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第2話

 よきせぬ形で再びこの世に生を受けた私ですが、リビングデッドに転生してからもその生活は生前と変わりませんでした。


 日がな一日ベッドの上で過ごし、食事の代わりに私が勝手に防腐剤と称しているなんらかの流動物を開きっぱなしの口から流し込まれます。


 以前より身の回りの世話をしてくれている侍女や家族みんなが積極的に話しかけてきてくれるようになりましたが、私がこうなってしまったことで意思疎通を図ることはもはや不可能となり、いつも最後の方になると諦めたように相手は口を閉ざします。


 たとえ反応がなくてもせめて私を退屈させまいと気遣ってくれているのが痛いほどよく分かりましたが、そんな心遣いをありがたく思うと同時に辛くもありました。


 みんなにこれ以上迷惑をかけたくないからと死を望んでいたはずなのに、これではなんの意味もありません。


 むしろ今までよりずっとはた迷惑で、ハーミット家の名誉のためにもひた隠しにしたい恥晒しの存在となり果ててしまいました。

 けれど――。


「やあ、邪魔をするよ。こんにちは、カミラ」


 あいも変わらず体は動かず、することのない日々の中でせいぜい自分ができることといえば脳を使うくらいなもので、その日もそうして私は現実から目を背けるように昔読んだ本の内容を思い出して暇を潰していた最中、出会いは唐突にやってきました。


 サラサラとして目をひく金髪に、吸い込まれそうなほどに美しく端正なお顔立ち。

 そのエメラルドグリーンの瞳に見つめられるだけで訳もなくそわそわしてしまうほどの美丈夫が目の前に立っています。

 

 異性のお知り合いがほとんど屋敷の中だけで完結している私でも分かります、この方は世の中のどの男性よりも整った容姿だということを。


「レディの部屋にいきなり入り込んですまないね。ノックはしたんだけど、返事がなかったから勝手に失礼させてもらったよ。突然のお願いで少し戸惑うと思うけど、君には是非おしゃべりな僕の話し相手になってほしいんだ。話し相手といってもあくまで僕が一方的に話すだけだから、君はただ耳を傾けてくれればそれでいいのだけどね」


 彼はローレンスと名乗りました。

 姓までは教えてはくれませんでしたが、その気品あふれる佇まいと我が家の使用人がここまで通した事実からそれなりの立場にある名家のご子息であることは推測できます。


 ……それにしても彼とは以前一度だけお会いしたことがあるような気がしますが、まあ私の思い違いでしょう。


 しかしこれまでに交流のなかった彼がなぜ当主の父ではなくおそらくは初対面である私の元を訪ねてきたのかという理由についてですが、それはすぐに判明いたしました。


 先日行われたらしい王室主催の晩餐会に出席した父がどうやらそこで私の現状について来賓の方々に話したらしく、娘の退屈しのぎに付き合ってくれる相手を募ったのだとか。


 彼からの説明には驚きました。

 てっきり父にとって私は栄えあるハーミット家の汚点であり、あるいは忌むべき存在として使用人を含む身内以外には秘匿(ひとく)されて然るべきものとばかり思っていましたから。


「ひとまず今日は挨拶だけで失礼するよ。また後日改めて伺うからそのつもりで……っとそうか、返事は期待できないとハーミット侯から聞かされていたのだった。どうにも信じがたいけどね」

 

 ここでお返事の代わりにあの嗄れ声で相槌を打つことは実は簡単です。

 けれど私はあえて黙っていました。


 残念ですが、振られる話に対して「あ゛ー」と声を発したところで、それが返事の類であると相手に認識してもらえないのです。


 だからこそ、私が押し黙っていれば彼もいずれは実情を把握してくれると思います。

 そうして対話を諦めてくれれば、きっとそのうち家に来ることもなくなるでしょう。


 彼を巻き込んでしまったことについて自分の口で直接謝罪と説明ができないことが悔やまれますが、なにも他所の方までこのような女に構う必要はないのですから。


「ああそう、帰る前にこれだけは伝えておくけども僕は別に返事がなくても気にしないよ。たとえ君がなんの反応も示さなくても、心の中ではこちらの話を理解してくれていると信じるからそのつもりで」


 そう言うと彼は私に向かって軽いウインクを一つ残してから部屋を後にしました。

 その男性らしからぬお茶目な仕草に不覚にも目が奪われ、なぜか一瞬心臓がドキリとします。


 おかしいですね、死者である私の心臓は止まっているはずなのに……。


 もしかすると殿方のウインクには心臓マッサージの効果をもたらす作用があるのかもしれませんね。

 だからこそ不用意に男性はウインクなどしないのではないでしょうか?


 とにかくこういった事情もあって私と彼の奇妙な関係が始まったのでした。

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