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重要参考人保護申請/1

―――ねえ、ヨミオチさまって知ってる?


 噂だよ、噂。おまじないみたいなヤツ。

 誰もいない、一人っきりになれる場所で、000から始まる番号に電話を掛けるんだって。000の、x2x0の、x7xx。


―――そうだよ、ゼロ、ゼロ、ゼロ。

 市外局番にもないし、携帯とかだって、そんなので始まる電話番号なんて、ないでしょ?


 なのに繋がるんだって。

 でもね、繋がったら成功なんだって聞いた。

 だからそしたら、願いごとをするの。


 叶う願いごとは、二種類だけなんだって。


 ひとつは、好きな人と「ひとつ」になれる、恋のおまじない。

―――もうひとつは、もう会えなくなったひとにもう一度会える、おまじない。

 こっちはね、もう死んじゃったおじいちゃんとかお母さんとかでもいいんだって。


 ヨミオチさま、ヨミオチさま、あの人とわたしをひとつにしてください。

 ヨミオチさま、ヨミオチさま、どうかあの人にもう一度会わせてください。


 三回、繰り返して言うと、向こう側から息遣い? みたいな。声みたいな。そういうのが聞こえるんだって。

 そうしたら電話を切る。


―――ね?

 簡単でしょ。


 リナちゃんの友達がそれで、死んだおばあちゃんと会えたらしいよ。

 ずっと落ち込んでたのが、めちゃめちゃ元気になったって言ってた。

 いいよねえ、そういうのが叶うんならさ。まあ、電話番号のとこがどう考えてもちょっとオカルトなんだけど。


 でもまあ、おまじないなんてどれもそんなもんだし、一回ぐらいやってみてもいいかもね。


 あたしもお願いしてみようかなあ。

 ヨミオチさま、ヨミオチさま、どうかあたしと……くんをひとつにしてくださ


―――ブツッ。

 ツー、ツー、ツー……









   ◇


「―――っていう話なんだけどさ!」


 九月の上旬、二学期が始まってすぐの夏日。


 夏休みを引き摺った気怠さにだらける一方、間近に迫る中間テストに気ばかりが焦る。そんな何とも言えない、絶妙な時期の朝。始業前の時間。


 クラスの中心で騒いでいる級友たちを横目に、幸人は一人、三日先の古文を黙々と予習していた。


『……予習って前日くらいに、翌日のヤツをするもんじゃないのか?』


 呆れたようなセリフが、声ではない声で耳元に響く。

 幸人はそっと肩を竦めた。


「仕方ないだろ。今日、明日の分はもう終わってる。先取りするくらいしか、やることがないんだ」


 口元だけの囁きで、そっと応える。くくっ、と押し殺したような笑い声が、また聞こえた。


『そのくせ、時間だけは売るほどあるもんな』

「そうだな。ありがたいんだか、ありがたくないんだか」


 もっとも、時間ばかりが有り余っているのは昔からだ。無駄に潰すことには慣れている。


「……明日からは、筋トレを増やすことにする」

『暇潰しって大概、ムダなものじゃないのか。何だ、勉強か鍛錬の二択って。お前は修行僧か何かか』


 どうせ時間を掛けるなら、実になることをしたほうがマシだと思うだけだ。でないと、むなしいだけだから―――そう心に思うだけで答えはせず、幸人は曖昧に唇の端だけで嗤った。


「うっわーなんだソレ、めっちゃありがちなヤツじゃん!」

「だろー。でもさあ、電話番号までハッキリしてんのって珍しくね? 簡単に実行できちゃいそうじゃね?」

「いやそういうのって、前もあっただろ。ホラ、一人かくれんぼとかさあ。やけに手順まで詳細なのネットに流れててさあ」


 教室の中央では、今も十人ぐらいの生徒が集まって、わいわいと賑やかに話している。


 始業前の、緩んだ空気。気安い会話と、上がる笑い声。


「小石川そういうの好きだよね。都市伝説とか」

「うるせー。俺はロマンを求めてんの!」

「都市伝説がロマンとか。ないわー」


 固まっていた女子の机から、端の方で話していた二、三人のグループから。

 あちこちから声がかかっている。中心になって騒いでいたのは小石川という少年で、この学年のムードメーカーを以て任じているような生徒だった。


 対して、幸人は、といえば。


『……安定の独りだな、お前は』

「そうだな」


 声ともつかない、だけど口調だけははっきりと呆れているようなその声に、ぼそりと呟く。

 そう、幸人はいつも、こうやって机に一人で向かっている。周囲に人がいたことなんて、多分、これまでに一度もない。いわゆるぼっちだ。


『まあ、お前には俺がいるから。寂しくはないだろうよ』

「いや、むしろお前がいるからこそ、寂しいヤツ認定じゃないのか」


 ぼそぼそ、と、口の中だけで返す声は、きっと誰にも聞こえない。


「イマジナリーフレンドとかって普通、子供の頃にしか出て来ないもんだろ……」


 溜息混じりに呟いたその事実に、自分で嗤った。


 幸人には、物心ついた頃からずっと共に、得体の知れない『何か』がいる。

 姿は見えない。見た事がない。


 ただ、声だけがやけにいきいきと頭の中だか、耳の中だかに聞こえてくる。そしてその声は、自分だけにしか聞こえていない。


 これが「イマジナリーフレンド」だと結論付けたのは、いつの頃だっただろうか。

 きっと何かの本でも読んで、「そういう存在もいる」ということを知ったのだろう。暇に倦かせて、貪るように本を読む子供だったから、多分その中で。


 幸人は誰にも話さず、相談もせず、ただひっそりといつも傍らにある声を「そういうもの」だと決めつけて、そのままにしていた。


 そうでなければ。


『お前も強情だな。俺はその、イマ……なんちゃらとかじゃないって、いつも言ってるだろ』

「まあ、俺イマジナリーフレンドです! とは言わないよな。普通」


―――きっと、自分は、誰かと喋ることなど忘れてしまいそうだから。


「んじゃ、誰かやってみろって! そしたら、ホントかどうか解るだろ。電話番号もハッキリしてんだし」

「やる訳ないだろ。都市伝説は、聞いて楽しむものだっての。んな怪しい話に手を出すのは、ただのバカじゃねーか」

「いやバカだからこういう、怪しいのが好きなんだろ」


 どっ、と笑い声が起きる。

 明るいさざめきを押さえつけるように、キーン、コーン……と予鈴のチャイムが鳴った。


「ホラお前ら、席に着けよー」


 開けっ放しだったドアから、のそり、と入ってくるのは担任の教師。幸人は結局、あまり進まなかった古文の教科書をぱたんと閉じた。


 その耳に、いつもと違う調子の声が短く聞こえる。


『幸人。さっきの話』

「うん?」

『近付くなよ。あれは、人が触れてはいけないものだ』

「―――え、」


 何に?


 聞いた事のない深刻な響きに、幸人は僅かに目を瞠った。ふ、と顔を上げる。

 だけどそこには、いつものように人影などない。そして、いつも騒がしく話しかけてくるはずの声は、何かを考え込むように黙り込んで、何も返してこなかった。








 省外活動報告 及び 重要参考人保護にかかる申請

 出動案件二二三六四 管理区分 C


 そもそも、この件は学習院高等部において、協力者・鷹沙宮為仁王より区分C案件発覚の通報を受け、我々神祇職省外行動課一係が出動を命じられたことに端を発する―――


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