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図書館の恋 2


弟たちとの食事を終えた有也は、改めて居間のソファに寝転んでいた。

久住家の平日は、基本的に一番下の弟の知也に合わせて動く。有也が料理している間に知也が宿題と風呂掃除をし、使った食器を恒也が洗っている間に知也が風呂に入るのがお約束だ。

知也が寝るまではほぼ家事等に拘束され、有也が自由にできるのはこれからの短い時間。まるで主夫のようだ、と今更ながらに自嘲する。


中学に上がった頃から、放課後の教室に長時間残ることも、部活にのめり込むこともできない。恒也の高校受験があった関係で、特にこの一年は有也の家事率が大幅に増えていた。

弟たちの相手をすることが面倒だと、感じたことがないとは言わない。

その一方で、兄というだけで無条件に慕ってくる弟たちを跳ね除けることもできない。

周囲の「大変だな」という視線にも飽きていた有也にとって、土曜日の図書館だけが逃げ場だった。

高校生以上しか入れない、私立北條高校の私設図書館。子供に声に煩わされることなく、落ち着いた空間で本が読めるのは、一種の現実逃避だったのだと思う。

それが祐に出会って、逃げ場が楽しみへと変わった。

学校外とはいえ同い年の相手と気ままに過ごすのは、有也はとても贅沢な時間だ。友人から恋人へと関係が変化した今、彼との時間はもっと居心地がよくて、大切だった。


「………楽しみだったのになぁ」

仰向けになった腹の上にあるのは、一冊の小説。夕飯前に読もうとして、結局読み進められなかったそれは、今も開かれる気配がない。

受け取ったその場で読み終えるのは勿体ないから、と持ち帰りを決めた土曜日。

翌日の日曜日はお互いに別の用事が入っていたこともあって、昼食を取った後はDVDを見に祐の家へと向かった。

小さな弟のいる家で、映画は落ち着いて見られないんだよね。

いつだったか呟いた有也のボヤキを、祐はあっさり受け入れた。祐の家でDVD鑑賞をさせてもらうことをきっかけに、有也の視界が少しずつ広がっていく。

祐に教えられる、有也の新しい世界。

知らないことに触れる楽しみと同時に、有也に複雑な感情を抱かせるようになった。

“世間”を知っている祐と、不慣れな自分。

他人に注目され、囲まれることにすら慣れている祐と、勢いに負ける自分。

そして―――恋愛ごとに長けている祐と、そうでない自分。

加えて、先日あった祐の異母妹との一件は、二人の間に変化をもたらしていた。

有也にとっては心理的に。

祐にとっては物理的に。


「……祐の、ばぁか」

図書館の帰りがけにレンタルショップでDVDを選んだところまではいつも通り。

祐の部屋のテレビ前に横並びで見始めたのも。

映画を見ている最中で躰のどこかしらが触れることはよくあった。それは肩だったり腕だったり、ホラーものの時は思わず祐の腕をつかんだこともある。

当初は気付いた時点で謝ったりもしたが、祐が笑って視線を画面に戻すのが常だったから、自然と有也も気にしないようになる。

加えて最近では、祐から意図的に手を繋いでくることが増えた。

視線を向けると逆に問うような顔をされてしまうから、有也はあえて画面に集中するようにして。

ところが今回はまるで繋いだ手を意識させるかのように、指を一本一本絡めてくる。さらにその手を軽く引っ張られる感覚に、有也は映画から祐へと意識を切り替えざるを得ない。

祐、と音になりかけた不機嫌な声は、重なってきた唇に消された。少しかさついたそれを受け止め、有也はそっと瞳を閉じる。

もう何回目のキスだろう。

軽く触れあうだけのものも、強く重なるものも、そして深く探り合うものも、すべて祐に教えられた。

唇をなぞられれば、有也の躰は素直に力を抜く。歯列を割って入り込んできた相手の体温を拙く受け止めると、祐が微かに笑う気配が唇越しに伝わってきた。より強く触れてくるそれに、有也の手が自然と目の前の体躯に縋る。

いつもならここで離れていくのだが、この日だけは違った。


長い口づけに意識を奪われていると、祐の手が体の線をなぞるように動くのを感じた。問うような視線を向けると、一旦唇を離した祐が目を細めて笑む。

『少しだけ、な』

何を、とも言わないまま、口づけが再開された。それと同時に腰のあたりに置かれていた彼の手がゆっくり動き出す。冷たい風を肌に感じた、と思った時にはセーターの裾から祐の手が中へと入りこんでいた。

いくら疎い有也とて、男同士の、いわゆるそういう関係があることは知っている。

自分たちも、いつかはそうなるのだろうとぼんやり考えたこともある。

だが、いざ直面すると戸惑いを隠せない。

思わずその手を止めようとすれば、それを咎めるように舌を柔らかく吸われてしまう。背筋を走った痺れを堪えようと、有也はきつく目を閉じた。

そうなると目を閉じた分、与えられる感覚がより強くなる。

素肌を這う祐の手が胸に到着したとき、有也の体は大きく反応した。それに気づいた祐が口腔を探るような動きをやめ、軽い口づけに切り替える。

祐の唇が離れた瞬間、漏れた声は自分でも聞いたことのないものだった。反射的に体を強張らせると、それを宥めるように顔中にキスが降ってくる。

その間も彼の掌は有也の肌に触れ、思い出したように胸の頂を弄る。

そんなところを触って何が楽しいのだろう。そう思いながらも、触れられれば体の奥底で何かが化学反応していることを無視できない。


戸惑いと、羞恥心と、煽られる熱と。

何かを口走ろうとした瞬間、遠くでガタンという物音がするのを耳が拾った。それが何かを理解する前に、すぐそばで舌打ちが聞こえる。

離れていく体温を、有也はどんな表情で見上げていたのだろう。

『また、今度な』

ふと蘇った感触が熱を呼び起こしそうで、有也の躰は小さく震える。

有也が恋人と呼べる存在を得てからそろそろ半年。

一緒にいることに慣れて。

二人の距離が物理的にも縮まって。

重ねられる唇が気持ちいいものだと知った。

ゆっくりと始まった恋愛関係は、有也には心地良くて―――祐には物足りなかったのかもしれない。

だとしたら、この関係を変えるのは。


「兄貴、風呂空いたよ」

「んー。入ってる間に父さんたち帰ってきたら魚焼いてあげて」

弟の声に、有也はソファから立ち上がる。

楽しみにしていた小説は、結局読み進められなかった。



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