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第1話

 一日の始まりから終わりまでを床に伏せるようになってから早数年、部屋の大きな窓から見える景色が私の世界のすべてでした。


 春には大小様々な命が一斉に活動を再開し、夏には太陽の熱い日差しとどんよりとした入道雲の夕立が交互に降り注ぎ、秋には紅葉を終えた庭の立派な花楸樹(ナナカマド)がたわわに果実を実らせ、冬にはしんしんと静かに積もる白雪が時間をかけて少しずつ銀世界を形作っていきます。


 私は産まれた時から体が弱く、よく熱を出しては寝込んでいたので侯爵家の長女という責任ある立場にありながら、その役目のほとんどを二歳年下の妹に任せっきりの駄目な姉です。


 そのうえ同年代の友達もおらず、もちろん他所の令嬢がみんな一度は経験をしているデビュタントもしたことがありません。


 当然外に遊びに出るなんてことはもっての(ほか)で、やることがなかった代わりにたくさんの本を読んだおかげで無駄に知識を蓄えていたりはします。


 そんな私ですが、婚約者だけはいました。

 ()()ではなく()()と過去形なのは既に婚約破棄の打診が向こうの家から届き、こちらがその申し出を受諾したからです。

 お相手はさる伯爵家のご子息様でした。


 元々この婚約は両家の親が決めたものであり実はその婚約者となる方に結局一度もお会いしたことはないのですが、それでも私はお相手の男性へひそかに想いを馳せておりました。


 やはり女としてこの世に生を受けたからには恋の一つや二つはしてみたかったのと、なによりこんな役立たずな存在の自分がせめて家族のためにできる恩返しといえば政略結婚くらいでしたから、理想の旦那様を空想することで淡い恋心に昇華させようとしていたのかもしれません。


 しかしそれも将来的に私の体調が快復するのと、妻として世継ぎを産むことを条件とした婚約でしたので、いつまで経っても寛解(かんかい)の兆しが見えない者が婚約破棄されるのは当然の話でした。


 なにより、向こうの家にまでこれ以上私のことで煩わせることは本意ではありません。

 ゆえに甘んじてこの結果を受け入れたのですが、再び役立たずでお荷物で穀潰しの存在に逆戻りしてしまいました。


 ですからその日を境に、ふとした瞬間にこのまま死んでしまいたいという暗い感情に駆られるようになりました。


 確かこういうのは希死念慮といったでしょうか、とにかくこの先もずっと周りの人間に迷惑をかけるだけの自分が生きていても仕方がない、それならばいっそ死んだ方がみんな楽になって喜んでくれるのではないかと考えるようになったのです。


 けれども自決するだけの覚悟は持てず、ただ自らの死を漠然と乞い願うだけの退廃的な毎日を送っていました。


 すると、そう長くは生きられないだろうとかねてより侍医の先生から宣告されてはいましたが、最期の刻は割とすぐにやってきました。

 

 突然体調が悪化した私はそのまま三日三晩四十度を超える熱にうなされ続け、苦しみぬいた挙げ句にあっけなく息を引き取ったのです。


 よく覚えていませんがその時の私の心境といえばホッと一安心したに違いありません。

 これでようやく家族に迷惑をかけ続けていた重圧から解放されたのですから。


 そしてカミラ・ハーミット享年二十歳となる予定でした。


 ……しかし実際はこうして今も、いえこの状態が果たして存命と言えるかどうかは甚だ疑問ですが、とにかくなぜか私は生前と変わらずに自我を保っていたのです。


 ――確かに死んだ()()なのに。まさかこれって。


 この国では昔から時に死者が生ける屍(リビングデッド)として蘇るというにわかには信じがたい言い伝えがあります。

 ゆえに本来であれば医師による死亡確認のあと、四十八時間以内に火葬されるのが習わしですが。


 どういうことかウチの家族は邪魔だったはずの娘がようやく亡くなったというのに遺体を手元に置き続け、結局そのおかげで私はこのように不浄な存在として蘇る羽目になってしまいました。


 特に理解できないのは妹です。

 私がリビングデッドとして目覚めるとなぜか両目から玉のような涙をこぼし、その綺麗な顔をくしゃくしゃに歪めて人目も憚らずに大声で泣き始めたのです。


 これには困惑を隠せません。

 私は妹に嫌われているはず。


 肯定されることが怖くて面と向かって尋ねたことはありませんが、きっとそうに違いありません。


 だって彼女になにも姉らしいことはしておらず、それどころか負担にすらなっているのですから。


 ただ、妹のそんな姿を見ているとこちらも申し訳ない気持ちでいっぱいになり、思わず頭を撫でようとしたのですがどうしたことか全身が動きません。

 

 それならばせめて言葉で慰めようとして、


「あ゛ー」


 あれ、なにかがおかしい。


「あ゛あ゛?」


 話したいのに、言葉にならない。


「あ゛ー、あ゛ーっ!」


 何度も、何度試しても。


 ――考えてみれば当たり前の話でした、なにせ(それ)は意識を取り戻しただけでただの死体に過ぎないのですから。


「あ゛ー、あ゛ー、あ゛ー、あ゛ー……」


 身じろぎ一つできず、壊れたようにひたすら言葉にならない(しわが)れ声をもらす姉の姿に妹はもちろんのこと、娘が蘇るまで遺体を安置していた両親ですら絶句していました。


 これがリビングデッド。

 これが死体が息を吹き返すということ。

 これが私の、死を渇望していたカミラの二度目の人生。

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