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第1話

何百年もの間、厳しい身分階級を敷いてきた魔法王国ティオーナ。

 王族との繋がりを示す【太陽の族(サニア)】、貴族を示す【花の族(フラア)】、市民階級を示す【草の族(リフィア)】、一番下の階級で農民を示す【石ころの族(ストア)】の四つの身分に加え、その他奴隷や支配下の国の民を示す【汚き者(バロア)】に分けられ、下の身分になるほど苦しい生活を強いられていた。

 けれど、今ではもうそれは二年前の話。

 皇太子リュセメナートと宮廷導師のクーゼンデルタの名のもとに身分制は廃止された。|(宮廷導師というのは、王の側近として選ばれた王宮の魔法使いのトップに立つ人で、それはつまり、この国の魔法使いの最高峰に立つ人物ということになる。)

 身分廃止と人権保護のかわりにティオーナの母国語の使用を義務化し、【汚き者(バロア)】も、最低限の生活の保障がなされた。

 【石ころの族(ストア)】にもそれまでは認められていなかった学業が推奨され、一定の魔力が認められた場合学校に通うことが認められた。希望する元【石ころの族(ストア)】の子供には教科書等が王宮から支給され、奨学金も受けることが出来る。

 しかしこの身分制度廃止はなされたばかり。まだまだ前途多難なことばかりであるが、それは多くの国民の希望となった。


  これは、そんな魔法王国に生きる人々の、小さな、大きな物語。




* *  *  *  *




『入学許可通知

  ルクセハルト様

 貴殿の本校への入学を許可します。誠におめでとうございます。

魔法教育専門スコット学院 学院長ラバード=スコティル』


と文字の書かれた紙を握り締め、俺は歓喜に震えた。俺はルクセハルト十四歳。茶色い髪と、きらきらと輝くディープブルーの瞳が印象的な男の子だ。|(って、自分で言うのもなんだかな)

「ったぁ!母さん、母さん!【石ころの族】でもちゃんと入れてくれるんだよ!見て見て!」

 喜びはしゃぎ、家の中を走り回る俺とは正反対に、母さんは愁いを帯びた表情でその入学通知書を見つめていた。

「いくら身分階級が無くなったからって、まだ二年よ?差別が無くなったわけじゃないのに、そんな学校へ行っても大丈夫かしら?」

まして魔法教育の専門学校は都市部にある。この【石ころの族】の村はティオーナの南の外れにある小さな村だ。学校への入学はつまり、俺の都市での一人暮らしを意味する。【花の族】以上の家のいくつかが、そのような財政の厳しい子を受け入れ生活の補助をしてくれると、同封されていた入学諸案内に書かれていた。俺を受け入れてくれた家はシュールズベリー家。王家にも繋がりのある由緒正しき家らしく、同じ年の子どもいるらしいとその後に送られてきた手紙にも書いてあった。(紙もとても高級そうだった。流石【花の族】だ。)

しかし、母親としては不安なことばかりであるのだろう。俺はまだ十四になったばかりだし、農業の仕事はたくさんあって俺と母さんでも精一杯の状態。母さんだけを残していくのも俺だって不安だ。でも、でも―――……

「大丈夫だよ、母さん。何事もまず一歩からっていうだろ?オレ、絶対すごい魔法使いになって、母さんの老後を安泰にしてやるよ!」

 その夢があるから、俺は王都で魔法について学ぶと決めたのだから。だから、幾許かの不安を隠し自信満々に言う。

そんな俺の様子に母さんはため息をついた。

「わかったわ、ハルト。…じゃあ、学校に行ってしまう前に小麦の収穫は終わらせておいてね。あ、あと今日の内に家畜小屋の掃除もしておいてちょうだい」

「え……。それはないだろ母さん!」

「終わらなかったら学校に通う話はなしよー。ほら、頑張ってやってきてちょうだい!」

「わ、わかったよ!くそー……!」

 ぶーぶー文句を言いつつもそんな重労働の仕事を母に任せて行くこともできず、ハルトは入学のために家を出るその前の日まで必死に働いた。


王都への出発の日―――……

 ゴンゴンゴン、とドアを叩く音が聞こえる。

「ルクセハルト!!いつまで寝ている気なの!?汽車行っちゃうわよ!!」

「えっ!?うわぁっこんな時間!!!・・・・・・今行くよ母さん!」

 はっと目を覚まして時計を見ると、汽車の出発時間に間に合うぎりぎりの時間だ。楽しみで寝むれなくて、夜更かししたせいだ…!とはわかっているが慌てて着替えて出かける準備をする。準備、昨日の夜終わらせといてよかったぁ……

 ばたんっと大きな音をたてて部屋のドアを閉め、階段を駆け降りた。

 母は「こんな子で本当に大丈夫なのだろうか・・・?」という面持ちでルクセハルトを見が、当の本人はそんなことお構いなしに急いで靴を履いている。

「それじゃ、行ってきます!連休には必ず戻ってくるから!!」

「はいはい、いってらっしゃい。」

 母は心配そうながらも、優しい笑みで送り出してくれた。


 地平線のかなたから、少しずつ太陽が昇ってきた。




** * * *



 

 薄暗い部屋の中、大きな盤を一組の男女が覗きこんでいた。

 歳は双方とも二十になるかならないかほどであり、青年と呼ぶべき年齢ほどだと思われる。

女性は金髪の長く柔らかなウェーブの髪を揺らし、その盤に手を翳す。額に埋め込まれたように付いている宝石のような石が青色に輝き、盤に満ちた水もまた同じ色で輝き始める。

「この子が本当に『四つ星』を持つ子なの?リュセメナート。」

 その水をはった大きな盤には、ハルトの様子が鮮明に映し出されている。女性がその手を盤に翳し、魔力を注ぎこむことで映し出しているようだ。

「そうだよ、ラファル。……いや、大神官、『星見(ほしみ)』のラファレオニー。疑うんだったら、自分で占ってみなよ。それとも直接自分の目で確かめに行ってくるかい?」

 金髪に金色の瞳を持ったリュセメナートと呼ばれた男性は無表情に盤を見つめ、少々いらだちを隠せない声色でそう告げる。

 ラファルと呼ばれた少女はびくりと肩を振るわせた。

「う、ううん。『基盤(きばん)』のリュセメナート皇太子が言うんだもの。もちろん、信じてるわ。ね、ねえ…リュセム、怒ってる…?私が、不甲斐ないから……」

 まさにおそるおそるといった様子で、ラファレオニーはリュセメナートに尋ねる。

 目には涙が浮かんでいて、今にも溢れ出しそうだ。

「ラファル、別に僕は怒ってないから。…ごめん、ちょっと今ストレスがたまってるだけなんだ。」

 安心させるようににこりとほほ笑み、「今は様子を見よう」と言った。

 彼女はそれに安心したように、目を袖口で拭き、リュセメナートと目を合わせる。

 けれど、まだどこか不安そうな瞳をしている。

「リュセム、でも早めに行動しないと……もしなにかあったら……」

「そうだね、彼は狙われるだろう。まだ目覚めていない『四つ星』の一つ、『統御(とうぎょ)』の星をもつがゆえに。本来ならここで『アステール』の未来を占って、守りを固めるべきだけれど、その肝心な未来が曇らされていてまったく見えない。ラファルが心配なのはそこでしょ?」

「う、うん。・・・・・・まさか、リュセムにも見えないの?」

「『星見』の星を持つラファルに見れないのに、僕に見えるわけがないでしょう」

 リュセムは肩をすくめておどけたように手をあげた。

 それを聞いて、ラファレオニーは愕然と目を見開く。彼はそう言うけれど、『星見』の星を持つ自分を凌駕するほどにリュセメナートは星見…いや、全てのことに長けている人物なのだ。

「そんな……リュセムにも見えないなんて。この国がどうなっちゃうかわからないじゃない!今すぐ国王に報告しないと…。」

 慌てて盤に魔力を注ぐのをやめて立ち上がろうとすると、リュセメナートに肩に手を置かれ留められた。リュセメナートの表情はいつにもまして読み取りにくく、無表情を保っていた。

「待って、ラファル。今は父上も隣国との冷戦に悩まれているんだ。これ以上の負担は避けるべきだ。」

「でも……」

「ラファル、君は何のためにこの国に仕えているんだい?こういう状況を回避するためだろう?それにこういう事態は『四つ星』である僕らでなんとかするべきことだ」

 ラファレオニーははっとしてからこくりと頷いた。

 確かに、自分たちはこの国と王を守るためにいるのだ。自分が慌ててどうする。と、ラファレオニーは、自分自身を叱咤する。

 こういう時こそ、リュセムのように冷静に周りを見て判断していかなきゃ。でも、リュセムがいてくれて本当に良かった。自分だけでは、感情のままに動いてしまうから。

 皇太子でもあるリュセムにここまで頼るのもどうかとは思うが、いつでも自分を助けてくれる彼と、彼の弟クーゼンデルタの二人がラファレオニーは大好きだった。

「それじゃあ、リュセム。私は何をすればいい?」

「…取りあえず、このことは誰にも言わないほうがいい。まさか、大神官までが『星』の未来を占えないとなると、皆が不安になるだろうからね。ラファルは父上の護衛について。何があるかわからないからね。」

「リュセムは?」

「僕は一度ツェルのところへ行ってくるよ。もしかしたら何かあるかもしれない。」

「ツェルってあの、魔法研究所所長の『晩空ばんくう』のツェルアリーオのことだよね?」

「そうだよ。……あ。『統御』の星を持つ者には、ちゃんと護衛をつけておくから大丈夫だよ。それじゃ、よろしくね。」

 いい終わるか終らないかのところで、リュセメナートは消えた。高等魔術である『空間転移』という魔法だ。

「護衛って……だれをつけたのかしら?」

 それなりに腕のたつ者でなければ、『統御』の星の護衛などできないだろう。

 ま、リュセムの選んだ者なら気にする必要はない。リュセムはいつも完璧な配置をするのだから。

 ラファレオニ―は、リュセメナートから命じられた「王の護衛」を果たすべく、部屋から出ていった。




** * * *




 田舎町のためか、人気がなく、駅もホームもがらんとしていた。その中をルクセハルトはばたばたと音を立てながら疾走していた。

「やべぇ……汽車出ちまうよー!!!」

 と、叫ぶ声は、誰にも聞こえることはなく、木霊して消えていく。

 出発を知らせる汽笛とほぼ同時に、ルクセハルトは汽車に走りこんだ。

 さすがにこんな方から汽車に乗る人はいないらしく、汽車の中も駅同様に、静かだ。王都へ行くためにはこの先さらにいくつかの駅で乗り換えなければならない。着くのは明日の朝になる予定である。

そんな辺境であるため、どうやら自分以外に乗っている人はいないようで……


「えっと……、君がルクセハルト?」

 と、不意に後ろから名前を呼ばれ、ばっと後ろを向く。心臓は今にも飛び出しそうなくらいドキドキしている。いや、飛び出す前に破裂しそうだ。

「だっ誰だよ!」

「あ、もしかして驚いた?…だったら、ごめんねえ。僕はミハエルク=シュールズベリー。皆からはよく、クーって呼ばれてるから、そう呼んでくれてかまわないよ。よろしくね。」

 そこには、自分と同じぐらいの年齢の男の子が立っていた。

 金色のシルクのような髪に、それと同じ色の瞳。その体格は、まるで女の子のように細い。けれど、さすがに田舎に産まれたとはいえ、その髪と瞳が何を示すかぐらいはわかっていた。金色は、王家の血筋を示す色。まして、両方金となると、生粋の産まれ……つまり『太陽の族』の出ということだ。

「オレ……私はルクセハルトと申します。……なぜこのような辺境にき……おこしになられたん……のですか?」

「止めてよ、敬語なんて。2年前に身分差別は無くなったじゃないか。僕は、敬語を使われるほど偉い人物じゃないよ。」

「しかし……」

 いくら身分差別が無くなったからといって、身分が上だった人には敬語を使いなさい。何か向こうの機嫌を損ねることをした場合、不利になるのはこっちなのだからと、いつも母さんが言っていたのだ。

「いいから!止めなきゃ君の村を権力使って潰しちゃうよ?」

 ミハエルクと名乗ったその金髪金目の男の子は自分の可愛さを最大限に生かすように満面の笑みを浮かべて見せた。そして俺は理解する。こいつ、すんげえ腹が黒いと。

「え゛っ……。わかり……わかった!敬語止めるからっ!!」

「それでよし!で、僕はルクセハルトのこと、なんて呼べばいい?」

「ハルトでいいよ。村の皆からはそう呼ばれること多かったし。別にルクセハルトでもいいけど……」

「それはやだね、長いから。ハルトって呼ばせてもらうよ」

「……そう」

 なんだこの強引なやつは…!と乾いた笑みを浮かべてクーを見るが、彼は相変わらずその羨ましいほどの美顔を活かしてとても綺麗に微笑んでいる。

 そして汽車は、段々と速度を上げて走り始めた。


 クー(と呼べと脅迫された)は、同じ年ぐらいなのに、もう魔法が使えるので、魔法についてのことを色々と質問できた。

 質問一つ一つに、まるで教科書から抜き出したような答えを言ってくれる。と言っても教科書なんか見たことが無いのだが。それほど、わかりやすかったということだ。

「って、ここまで説明しても、魔力を結晶化させないと魔法なんて使えないんだけどね。」

「……結晶化?」

「そう、簡単にいうとハルトの中にある魔力を物質化して、体の中の魔力と外を繋ぐゲートにするってこと。結晶化をしないと、体にある魔力は四方八方に分散されてしまうから、魔法という大量の魔力を使うことはできないんだよ。で、その結晶化させた物を『アステール』って呼ぶんだ。僕のは……ほら、これ。」

 そういって、クーはごそごそと首から下げているチョーカーを取り出して見せた。

 先に、緑色のキラキラと光る石が付いている。

「これが……『星』?きれぇだなぁ。」

「結晶化させるときには、その道の専門家にやってもらう必要があるんだ。王都に行ったら、まずその店に行かないとね。それから、その星には、一つ一つ名前があって、僕のは『廻錠(かいじょう)』っていうんだ。これも、結晶化するときに付けてもらえるんだよ。」

「へぇ……魔法使いって奥が深いなぁ。」

「今のは一般常識だよ。」

「うるせぇ!どうせ辺境の生まれには魔法の知識なんかねえんだよ!」

「まあ、僕は王都の生まれだからね」

「………。」

 にこやかに、悪気無くいうのはクーの長所と言うのか、短所と言うのか……。

 きっと本人は無自覚なんだろうけれど、結構、心が痛い。

 かなり痛い。

 どうせ俺は農業しか知らねえし、学もありませんよーだ。と少し拗ねてみせるがクーはどこ吹く風だ。


汽車が走り始めてそろそろ2時間が経とうとしていた。あと1時間ほどで乗り換えの駅に着くだろうか。

 オレはクーの出す魔法が面白くて、いろいろお願いしては見せてもらった。少し、疲れさせてしまったのではないかと焦ったが、本人曰く、「あのくらい使った内に入らない」らしい。

 なんだか恐ろしい……。

 魔法の基準というものがわからないからには、なんとも言えないところではあるが……

 そして当の本人は今、面倒臭くなったと言ってどこからともなく取り出した本を読んでいる。俺も一応文字は読めるが難しすぎて全く理解できない本だ。

 俺も段々と暇になってきて、うとうとと船を漕ぎ始めた。時々がたんがたんと揺れる汽車の揺れが心地よいんだから仕方ない。

 それから少ししてふと、クーが顔を上げる気配がした。

 次の瞬間、汽車がガクンと揺れ、止まった。

「おぅっわっ!……事故か!?」

「…変な叫び声。……人身事故かな?」

「……お前、ほんっとに笑顔で怖いな。」

「そう?」

「うん」

「まぁ、おふざけはこのくらいにしといて。……ハルト、ちょっと静かにしててね?」

「へ?…もがぁっ!」

 クーは、本のようにどこからともなく取り出したリンゴ(丸々一個)を俺の口の中に詰め込んだ。

 丁度、その時だった。

 汽車の屋根が轟音を立てて吹き飛んでいくと、そこから十数人の黒いマントを被った人たちが流れこんできた。


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