冒険の始まり①
久しぶりのゲームは少しだけ楽しかった。前回クリアしたときと違ってソフィアを仲間にしたからか新鮮味がある。
ストーリー自体に大きな変更は無いためさくさく進んでいける。サブクエストをいくつかこなしこの日はゲームを終えた。
「しかしアップデートも最初のチュートリアルが少し変わっただけって全然楽しめないじゃねーか。まぁ遊ぶ人が増えたら話題にもなるからいいけど…」
アップデートお知らせの内容にはこう書かれてあった
-全ての冒険者がこのゲームを楽しめるために、チュートリアルでは冒険者の能力がプレイヤーの自由に設定されています-
「まるで夢の中と同じだな。最初の小屋では好き勝手できて最強だと思ったのに。森に行くと結局変わらなかった。でも魔法とかは使えるようになってたし、経験値上げてからまた挑むしかないよな」
パソコンの電源を落とし机に伏せた。どうやって経験値を上げるのかわからない。ゲームと同じならひたすら魔物を倒すだけだが、最初に出てくる魔物ですら倒すことができない。何か方法は無いか…頭を働かせているうちにお腹が鳴った。
「そういや何も食べてないな。…っともう20時か。夜ご飯食べないと」
キッチンに移動してやかんに水を入れてお湯を沸かした。保存してあるカップ麺にお湯を入れて3分待つ。できあがり麺をすすり、お茶を飲む。
そこには俺以外誰もいない。朝も昼も夜も家の中には俺1人だ。こんな生活ももうすぐ1年になる。
去年の夏、両親は買い物に出かけているときに交通事故に遭った。病院から俺に連絡が来たときにはすでに手遅れだった。まだ高校1年生だった俺には受け入れ難い現実。
祖父母も俺が小さい頃に亡くなっていて、親戚もいない俺を引き取ってくれる人は誰もいなかった。
元々人見知りということもあり、あまり人前で笑顔を見せることが少なかった俺がより一層周囲と壁を作ったのはこの頃からだった。
幸せそうにしてる奴らを見ると怒りが込み上げてくるなども無いし、気遣ってくれる優しさを見せてくれることに嫌な気持ちにはならなかった。
けれど俺はもうそちら側の人間にはなれないのだろう。
慣れていたのにふとした瞬間、寂しさが溢れ出てくる。両親がよく褒めてくれていた学力も少しずつ衰えてきている。
ご飯を食べ終えて俺は仏壇に手を合わせた。
「父さん、母さん。期末はもっといい結果出せるように頑張るよ」
明日は休みだが、まだ疲れが残っていたためシャワーを浴びてまたベッドに入るとすぐに就寝した。
「ん…朝か…」
目を覚ますとまたあのベッドの上だった。ロッジのような建物の中にあるものは本棚に並べられた大量の本。そう、またあの夢の中だ。
もう何度も見ているため跳び起きることはなく、経験値を上げる方法がまだ定まってないのにどうしたらいいのかわからない気持ちで少し憂鬱になっていた。
「またあいつにやられるだろうな…どうしたらいいのか…とりあえず魔法とか使えるか試してみるか」
外に出てさっそく崖下に向かって両腕を伸ばし魔法を繰り出した。両手から出た火球の威力はとても大きく、魔物と戦ったときのそれとは比べものにならなかった。
「やっぱりこれぐらい出るんだよな…ちょっと森の方でもう一回試してみよう」
森の中へ入り、振り返るとすぐ小屋が見えるぐらいの場所で俺は再び魔法を唱えた。すると先程出したものとは同じ魔法と同じ思えないくらいかわいい火球が少しだけ飛び出てきた。
「は?全く同じイメージで出したつもりなのに…」
俺はそのまま小屋に戻ってもう一度魔法を唱えた。威力は凄まじい。そしてまた森へ行き魔法を唱えるという行動を何度も繰り返した。そして俺は結論をつけた。
「ここにいるときだけ魔力が上がっているってことだよな。ということは普通に自分の魔力にも上限があるって考えて、ここでいくら魔法の練習をしてもレベルは上がらないってことか…?」
俺は小屋が見えるくらいの場所で魔力のレベルを上げるために何度も繰り返し魔法を唱えた。ファイヤーボールを5回発動すると、全身が倦怠感で立つことすらままならなくなる。休憩しては魔法を唱えるというルーティーンを日が暮れるまで何度も何度も続けた。そして疲労がピークに達したところで今日の訓練は終わることにした。
重い足を引きずり小屋に戻るとさっきまでの倦怠感や疲労がすぐに消えた。ここは回復スポット的な役割もあることがわかった。
魔法で石でできたお風呂を作り、そこにお湯もいっぱいに注いだ。魔法で作れるものも少しずつ理解してきた。風呂に浸かりながら訓練でかいた汗を流し、森の中を眺めていると奴が森の中から出てきた。そう、雑魚モンスターだ。
「こんなところまで来るのはたまたまか…?今はまだ勝てないだろうけど次にお前に会いにいくときは必ず倒すから楽しみにしておけよ」
魔物はこちらには近づかず、じっと俺を見つめそのまま森の中へ帰っていった。
この場所には結界があるため、魔物が侵入してくることはないと本に書いてあったことを思い出した。
眠りにつき目を覚ますとやはり夢の世界は続いていた。この小屋にいると自然と空腹感は満たされるため、何か特別な力が働いているのだろうと感じていた。
そして昨日と同じく何度も何度も魔法を唱え、自分の能力の向上に努めた。
あれから5日程経過した。
この5日間で俺の魔力は劇的に成長していた。森の中で魔法を唱えると辺り一面燃やし尽くすことができるのでは無いかと思えるくらいの炎を扱えるようになった。
「俺って魔法の才能あったんだな。しかも途中から始めた剣の修行もしっくりくるようになったし、これならあいつにも勝てるだろう。よし、そろそろ動くか」
出発の前、まだ読んでいなかった1冊の本を手に取った。
『旅立ち』
そうタイトルに書かれている本を開くと、中身はビリビリに破かれていた。
「なんだよこれ…全然わかんねーじゃん。せっかく旅立ちってタイトルだから出発するときに読もうと思ってたのに…」
仕方なく俺は本を閉じ、ついにあの魔物を倒すために森の奥深くへ進んでいった。
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