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第1話 出会い

 勇者セレナは風の吹く草原で仰向けに倒れていた。

 

「(わたし、このまま死ぬのかな?)」

 

 銀色の長い髪が目の前を揺れているが払う気力もない。

 あてどなく歩いた末の行倒れだった。

 お腹が減った。喉が乾いた。

 だけど行く宛はない。

 助けてくれる仲間もいない。

 

 なぜなら彼女は人類から追放された身だからだ。

 

 ――無実の罪だった。

 

『勇者セレナよ。そなたを人類反逆の罪により永久に追放する!』

 

 セレナは大審院での判決を思い出していた。

 自分の罪とされたもの。

 すべて心当たりはなかった。

 魔物に武器を渡した、軍勢の異動情報を流した、軍需物資を横流しした、罪なき一般市民から宝石を強盗した。あらゆる証拠はセレナの罪を示していて、だけどセレナには心当たりがまったくなかった。

 

「(なんでだろう)」

 

 証拠だけでなく証言も同じだった。

 

『ええ。ルビーは勇者セレナが盗みました、間違いありませんわっ!』

 

 宝石の強盗について仲間の僧侶リシアは自信満々で証言していた。

 セレナとリシアはその時間、いっしょに部屋でお茶を飲んでいた。

 だから証言は嘘だ。

 僧侶だけでなくほかの全ての仲間の証言もすべてセレナの認識と食い違っていた。

 みんなも証言で嘘をついていた。

 セレナを陥れるためのウソだった。

 

「(なんでだろう)」

 

 なんで。

 なんで彼女たちはウソをついたのだろう。

 セレナは恨んではいない。セレナはそういう感情を持たない。

 ただ不思議だった。

 そして悲しかった。

 仲間に裏切られたことが、ではない。

 

「(もうこれ以上、みんなを助けられない)」

 

 追放された時にセレナは大審院からとある封印魔術を受けた。

 行動制約ギアスだ。

 あらゆる暴力的行為を彼女は禁止された。

 モンスターと戦うのはもちろん、いかなる暴行を受けても反撃できない。

 強大な勇者の力で人間を助けていた彼女にとり、それは死と同じだった。

 

「(ごめんね)」

 

 自分は死ぬ。

 いや、既に死んだのだ。

 だからもう人々を助けられないのだ。

 それだけがセレナにとって唯一の心残りだった。

 

「(ごめんね、お母さん)」

 

 あなたは勇者として生きなさい。

 弱きを助ける善き者として生きなさい。

 死に別れた母の言葉、そのためだけに今日ここまでがんばってきた。

 けれど、どうやらもう、おしまいのようだ。

 ひゅう、と風が吹いた。

 その風が吹き終わったとき、自分は死ぬのだとセレナは悟った。

 

 そのときだった。

 

「フハハハハハハ! いいザマではないか、勇者セレナよ!!」

 

 いかつい黒い鎧を着込み、魔族のツノを生やした男。

 かつての宿敵、魔王アズモがセレナのすぐそばに立っていた。

 

 

 * * *

 

 

「人類を追放されたそうではないか! 無様だなあ、はーっはっはっはっは!」

 

 アズモは腕組みをしながら盛大に笑った。

 彼の頬にはセレナが聖剣で傷つけた傷跡が残っている。

 きょとん。

 セレナはアズモを仰向けのまま見つめていた。

 

「……おい。なんだそのつまらん顔は。少しは悔しそうにせんか」

 

 アズモが不満げに言った。

 

「……なんで?」

「敵に嘲られたのだぞ。貴様はもっと怒るべきだろう」

「別に貴方は敵じゃない」

 

 セレナはもはや勇者ではない。人類の味方でもない。

 だから魔王は敵でもなんでもないのだ。

 もっとも敵だった時に嘲られていたら怒ったかというと怪しいが。

 

「わたしは人類は追放された。もう魔族は敵じゃない」

「ほう、やはり噂は事実であったか」

 

 アズモはクククと笑った。

 

「やはり人類連合とは馬鹿の集合体だな」

「なぜ」

「貴様なき人類など偉大なる魔軍が一蹴するからだ」

「……そうなる、かもね」

 

 人類連合は確かに彼女の力で持っていたと言っていい。

 先の侵略戦争【エビルドーズ・ダーク】で単独で魔軍四天王と相対し、六時間もの間持ちこたえ続けて人類連合軍の撤退の時間を稼いだのは、他ならぬセレナだ。彼女なしで魔軍を相手にそう持つとは思えない。

 

「まあ馬鹿どものことはどうでもいい。今日は貴様に話があって来たのだ」

「……話?」

「我の部下になるが良い」

 

 ふふんと魔王アズモは自信満々に腰に手をやった。

 セレナはしばらくアズモをじーっと見つめてから。

 

「なんで?」

 

 純粋に不思議で聞き返した。

 

「魔王には部下がいっぱいいる。わたしは必要ない」

「む……い、いや、そんなことはない。部下はいくらいてもいい」

 

 なぜかちょっと慌てた様子でアズモが言った。

 

「部下が多すぎるしこれ以上必要ないって前回の戦いで言ってた」

「ぐぬ」

「なんで今さらわたしを部下に?」

「ぐぬぬ。勇者のくせに理屈にうるさい奴め」

「勇者は関係ないと思うけど」

 

 仕方ない、とアズモは鼻息を鳴らして話しはじめた。

 

「実は新しい部下が必要なのだ。実は我は新魔王軍を作ったのでな!」

「……新魔王軍?」

「うむ。まず無能すぎる旧魔王軍の部下どもは捨てた」

「部下は捨てた」

「そうだ、捨てた。あと餞別代わりに魔王の魔力と魔王城もくれてやった。そして一から新魔王軍をつくったのだ。新魔王軍の栄えある第一号部下として勇者セレナ、貴様を招待してやろうというのだ!」

「…………」

「はーっはっはっは! 光栄に思うが良い!」

 

 セレナはしばらくアズモの言葉を考える。

 魔王の魔力と魔王城、あと魔軍。

 それは魔王の力のすべてである。

 …………。

 

「……アズモ」

「なんだ」

 

 セレナはぽつりと一言。

 

「あなた……魔王軍をクーデターで追放された?」

「ぐふっ!?」

 

 クリティカルヒット。アズモはよろけた。

 

「き、貴様! なぜその最重要機密を知っているのだ!?」

「噂はちらっと聞いてたし……単なる噂だと思っていたけど」

 

 魔王軍の内紛の噂だ。【エビルドーズ・ダーク】で活躍した大幹部エビルドーズが、魔王アズモに反旗を翻し、魔王城を奪取したと。大審院での判決の直前に看守が話していたのを思い出した。

 流石に人類の希望的観測だ、ありえないと思っていたけど。

 今のアズモからは魔力をカケラも感じない。

 どうやら噂は本当だったようだ。

 

「つまり……貴方はいま、すごい無力?」

 

 魔王の力とはその無限大の魔力にある。

 その魔力で肉体を強化し、天変地異を引き起こしていたのだ。

 魔力を部下に奪われた魔王など、一般人と同等未満の存在である。

 

「ぐっ!」

「追放されたわたし以外に部下候補がいないの? ぼっち魔王なの?」

「ぐっはああああああ!!」

 

 セレナのオーバーキル言動で魔王は血を吐いた。

 完全に図星のようであった。

 

「ぐ……ぐ、ぐ、ぐぐぐっ!」

 

 アズモはしばらく迷っていた様子だった。

 しかしやがて。

 

「ええーい! そそそ、そのとおりだ! ぼっち魔王で悪いかっ!」

「悪くはない。わたしもぼっち勇者」

「そうだ。貴様もぼっちだ。だから我は閃いたのだ!」

「何を」

「我と貴様、この二人で奴らに復讐すればよいと!!」

 

 アズモは高らかに宣言した。

 

「これまでの恩を忘れ我にクーデターを起こしたエビルドーズら魔軍四天王ども! 貴様を追放した馬鹿な勇者の仲間と人類ども! 二人で奴らに復讐するのだ! 我らにはその力があるのだ!!!」

「……ないと思うけど」

「ある!」

「無力じゃん」

「ふふん。実は我には秘策があるのだ!」

 

 魔王はくっくっくと自慢気に笑ってみせた。

 

「実はこんなこともあろうかと、大陸各地のダンジョン深部に【魔王柱】に魔力の一部を封印しておいたのだ。あれさえ取り戻せば、我は魔王の力を取り戻せる。奴らに復讐を果たせるのだ!」

「ふうん」

 

 少しはリスクマネジメントをしていたらしいが。

 

「で、そのダンジョン深部にどうやって行くの?」

「ぐはああっ!」

 

 なぜか致命傷を受けた様子のアズモ。

 

「ぐぬ、ぐぬぬぬぬっ……!」

 

 血の涙を流して悔しそうであった。

 その様子を見て勇者セレナはふふっと笑った。

 魔王アズモはどうやら完全に無力の弱者であるようだった。

 

 だから。

 

「仲間ならいいよ」

 

 だからセレナは言った。

 

「なに?」

「部下は嫌だけど仲間ならいい。新魔王軍の仲間になってあげる」

 

 弱いものを助ける勇者になると、お母さんと約束した。

 いま彼女の目の前には、地上最弱の存在と化した魔王がいた。

 だから彼女は決めたのだ。

 

「わたしは勇者セレナ。よろしくね、魔王アズモ」

 

 ――自分にその力があるかはともかくとして。

 かわいそうな魔王を助けてあげたい。

 セレナはそう思ったのだ。

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