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重要参考人保護申請/9

 でもさ、そんな仕事、一般人が出来るもんだと思う?


 缶を口元に当てたまま、そう続ける。見透かすような視線だけが、幸人をじっ、と射貫いている。


「……根の国の穢れが溢れたことは、そもそも、人の手でどうにかなる問題じゃない」


 説明を引き取ったのは、佑慎だった。


「事が事だ。黄泉の国も、根の国も、人の子が触れられる領域じゃない。それは―――神の領域だ」


 だけど神々は高天原に座して、この豊葦原に降りてくることはない。


「降りてくることはできない、と言うべきか。今、高天原に御座すのは、ほとんどが天津神の御方々だ。国津神ならまだしも、星や大地の創世に関わるような強大な神力を持つ神々が、気軽にこの現世に降りてきたら大変なことになる」


 神力、というのは、そこにあるだけで人を―――人の作った現世を圧倒する。


「ただそこにいるだけで、人は圧死するし、建物も潰されたりする。そのようなことが起きる」

 

 それでは、いったいどうしているというのか。

 人も駄目、神も駄目となれば、どうやって穢れに対抗するというのか。


「―――だから、神々は人の子を通して力を振るうことにした。そのために選ばれたのが、神の権能を下ろすことが出来る『門』と、神そのものを宿すことが出来る『器』という存在だ」


 門、は、その言葉の通り「門」だ。


 神々の世界である高天原から、この現世である豊葦原へ、神の力を下ろすための「門」となる。その身を以て門を開閉し、力の流入をコントロールし、また、振るいもする。


「これは、神の権能や力の一部をお借りする、という状態だな。現在、門としてこの職務に就いているのは全国で三十人と少し、といったところだ」


 そして―――神そのものを宿すことが出来るという、「器」。


「これが君だ」


 と、佑慎は言い切った。


「神の権能に耐えうる肉体と、親和する魂を持つ者。神は君たちという器にその分霊を下ろすことで、この豊葦原を傷つける事なく降臨することができる。これが―――」

「いや、待って。待って下さい。俺は別に、そんなものじゃ」


 幸人は慌てて、佑慎の言葉を遮った。神さまとか権能とか、何だそれ。そんなものに自分が関係あるとは思わないし、そもそも至って普通の人間でしかない。


 そう、思ったのに。


「? だが、君には炎神が宿っているだろう」


 かえって不思議そうに、佑慎が首を傾げていた。


「あの時、襲いかかる穢れから君の身を守っていたのは、明らかに炎神の炎だった。まだ上手く君と馴染んでいないのか、それとも訓練不足だからか、出力はそう大きくなかったようだが―――君は自分で、気付いていなかったのか?」


 そんなはずはない。

 そんなものを、持っているはずがない。


「自分のものではない声、君にしか聞こえない声を、頭の中や耳の中で聞いたことはないか。多くの『器』は、そうやって適合する神と対話しているようだが」


―――俺はその、イマ……なんちゃらとかじゃないって、いつも言ってるだろ。


「嘘だろ……」


 目をこすったら消えた、小石川を覆う影。

 来る、と呟いた「彼」の声。逃げろと叫んだ、……自分以外には聞こえないはずなのに、たしかに乙津と会話していた「彼」。


 兄弟、と、呼び掛けられていた、あれは。


「心当たりがあるようだな」


 佑慎の呟きに、頷くことは出来なかった。


 だってずっと、「彼」は自分の心が、寂しさが、生み出したものだと思っていたのだ。

 だから、名前さえ聞いたことがなかった。つけることもなかった。


 いつも傍にいたから。なあ、と呼び掛けるだけで良かった。それだけで、いつも応えてくれた。だから。


「嘘だろ……なあ、嘘だろ?」

『………………』


 きっと、今も傍にいる。そんな気配がする。

 なのに、何も応えてくれない。


「どうしたんだよ、なあ。違うって言ってくれよ。そんなんじゃないだろ。神様とかお前、そんな」

「佐峰くん」

「だってずっと、ここにいただろ。そんな―――そんな、お前、だって」

「佐峰くん、落ち着いて」


 暖かな手が、ぽん、と幸人の背を包んだ。


「突然のことだ。無理もない。まだ、考えなくていいんだよ。君がどうだとか、そういうのは一旦置いておこう。ただ、現状、そういうものがあると知ってくれるだけで良い」


 為仁だった。穏やかな、ゆっくりとした丁寧な口調は、内へ内へと潜ってぐるぐると意味もなく回る幸人の思考を、一瞬、ふっ、と緩めてくれる。


「佑慎、コウイ。君たちも、もう少し考えなさい。彼はつい先刻襲われたばかりで、まだ混乱していてもおかしくない―――どころか、混乱していなければおかしい。常識とされているものの範囲外の話をしているんです、たとえそれが事実だとしてもね」

「……はい、殿下」

「彼のことについては、もう少し落ち着いてからにできませんか」

「いや、えー、あー、それについてなんですけどね、何点か確認だけさせて貰えませんかね」


 ガリガリと前髪を掻きつつ洸逸が唸る。


「これは俺は見てないから、佑慎からの話なんだけど。幸人くん、君を襲ったのは、意思を持ってて会話出来る『人』だったんだって?」

「…はい。知り合いでした」

「君の目から見て、あの時、いったい何があったのか。それが知りたいんだ。ヨミオチが現れ始めて数十年―――意思を持って人を襲うヨミオチなんて、いるはずがないんだよ。だって、意思を、魂を失ってるからこそのヨミオチなんだから」


 ヨミオチ。


 そう繰り返されたことで、幸人は思い出していた。

 色々な事があまりにも一度に起こって、聞き流してしまうところだったが。


 その単語は、そう、まさに今朝、件の小石川が口にしていたことだったではないか。


「あの、その前にひとつ。そのヨミオチ…というのも、本来は、秘匿されている話なんですか」

「あ、うん。そーね。表向きには、症候群の病症名を付けてるよ。ケガレだカミサマだなんだって話、そうそう受け入れられるもんでもないでしょ? 基本、パニックを防ぐために秘密裏に処理してんだけど」

「だとしたら、おかしい。今朝、小石川がその話をしていました。都市伝説だったか、そんな話になっていましたけど…たしかにヨミオチさま、と、何度か繰り返して話していて」

「―――ハァ!?」


 がたたっ、と重厚なはずの皮張りソファが、ぐらついた。

 勢いよく立ち上がった洸逸が、口をあんぐりと開けて幸人を見下す。

 そのままぐりん、と隣に座る為仁を、そして自分の隣に腰を下ろした佑慎を。

 ゆっくりと首を巡らせて順々に眺めていって、最後、ギギ、と軋む音の聞こえてきそうなぎこちなさで、もう一度幸人に戻った。


「まさかと思うけどさー……そのへんの情報開示って」

「するはずがない。……この件に対しては、そもそも自衛や防護を個人が出来る話でもないんだ。抗う手段がない、だけど運が悪ければ呆気なく死ぬ。―――そんなもの、公表出来るはずがない」

「だよなー!?」


 じゃあなんだよ、都市伝説って! 吠えた洸逸に、為仁が疲れたように首を振る。


「僕も初耳ですよ」

「……遺憾ながら、俺もだ」

「デスヨネー!?」


 さすがに俺も予想外だよこんなもん! 全っ然見えてなかったんですけどー!?

 終業時刻を過ぎて人気のない庁舎に、洸逸の声が響き渡った。もう、声を抑えるという意識すら失っているようだった。


「佐峰くんさあ!」


 洸逸の手が、がしっ、と幸人の両肩を掴む。


「ちょーっと詳しくお話聞かせてくれるかなーあ? その、都市伝説とやらからさっき、知り合いとやらに襲われた話まで。時系列順に、何があったのかを、もういっそ君の主観バリバリでいいから!」


 何故だろう、今一番追い詰められているのは自分よりも洸逸の気がする。

 その迫力に押されて、幸人は思わずこくこくと頷いた。


 頷くより他に、道がなかった。







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