第2話 勇者と魔王の現状確認
「まずは我ら新魔王軍の現状を確認するぞ、勇者セレナよ」
そう言って魔王アズモは懐から地図を取り出した。
「我らの現在地がこの【風の鳴く草原】。西の魔王領と東の人類領の間にある空白地だな。そして都合の良いことに、我が魔王の力を封印した【魔王柱】のダンジョンの一つ【風の洞窟】がこの草原に位置しているのだ」
「ふうん。だから貴方はここに来ていたのね」
セレナは単に意味もなく放浪していただけだが。
魔王には一応の考えがあったらしい。
「【風の洞窟】は強力な守護者が守っている。人類に荒らされることはない筈だ」
「わたしそのダンジョンを攻略したけど」
「なにィ!?」
「宝物が眠っているかもしれないからって、仲間が提案して」
人類領にあるダンジョンのほとんどはセレナが攻略した。
勇者パーティは最強のダンジョン探索パーティでもあったのだ。
「でも魔王柱とやらは見なかったけど」
アズモはふうっとため息をついた。
「そ、そうか。ならば良いのだ。魔王柱は最深部の隠し通路の先だからな」
「じゃあ洞窟に向かうんだ」
「うむ。そこで力を取り戻した後は、最寄りの街で復讐の準備を整えるぞ」
「わかったけどひとつ問題がある」
「なんだ?」
ぐううううー。
セレナのお腹が盛大になった。
「わたし、お腹が減りすぎていま動けない」
「は?」
「餓死寸前。このままだと死ぬ」
「おいィ!?」
アズモは叫んだ。
「ここは草原だぞ。狩りはできんにしても木の実や草の根もあるだろう!」
「わたし、植物を採れない」
「はあ?」
「どうも植物への攻撃とみなされるみたい。木苺を取ろうしても無理だった」
多分魔王軍に植物系のモンスターが多いし生物は一律攻撃禁止なのだろう。
「待て待て! すると貴様、ひとりでは水しか飲めないのか!?」
「水も微生物が多そうなのは無理」
「なんという……!」
事実上の死刑だ。
拷問の上での凌遅的な死刑と言ったほうがいいだろう。
「アズモ、ご飯もってない?」
「……ククク。魔王は先々で略奪する故、旅食など持たぬのだ」
「要するに一文無しと」
「言い換えるな! 合ってるが!」
この新魔王軍は始める前から瓦解寸前のようだ。
「ちっ、仕方ない。ここは我自らが狩り向かおう。恩に着ろよ」
「狩りなんかしたことあるの?」
「部下に任せてはいたが。だが我は地上最強の魔王だ。なんとでもなる」
「地上最弱の魔王では……?」
「動けなくとも口だけは達者だな貴様は!」
「うん。なぜか」
この魔王と喋っていると口だけは勝手に動くのだ。
こんなことは元の仲間と話していても、なかった。
――きっと魔王アズモが最弱魔王だからだろう。
セレナは弱いものを助けるものなのだ。
「……狩りならあっちの林がいいよ。獣道ができてたから」
「む。わ、わかっている。我も丁度あそこに猪がいそうだと思ったところだ」
「猪じゃなくてウサギがいると思う」
「……ククク。わかっている。いい間違えただけだ」
いじっぱり魔王であった。
そしてアズモが自信満々で林に行って2時間後。
「ぜえぜえぜえぜえぜえ! ももも、戻ったぞー!!」
全身をイバラで血だらけにして。
顔にはウサギの引っかき傷をつくって。
手はトラップの残骸が刺さりまくっていて。
「クックック。これを見るが良い」
そんな姿の彼が手にしていたのは手のひらにのるサイズの木苺だった。
木苺だった(二回目)。
「狩りに行ったのでは?」
「……イチゴ狩りというだろう。あれだ。言葉が一部足りなかったな」
「そう。えらいね」
「なぜ優しい母親のような態度を取る!!」
「他にどんな態度を取れと」
アズモは採ってきた木苺のヘタを不器用な手つきで取った。
そしてセレナにイチゴを差し出す。
「ほれ。貴様の分だ」
「……」
「どうした。さっさと取らんか」
「ごめん。手も動かないみたい」
「はあ!?」
全身の栄養失調が進んでいるようだった。
勇者の超人的な体は本当に燃費が悪いのだ。口以外。
「できれば食べさせてもらえると嬉しい」
「貴様っ! こ、この魔王にイチゴの『あーん』をしろと!?」
「イチゴなのはアズモのせいだけど」
「ぐぬぬ」
「あとどうしても嫌なら、別に見捨ててもかまわないけれど」
そもそも助けてもらったところで今のセレナは暴力禁止の役立たずだ。
封印が解ける見込みもない。復讐の旅のお荷物にしかならないだろう。
現に今だって迷惑しかかけていない。
普通に考えたら見捨てるべきだ。
が。
「ふん!」
アズモはセレナの提案を鼻で笑い飛ばした。
「我を愚弄するでないぞセレナ。最強の魔王たるもの、一度部下にした者を見捨てることなどない。そのものが我に忠義を尽くす限り、我はそのものに恩恵を与える。それが魔王というものだ」
「……それが魔王」
「魔の王は民を見捨てぬ。人の王と違ってな」
セレナは思った。
「(こんな性格だから部下に捨てられたんだろうなあ)」
魔王であるには彼は優しすぎる。
本能的に利己的集団である魔物にとって彼はさぞ異物だったことだろう。
セレナにとっては、好ましいことだった。
「……あー」
セレナは食べやすいように口を開けた。
口だけは動くのでなんとかそのぐらいはできたのだ。
「む……ぐ」
アズモはその様子を見てしばらく躊躇していたが。
「ちっ」
そろそろっと手を動かしてイチゴをセレナの口に持っていく。
ぴとり。
イチゴがセレナの唇にくっついた。
指より大きなそれをセレナは舌で舐め取った。
ぺろりんっ。
勢い余って指まで舐めた。
「きゃあーっ!?」
アズモがなぜか乙女みたいな悲鳴をあげた。
「き、貴様あ! 指まで舐めるんじゃないっ! びっくりするだろうが!」
「……舐められたことなかったの? ごめんね」
「人間に指を舐められるとは……くっ、この屈辱許さんぞエビルドース!!」
「冤罪」
もぐもぐもぐもぐ。
イチゴおいしいなあ、とセレナは思った。
「つぎ。はやく」
「なに。もう回復しただろう。自分で口に放り込め」
「やだ。食べさせて」
「はあ?」
「魔王は部下にイチゴをあーんして食べさせること。これ新魔王軍の掟」
「なんだその掟は!」
「わたしがいま作った」
セレナは空を見上げた。
晴れ晴れした雲一つない空が広がっている。
もうちょっとだけこんな時間が続くといいなと思った。
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