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第1話 夜に囚われていた少女 ルミナスミライト


昔々、太陽という邪悪な存在がいました。一日の半分を空の上で過ごし、半分は地下深くで眠っていました。

太陽はとてもとても暑くて眩しく、地表は灼熱に襲われ、水は渇き、民は苦しめられ作物も十分に育ちません。眩い光に世界が絶え間なく晒され、人々は満足に活動できなくなってしまいました。

太陽の横暴さに星の神々は恐れ慄き、太陽が空にいる間は逃げ出します。こうして太陽がいる間は、星が見えない昼という時間になりました。星の神々が安心して暮らせるのは太陽のいない夜だけです。民も太陽が寝静まる夜の間だけしか安心して過ごせません。昼と夜が繰り返す世界は混沌を極めました。

それを見かねたエクリプスは皆のため、太陽に説得を試みます。

「あなたのせいで困っているものたちが大勢います。どうか乱暴をしないでいただけませんか」

しかし自分勝手な太陽は空からどこうとしません。

「駄目だ。私は常に誰よりも光り輝き、熱を放つ存在。それはできない」

 言う事聞かない太陽。そこでエクリプスは考えました。

「あちらに、とてもとても闇深い【影】があります。あなたでも照らすことはできません」

 エクリプスは太陽に言いました。それを聞いて太陽は酷く怒ります。

「私に照らせなないものはない。きっと光で染めてみせよう。それはどのようなものだ」

「とてもとても遠くにあるものです。【影】の元からはあなたの光もこちらまで届きません」

「では、今からその【影】の元へ参ろう。照らしたらまたこちらに戻ってくることにする」

 そう言って太陽は【影】の元へ向かいます。

 その間にエクリプスは太陽を包み込守む【幕】を作ります。エクリプスは太陽に近づき、後ろからそれで太陽を閉じ込めました。

 こうして世界から昼はなくなりました。星の神々も安心していつでも姿を表すようになりました。常に夜の安定した世界で人々はやっと自由に生活できます。

 人々と星の神々はエクリプスに感謝するのでした。こうして今でも昼のない平和な世界が続いているのです。

 

「昼とか太陽とか存在するわけないのに。こんな迷信を勉強して何になるの」

 ユリヤはそう呟くとそれまで読んでいた歴史書を閉じた。書かれていた内容は、この国「ツキカゲランド」に伝わる神話だ。明日の学校のテストへ向けて復習をしていた。休日である今日のうちにテスト範囲を網羅しないといけない。

 ユリヤは教師陣から評判の優等生だ。いつも誰にも優しく接し、どんな授業でも真面目に聞き入る。

 内心では子供向けのお伽噺のような陳腐なものと思っていても、期待してくれている先生のためだと思えば熱心に勉強に取り組むのがユリヤという十四歳の少女だ。


 窓の外を眺めると、豊穣の神の星が東の空から登って来ていた。今日も小麦色に煌めいている。そろそろ八時を過ぎた頃だろう。

 ユリヤは机に置いていた蝋燭に息を吹きかける。部屋は闇に包まれた。

 光は窓から入り込む星明かりだけ。その微々たる光と反響する足音から得られる情報だけを頼りに、ユリヤは歴史書を元の本棚に戻した。

 日課にしている勉強も終わったことだし、何か家事の手伝いでもしよう。また足音を頼りに部屋の様子を把握し、迷うことなく自室の扉を開いた。ユリヤの部屋は二階にある。長い長い廊下とその両側に並んだ幾つもの扉。その一番奥がユリヤの部屋だ。

 ユリヤの家はツキカゲランドにある孤児院だ。ユリヤは両親を知らない。気づいた時にはここで育てられていた。

 廊下を歩いていると向こうからパタパタと足音が聞こえてきた。軽快に跳ねるような音。姿を見ることはできないが足音だけでその正体はわかる。

「こらっイエン! 廊下では走っちゃダメでしょ!」

 この孤児院に住む幼い少年だ。

「はーい……ユリヤねーちゃん」

 二人とも蝋燭の類を持っていない。その上廊下には星明かりも届かない。つまりお互いの顔は「見えて」いない。しかし二人は互いに相手を把握できている。

ツキカゲランド人は親しい間柄ならば、相手が動く音である程度誰か目星をつけることができる。同じ孤児院に住む二人なら尚更だ。

「あのねユリヤねーちゃん! オレ、学校の劇の主役に決まったんだよ!」

「おめでとう! ならセリフもちゃんと覚えなくちゃだね」

「うん! がんばるよオレ」

 ユリヤは火がなくても、ハツラツに喋るイエンの顔が「視え」ている。満面の笑みを浮かべたその顔が。

「ちなみに何の話の何の役?」

「えっとね〜。ツキカゲシンワ? の太陽!」

「主役じゃなくて悪役じゃない!」

 ズコーっとコケるリアクションをしたくなってしまった。

「えへへー。でね、ユリヤねーちゃんにもお遊戯会に来て欲しいんだ」

「もちろん。イエンの晴れ舞台とくれば、ここの家のみんなで行くよ」

「ほんと⁉︎ やった〜! 絶対だよ?」

「うん、約束ね」

 ユエンはそれを言いて「わーい!」と叫びながら廊下を飛び跳ねていった。

「だからぁー、走らないの!」

 イエンは背中の方から発せられる声に最早感知していないだろう。

 ユリヤは闇の中に隠れているであろう少年の背中を微笑みながら見送った。


 一階に降りると蝋燭の灯りが部屋を包み込んでいた。その灯りの元で事務作業をする一人の姿があった。

「おはようございます。フレアさん」

 ユリヤが声をかける。

「あら、ユリヤちゃんおはよう。また目覚めの刻にお勉強していたの?」

「ええ。今日は歴史の勉強を」

「えらいわねぇ。毎日毎日。他の子も見習って欲しいのだけれども」

 フレアはこの孤児院の寮母だ。

「フレアさんもお仕事大変そうですね」

「ほんとよぉ。もうね。役所の書類とかめんどくさいのがわんさか!」

 フレアが腕を大きく回した。少し小太りの体全体を使って、いかにたくさんか表現する。

「あはは……」

 ユリヤは苦笑いだけ返す。

「ユリヤちゃんは散歩にでも行ってきたらどうかしら? 今は南に海の神の星があって明るいわよ」

 ここでユリヤは一階に降りてきた本来の目的を思い出した。

「いえ。何かお手伝いすることはあるかなって。何か家事とか溜まってません?」

「いいのよぉ。それは私の仕事なんだから」

「でも……」

 食い下がろうとするユリヤの顔を見て、フレアは少しの間だけ熟慮する。そしてあっ! と何かを思いついたような顔に変わった。

「なら、おつかい頼んでもいいかしら? 散歩のついでにちょうどいいんじゃない? ちょうど市場も開いている時間だろうし……。どうかしら?」

「もちろん! 任せてください」

「よろしくね。いまブライトネス鉱石を切らしてちゃってるの」

「うわぁ……それは大変ですね」

「ほんと! 蝋燭だけだと不便でしょうがないわ」

「それじゃあ、市場のいつものお店で」

「そうね。今日は一ダースくらいお願いしようかしら。それと、もし途中の森でいい感じにキノコが生えてたら採集しといてくれる? 今夜はシチューにしようと思うから、キノコがたくさんあると助かるの」

 フレアの話を聞きながらユリヤは身支度を始める。

壁にかかっていたろ厚手のローブを身につける。外は少し肌寒いだろうからこれは必須だ。この古びて薄汚れた白ローブはいつからこの孤児院にあるのかわからない。きっとここにいた何代もの子供たちが袖を通してきたものだろう。

それにマフラーを巻いて、大きなバスケットを用意して。ランプに蝋燭から火を移して。これで大丈夫だろう。

「気をつけて行ってくるのよ」

「大丈夫ですよ。イエンみたいにあっちこっち寄り道して迷子になったりはしませんから」

 そう言って二人してケラケラ笑った。

 ユリヤは玄関の扉に手をかける。

「ああ、そうだ。お祈り忘れてたわ!」

 ユリヤは大きな声を上げるフレアの方へ振り返る。フレアは胸の前で手を組んでいた。

「今日もあなたにエクリプス様のご加護があらんことを」

 フレアの声を受けて、ユリヤは満点の星空の下へ踏み出した。


 ユリヤはいつもの市場で買い物を済ませ帰路についていた。厚手の服から露出した頬が冷気でピリピリと痛む。吐いた息が白く染まってユリヤを包み込む。

星空を見上げれば、豊穣の神の星は東から南東南に流れていた。まもなく十二時になる。フレアも待っている。急がなくてはいけない。

バスケットの中ではおまけしてもらった十三個のブライトネス鉱石がガチャガチャと音を立てて暴れている。それを上から押さえつけながら、ユリヤは森の中を小走りで縫うように進む。 

森の中は特に暗い。ランプを左右に振りながら地面を照らす。決して強くはない光を頼りにしなけらばならない。時折、地面を見ながら美味しそうなキノコがあれば、立ち止まり拾い上げていった。

「あっ! またあった!」

 ユリヤはランプの炎によってできた薄いキノコの影を見つけた。本日八つ目のキノコをもぎって持ち上げる。

「あれ?」

 そのキノコはとても重かった。別に持ち上げられないと言うほどでもないが、キノコにしてはズシリと重厚感を感じる。キノコに何か別のものがくっついているような。

 ユリヤがランプを掲げてキノコを照らす。何かがキノコにへばりついていた。目を凝らして注視すると、白くて、羽のようなものがたくさん生えていて、もふもふそうで。

「クロ?」

 もふもふそうで、そして喋った。

「ええ〜〜っ!」

 咄嗟にそれを手放し後退りする。木の根っこに足を引っ掛けた。

「はぅわっ!っきゃぁ!」

 ユリヤは素っ頓狂な声をあげて尻餅をついた。

「いったたぁ……」

 強打した腰をさすりながら身を起こす。一体あれは……。慌てて転んだ時に放り投げたランプを拾い直す。

 ランプの火に照らされたものはキノコを貪り食うフクロウだった。白い毛を蓄えて、まんまるの可愛いフォルムをしていて、よく見たらポーチを肩にかけていた。なぜか体のところどころに傷がついていて、

「おいしいクロ〜っ」

 そしてやっぱり喋った。

「なんなの⁉︎ お化け?」

「失礼な! お化けじゃないクロ! モクロンはモクロンだクロ!」

 キノコをモグモグと頬張りながらモクロンははっきりと人の言葉を発した。どうやらただのフクロウではないらしい。

「えっと……その……ごめん」

「別にいいクロ。でもモクロンはすっごくおなかペコペコだクロ。お食事のジャマはしないでほしいクロっ」

「う、うん」

 モクロンはむしゃむしゃ喰み続けとあっという間にキノコを平らげてしまった。よっぽど空腹だったらしい。

「あ〜おいしかったクロ! でもまた食べ足りないクロね……」

「それなら、私が集めたキノコがあるけど……食べる?」

「いいクロか? 欲しいクロ!」

「うん。ちょっと待ってて」

 ユリヤがバスケットに手を入れて、ガサゴソとさっきしまったキノコを探す。

「ねぇ、あなたは何者なの? フクロウみたな見た目してるけど……」

「いいクロ。教えてあげるクロ。でも教えるのはキノコ食べながらだクロ。早く渡してほしいクロ〜っ」

 急かされたユリヤは慌ててキノコを一つ渡した。

「全部だクロっ」

「え?」

「モクロンはとってもおなかが減ってるクロ! 全部食べなきゃ死んじゃうクロ!」

 ユリヤがはぁ……と一つため息をついた。どうやらキノコはまた集め直しになりそうだ。


「はーおいしかったクロっ」

 結局モクロンは本当に全てのキノコを食べ尽くしてしまった。

「こんなにくれるなんて……! 君はとてもいいやつクロね!」

「はぁ……それはどうも」

 せっかくフレアと子供達のためにせっせと採集していたものが全て消え失せ、ユリヤは肩を落としながら、皮肉そうにつぶやいた。

「名前はなんて言うクロ?」

「私? ……私はユリヤ」

「ユリヤ……いい名前だクロっ」

「あなたは……確か……モクロンって言ってたよね」

 ユリヤは倒木に腰をかけた。その横にモクロンがぴょんと軽快にジャンプして飛び乗る。

「その通り! フクロウのモクロンだクロっ」

 おなかが満たされて元気を取り戻したようだ。

「あなたは何者なの? ここで倒れそうになってたのはどうして?」

 ユリヤの問いかけにモクロンは少し俯いたような仕草を見せる。それから数拍おいて、ゆっくりと口を開いた。

「モクロンは悪い奴らに追いかけられてたんだクロ……。がんばって飛び続けて、なんとか振り切ることはできたクロ。でも……力つきちゃっったクロ……。空から真っ逆さま。この森に不時着したクロ」

「そこに現れたのが私ってこと?」

「そうだクロっ。 本当に助かったクロ! ユリヤは命の恩人だクロ!」

 モクロンがユリヤあの方に向き直る。背筋を立たせて絵コリとお辞儀した。案外憎めないフクロウなのかもしれない。

「ねぇ……」

「なんだクロ?」

「悪い奴ってだれ?」

「エクリプス……」

モクロンが微かな声でつぶやいた。

「えく……なんて?」

 ユリヤが聞き返す。

「エクリプスだクロ。モクロンはエクリプスの手下たちに追われていたクロ。奴らはとっても恐ろしくて、強くて、ひどい奴らクロ」

 モクロンは正面を見据えたまま淡々と話し続ける。

「エクリプスは太古の昔にツキカゲランドから太陽を奪ったんだクロ。それでこの世界は夜だけの闇に閉ざされた状態になっちゃったクロ。昼があった頃は空はもっと鮮やかで、黒色だらけのツキカゲランドにももっと色があったクロ。モクロンはそんな世界で空を飛んでみたくて……」

「タイムっ!」

 ユリヤがモクロンの話を折った。

「なんだクロ? せっかく鳥が真面目に話をしていたのに……」

 モクロンが羽をバタバタと振るわせる。

「さっきからモクロンが話しているのは神話の中のお話でしょう? エクリプスも架空の存在で……。それにエクリプスはツキカゲランドのみんなが崇拝している神様。悪いやつだなんて……。それに仮に太陽を取り戻して昼が訪れたら大変なことになっちゃうんじゃ……」

「それは違うクロ……!」

 突然モクロンが悲痛な声で叫んだ。

「エクリプスは本当にいるだクロ! モクロンはエクリプスと直接会ったことないけれども……でも……でも。本当だクロ! あいつは悪い奴で。それに、昼があった頃はもっとたくさん人がいて。動物もフクロウもいて。いろんな花があってみんな幸せで。明るい世界だったんだクロ! それで……。モクロンは……モクロンはただ……」

 モクロンの瞳からぽつりと雫が落ちた。

「……はい。これ」

 ユリヤがポッケから木綿のハンカチを取り出す。

「いいのかクロ?」

「うん」

 モクろんが羽を使って器用に涙を拭いた。

「やっぱりユリヤはいいやつクロね」

 目が少し赤くなっていた。

「でもね。私はモクロンの言うことを全部は信じきれない。私はツキカゲランド人でツキカゲランドの神話を教えられて育ったから。神様とかちゃんと信じてるわけじゃないけど……。でも、みんなエクリプス様のことを尊敬してるし。私だけエクリプスが邪悪だとか……言えない……」

 ユリヤが一息で言い切る。そして「ごめん」と小さく吐いた。

 ユリヤはツキカゲランドで他の子供達と同じようにツキカゲランドの常識を教えられてきた。そして、それをよく学び、当たり前のものとして生きてきた。簡単にそれを曲げることはできない。

「そうクロよね……。突然こんな話しても迷惑だったクロね」

 モクロンは震えた声で空元気を振り絞ったような声色をしていた。

「すまなかったクロっ! モクロンはもう行くクロ。キノコはありがとう……。またいつかお礼できることを願うクロ」

 モクロンはユリヤをみて微笑んだ。しかし、すぐに正面に向き直り羽を広げ、跳躍の体制に入る。

「待って!」

 ユリヤが制止した。

「クロ?」

 モクロンはすぐにもとの体制に戻り、不思議そうな顔でユリヤを見上げる。

「私ね。やっぱりあなたの話を全部は信じることはできそうにない。……でもね。モクロンが本気なのは伝わったよ。私はモクロンを応援したい! あなたのために手伝いたい!」

 モクロンの顔が驚きの表情になる。それをみてユリヤは視線を少し外した。

「えへへ……。ちょっとカッコつけちゃったかな……?」

 ユリヤが後ろで手を結び、照れ隠しに足元の小石をコツンと転がした。モクロンの表情がくしゃくしゃとした泣き顔に変わる。

「ゆ……ゆりやぁ〜〜!」

 そして、ユリヤの胸へ飛び込んだ。

「っわぁっと……ははは」

 受け止めたユリヤがモクロンの頭を少し撫でる。


 どのくらいだろうか。ユリヤとモクロンはそのままの状態でいた。

「ありがとう。ユリヤ」

 モクロンが顔を起こしてそう言った。

「落ち着いた?」

「ユリヤのおかげで、もうすっかり元気クロっ」

 モクロンの声が元の軽快な口調に戻る。

「でも、ユリヤを巻き込みたくはないクロ」

 ユリヤの顔が少し呆れたような。でも、優しい表情になる。

「あのさ。ここまで話しておいて、まだ巻き込んでないつもりでいるの?」

 おどけた口調で問いかける。

「それもそうクロね」 

「うん」

 お互いを見つめ合う。どちらからともなく、ふふっと息が漏れる。やがて二人して肩を振るわせ、やがて大笑いになった。

 ユリヤが人差し指で眼を拭う。


 と、その時。

 突風が森の中を駆け抜けた。

 ランプの炎が一瞬で消え森は完全な闇に飲み込まれた。

「あいつだ……あいつだクロ……」

 モクロンがユリヤの腕の中でふるふると震え出す。

「あいつって……」

「……ふふふふふ……グハハハハハハハハっ」

 とても低くて暗い音だった。心臓を揺らしてくるようなその声は暗黒の世界に響き渡った。

「ここにいたのか、モクロン。お前のためにわざわざ探してやったんだぞ」

「よ、余計なお世話だクロ!」

 闇に向けてモクロンが虚勢を張る。

「だれなの⁉︎ モクロン!」

「あいつは……」

「教えてやろう」

 足音を鳴らして巨体が闇から現れる。

 とても背が高くて、筋肉隆々で。人のような体格なのにトラの姿をした怪人だった。

「オレはファイガ。エクリプス様に仕える者だ。エクリプス様の下の平和を乱そうとする害悪な分子を始末しにきた」

「が……害悪って言うなっ!」

 モクロンがユリヤの腕から飛び降りてファイガを睨みつける。しかし、肩は細かに震えているのをユリアは気づいた。

「モクロン……」

「おい、小娘。ここから今すぐ立ち去ることだな。部外者はお呼びじゃないんだよ」

ファイガと名乗る謎の怪人の声がユリヤに突き刺さる。それはとても重苦しくて気圧されそうで。ドス黒い負の感情に飲み込まれて体がバラバラになりそうな。そんな気分になりそうだ。でも

「いや! 誰かを傷つけさせるなんて、許せない!」

 モクロンを見捨てるなんてことはユリヤには出来なかった。

「チっ。はぁ……。正義感がお強いようで。それならお前ごと遠慮なくやらせてもらおうか」

 ファイガが右の手の平を突き出す。

 その先には禍々しいオーラを纏った何かが集約されていく。ユリヤはそれをみて、首筋に氷を当てられたような不吉な予感を感じた。

「影よ蝕め イービルエナジー!」

 ファイガの元から、不気味なそれが射出される。闇のエネルギーは地面に生えている一つのキノコを飲み込んだ。

「シャドウクルーだクロ……。エクリプスの力を借りて、いろんなものを化け物に仕立てあげるんだクロ!」

 モクロンの叫びにユリヤは息を呑む。

 黒く染まったキノコは太い手足を生えさせ、どんどん巨大化する。人の背をゆうに超えた。ぎょろっとした眼がユリヤとモクロンを見下ろした。

「やれ、シャドウクルー。あれを叩き潰すんだ」

「シャドー!」

 森の中に咆哮と、ズシっズシっという重たい足音を響かせ、シャドウクルーがモクロンの元へ一歩ずつ歩み寄る。

「待って!」

 ユリヤがモクロンの前に立ちはだかり、両手を広げてシャドークローを睨みつける。ユリヤ自身でもなにがここまでさせているのかわかっていない。本当は今にも叫び出したい。なりふり構わず逃げ出したい。

「でも、私はモクロンとモクロンの夢を見捨てたくない!」

震えそうなる足を押さえつけて、泳ぎそうになる眼に力を込める。

「ゆ、ユリヤ……。に……逃げるクロ! ユリヤまで犠牲になる理由はないクロっ」

 確かにそうかもしれない。だけど、誰かを守れるのなら。一つの夢を支えられるのなら。

「私は闘える!」

 自分の選択が最適解ではないことは分かっている。でも、これが正しいと信じられる。

「かまわん。まとめて叩き潰せ!」

「シャドー!」

 シャドウクルーが拳を振り上げる。それでもユリヤはその場から動こうとはしない。

「やれ」

 ファイガが冷たく言い放つ。

 拳が振り下ろされる瞬間、ユリヤは咄嗟に目を瞑った。

重たいもの同士がぶつかる爆発音が聞こえる。でも衝撃がやってこない。

恐る恐る背けた顔を戻し、目を開く。目に映ったのは光だった。常に暗闇に包まれるツキカゲランドでは見たことないくらい眩い光。それが頭上でシャドウクルーの重たい拳を受け止めていた。

「まさか……これが伝説にあった……あの。ルミナスウィンク。……本当にあったクロか!」

 モクロンが驚きに満ちた声を上げる。

「なっ……。まさかこの小娘が⁉︎ そんなわけあってたまるか!」

 ファイガが怒りの色をみせて呻く。

「るみなす……ういんく?」

「ユリヤ! あの光を掴むクロ!」

 みたことない光に目が焼き切れそうになる。でもユリヤには視える。自分がなにをすべきかが。

 真っ直ぐにそれに手を伸ばす。指先が触れると光が四方に弾け飛んだ。その拍子にシャドウクルーが後方に吹っ飛ばされる。

 散った光が再度集まりだした。それはユリヤの胸前へと集う。光は一つの小さな星となる。弧を描く一つ流れ星。ペンダントとなってユリヤのもとへ帰着する。

「今だ! 変身してシャドウクローをやっつけるクロ!」

 ユリヤは胸の前でたった今精錬されたばかりのブレスレットを握りしめる。

「闇夜に舞う星の軌跡!」

 ユリアの体が温もり溢れる光に包まれる。それは新しい自分になるための開花の準備のようで。

「儚く煌めく一筋の光!」

 光が見たことのない衣装へと変わっていく。黒のミニワンピースには紺色が混じっている。裾に煌めく多数の金色が天の川を描く。スラリとのびた足を何より深い漆黒のブーツが護る。大きなリボンがついたカチューシャが現れた。しなやかな黒髪に白のメッシュが入る。

「静かに瞬く星たちよ私へ集え! ルミナスミライト!」

 流星の戦士がここに誕生した。

「やったクロ!」

 モクロンがぴょんぴょん跳ねて喜ぶ。

「モクロン。安心して。私があなたを何からでも守ってみせる」

 突然のことにユリヤが戸惑うことはなかった。遠い昔から、こうなることがわかっていたかのように不思議と落ち着いた気持ちになる。

「ちくしょう……。 シャドウクルー! まずはあのルミナスウィンクから始末するんだ」

 シャドウクルーが勢いをつけて飛びかかってくる。素早い動きのはずなのに、ミライトはやけにゆっくりに感じられた。

 殴りかかってきた攻撃をバックステップで躱す。その勢いのままミライトは森の枝木を突き破り空中に放り出される。

「わあ! ひゃっ!」

 予想だにしなかった自分の動きにミライトが驚きの声を漏らした。

 空から見るツキカゲランド。それにかかる星空のカーテン。ミライトはその光景に一瞬見惚れる。しかし、すぐに今の状況を思い出す。ミライトは慣性の法則に従い、重力に引っ張られ始まる。今し方飛び立った森へと落ちていく。その様は流れ星のようだった。闇を切り裂く一筋の灯りだ。

姿勢を立て直し、勢いそのまま、踵落としの要領でシャドウクルーに大打撃を与えた。

「なっ……」

 あまりの急展開にファイガが言葉にならない声を上げる。

「ただいま。モクロンっ」

「もう。あまり遠くに行っちゃダメクロよ」

「大丈夫。わかってるよ」

 モクロンの冗談に、ミライトは逆手で指差しにウインクで応えた。

「クルゥ〜」

 衝撃でシャドウクルーは目を回し、地面に大の字で倒れていた。

「ミライト! この隙にシャドウクル―を浄化するクロ!」

 もちろん、そんなことはやったことない。でも不思議とわかる。胸のブレスレットがミライトに教えてくれる。

「くらいなさい! 闇夜に滴る流星雨を!」

 ミライトが両手を蝶の形に組んでシャドウクルーに向かって掲げる。

「セレスチャル シャワー!」

 幾千もの光の粒子が照射され、シャドウクルーを包み込んだ。その光の束は攻撃色を見せずに優しい雰囲気を纏っている。星屑のシャワーに包まれたシャドウクルーがそれまでの無愛想な表情から一変させ穏やかな顔を見せる。

「キラメク〜」

 やがてシャドウクルーは、元のキノコの姿へと戻った。

「くそっ。こんなの想定外だ! 覚えてろよルミナスミライト! このことは絶対に忘れないからな」

 ファイガが捨て台詞を放つ。そして、闇の中へ溶け込むように消えていった。


「終わったぁ〜」

 ミライトはそう言って肺の空気を全て出し尽くす。変身が解けて、いつものユリヤの姿に戻った。そして、そのまま膝から倒れ込む。

「ユリヤ! 大丈夫クロっ⁉︎」

「あはは……。大丈夫。ちょっと疲れちゃっただけ。初めてのことだったし。それより、さっきの私って……」

「ルミナスウィンクだクロ。失われたツキカゲ神話の中に出てくる伝説の戦士クロね」

「私が……ルミナスウィンク……」

「それでユリヤは流星の戦士ルミナスミライトだクロ!」

 ユリヤは胸で煌めくペンダントのチェーンをつまむ。ペンダントの重さが、さっきまでの出来事が夢ではないことを示していた。

「でもほんと助かったクロ! ユリヤのおかげでファイガのやつも撃退できたし……」

「ちょっとストップ!」

 何かに気づいたユリヤがモクロンの話を遮る。

「またクロか? 全くユリヤは鳥の話を折るのが好きクロね」

「エクリプスは神話に出てくる架空の神の存在じゃなくて、今も実在している。これは合ってる?」

「合ってるクロ」

「さっきのファイガはそのエクリプスの手下って言っていたけど」

「それも合ってるクロね」

「そして、私がそのファイガを退けた……」

「あのユリヤはとってもかっこよかったクロよ!」

「エクリプスの手下はファイガ以外にもいたりして」

「ユリヤは察しがいいクロね」

「そいつらに私も顔を覚えられたよね」

「おそらく、そうクロね」

「ねぇ、モクロン。私たち、とんでもないものを敵に回したんじゃ……」

「……」

 モクロンが気まずそうに目を逸らす。

「ねえ! なんか言ってよモクロン!」

「お、落ち着くクロっ。こういう時は素数でも数えて気を紛らわすクロ。せ〜の! イチっ!」

「しっかりして! 一はただの偶数でしょ!」

「モクロンの方がまだマシなミスだクロね」

 ユリヤが大きく肩を使ってため息をする。そして苦笑いを浮かべた。

「私たちはツキカゲランドの最高神に刃向かう存在になった。そして、さっきのファイガみたいなやつがまた追ってくるかもしれない。もしかしたら、私はもうこの国で今まで通りには暮らせなくなるかも。これは……」

「カモというよりは、それが確定したカッコウだクロ。フクロウだけに」

「お願いだから。サギだと言って!」

「ユリヤもうまいクロね」

「言ってる場合なの⁉︎」

 ユリヤの完璧なツッコミが炸裂した。ユリヤの声に切り裂かれた森の闇が無音になる。

 静まり返った状況からどちらからともなく笑い声が漏れた。

 人は追い込まれすぎると乾いた笑いしか出なくなる時がある。

 やがてそれも落ち着き、再度完全な無音になる。

「……それで……これからどうするの」

 それを破ったのはユリヤの呟きだった。

「もちろん。逃げるクロよ。ユリヤも一緒に」

「逃げるって……そんな……逃げ切れるの? だってこの世界そのものが相手になってもおかしくないんじゃ」

「なんでツキカゲランドに限るクロか? 他の世界もあるクロっ」

「え? 別?」

 ユリヤはモクロンの言葉に全く理解が及ばない。

「そう! 別の世界だクロ。太陽と昼のある煌びやかな世界! 実はモクロンは、最初からその世界に行くつもりでいたんだクロ! そこに行ってしまえば結局同じことだクロ!」

「ああっ! もうわかった! もうこれまでもわけわかんない現実だらけだったけど、全部信じればいいんでしょ! 私もついてく」

「いいやけくそ魂クロよ」

「全く。誰のせいでこうなったと思ってるの」

 ユリヤはモクロンに冷たい視線を浴びせた。それを気にもとめず、モクロンが胸を張る。

「それでは。いざ地球へ行くクロよ!」 


ここまでお疲れ様でした。そして、お読みいただきましてありがとうございます。


趣味丸出しの稚拙な小説をこれから自分のペースで上げていこうと思います。付き合ってくれるかたが、もしいらっしゃいましたら幸いです。

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