表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/2

第2話 初めまして地球 初めましてルミナスアカリア

 地球。新光市。

「あかり。冷蔵庫から挽肉とってくれる?」

「はーい!」

 明日香家では。少女とそのと母親がハンバーグを作っていた。

 あかりと呼ばれた十四歳の少女が冷蔵庫から挽肉と取り出す。くりりとした目が特徴のあどけない顔をしている。栗のような色をした髪を後ろでまとめ、歩くたびにひらひら揺らしている。

「ひき肉をボールに入れたら、そこに醤油と料理酒とみりんを大さじ三ずつ。それに卵と塩コショウも用意して」

 母親がメモも見ずに、スラスラと指示を出していく。

「ママすごい! 全部覚えているの?」

「あかりの好物は何回も作ってきたからね」

 話しつつも、常に一定の速度で包丁を動かし続ける。まな板の上にあるのは玉ねぎだ。

「ママって料理とっても上手だよね」

「そうかしら?」

「そうだよ! わたしなんか玉ねぎ切ってるとすぐ涙出てくるもん」

「玉ねぎは、切る前に冷たい水にしばらくつけておくと、目が痒くなりにくくなるのよ」

「へーっ! 料理もできて物知りだ!」

「褒めてもお小遣いは出てこないわよ。先週あげたでしょ」

「そうじゃなくて、本当に思ったんだもん!」

 ぷくーっとわざとらしく頬を膨らますあかりを尻目に、くすくす笑いながら玉ねぎを細かくみじん切りにしていく。

「ママ! 全部ボールに入れたよ」

「ありがとう。そのボールこっちに寄せて」

 母親がまな板に広がる玉ねぎを器用に包丁を使って、ボールに落としていった。

「それじゃあ、これをよく混ぜといて」

「まかせちゃって。こねるのは得意だから!」

「確かに小さい頃はよく駄々こねてたものね」

「からかわないでよ〜。もう子供じゃないんだから」

「はいはい」

 あかりが「んしょ……よいしょ……」と息を吐きながら、ボールと相対する。

「あ! しまった!」

 背中越しから母親の驚いた声が聞こえてきた。

「ママ? どうしたの?」

「パン粉を切らしてたみたい。ツナギがないとハンバーグは作れないわ」

 あかりが作業を止めて後ろを振り向くと、棚を順番に開けて探す母親の姿があった。

「ハンバーグ以外でできる料理だと……餃子とかかしら。でも皮はこの前全部使ったし。一から作ってる時間も……ないわね。どうしようかしら」

「わたしが買ってくるよ!」

 あかりが元気よく言った。

「でも、もうそろそろ暗くなるわよ」

「大丈夫だって、おつかいくらい。さっきも言ったでしょ。もう子供じゃないんだから。それにママのハンバーグは絶対食べたいもん!」

 そう言って、あかりは母親も返事も待たずに手を洗って、身支度を始める。

「そうね。それなら頼もうかしら。パン粉ね。間違えて食パンとか買ってきちゃダメよ」

「もう! わたしをなんだと思ってるの!」

「ごめんごめん」

「許してあげるけど……その代わりに」

 あかりが目線を下げて、手遊びしだす。何かをおねだりするときのいつもの仕草だ。

「いいわよ。おつりはお駄賃ってことにしといてあげる」

「よし!」

 あかりは小さくガッツポーズを決めた


「それでは。いざ地球に行くクロよ!」

 ツキカゲランドの森の中でフクロウの妖精、モクロンの自信満々の声が響いた。そして、その隣では、困惑した顔を見せる少女が一人。ユリヤだ。

 夜しか存在しない国の変わることのない暗闇が二人を飲み込んでいる。

「あの。『キマった』みたいな顔しているところ悪いんだけど」

 ユリヤが申し訳なさそうに問いかけた。

「なんだクロ。名場面の邪魔はしちゃダメだクロ。テイク2するクロよ」

「そうじゃなくて。まだまだ確認したいことがたくさんあって」

「なんだクロ?」

「まず、一個目。なんで私がルミナスウィンクとやらに選ばれて変身できたの?」

「モクロンも詳しくは知らないクロ。なにせ失われた神話の中の存在だクロ。いつかちゃんと読んでみたいクロ!」

「じゃあ、モクロンも何も知らないの?」

「風の噂程度ならだけなら聞いたことあるクロ。ルミナスウィンクは太古の時代にエクリプスと

闘った伝説の四人の戦士。太陽の味方をしてエクリプスにはむかった存在。みたいな内容が書かれていたらしいクロ」

「で、その太古の争いに勝ったのがエクリプスで今のツキカゲランドの環境が生まれた。そんな中、また現れたルミナスウィンクが私……」

 ユリヤが近くの切り株に腰掛け、腕を組み考え込む表情になる。

「ユリヤは理解が早くて助かるクロね」

 ゆっくりとユリヤが顔を上げる。

「ねぇ、ルミナスウィンクってエクリプスに倒された戦士なんでしょ。縁起悪くない?」

「気づかない方が幸せなこともあるクロ。考えないほうがいいクロ」

「そうね。悠長に現実逃避できる状況だったらそれでもいいかもね」

 皮肉っぽく言い放った。

「でも、この状況が悪いこととは限らないクロ。またこうしてルミナスウィンクが現れたクロ! 今度こそエクリプスたちに勝てば、また昼のあるツキカゲランドに戻るかもしれないクロ! ただ、そのルミナスウィンクも、今はミライトの一人だけ。あいつらには敵わないクロ」

「つまり、私たちは後の三人が現れるまで、異世界の地球に逃げたほうがいいってことね。本当はツキカゲランドにずっといたかったけど……」

 さっきのエクリプスの手下を名乗るファイガは確実にユリヤとモクロンを始末しよとしていた。

 それは、神話の中の存在だと思っていたエクリプスが実在していて、この世界を支配していること。そして、自分がエクリプスから狙われる立場になってしまったことを意味していた。

 ユリヤはエクリプス様と慕う大人たちに囲まれ、育てられてきた。しかし、モクロンの話が真実なら、エクリプスはツキカゲランドの環境を一変させ混乱を招いた凶悪な存在だ。

 ユリヤには自分の中にある常識がガラガラと崩れていく大きな音が聞こえた。

「テイク2いっていいクロ?」

 ユリヤの苦悩とは対照的に、モクロンが呑気に問いかける。

「……いってもいいけど、そもそもその異世界の地球とやらにはどうやっていくの?」

「それなら簡単だクロ」

 モクロンが肩にかけてたポーチを開けて、中に羽を伸ばす。ユリヤもずっと中身が気になっていたが、それ以上にインパクトのある話が多すぎて、なかなか聞けなかった。

「これだクロ!」

「……何これ?」

 モクロンが取り出したものは小さな機械だった。箱型で、ボタンがたくさんついていて、コードが何本か飛び出ていて、小さなレバーもいくつか取り付けられている。箱の上にはレンズのようなものが取り付けられていた。使い方も全く想像がつかない。

「どうやら。これが異世界に向かう機械らしいクロ。しふとぽーたる? とかあいつらは呼んでたクロ。全くエクリプスのやつらは極悪非道だクロ! こういうセンシンギジュツも独り占めして、みんなには使わせないようにして、ツキカゲランドを支配しやすくして……。モクロンとかユリヤとか、他のみんなにも自由に使わせれば……」

「ちょっと待って! それエクリプスのアジトから盗りあげてきたの⁉︎」

 一人語りを始めるモクロンをユリヤが静止した。

「もうユリヤはさっきからフクロウの話を追ってばかりだクロね」

「いいから答えて」

 眉を吊り上げて、ユリヤがモクロンに詰め寄る。

「ま、待つクロ……。これは、機械のユーコーカツヨーってやつで……。エクリプスの寡占状態を……ゼセイするために……。っというか、鳥だけに盗りあげるってユリヤのジョークはキレキレだクロね」

「モクロン!」

「はい……盗みました」

 ユリヤから目線を外し、小さな声を出す。いたずらがバレた子供のようだ。もしかしたら、モクロンの扱い方もわかってきたかもしれない。

「うん、よろしい。……って全然よろしくない!」

 張り上げたユリヤの声に、モクロンの肩がぴくりと動く。

「さっきあのファイガとかいう怪獣から追われてたのって、モクロンからそれを取り戻すためなんじゃ?」

「そういうことになるなんてことも、無きにしも非ずと言っても、もしかしたら過言でもないということも立証できてしまう可能性が微妙にあってもおかしくないと、ここで宣言しても、それは嘘とはっきり言ったら語弊があるなんて世界線もあり得なくもないというか……まぁ、そんな感じクロ」

「ねえ、今からごめんなさいして、その機械を返したら全て許されるとかないの?」

「ユリヤはファイガとかがそれで許してくれるような奴らだと思うクロか?」

 ユリヤは先ほど、自分が闘った相手を思い出す。とても好戦的で、躊躇なく襲いかかってきた。

「無理だね」

「そうだクロ!」

 開き直るモクロンに、問い詰める気力すら沸かないほどに呆れてしまった。

「それに、エクリプスたちと闘わなきゃ、結局あいつらが支配する世界のままクロ。ずっと太陽と昼が奪われたままのツキカゲランドが続くクロ」

「それはそうかもしれないけど……」

「とにかく! 細かいこと考えても仕方ないクロ。このシフトポータルで早く地球にいくクロ!」

 モクロンがボタンたちをメチャクチャに押していく。

「モクロンはそれの使い方わかるの?」

「わかんないクロ。こういうのはやってみたら案外いけちゃうクロ」

 コードを引っ張ったり、レバーをガチャガチャしたりと、モクロンが乱雑に扱う。側から見ると壊れるのではないかと思えるほどだ。

「ねえ。その辺りにしといたら? 使い方調べてからじゃないと故障したら大変だし」

「こんなことで壊れるようなら欠陥品クロ! 壊れたら壊れたで返品請求するクロ」

「そんなことしてくれる製造元じゃないと思うけど……」

 モクロンはユリヤの静止も聞かずに、ガチャガチャ弄り続ける。今度は縦にブンブン振り始めた。「クロ? クロ!」と格闘すること二〜三分。

 レバーをまた上げたり下げたりしていたら、ゴキっと嫌な音を立てた。

「「あ……」」

 シフトポータルがガタガタと小刻みに震え出す。プシューと蒸気が漏れ出すような音も聞こえてきた。

「ちょっと! やっぱり壊れたんじゃないの?」

「モクロンのせいクロか⁉︎」

「当たり前じゃない! これで地球にいけなくなったらどうするのよ」

「ん〜〜……。がんばる?」

「もっと計画立ててやったら、無駄な頑張りもしなくて済むんだけど」

 モクロンはどうやら向こう見ずなところがあるらしい。本当にモクロンのいうことを聞いてついていっていいのだろうかと不安になってくる。

 そんなユリヤとはお構いなしにシフトポータルは一層激しく暴れ出す。

 そして、ある時、ピタっと動きが止まった。

「クロ……?」

 レンズから光が放射される。空中に不思議な割れ目のようなものが浮かび上がった。

「やった! 成功クロ!」

「この穴の先にあるのが地球……」

「それじゃあ。お先に行くクロよ」

 モクロンが躊躇なくその割れ目の中に飛び込んだ。

「ちょ、ちょっと……」

 モクロンが飛び込んだ穴を覗き込む。淡い紫のような不思議な色をした雲がもくもく充満した空間だった。

『何してるクロ〜? ユリヤも早く来るクロ』

 遠くからうっすらモクロンの声が聞こえる。

「本当に大丈夫なの?」

 ユリヤも大声で呼びかける。自分の声が反芻して、幾重にもなって跳ね返ってくる。自分のものとは思えない魔女のような薄気味悪い声だった。

『大丈夫だクロ! 今のところは』

「今のところはって……」

『もうここまできたら、やるしかないクロよー』

 息を呑む。割れ目に手を差し込む。冷えた空気が指に絡みついてきた。

 誰かに舐められた気分になって背中が鳥肌立つ。

 手を一度引っ込める。そして目を閉じる。胸に手を当てて、浅くなった呼吸を整える。

「よし……。いこう」

 キッと目を見開いて、穴の先を覗き込む。一番奥まではとても見通せない。この先に何が待ち受けているのだろうか。果たしてモクロンとこの先に進んで待ち受ける結末は何なのだろうか。考えても考えても答えは出ない。

 エクリプスとツキカゲランドの秘密なんてこれまで意識してすらなかった。もしかしたら、エクリプスを目をつけられたかもしれない。ファイガみたいな怖い奴らにまた襲われるかもしれない。

わかることといえば、とても巨大な物語の一部に取り込まれたかもしれないということ。そして、今はそれを受け入れるしかないということ。まだ、それしかわからない。まだ、何もわからない。

 でも、わからなくても進まなきゃいけないんだ。モクロンと出会ってユリヤの運命は変わった。

「だからここで一歩踏み出すんだ」

 意を決して、裂け目に飛び込む。

「ふえっ! ひゃぁっっ!」

 体が全て飲み込まれた。

 不思議な感覚に包まれる。冷たいのに、ふわふわと体を守り込むようで。なぜか体は浮遊している。

「おーーい! ユリヤぁ! こっちクロ!」

「なんですぐにこの状況に慣れるてるの……」

 モクロンの声がする方へ向かう。

 ふと後ろが気になって振り向いた。

 ちょうど割れ目が閉じようとしているところだった。ツキカゲランドの景色が少しずつ狭まっていく。

 森に残されているのはユリヤが持ってきた。バスケット。中には寮母のフレアに頼まれてお使いに行ってきたブライトネス鉱石たち。

 もしかしたらもう、みんなには会えないかもしれない。

「ごめんね。フレアさん。ごめんね。イエン。ごめんね。みんな」

 ユリヤはそう呟くと、再度前を向いた。もう振り返ってはいけない。何か後悔を置いたままにしてしまいそうだから。


 夢から覚めた時の気怠い感覚。頭に濃い霧がかかったような不思議な気持ち。さっきまで鮮明に見ていたはずの夢が雲の中へと吸い込まれていく。記憶の輪郭が徐々にぼやけて離散していく。

 とても甘美な幻想にまた戻りたいけど、戻れないこともわかっている。それでもまだ、夢の中へ居たいから覚醒しかけた意識を手放す。

「ユリヤ!……ユリヤ!」

 モクロンがそんなユリヤを現実へ呼び戻す。

「……んん」

「ユリヤ……起きるクロ」

「……はっ」

 モクロンが体を揺すってくる感覚で目が覚めた。

 ユリヤは自分が地面にうつ伏せで倒れていることに気がついた。

ゆっくりと少し重たい体を持ち上げる。服についていた土を払う。

「どうやら成功したみたいだクロ」

 そうだった。ツキカゲランドからシフトポータルを使って地球にやってきたんだ。

 ユリヤは慌てて辺りを見回す。

 真っ先に目に入ってきた色は白だった。視野一面が眩い白で埋め尽くされる。

目を細めても、瞼の隙間から光が乱入して、瞳孔を光で染め上げる。こんな感覚はツキカゲランドにいた時にはなかった。

光源は頭上にあった。蝋燭の何倍も強いその光源は空に浮かんでいた。

額の上で手を翳す。指の隙間から見え隠れするものは、とても大きくて丸くて眩しくて。淡く金色を纏っていた。

「あれが太陽……」

 初めて見るそれは女神のように美しかった。

「ほら。モクロンの言った通りだったクロ。太陽はちゃんと存在したクロ」

「そうだね。モクロンの言う通り……。どう? 憧れの景色は?」

「きれいクロ!」

「うん……。とてもきれい」

 二人からはそれしか言葉が出なかった。

 しばらく無言の二人を未知の煌めきが包み込んでいた。

「飛んできてもいいクロ?」

 モクロンが思い出したように呟く。

「私がどう答えても、飛び出すでしょ?」

「あたりクロ!」

 そして二人してくすくす笑う。

「行ってきなよ。せっかくここまで来たんだから」

 モクロンの目が少し潤んで大きく見開かれる。感極まって言葉にならない声をあげた。

「モクロンが夢を叶えるところ。私にも見せて」

 ユリヤが言い終わる前に、眼前を風切り音が通過した。

「ははは……はやいよ」

 微笑むユリヤの先には、空を切り裂くトモダチの姿がいた。

 ユリヤは改めて、自分がたどり着いた世界を見回した。遠くまで景色が見渡せるという感覚はユリヤにとって初めてのものだった。

 ユリヤが降り立った場所は開けた場所で、周囲を木々や花で囲まれている。どれも枝の処理がよくできていて、管理が行き届いているように思えた。おそらくここは人々の憩いの場所だろう。その割には、人の姿は見えなかった。

 細い階段とスロープで作られた奇妙なオブジェや、巨大な天秤のような道具が置かれていた。

 ユリヤはいくつか置かれていた長椅子に腰掛ける。座面をポンポンと叩いてみる。

「ほんとうに、別の世界に来たんだ……」

 息を大きく吸うと知らない空気。少し変な匂いがした。

 空を見上げれば、モクロンがとてもとても高く飛んでいた。逆光で小さな影しか見えない。

 おそらく、まだまだ降りてこないだろう。

 ユリヤはしばらく、椅子で休むことにした。

 背もたれに体を預け、目を閉じる。

リラックスした状態になってユリヤは気づいたことがあった。


「ハンバーグっ♩ ハンバーグっ♩」

 あかりは目的のパン粉を買った帰路についていた。人もまばらな街をスキップで駆け抜ける。

 公園の前を通り過ぎようとした時、公園の中から、一瞬淡い紫の光が放たれた。

「え? なにっ⁉︎」

 首をぶんぶん振って周囲を見回す。どうやら、それに気づいたのはあかり一人らしい。

 少し気になって人気のない公園にそろりそろりと踏み入る。

 広場の真ん中に倒れている少女が一人いた。

(え? 女の子が倒れてる! た、助けなきゃ!)

 駆け出そうとしたその時、少女のそばに一匹の鳥が止まっているのに気づいた。羽で少女の体をゆすっていうるようだ。

『ゆり……。……kロ」

(あれ? あの鳥さん、もしかして喋った⁉︎ いやいやいや、フクロウが人の言葉を使うなんて……そんなわけないよね……)

 鳥に揺すぶられて、少女がゆっくりと起き上がる。

 あかりは慌てて近くの茂みの裏に身を隠した。

(ってわたしなんで隠れたの? 悪いこといてるわけじゃないのに……)

 物蔭から覗いてみるその少女はとても美しかった。絹糸のようにしなやかに長く伸びた黒い髪。シミひとつない白い肌。透き通るような瞳。

 厚手の薄汚れた白いローブを纏っていた。

(え? あの子すっごくかわいい!)

 フクロウと立ち上がった少女が会話を交わしている。二、三言話した後、フクロウが飛び立って、少女が笑顔で見送った。

(やっぱりフクロウさん喋ってる!)

 やがて、少女がベンチに腰を下ろす。あかりが隠れている茂みのすぐの目の前だ。

そして少女が空を見上げながらつぶやいた。

『ほんとうに、別の世界から来たんだ……』

(別のセカイ⁉︎ あの女の子、異世界人なの?)

 そして、少女が何かに気がついたように後ろを振り返る。

『あの……そこに誰かいませんか?』

(……!)


「あの……そこに誰かいませんか?」

 耳のいいユリヤにはわかった。自分以外の息遣いが近くから聞こえてくることに。

 そしてそれは自分から身を隠そうとしていることに。位置はそう。自分の真後ろ数メートル。ユリヤは恐る恐る後ろに振り返る。その先にはあるのはきれいに植栽された花壇。一番星のような黄色をしたゼラニウムの花。そして、新緑を蓄えた低木。人が隠れるなら、この低木の裏に違いない。

 その人物はあっさり姿を現した。

「あはは……どうもですぅ」

 苦笑いを浮かべながら顔を見せたのはユリヤと同じ年くらいの少女。

「え、え〜とぉ……そうだ! さっき倒れてたけど大丈夫? 体調が悪いとかない?」

 どうやら、悪い人ではないみたいだ。警戒を解いてもいかもしれない。

「なんともない……です」

「よかったぁ〜」

 あかりが胸を撫で下ろす。

思えば、ユリヤ自身がこちらの世界にお邪魔している身だ。本来なら、怪しまれるのは自分たちの方で、この世界の人間を不審がるのはお門違いのはずだ。

「それとね。気になることがあって。さっき、別の世界とか聞こえちゃったんだけど……」

「それは……その。どこまで言っていいのかな」

 どこまで言えばいいのだろうか。言ってしまったら、自分のように危険な目に遭わせてしまうのではないか。それはさせられない。ならば誤魔化すしかない。

「どこまで見たんですか?」

「うん。フクロウ? さんとお話ししてたりとかかな」

「忘れてください! あなたのためにも」

「え……でも……」

「フクロウなんかとお話しなんてできるわけありません! きっとあなたの見間違いなんです」

 そういうことにしておいた方が、目の前の少女にとっても幸せに違いない。

「そっか……。そうだよね。フクロウが喋るわけないよね」

「はい」

「ユリヤぁ〜〜。戻ってきたクロ!」

「ちょっと! なんで降りてくるの!」

「クロ?」

 モクロンが最高に間の悪いタイミングで降り立った。

「いやぁ、それにしても空は気持ちがいいものクロね」

「やっぱり鳥さんが喋ったぁ!」

「クロ? ユリヤの友達クロか? モクロンはモクロンだクロ!」

「モクロン! よろしくね」

「あの、これは……その……夢。そう! 夢なんです!」

「夢じゃないクロよ。紛うことない現実クロ」

「モクロンは少し黙ってて」

 収拾がつかなくなってきた。ユリヤには、この状況をどうにかするのは自分には荷が重いのではないかとも思えてきた。


「見つけたぞ。今度は逃さないぞ」

 そして、場に登場してきたのがもう一人。さらに公園にやってきたのは、大柄の男。アロハシャツを着た男で、金髪に日焼けした肌をしている。

「もう今度はなに⁉︎」

 ユリヤは疲れたような声を出す。

「俺だ。ルミナスミライト。忘れたとは言わせないぞ」

 聞いたことある声だった。それは低く、暗く、恐ろしくて、胸の底に重くのしかかってくるような声。

「まさか……! お前は」

「ふぁ、ファイガクロか⁉︎」

 二人の驚愕の反応を見て、男はフハハハハと不気味に笑う。

「正解だ。お前ら覚悟を決めろ。決めてなくても始末するがな」

 大柄の男の体がさらに膨張する。服がビリビリに破れ、下から黄色と黒の縞模様が現れる。

 顔の形がぐにゃりと変わって、猛獣が現れる。

「ええぇ〜⁉︎ トラ⁉︎ なんで⁉︎」

 ファイガが右手を掲げる。

「影よ蝕め イービルエナジー!」

 闇のエネルギーが放出される。シャドウクルーの素材になったのは、公園の遊具のブランコだ。

 支柱がカクカクと折れ曲がり、棒人間のような形態になる。全てを飲み込むブラックホールのような目玉が生えた。

 両手には座板が繋がった鎖を持ち、ブンブン振り回す。

「ええっ〜〜! 今度はブランコがお化けになっちゃった⁉︎」

 あかりが素っ頓狂な声をあげる。

「あなたは逃げてください」

 ユリヤはシャドークルーを睨みつけたまま、あかりに避難を促す。

「で、でもあなたも危ないんじゃ……?」

「私は大丈夫ですから。早く!」

「……ほんとうに大丈夫なの……?」

「……はい」

 今はそう答えるしかない。シャドウクルーと戦うのは二回目とはいえど、また上手くいくかはわからない。

自分のせいで傷つく人が増えるのはユリヤには許せなかった。だから、威勢を張ってでも、安心させないといけない。

「うん……わかったよ。……でもね。自分を犠牲になんかしちゃダメだよ」

「わ、わかりました……」

 それを聞いてあかりがにこりと微笑む。

「おい、立ち去れ。その方がお前の身のためだ」

「後で、ちゃんとお話ししようね。約束だよ。異世界人さんっ」

 ユリヤはこくりと頷いた。

 あかりが駆け出す。

 あかりが去るのを見送り、ユリヤがペンダントを握りしめる。

「ユリヤ、あいつをやっつけちゃうクロ!」

「ふん、お別れの挨拶は済んだかな」

 ファイガが鼻を鳴らした。

「あなたはツキカゲランドで退散したはず。なんで、もうここに来ているの⁉︎」

「お前に教える義理など無い。やれ。シャドウクルー」

 話で解決する見込みはないようだ。ならやることはわかっている。

「闇夜に舞う星の軌跡! 儚く煌めく一筋の光!」

 ユリヤの体が光に包まれた。不思議と力が湧き上がってくる。ユリヤが神秘的な黒のドレスに身を包まれる。

「静かに瞬く星たちよ私へ集え! ルミナスミライト!」

 次の戦いの火蓋が切って落とされた。

「クルゥー」

 シャドウクルーは両手でブンブン振り回す鎖を鞭のようにしならせる。

 ミライトの体を切り裂こうと音速で飛んでくる。それを蝶のようにひらりと避けた。

「ふん。一撃目はかわしたか。だが、連続でならどうかな」

「クルゥー」

 両手に持つ、鎖を交互にしならせる。右、左、右。

 冷静に飛んでくる場所を確かめて、後ろに飛び跳ねるようにかわす。さっきまでミライトが立っていた場所に風切り音が飛び交う。鎖はミライトの足跡ごと地面を抉る。

「所詮は逃げることしかできない軟弱者か」

 バックステップするミライトの背中が木とぶつかった。もう後ろには下がれない。

 シャドウクルーがしめたとばかりに、両方の鞭を振るわせた。

「ミライト! 危ないクロ!」

 ミライトの顔目掛けて、左右から鉄の塊が襲ってくる。

 ぶつかる直前にその場で屈んで間一髪のところでかわす。すぐ頭上で凄まじい破壊音がした。

「これを待ってたんだ」

 ミライトが木の幹を蹴飛ばし、シャドウクルーへ一直線に駆け出す。流星のような速さで懐に潜り込んだ。

「両手を使ったのなら、至近距離でも攻撃できない!」

 大柄のシャドウクルーの股下に滑り込み、背後に回る。

「はぁぁぁっ!」

スライディングの勢いを利用して、がら空きの背中に回し蹴りを叩き込んだ。

「クルゥ〜〜」

 シャドウクルーが顔面から倒れ込む。鈍い音が響き渡り、土煙が辺りに充満した。

「やったクロ! やっぱりミライトはすごいクロね。またシャドウクルーを倒したクロ!」

「さすがに褒めすぎだって」

 どうやら、ひと段落ついたようだ。ユリヤが胸を撫で下ろす。

「ふん。これで終わったと思うな」

 いや、終わってなかった。

 土煙の中から、シュルルルと鎖がミライト目掛けて飛んでくる。

「……っ!!」

 咄嗟に腕を交差させ、ガードする。しかし、その鎖の目的は打撃ではなかった。右手首に巻きつき、ミライトの動きを封じる。

「このっ! 離してよ!」

 ミライトが手首から解こうとしても、ギチギチと強固に縛り付ける鎖になす術がない。

「クルゥー」

 二本目の鎖が飛んできた。今度はかわせない。

 ミライトの胴体に何重にも巻きつき、締め上げる。なんとか抜け出そうと鎖の中心でもがいても、余計に締め付けが強くなるだけだった。

 ミライトの呼吸が荒くなり、肩を上下させる。焦りを悟らせまいと、キッと睨みつけるも冷や汗が頬を伝って、不自由を押し付ける鉄の鎖に落ちた。

「小娘が俺に逆らうからこうなるんだ。後悔させてやろう」

「クルゥー」

 シャドウクルーが鎖を強く引っ張る。ミライトの骨がギシギシと軋む。

「う、゛うぁっ……!」

 体がちぎれそうな痛みに苦悶の声が漏れた。

 そして、絶望はこれからだった。

「クルゥー」

 また先ほどのように、鞭を振るわせる。数分前と違うのは、鞭の先にミライトがくくりつけられているということ。

 簡単にミライトの体が浮かび上がる。シャドウクルーを支点にミライトの体が宙に弧を描いた。浮かび上がったのなら、今度は落ちてくるだけだ。

 凄まじい勢いで地面に叩きつけられる。鈍い音が響いた。

「あぁぁっ!」

 もちろん一度で終わらない。

 今度は木の幹に背中から。

「゛うあぁぁっ!」

 体がへし折られそうになる一撃に体中の酸素が押し出されていく。

 先ほどのミライトの回し蹴りの鬱憤を晴らすかのように、しつこくしつこく繰り返す。

「クルゥーっ!」

 その様子は無邪気に虫を捕まえて遊ぶ子供のようだった。


 十度目の鞭打ちで、地面が揺れるほどの衝撃が生まれた。

 地面にミライトの体が転がる。

「ミライト! しっかりするクロ!」

「んんっ…………」

 ミライトは小さく呻くだけだった。

「こんなところか。やれ。とどめだ」

「んぐっ……」

「クルゥー」

 流星は落ちて燃え尽きるしかないのか。

「やめて!」

 少女の声が響いた。

「あ、あなたは……」

 這いつくばるミライトが顔を上げた先にいたのは、あかりだった。

「ダメだよ! 傷つけるのなんていけないよ!」

 悲痛の叫びを上げる。

「なんだ。戻ってきたのか。ここから去れと言ったはずだ」

 しかし、その叫びが届く相手ではなかった。

 ミライトは自分のせいでこの少女が戻ってきてしまった事実に、ハッと気づいた。

「っ! あ、あなたは逃げて! 私はいいからっ!」

「いやだ!」

「なんで……」

「言ったじゃん! あなたが犠牲になるのがいやなの!」

 叫びながらも、あかりの足は震えている。徐々にか細い声になっていった。

「で、でも……あなたが犠牲になったら……」

「逃げるなら今のうちだ。だが、邪魔をするなら話が変わるぞ」

 何ができるのかわからない。でも小さな勇気を振り絞って、目一杯の大きな声で叫んだ。

「だってお話しするって約束したから!」

 その時、光が生まれた。何よりも眩い光が。あかりの眼前に。

「これは……⁉︎」

 あかりが突然のことに目を細めながら驚く。

「二人目なんて聞いてないぞ」

 初めてファイガが焦りの色を見せた。

「まさか……あなたも……ルミナスウィンクになるの……」

「それはルミナスウインクの光クロ! 変身するクロ」

 二人から発せられた言葉は全く何か知らなかった。でもあかりには自然と自分の使命がわかる。

「お願い! わたしたちを救って!」

 あかりが腕を伸ばす。指先が光に触れた。温かい温もりを持っていた。

 触れられた光はちりじりに弾ける。中から、ブレスレットが出てくる。燦々と金色に輝く太陽の装飾が施されたブレスレット。

 意思を持ったかのようにブレスレットがあかりの左手首に収まる。

「今助けるからね。異世界人さんっ」

 あかりは拳を胸に当てた。ブレスレットから光が放たれる。

「いつまでも慈悲深く見守る太陽!」

 あかりの体がはつらつと輝く光に包まれる。どんな夜でも変わらず訪れる朝日のようで。

「夜明けを告げる陽の光!」

 光が見たことのない衣装に変わっていく。ピンクの差し色と純白で彩られたブーツ。朝焼けのような白とオレンジのグラデーションがなされたミニワンピースの裾にはフリルが施されている。隠れ遅れた明けの明星のような真珠が胸で煌めく。結ばれていた栗毛の後ろ髪が解け、大きな白のリボンが現れた。

「暖かく照らす太陽の力! ルミナスアカリア!」

 太陽の戦士がここに誕生した。

「ルミナスアカリアのお目覚めクロねっ!」

 モクロンが感激で羽を震わせる。

「くそっ。二人目なんか想定外だ。だが、さっさとルミナスミライトを処分すればいい話だ。やってしまえ!」

「クルゥー」

 シャドウクルーが手を振り上げる。先ほどの鞭打ちのようにミライトの体が浮かび上がる。

「きゃぁぁぁっ!」

 ミライトが悲鳴を上げた。また地獄の始まりか。そう思われた。

「させないよ!」

 アカリアのブレスレットから、宙に光の偶像が放射される。アカリアがその光に触れると、実体となって、手中に収まった。それは小さな天体模型が先端についた白いステッキだった。

「サンライトショット!」

 ステッキの先端から、小さな太陽のような光球が放たれる。

 ショットが正確にミライトに繋がれた鎖を撃ち抜いた。鎖はちぎれ、ミライトの拘束が緩む。

「っっこれなら……!」

 すかさずミライトが抜け出し、スタッと片膝立ちで着地する。

「クルゥー」

 ミライトと拘束していた鎖が破壊されても、まだ鎖はもう一つ残っている。シャドウクルーが左手に握っていた鎖をしならせる。

 鉄の波がうねりながら、ミライトを襲う。

「ブランコは子どもたちのものだよ! 攻撃なんかに使うものじゃないの!」

 アカリアが再度、ショットを放つ。正確にシャドウクルーの左手に命中する。手から鎖が弾かれた。

「ク、クルゥ〜」

 攻撃手段を全て封じられ、狼狽えるような鳴き声を発する。

「今だよ!」

「はいっ!」

 ミライトが蝶の形に両手を組む。

「くらいなさい! 闇夜に滴る流星雨を! セレスチャルシャワー!」

 アカリアの思いも載せて、星屑の雨が放たれる。

 シャワーのようにシャドウクルーがそれを一身に浴びる。

「キラメク〜」

 恐ろしい怪物は間抜けな断末魔をあげて、元のブランコの姿に戻った。

「くそっ。またこうなるのか……。一時退散だ」

 ファイガは捨て台詞を残し、空中に溶け込むように消えていった。


「つまりわたしたちはルミナスウィンクっていう正義の味方になったんだね!」

「その通りクロ! そして悪い悪いエクリプスをやっつけるんだクロ!」

「モクロン、しっ! あなたは摩訶不思議な存在なのよ。誰かに見つかったら大変でしょ」

 死闘を終えた後、ユリヤとあかりは街を歩いていた。ユリヤはこれまで経験したこと、自分の使命、ルミナスウインクとは何か。知っていること全てを明かした。

「でも、すんなり飲み込めるんですね。私でもまだ混乱してるのに……」

「いやぁ〜。さっきあんなことがあったから、何言われても受け入れちゃうって感じ?」

「それでこそ新しいルミナスウィンククロ!」

「だからあなたは静かにしてなきゃダメでしょ

「ああっ! 忘れてた!」

 何かに気づいたあかりが大きな声をあげる。

「何だクロ?」

「自己紹介だよ! じゃあまずはわたしからね。わたしは明日香あかり!」

「モクロンクロ!」

「あらためて、よろしくね! モクロンっ」

「クロ!」

 あかりはモクロンと握手した。

「それじゃあ、次があなたっ」

「えーと……ユリヤです」

「ユリヤちゃん! かわいい名前!」

「あ、ありがと……」

 ユリヤは何か考え事をしているようで、返事もそっけなかった。

「ユリヤ照れてるクロね」

「えぇ〜っ。照れなくてもいいのに。ユリヤちゃんとっても可愛いんだから。このきれいな髪とか普段どんな手入れしてるの? 教えt……」

「あの! あかりさん」

 ユリヤがあかりの話を遮る。

「エクリプスは私とモクロンのことを始末しようとしてきました。私たちとずっと一緒にいたら、またさっきみたいなのに襲われるかもしれません。その前にあかりさんは私たちは別れるべきだと思うんです」

 ユリヤが一息で言い切る。

「あのね、ユリヤちゃん。そんなこと言わないで。わたしたちはもうお友だちなんだよ」

「ともだち……」

「うん。友だち。わたしが今、友だちってことにしたの!」

「でも、またあかりさんが危険な目にあったら……」

「大丈夫。またユリヤちゃんがやっつけてくれるでしょ? それに、ユリヤちゃんが危ない時はわたしが助けるから」

「でも……」

「あと、その敬語やめてくれると嬉しいな。もうわたしたちは友だちなんだよ」

「わ、わかりました」

「だからそれだよ」

「う、うん。わかった」

「そうそう! それそれ! やればできるじゃん!」

 二人の話が弾む。あかりは常に笑顔で、元気に話す。ユリヤはあかりの隣に居心地の良さを覚え始めていた。

 二人の歩幅も自然と合う。

 横並びで歩いていると、突然あかりが立ち止まった。目の前の横断歩道が赤だったから。

 でも、ユリヤは信号が赤であることの意味を知らない。そのままあかりをおいて踏み出してしまう。

「ユリヤちゃん危ないっ!」

「え? ひゃぁっ⁉︎」

 慌ててあかりが、ユリヤの服の襟を掴んで引っ張る。その直後にユリヤがいた道路をトラックが通過していった。

「ふぅ〜。危なかったね」

「……ごめんなさい」

「ん? 別にいいよー。だってさっき、ユリヤちゃんはわたしが助けるって言ったもん」

 ユリヤに目を合わせて、にへへと微笑む。

「あれがね、信号って言ってね。赤の時は止まらなきゃダメなんだよ。横断歩道は青の時に渡るの。オッケー?」

「はい……。それにしても地球はすごいです……すごいね。不思議な箱が動き回って。ガイトウ? があちこちで光っていて。ツキカゲランドにはあんなに明るいものなんてなかったのに、ここにはたくさん」

「うんうん。別世界だもんね」

「太陽はこんなに明るくて。昼ってこんなに温かい光に満ちているんですね」

 それを聞いて、あかりが不思議そうな顔に変わった。

「え? 今は夜だよ」

「え? 夜?」

「夜クロ⁉️」

 モクロンがカゴの中で飛び跳ねる。

「だって、あのまんまるの太陽! モクロンはあれの下でたくさん飛んだクロ!」

「ん〜と……たぶん月のことかな? あの空に浮かぶ丸いやつでしょ」

「月?」

 ユリヤが問いかける。

「そっか。太陽がないと、衛星の月も見えないんだね。あれは月って言って、太陽とはまた別の星なの。太陽は月の何百倍も明るくて、とってもギラギラしてるだよ」

「信じられないクロ……」

「こんなに明るい空なのに今は夜ってこと……」

「うん。そうだね。今は夜……夜……ああっ!」

 突然何かに気づいたあかりが大きな声をあげる。

「よるご飯のおつかいに行ってたんだった! 早くおうちに帰ってハンバーグ作らないと!」

「それは一大事クロね。早くこのパン粉とやらを持ち帰るクロっ」

 モクロンが買い物カゴの中で同居するパン粉の袋をつつく。

「うん! 一大事だよ! ……ってあれ? そういえばユリヤちゃんたちのおうちって……?」

「あ……しまったクロ!」

 モクロンの小声をユリヤは逃さなかった。

「え? ちょっと待ってモクロン⁉︎ そんな無計画で来ちゃったの?」

「モクロンは勢いを大事にするフクロウなんだクロ」

 呆れて声も出ないユリヤを尻目にあかりが「う〜ん」と考え込む。

「わたしの家には部屋がないし……。他の誰かにお願いするしかないのかな……。でも異世界からきた人と泊めてくれる人……」

「難しいクロねぇ」

「しかも状況が状況だから……とっても頼りになる人じゃないとだよね……う〜ん」

「そんな都合のいい人はそう簡単にいないクロ」

「誰のせいでこうなってるの思ってるの……」

「ああっ!」

 あかりの思慮をしていた顔がパァッと明るくなった。

「いたっ!」

「いるの⁉︎」

「やったクロ! 早く連れていくクロ!」

「うん! 任せて!」

 あかりが胸を張って答えた。

「でも、私たちを受け入れてくれるのかわからないでしょ」

「それはそうだけど……わたしからもお願いする! それに泊められなくても何か助けてくれるかもしれないし! 大丈夫! とっても頼りになる大人だから!」

「それなら話は早いクロね。レッツゴーだクロっ」



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ