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重要参考人保護申請/10

   ◇

 小学生になって以降、ほとんどの外出は自分一人だった幸人にとって、「車」という乗り物は実はあまり馴染みのないものだった。

 あれは、免許と自家用車とを持っている大人が共に行動するのでなければ、乗れない代物だ。つまり幼い子供の場合、家族がいるのでなければ。


「遅くなって悪かったね。いや、まさか俺も、ここまで時間かかるとは思ってなかったんだけどさー」


 時刻は、既に夜九時を過ぎていた。


「お腹空いたよなー。メシどうしよっか。どっか寄ってくー?」


 運転席には、洸逸が座っている。片手でハンドルを操る姿は、こなれたものだ。運転に慣れているのだろうか。


 学校から宮内庁までの道のりは、佑慎でも洸逸でもない職員が運転する車に乗って行った。

 帰りの今は車種も違う。いかにも個人所有のコンパクトカーで、天井が低いものだから、ずば抜けた長身の洸逸などは背を丸めるようにして運転している。


 サイズが合っていないのでは、とも思ったが、その姿が何だか微笑ましくも思えた。


「楸さん……、は、どうしますか」

「あっ、ヤメテヤメテ名字で呼ぶの。俺、名字も名前もワケあって嫌いなんだよねー」


 名前も姓もと言われたら、いったいどうすればいいのか。


「だからさ、君もコウイって呼んでよ。皆にそう呼んで貰ってるからー」

「コウイさん、ですか」

「そうそ。ハハー、君と俺の名前って並べると兄弟みたいだよねー。こういちとこうじんってさー、めっちゃ長男次男感ある。という訳で、コージーって呼んでいい?」


……これは、拒否しても失礼には当たらないだろうか。


「あー、でもメシ食うにしろ買うにしろ、まずは荷物纏めてからのほうがいいかな。食っちまったら動きたくなくなるだろうし、買っちゃったら冷めちゃうし」

「……そうですね」


 良かった、話題が変わった。表情は変わらないまま、内心でホッとする幸人をよそに、洸逸はくるりとハンドルを回して交差点を曲がった。


「ダヨネー。まずは君の荷造りをしてから、かな」


―――と、いう訳で、君を保護せざるを得なくなりました。


 洸逸に迫られた幸人が洗い浚いを話し終えた後、出た結論がそれだった。


「理由は勿論いくつかあってー、まずひとつには、基本的に『器』『門』と判明した当人とその家族は、必ずうちとこで保護することになってるんだよねー」


 洸逸らの話によると、門や器といった適性を持つ人間というのは、日本全土を探しても少数しかおらず、極めて貴重であるらしい。


「それは勿論協力して欲しいんだけどさー、この仕事って割と危険だし命懸けだからさ。そこは強要できないよねー。でも、だからって野放しにもできないのよ。神様って、死ぬけど死なないからさー」


 死ぬけど、死なない。

 言葉遊びのようなそれに首を傾げた幸人へ、解り易く例えてくれたのは為仁だ。


「イザナミとイザナギの神話は知っているかな?」

「はい。一般的なものなら」

「そう、ならそれを思い浮かべてくれればいいかな。イザナミは軻遇突智(カグツチ)を産んで炎に焼かれて死んだけれど、黄泉の国へ降ってそこで暮らしているでしょう。そういうことだよ」


 なるほど、死んでも、死なない。そういうことか、と合点がいく。


「神様の力を扱えるヤツが穢れに飲まれちゃうと、そりゃもーしんどいことになるのよ。ヨミオチになんかなったりしたら、余計にね。特に器の子とか。フツーの人間がヨミオチになったってヤバいのに、分霊とはいえ神サマがヨミオチになんかなってみなよ。もうヤバいどころの話じゃないのよ」


 だから基本的に、こっちで保護する。


「護衛も付くよ。家族ごと保護、ってなるのはねー、安全策を採るっていうか。家族からの感染って一番避けらんないでしょー」


 それからもうひとつにはねー、と洸逸は指を折って数える。


「君自身が今、俺たち的にめっちゃ重要人物。めっちゃVIP」


―――これまで、佑慎たち「門」や「器」の適合者たちは、現れた穢れや黄泉落ちを祓う以外のことが出来なかった、らしい。


 穢れが現世にこぼれ落とされるのは、根の国から溢れているからだ。死した魂は黄泉へ落ち、そこでゆっくりと生前の思念や人格などを漂白されていく。そこで落とした穢れが根の国へ流れ、封じられる。

 そして、根の国で長い永い時間を掛けて、浄化されていくのだ。それが本来のシステムである、ということだったが。


「人口が急激に増えたからか、戦争のせいか。上手く行ってないっぽいんだよね、キャパオーバーなの。だからこっちにまで穢れが逆流してる状態で、これはもう災害じゃないけどさあ、そういうもんだよなーって対処してきた訳なんだけど」


 どうやら、そうじゃない可能性が出て来た。

 そこに、誰かの意志が介在している可能性が。


「それが、君を襲ったっていうその、元同級生の子? その子の存在で、出て来たんだよねー」


―――これまで、黄泉落ちがどこに発生するかなんて、誰にも解らなかった。


 穢れは無作為に溢れて現れるから、そして不運にもそれに飲まれてしまったから。そのせいで落ちてしまうからだと、ずっとそう思われてきたのだ。


「だってどう考えてもその……乙津って子? 穢れを操ってるでしょ。そんなこと、できる訳ないのにさー」


 ちなこれ、黄泉落ち発生から考えても初めての事だから。つまり百年以上の間で初めてってこと。


「乙津って子、どう考えても重要じゃん。ちょう重要。その子に話聞けるか聞けないかで、もう全然違ってくる。これまでの前提がひっくり返されてるんだよね」


 で、その子が、つまり穢れサイドの存在が初めてコンタクトを取って来た相手が。


「キミ、なんだよね。佐峰くん。……確保しないでおける訳ないじゃん、そんなの」


……拒否権は、なかった。

 最大限の配慮はして貰えるようだが、そもそもが、国家として決められた措置だった。


(……なあ、まだだんまりなのか。それとも、何か怒ってるのか)


 ドアに肘を置いて、頬杖を突く。

 そうして流れる窓の外の景色を眺めながら、幸人はそっと内心で語りかけた。


「彼」に。

 乙津に襲われて以来、また静まり返ってしまった彼に。


(お前、俺を守ってくれたんだな。……いつも素っ気ない態度しか取れなかったのに)


 返事はない。それでも。

 ずっと傍にいてくれた存在を、そう簡単には諦められない。


(ごめんな)


 お前は何度も否定してたのに、まともに取り合わなかった。もっとちゃんと、話をしておけば良かった。


 所詮、俺の想像が生み出したものだと思っていたから。虚しい幻だと思っていたから。

 どうせ自分の想像なのだから、どんな態度であろうと、離れてなどいかない、と。そんなふうに、甘えてたんだ。


「コージーさあ、ホントに良かったのー? ご家族」


 運転席から、軽剽な声がかかる。

……その呼び方、結局、決定だったのか。

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