキレかけそうになった花の耳に、信じられない一言が飛び込んできた。


 「俺、関川さんのクラスのたちばな ひなこって子が好きなんだ。関川さん、彼女と仲がいいって聞いてさ。……頼む。協力してくんない?」

 「はあ? そんな話なら、普通に言ってよ!!」

 

 両手を合わせて拝む仕草さえ、いちいちカッコイイ芝崎に、花の殺意は膨れ上がった。無駄にビビらせてくれちゃって!!


 「え、言ってるよね、普通に」

 「呼び出しとかホント止めて。告白かと思って、怖かったんだから!」


 花は本気で言ったのだが、芝崎には鼻で笑われた。


 「あー、期待させちゃったならゴメン。関川さん可愛いと思うけど、俺の好みじゃないんだ」

 「それは、こっちの台詞じゃあああああ!! 私が好きなのは、同じクラスの田中くんなんだから!」

 「田中って、田中 智也? 俺、同中だよ?」


 現金なもので、花の怒りは瞬時に消え去った。

 草食系というだけあって、なかなかガードの堅そうな田中くんである。どうアプローチすればいいのか、今まで男子には追われる一方だった花は悩んでいたのだ。


 「じゃあ、誕生日とか好きな食べ物とか、好きな女の子のタイプとか知ってる?」

 「最後のはよく分かんないけど、他のことなら調べられる、と思う」

 「よし! 協力しようじゃないの。お互い、頑張ろうね!」

 「……人選、間違えたかな」


 そして、関川 花と芝崎 涼の報われない日々は始まった。

 まだ二年が始まったばかりの春だった。


 しばらく観察した結果、ひなこもどうやら芝崎のことを憎からず思っているようだ、と花は結論づけた。

 だが、何故か「自分とは関係ない」というように太字マーカーで線を引いてるようにも見えるのだ。


 学年一のモテ男が、わざわざ昼休みになるとクラスにやって来て、一緒にお昼ご飯を食べているというのに、何も感じていない様子なのも解せない。


 「こうして二人が並ぶと、すごくバランス取れてるね! お似合いだなあって憧れちゃうよ」

 「ブーッ!!」


 花は驚きのあまり、飲んでいた紙パックのお茶を盛大に噴いた。


 「ちょ、だ、大丈夫!?」


 慌ててひなこがハンカチを取り出し、あちこちを拭いてくれる。誰のせいだ、誰の。


 「汚いなー、関川さん。俺、こんな人とお似合いって言われたくないんだけど」


 想い人に完全に眼中にない、とバッサリやられた芝崎の怒りの矛先があらぬ方向に向けられ。

 花はギリギリと芝崎を睨みつけた。


 「それはこっちの台詞。だれが、こんなヘタレと」

 「誰がヘタレだ!」

 「本当のことでしょ!!」


 二人のやり取りをひなこはニコニコと見守っている。


 「知ってるよ、喧嘩ばっかりしてる男女ほど仲良しなんでしょ。いいなあ、花ちゃん」


 最後の一言が切ない彼女の恋心を表しているのだが、生憎分かりにく過ぎた。


 「いや、喧嘩なんてしたことないな、俺ら。だから全然仲良くない」

 「うん、意見あいまくりだよね! 本気で無理だし」


 何故かこの3人に机をくっつけられ、昼食メンバーに強制的に加えられている田中は、呆れたように溜息を吐いた。

 

 ――なんなんだよ、この茶番。


 

 そして、ゴールデンウィーク直前のとある放課後。

 芝崎からのメールでファーストフード店に呼び出された花は、大きく溜息をついた。『作戦会議』という件名のそのメールはすぐに削除してやった。


 「あのさ。ひなこに聞いてみたのね、この間。芝崎くんのこと、どう思ってるかって」

 「……直球だな。まあ、いいや。それで?」

 「好きだったけど、フラれたって。ちょっとー、聞いてないんですけど、どういうこと!?」


 ヒートアップする花を、まあまあ、と抑え、芝崎は言いにくそうに話し始めた。


 ――その話によると。


 中学の時もモテモテだった芝崎少年。三年の時には、なんと年上の高校生と付き合っていたらしいのだけど、その彼女が一筋縄ではいかなかったそうなのだ。


 「私のどこが好き?」「もっと態度で示して」

 芝崎少年はすっかり疲れた。彼なりに彼女を好きだったのだけど、上手くそれを伝えられない。

 「もう別れよう」

 そう切り出された時は、悲しい気持ちもあったが、どこかで安堵したそうだ。

 「分かった。今までありがと」

 素直に答えた芝崎少年は、またもや彼女に責められた。

 「そんなにすぐに別れられるなんて、本当は私のこと好きじゃなかったんでしょ」

 ほとほと困り果てた芝崎少年は、ヒステリーに泣き喚く彼女をなんとか宥め、時間をかけてようやく別れることに成功したらしい。


 


 「誰があんたのそんなただれた話を聞きたいっつったのよ」

 「いや、違うって。だから、たちばなが新鮮だったって話だよ」


 

 まっすぐに自分を見つめる瞳。緊張してるのか、唇は青ざめていた。

 

 高校に入ってから自分にアプローチしてきた女子は皆、「好きな子いる?」「どんな子がタイプ?」などと外堀を埋めるかのようなまどろっこしいやり方でしか近づいて来なかった。

 そんな中、橘だけが正々堂々と告白してきたのだ。

 決闘を申し込むような勢いで。


 かなりそれが芝崎のツボだったわけだけど、もうちょっと彼女のことを知りたかった。

 だからこう言ったつもりだった。


 『よく知らない人とは付き合えないから、もっと仲良くなろう』と――。


 ところが何を勘違いしたのか、ひなこは真っ赤になってペコリと綺麗なお辞儀を披露し、脱兎のごとく逃げ去ってしまったのだった。後には、ポカンと口を開けたままの芝崎が一人、残された。


 一部始終を打ち明けた芝崎に、花は「なにそれ。意味わかんない」と追い打ちをかけた。


 「両思いじゃんそれ!! なによ~。片思いバカにしてるわけ!?」

 「してねーよ」

 「もう一回、告白すりゃあいいじゃん。芝崎からさー」

 「それが、させてくんないんだって!」


 ……どういう意味?

 そんな花の疑問は、すぐに解消された。


 「今度のGWに練習試合があるんだけど、橘、その日空いてない? 空いてたら、応援来てよ。橘が来てくれたら、すげー頑張れると思うし」

 「う~ん。でも芝崎くんなら、ちゃんと応援のファンの子たちが来てくれると思うよ? そんなに心配しなくても、大丈夫だよ!」


 「橘の弁当、うまそうだな。卵焼き、いっこ貰ってもいい?」

 「卵焼き好きなの? 男バスのマネージャーの美緒ちゃんっているでしょ。あの子、すっごい卵焼き上手なんだって。この間の家庭科の時、聞いたんだ。今度作ってもらったら?」


 …………ことごとく噛み合っていない。


 攻撃的パワーフォワードの芝崎の猛攻を、すべてガードして防ぐ、鉄壁のディフェンス力を持つ女。それが橘 ひなこなのだ。


 「まあ、ドンマイ」

 「うっせー!」


 結局練習試合には、花がひなこを脅して無理やり応援に来させた。田中も一緒に来てくれたので、花は大変満足だった。ひなこが来てることに気づいた芝崎は、それはもう頑張った。

 二階の応援席から黄色い悲鳴が上がりまくるほどに。


 大差をつけて勝利した後、リストバンドで汗を拭って二階を見上げる。ひなこは田中と一緒に笑顔で手を振ってきた。


 「なに、二人で来させてんだよ!」

 「はあ? いいでしょ、別に!」


 そして夏休み。

 忙しい部活の合間を縫って、ようやくデート(仮)の約束を取り付けた芝崎は、待ち合わせ場所に現れたひなこに見惚れた。


 ――浴衣姿、マジで可愛い。


 「すげー似合ってる」

 「え? あ、ありがと」


 ストレートな芝崎の褒め言葉に、流石のひなこも照れくさそうに視線を地面に落としている。つられて一緒に俯いた芝崎だったが、ひなこの素足の爪に目が釘付けになった。ほんのりと桜色に染められたペディキュア。

 他の女子と違い、化粧っ気もなく髪も染めていないひなこの、精一杯のお洒落に、芝崎は胸を高鳴らせた。

 

 ――いや、もうそれ反則だろ。


 ベタベタと過剰にひなこに構う芝崎に、一緒に来ていた花と田中はドン引いた。


 「もっと周りをしっかり見た方がいいよ」


 見かねた田中がそう注意したのだが、何も分かっていないひなこは「気をつけるね。人ごみ、慣れてなくて」と頓珍漢な返事を返していた。


 そうじゃなくて、しっかり腰に手を回されてる自分の状態に気づけ、って言いたかったんだよね、多分。

 花は同情気味に、田中を見つめた。

 心のどこかで、芝崎アレくらい強引に迫ってくれたらいいのに、と思いながら。

 

 それからも、芝崎の猛攻は続いた。

 なし崩し的に体の関係から始まっちゃうんじゃないか、と花が危惧しているうちに――。



 バレンタインデー前日。

 またもや、芝崎からメールが来た。花はうんざりしながらスマホの画面を確認する。


 「件名:最終確認

  橘、本命チョコ、買ってた?」

 

 買ってないよ、と意地悪してやろうかと思ったが止めた。田中へのチョコ選びに「あんま甘すぎるの苦手だってさ」とアドバイスしてくれた恩がある。


 「件名:リア充爆発しろ!

  買ってたよ。今度こそちゃんと告白し直すんだって」


 そしてバレンタインデー当日。物凄い騒ぎが巻き起こることになった。

 ポーッと上気した顔で、わけが分かりません、という文字を表情に張り付けたひなこに、花は笑ってしまった。鈍い彼女だが、ずっと芝崎のことを好きだったことを花は知っている。


 「良かったね、ひな」

 「うん。……うん」


 糸の切れた操り人形のように頷いている。

 そんなひなこが息を吹き返したのは、放課後。

 出来立ての彼氏がクラスにやってきてからだった。


 「ひーな。今日、部活ないし、一緒にかえろーぜ」

 「夢じゃなかったああああああ!!!!」


 花は笑って「あー、おかしい。ホント、鈍いよね」と隣にいた田中に同意を求めた。


 「うん。でも関川も人のこと、言えないんじゃない?」


 その言葉の意味が分かったのは、ホワイトデーだった。


 「な、な、なんで、手?」

 「カレカノだから?」


 田中が愛らしいリスなどではなく、肉食マングースだと知った花は倒れそうになった。


 

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