第2話
吹き飛んだ屋根から車内へと乗り込んでくる人たちは一様に顔には真っ白な仮面をつけていて、不気味さと得体の知れない恐怖を覚えた。
それに、結構な高さから飛び降りているはずなのに、まったく音がしない。まるで、見えない羽があるようだ。
「下がってて、ハルト。危ないから……」
ゾクっとしたものが背中を流れ落ちる。相手と、仮面越しに目が合っただけで足がすくみ、動けない。
「ハルト、ハルト。大丈夫だよ、僕がいるんだから。僕の力、舐めないでよね。」
「あっ相手は大人だぞ!?無茶だよ!!」
「魔法に年齢は関係ない。必要なのは、自分の魔力を信じること!」
そうでしょ?っと不敵にクーは笑ってみせる。それが虚勢でないことはわかる。
「で、あなたがたは何を狙ってここに来たの?やっぱり『統御』?」
「当たり前だ。……その少年を差し出せば命ぐらいは助けてやろう。」
抑揚のない声に顔の見えないお面はまるで感情のない人形のようで、さらに恐怖が増す。
逃げよう、と目でクーに訴えるがにこっと笑って「これくらい平気」と語尾に星が付かんばかりに明るい声で言われた。クーはふふん、と得意げな顔のままお面の人たちと対峙した。
「……君ら、馬鹿?僕は護衛でここにいるんだ。君たちみたいな人に負けるはずないだろう?」
明らかに相手を馬鹿に態度に、場の空気は更に重いものになる。
もう、呼吸困難になりそうだ。ただでさえ、リンゴのせいで窒息しそうなのに。
「ま、言葉で言ってもわかりそうにないからなぁ。こういうときは実力行使だよね。」
クーがそう言って胸元の緑色の石を握ると、その石は発光し始めた。その光は眩しいくらいにあたりを包む。
「『我が手に集え風の精よ 空を切り裂き罪を与える清き風 眼前の敵を断罪せよ 疾風の刃』!」
クーが体の前で十字を切るように手を払うと風が刃となってその仮面の男たちに向かう。その魔法につられ俺の周りの風も追い風となって立っているのも辛いほどに吹き荒れる。それだけクーのはなった魔法が強いものであることがわかった。
「『我の身を包みし風の精霊よ 全てを拒みし風 我を守りし親鳥の羽のごとき風よ 渦巻き飲みこめ 風の守護』ッ!」
相手も三人ほど同時に魔法を唱えてクーの魔法とぶつかり合うが、相殺しきれずにクーの魔法によって弾き飛ばされた。周りの仮面たちも驚いたように弾き飛ばされた仲間を見る。クーはその隙を図っていたかのように次の呪文を唱えた
「『我が手に集いし焔の精よ 全てを縛り 罪を滅する赤き炎 眼前の敵を
捕らえよ』」
煌煌と輝く炎が生まれ、クーの手から鎖となって相手に向う。
「『炎の呪縛』!!」
そう叫んだ瞬間、十数人のその怪しい人物たちは炎の鎖に縛られた。
「さて、このまま焼け死ぬのと、さっさと尻尾を巻いて退散するの、どっちがいい?」
にこやかな笑顔が、とても黒い。
仮面の人たちも必死に魔法を使って解こうとしているが一向にその呪縛から逃れることができない。
そして、ちっと誰かが舌打ちをしてから、その人たちは顔を見合わせ、消えた。
なんだかもう、凄いとしか言いようがない。自分と同じ年くらいの子がまさかこんな高度なフェーリを使えるなんて。あれだけ巨大な炎を生み出すには、相当高位の精霊の力を借りなければならいに違いない。
なんか、学校でやっていきる気がしなくなってきた。
クーはふぅっと息を漏らし、キョロキョロと辺りを見まわして被害状況を確認していた。
「なんか、すっごいボロボロになっちゃったねぇ。ハルト、大丈夫?巻き添えくってない?」
オレはコクコクと首を縦に振る。
「むぐ、むーむぐぐ。(うん、大丈夫)むむ、むぐむぐぐむっぐむぐぐむぐ…(ただ、このリンゴとって欲しいんだけど…)」
「あー…ごめんごめん。いきなりのことだったからさ、つい……」
クーが指をパチンと鳴らすと、それまで口に詰めこまれるほどの大きさだったリンゴが小さな飴になった。
あ、リンゴ味だ。
「にしても、クーの魔法凄いなぁー。魔術学校の生徒だよね…?年齢的に。」
自分の意思とは無関係に震える手足を誤魔化すように、意識をして明るい声で尋ねた。
だって、同じ年くらいのクーがけろっとしてるのに恥ずかしいじゃないか、こんなに震えるなんて…!
クーはそんな俺の心境に気づいているのかいないのか、きょとんとした顔をして先程までと変わらない声色で答えた。
「いや、僕もう卒業してるよ。学校に入るのは年齢じゃなくて、魔力が一定値に達した人からだから。」
「一定値ってどのくらいなんだ?それと……クーって何歳?」
「一定値っていうのは、魔力が結晶化できるレベルのこと。それから僕は、十四歳。ハルトと同じ年だよ?僕の家からの手紙に書いてなかった?」
「ちょっと待て。魔術学校って四年制だよな?ってええ!?同じ年の子どもが入学って書いてあったけどさ…!クーは卒業してんだろ!?」
「うん。僕は八歳で入学して、十二歳で卒業したんだ。最年少卒業者の一人なんだよ?でもって、君の親が心配するかと思ってああいう文章にしたけど、僕は学校行かないからね」
うん、やっぱりクーは人とは違う。人間外だ。八歳ですでに俺のレベルってありえねぇだろ!って入学しないのかよ当たり前だけど!
「…ハルト、なんか失礼なこと考えてなかった?」
「いっいや、別になにも……。ところで、クーはそれでどこの学校入ったんだ?」
「フォーカス学院」
「え!?うそだろ!!」
いや、クーならありえるかもしれない。
もともと、身分差別でさえ凄かったティオーナでは、学校でもランクというものが決められていた。(魔法学校に入学できる時に初めて知った話だけど)
レベルが高い順に、フォーカス・ルーヴィナー・スコット・インティエだ。
スコットが標準レベル、インティエがちょっとレベル低いなって感じで、ルーヴィナーが出来るなお前ってレベル。フォーカスなんて、お前人間じゃないだろ?仙人か?ってレベルの奴が行くところだ。(ハルト的解釈)
つまり、フォーカスに行けるものはエリート中のエリート。将来、確実に王宮高位の魔術師に任命されるやつらだ。
ま、さっきのクーの魔法を見れば納得かも……。
一人うんうんと頷く。それをクーは頭に?マークを浮かべて見ていた。
でも、なんでそんな奴がこんな辺境にいるんだ?そういえば、さっき、オレの護衛に来たとか言ってた気がするけど……
世間知らずな石ころ族のために、王宮がそこまで働いてくれるとは思えねぇし。
「なぁ、クーってオレの護衛に来たのか?」
「そうだよ……ってあれ?説明してなかった?」
「あぁ」
「うわ…ごめん。これが一番大事な説明だったのに……。ハルトは、『四つ星』って知ってる?」
「あ、あぁ。それくらいは……えと、魔法使いの頂点にいる『統御』・『基盤』・『星見』・『封守』の4人のことだよな?」
「そう…ハルトは『星』のことも知らなかったから、たぶんこれも知らないんだと思うんだけど、それは4人の持つ『星』の名前なんだ。簡単に説明するから、頭の片隅くらいに覚えておいてね。」
クーはそう前置きをして、『四つ星』についての説明をしてくれた。
『四つ星』とは、火・水・風などの自然の力を使う魔力に特化した『基盤』、占いなどの未来予知の能力に特化した『星見』、転移魔法や防御魔法などの空間や時間へ干渉する魔力に特化した『封守』、魔法封じなどの魔力そのものへ干渉する魔力に特化した『統御』の4つの『星』のことを指す。
国の歴史書によると、国を建てるときに神聖な龍がその4つ力を持つ鱗を王に与え、国を繁栄に導いたとされる。そして人々は4つの鱗を天より授かりし宝物として『四つ星』と名付けた。龍は国の繁栄を支えるため、人に4つの鱗を貸し与え続けているのだという。
そのためなのか、『四つ星』は他の星と違い、『四つ星』を持っていた人が死ぬと、新しくその『四つ星』を持った人が生まれるという不思議な特性を持った『星』なのだそうだ。
「…そして今、宮廷に仕える『四つ星』は、『基盤』のリュセメナート皇太子、『封守』の宮廷魔導師であるクーゼンデルタ様、『星見』の大神官であるラファレオニー様。これくらいも知ってるよね?」
「あぁ。けど、どうしていまそんな話をすんだよクー…?」
急かなくてもちゃんと話すよ、とクーは苦笑しながら焦る俺を宥めた。だって俺の話なのにいきなり『四つ星』の話が出てくるとか…びびんだろ。
「まぁ、順を追って説明してくから聞いてて。で、ことの始まりは1年前に宮廷魔導師である『封守』のクーゼンデルタ様が失踪しちゃったからなんだ。なんでも国家機密の情報を持ってどっかに行っちゃったらしくて、国家が総力を挙げて探してるの。最悪、国家犯罪者として処刑することも含めてね。」
一度そこで話を切ってから、その先を少し話し辛そうに続けた。
「でも相手は『四つ星』だから、そう簡単には処刑できなくてね……『封守』の防御魔法を破れるのは、魔力干渉の力に秀でた『統御』だけなんだ。そして僕はその未だ目覚めぬ最後の星を守る任務を、リュセメナート皇太子から任されたわけ」
「……まさか、うそだろ?」
それはつまり、俺の中には『統御』の星があり、最悪の場合はクーゼンデルタ様を殺さなければならないということなのだろうか。俺に…石ころの族の人に、学ぶ権利を与えてくれた恩人のような人を。
「嘘じゃない。『統御』の星を持つ人物、それが君だよ。ハルト。そしてそんな君を守るのが僕の役目。…ちゃんとした自己紹介が遅くなったけど、僕は皇太子私兵魔術師団統括補佐ミハエルク・シュールズベリー。そして今日からはハルトの護衛だよ。」
クーは胸に手を当て、優雅にお辞儀をしてみせた。
「うそだ、そんなの……!」
けれどおれは、クーの言っていることが理解できなかった。いや、したくなかった。嘘だと言ってくれることを期待してクーを見るが、クーは困ったように笑うだけだった。
「残念ながら、本当のことだよ。でもまあ、当分は目覚めないだろうし、もしかしたら何事もなくクーゼンデルタ様が戻ってくるかもしれない。ハルトは普段通りに過ごして大丈夫だよ。目覚めるまでは、僕がちゃんと守るし。心配しないで。」
どんっと上から大きな岩を乗せられたかのように、すっごい重圧が圧し掛かった気がした。こんな世間知らずで、『石ころ族』のオレにそんな『四つ星』が眠ることも、そんな使命が与えられていることも、考えられもしなかった。
「ま、今うだうだ悩んでても仕方ないよ。なるようになるさ。」
「……他人事だろ」
むっとなって思わずクーにつっかかる。
「実は、そうでもないんだよね。僕だって魔力強いからって小さいころから色々あったし。魔法使いは学校を卒業した瞬間に大人としてみなされるし、君の護衛任されるくらいには色んなお仕事、この二年間でしてきたつもりだよ?」
クーはそんな態度の俺にも変わらず、見守るような温かい目を向けてくる。そのクーはとても大人っぽくて、この歳で皇太子から仕事を任されるほどに出来る人物なんだと実感できた。
「確かに突然、『統御』の星持ってるからいざとなったらクーゼンデルタ様殺しなさい!って言われて戸惑うかもしれないけど、ハルトは自分の信じることを行っていけばいい。これまでと何も変わることはないでしょ?」
その言葉に、すごく励まされた。そっか…うん、そうだよな。今どうしようと考えても何も変わんないし。もしかしたら、オレの『星』が目覚める前に、何事もなくクーゼンデルタ様が戻ってきてくれるかもしれないし。『統御』の星なんて必要ない事態になるかもしれない。
……って、ちょっと待て?
「クー、なんで『統御』が目覚めてないのにオレに魔力あんだよ!?」
「あー、その説明だけどね。『四つ星』ってすごく特殊なんだ。『四つ星』が目覚めるまで、他の普通の『星』を持ってるの。つまり、二つの『星』を持ってるってこと。龍に与えられた力っていうのもあながち間違いじゃないのかもねー」
さも当たり前のことのようにクーは告げる。
「なんか、『星』って謎だ……。」
「まあ、学校の授業でやるだろうから、ゆっくり理解していけばいいよ。『四つ星』の詳しいことは国家機密になってるから、ハルトが目覚めたらリュセメナート様かラファレオニー様からご指導があるんじゃないかな?」
僕も君が一人前の魔法使いになれるようびしびし鍛えるしね、護衛兼家庭教師だから。と新たな事実もすんなり言われて俺は驚くことしかできない。この腹黒大魔王が家庭教師とか俺絶対こええんだけど…!
というわけで、やっぱりオレ、これからの学校生活やっていけるか不安だ。
けど、それ以前に思ったのは、「やっぱお前、偉いやつなんじゃねぇーかっ!」カッコ泣き!