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9.タクトの策とルドン村の防衛戦(後編)

「はぁはぁはぁ・・・これで・・・10匹目! よし、タクトに言われた数は倒したぞ。でもホントにできるのか? ホーンラビで新型の・・・なんて。」


 ロンは今、ルドン村から少し離れた林の中にいた。今朝がた、タクトとバルクが家を訪ねてきたのには驚いた。村の防衛戦の中心人物2人の登場に胸が高鳴る。ロンにとって、2人はちょっとした英雄のような存在である。

「お、おはようございます! どうしたんですか急に? 俺なんかやりました?」

「何もないよ。ロンに頼みがあってきたんだ。」

「頼み、ですか・・・? タクトやバルクさんが? 俺にできることなら何でもやります。」

「うん。ロンにはこれから、村の周囲を周ってホーンラビを丸ごと持ち帰って欲しいんだ。解体はこちらでやるから、倒してもいいが、特に角と脚、この2か所はなるべく傷つけないで持ち帰ってくれ。この村で戦闘の経験があって、Lvがみんなよりも高いのは俺たちだけだ。これはロンにしか頼めない。いいか?」

 年かさの男2人に頼られ、ロンはしゃんとした。1人での戦闘に不安もあるようだったが、これが初めてではない。念のため、タクトは自作した初級ポーション、中級ポーションを手渡してやった。

「ずいぶんいい物持ってるな。店売りのポーションよりも質がいい。マジでお前何者なんだよ。ったく、もうお前で驚くのはやめにしたぞ、俺は。」

 他と比べるべくもなかったが、俺が作ったポーションは質が良いようだ。ファーゴさんの大事な一人息子を危険な場所に行かせるのだ。ポーションはまた作ればいい。ちっとも痛くはなかった。

「頼んだぞ、ロン。」

「あぁ、任せとけ!」

 こうして、タクトたちは新米冒険者を送り出したのだった。


 ロンと別れた後、バルクは比較的動くことのできる面々を集め、剣の稽古をすることにしたようだ。

「だいぶ錆ついちゃいるが、ゴブリンに後れをとることはあるめぇ。村の連中を適当にしごいとくからよ。タクトの方も頼んだぞ。」

 なるべく直接の戦闘は避ける方針だったが、やはりいざという時がある。自分の太刀筋でけがをしないようにする目的もある。バルクは息まいて村の中心に向かっていった。

 さて、俺も暇をしてはいられない。

 向かったのは数日前に裁縫を教えてもらった作業場である。すでに7人の女性たちが集まっていた。

「あら、タクト、おはよう。言われたメンバー、集めといたよ。」

 数日前に腰をけがした女性がそう言って声をかけてくれた。村の女性陣の取りまとめ役をしてくれていたのを思い出し、特に未亡人、旦那さんを戦で亡くした方々、を集めてもらったのだ。俺にそういう特殊な趣味があるのでは断じてない。

「ありがとうございます。じゃ、早速自分がやってみせますから、初めは見ていてください。」

 そう伝え、マジックアイテムの袋から素材となる薬草とスライムゼリー、木の器を取り出し、作業台に並べた。薬草とスライムゼリーを潰し、掛け合わせていく。すると見慣れた回復ポーションが出来上がった。

「タクトはスキル持ちだからできるけど・・・私らでもうまくいくかしら? 素材も北の森で手に入れたのよね? 失敗したら悪いわよね。」

 そう、俺は女性陣に調合を教えるためにここに集まってもらったのだ。初級のポーションであっても、数が揃えば安心感も出てくる。それに、この村の女性たちの生活はこの防衛戦で終わりではないのだ。戦で夫を亡くした女性の働き口はかなり限られる。手に職をつけてもらえば、ゆくゆくは村のためにもなるはずだ。

「素材は結構ありますから安心してください。自分も最初はスキル無かったので、大丈夫ですよ。皆さんお料理をなさるはずですから、俺なんかよりうまくいきますよ。」

 女性陣も初めは及び腰だったものの、何回かトライするうちに初級ポーションの作成に成功した。質はお世辞にもいいとは言えなかったが、ないよりはマシだ。それに・・・

「あら、私『調合』のスキルが発現したよ! 嘘みたい!」

 これも狙いであった。俺のスキルにより、一緒に行動した人たちにスキル入手のバフがかかる。「伐採」や「土木」の時のように、村の皆さんの覚醒を促すことができた。スキルの習得により、それから安定して初級ポーションを入手できた。元々持っていた素材はほとんど底をついてしまったものの、これで戦闘への安心感が高まった。

ちなみに、今回も俺の調合スキルも上昇しLvは10になった。




 昼過ぎにロンが無事に帰還した。木工スキルで作ってやった台車にホーンラビの亡骸が10体載っている。

 ロンは村人たちに手厚い歓迎を受け、得意満面だ。どうやらLvも上がったらしい。

 昼食の後、ロンから亡骸を受け取ると、素材を得るための解体作業開始である。

「タクト、一体ここからどうするんだ?」

「まず角と、それから足の腱だ。こいつを解体していくんだ。ロン、角の方を頼めるか?」

「わかった。やってみる。」

 俺はいつのナイフを持ち、ホーンラビの脚を解体していく。専門の知識があるわけではないが、人間でいえば「アキレス腱」というくらいだから、間接部分の辺りではないかとあたりをつけてみる。

(伸縮性のある・・・おそらくこの部分か?)

「タクト、ホーンラビの角はポーションの材料になるのは俺でもわかるけど、脚なんて解体してどうるんだ? タクトのことだから何か目的があるんだろうけど・・・。」

「実は俺も核心があるわけじゃないだ。ただこの部分と角をな、コイツに組み合わせるんだ。」

「これってゴブリン達が使ってた・・・」

「大変だー!!!」

「「!!!」」

 ロンと2人で作業していたところで、三点鐘とともに村人は駆け込んできた。

「チッ! また来やがったか。タクト、行こう!」

「ロン、すまん! 俺はこいつを完成させる。きっとこいつがあれば、守りがかなり楽になるはずなんだ。」

 短い会話の中で、ロンは俺の意図を理解してくれたようだ。「任せたぞ!」と短く言い、駆け込んだ男性とともに櫓の方へ駆け出して行った。

「村の人たちを危険にさらさせるわけにはいかない。急げ・・・!」

 俺は気合を入れ、目の前の素材に向き直ったのだった。



 ロンは櫓に到着すると、戦況を確かめるべく梯子を登っていく。頭上からはいつも通り、バルクの声がする。ただ、いつもと違うただならぬ気配を感じた。

 梯子を登り終え、木柵の外側を見た時、ロンは目の前に広がる光景に驚きのあまり素っ頓狂な声を上げてしまった。

「う、嘘だろ!? すげぇ数だ。あいつらどこからこんな! バルクさん! 一体どうしたんですか!?」

 ロンは状況が呑み込めず、村のリーダーにそう尋ねた。

「わからん! 初めはいつもと同じ数だったんだ。やつら、なかなか攻めてこないと思ったら、後から更に増えやがった!」

 階下には50匹近いゴブリンが、今にも攻め込まんと武器を構えていたのだ。これまでは日に10匹程度だったことを考えると、数はおよそ5倍。一方この村は大半が戦えない者ばかりだ。さらに絶望的な事態が続く。

「!! まずい、ロン見ろ! 火だ!」

「なんでゴブリンが!? バルクさん、あそこのゴブリン、周りのやつらとちょっと違いますよね? でも、火を起こしたくらいで・・・あ、あああああ!」

 ロンが指摘したゴブリンを見ると、確かに他の魔物とはいで立ちが違う。体は一回り大きく、身に付けているものも雑兵のそれではない。魔導士風のローブを纏っていた。その魔導士ゴブリンは不思議な構えをとり、何かを念じ始めた。すると、突然火の手が上がり、手下に持ち込ませた枝に燃え移らせたのだ。そして、周囲のゴブリンたちに「ギャ、ギャギャア!」と指示を出している。すると、矢を手にしたゴブリン達が矢じりを火に突っ込んだのだ。

 心なしか、ゴブリン達がニヤリとほくそ笑んだ気がした。やつらはそのまま火矢を弓に番え、仰角に構えると・・・勢いよく発射してきたのだ。

 バルクは舌打ちをしつつ村人たちに指示を出した。

「なんでもいい! 櫓から投げられる物を投げるんだ! それから、柵は無理だ。村の中に入ってきた火は消せ! ロン! タクトのやつはどこだ! こんな時に何やってやがる!」

「タクトは朝言ってた『アレ』を準備してる!」

 ロンの言葉ですべてを察したバルクは舌打ちすると、村人たちが用意した石を手に持ち、果敢に投石を始めた。


 ゴブリン達とのし烈な籠城戦が再び始まったのだった。




「ハァ、ハァ、ハァ! クソッ、急げ!」

 俺は走っていた。

 三点鐘が聞こえ、ロンが櫓に向かってから、時間が永遠のように感じた。

 専門的な解体などやったことのない俺は、動物の腱をうまく取り出すのに時間がかかってしまった。なんとか四苦八苦しながら、目的の物を剥ぎとった。そして、目の前に、袋からゴブリンの使っていた弓を取り出す。

「ネット小説や戦記物でよく出てくるんだよな。試しに調べてみてよかった。確か、弓と動物の角、それから腱を使うんだった。うまくできるか・・・、いや、やるしかない。」

 俺はおぼろげな知識を総動員し、頭の中にある弓をイメージする。素人考えだが、大筋は間違っていないはずだ。

「頼むぞ・・・木工スキル!」

 目の前の空間がポッと明るくなったと思うと、思っていた弓が完成した。

「できた・・・! あとは実践で使えるか・・・。急ごう!」


 俺が北の櫓に着いたのと、先端が燃えた何かが空から飛来してくる何かが近くの家屋に刺さるのとが同時だった。

「え、火!? 一体どうして。」

「タクト、遅ぇぞ! やつらの中に妙なのがいる。そいつが手下を指揮しているんだ! 恰好が違うから確認してみろ! やばいぞ! もう何か所か、柵に火が着き始めてる!」

 慌ててバルクとロンのいる櫓に登る。そして言われた通り遠くを見ると、ローブを纏った個体が確認できた。今は、手下のゴブリン達の村攻めを悠々と見ている。

「あいつが指揮官ってことですよね! バルクさん、ロン! 投石を続けてください! 俺に考えがあります!」

「お、おいタクト!」

 急いで櫓を降りる。そして、先ほど火が着いた家屋の近くまで行くと、袋から斧を取り出した。

「迷っている暇はない・・・すいません!」

 俺は家屋に斧を入れると、伐採の時同様、面白いくらい簡単に壊れていく。火で脆くなっていて助かる。そうして大部分を破壊した後、木工スキルを発動させ、櫓をもう1台立てる。そして、新造の櫓を登ると、先ほど作った弓と、木工スキルで作成した矢を取り出した。

 ぶっつけ本番で矢を番え、弓を引く。思ったより弦が引きやすい。

 そのまま、ゴブリンが密集するところへ向けて矢を放った。

 ビュンッ!

「グギャアアァ!!」

 ゴブリンの胴体を矢が貫いた。やつらは満足な防具を付けていない。それにしても、かなりの威力だ。

 別の矢を番え、どんどん撃っていく。俺は弓なんて素人だ。狙いなんて丁寧につけていられない。とにかく今は敵の数を減らすことが大事だ。

「すげぇ・・・でも、あんな弓、この村にあったっけ・・・?」

「なるほど。コンポジットボウか!」

 隣の櫓で、ロンの疑問にバルクがはっとした顔で答えた。

 コンポジットボウ。複合弓などと呼ばれる弓だ。木製の弓を、動物の角や骨、腱などの別の素材を組み合わせて作られるらしい。「らしい」というのは、俺も趣味の読み物をしていてよく出てくるので、一度調べただけで、専門的な知識などないからだ。しかし、幸いなことに木工スキルのおかげか、十分すぎる物を完成させることができた。


コンポジットボウ・・・弓と別の素材を組み合わせた複合弓。威力+8。しなりが強くなるため、弦を引きやすい。取り回しと威力に優れた弓。ただし、湿気に弱い。ホーンラビの素材が使われているため、素早さ+1。


 魔物をどんどん撃ち殺していく。こちらも必死だ。敵の数を減らすのと同時に、俺は・・・。

「来た! 弓術スキル!」


弓術スキルを習得しました。

弓術・・・弓で戦うための技術。スキルLvが上昇することで、弓を装備した際の威力、命中精度、射程距離が伸びる。木工スキルと相性が良く、高レベルの弓を作成することが可能。


 スキルもなく、弓の経験も無い俺が最初から狙いをつけるのは到底無理だ。しかし、スキルが出現すると目に見えて命中精度が高まった。ぶれる目標が定まり、急所の近くを撃ち抜いていく。

「タクト! 聞こえるか。やつだ、あのローブのやつだ!」

 横からバルクの声が聞こえてくる。指揮官を潰せば・・・!

「いけぇ!」

 俺は裂ぱくの気合とともに矢を放った。矢は弧を描き、吸い込まれるように魔導士ゴブリンへ飛んでいき・・・咄嗟に身を捻ったやつの左肩に命中した。勢いのまま吹っ飛ぶ。

 魔導士ゴブリンは苦しそうに呻きながら、俺へ向け憎悪の視線を向けている。そして、周囲の手下たちに、おそらくもっと苛烈に攻めるよう。指示を出すと、やや後方に下がった。

「すいません! 仕留めそこねました! くっそ!」

 俺の技量ではあそこまで下がられると手が出せない。

 後悔している場合でもなかった。まだまだ大量のゴブリンが村に迫っている。



 ボフン、ズガガ、バーン!!


 突然、盛大な音がしたかと思うと、ゴブリン達が最も密集するあたりに巨大な火の玉が出現した。そして、周囲の魔物たちを吹き飛ばした。

「い、一体どうしたんだ・・・? ゴブリン達が一瞬で・・・」

 続いて第2撃。別の場所のゴブリンが吹っ飛ぶ。

「どけ庶民! ファイヤーボルト!」

 いきなり櫓の上で横から振り払われ、尻餅をつく。危うく落下するところであった。

 目の前には、白いローブを纏い、手に魔導士が持つような杖を持った男の背中が見える。俺は動転する思考をおさえて立ち上がり、階下を見た。階下では、剣を手にした男と槍を持った男がゴブリンを追い散らしていた。

突然の奇襲でゴブリン達は壊滅し、俺が矢で射抜いた魔導士ゴブリンはいつのまにか姿が見えなくなっていた。

 視線を魔導士の男に移すと、彼はこちらに興味もないのか、そのまま櫓を降りていった。



 騒ぎが収まり、木柵の火を消し終わったところで、村の住民たちが集まってきた。輪の中心には、先ほどの魔導士と、やや風体の悪い戦士風の男2人がいる。村を代表してファーゴが礼を述べた。ファーゴはあの後すぐ、埃にまみれた姿ではあったが無事帰還したのだ。ギルドのある町から、馬で休まず懸命に戻ってきたのだった。

「なんとお礼を言っていいか。皆さんのおかげで村のみんなが無事ですみました。心よりお礼申し上げます。 村のみんなもよく戦ってくれた。ありがとう。」

 ファーゴもくたくたであったはずだ。それでも村のリーダーとして、まずは客人である3人に礼を述べたかったのだろう。戦った村のみんなに対しても。

「フン、たかだかゴブリンごときに大層なものだな。わざわざ俺を呼びつけたかと思えば、あの程度の魔物に四苦八苦か。」

「なっ! おい! お前、なんて・・・!」

 ロンが食ってかかろうとするのをバルクさんが留めている。その様子をチンピラ風の槍使いが機嫌悪そうに吐き捨てた。

「おい手前! アリオス様に向かってなんて口きいてやがんだ! この人はアルモン家のご子息で、凄腕の冒険者のアリオス様だ。今にその老いぼれを抜いて、トップランクの冒険者になるんだよ!」

「うるさいぞギルツ。それに、そんな老いぼれに興味もない。」

 尊敬するバルクを馬鹿にされ、ロンは再び跳びかかりそうだ。それを、バルクは表情も変えず、だが必死に押さえている。周りの村人たちも口には出さないが、必死に怒りを抑えている。

「・・・息子の非礼、どうかお許しください。敵は皆さんのおかげで北の森にひいたようです。バルクの話では指揮官と思しきゴブリンが逃げたとか。今から森の奥に行かれるのは危険も大きいでしょう。今晩は我が家にお泊りください。ご案内致します。」

「おいおっさん! 寝床はちゃんとしてるんだろうな!? 俺たちは町の者だからよ、こんな田舎はまっぴらゴメンだが、しょうがねえから泊まってやるんだ。粗相があったらただじゃおかねぇからな!」

 今度は剣使いががなり立てている。こちらも槍使い同様、風体が悪い。

「・・・精一杯おもてなしさせて頂きます。どうぞこちらへ。バルク、みんなすまない。後は頼む。」

 ファーゴさんが3人を引き連れ、自宅へと案内すべく歩き出した。村の人たちは男たちのとんでもない態度に憤慨しているが、バルクが左手で制した。そして、みんなに目線で訴えた。よく見ると、ファーゴさんが拳をこれでもかと握りしめていた。我が子を、そして必死に戦った村のみんなを馬鹿にされて腹が立たないわけないのだ。

 と、男たちが歩き出そうとした時、フードを被り、3人とは違ってみすぼらしい恰好をした人物がアリオスと呼ばれた男に近づき、声をかけた。フードで顔はわからなかったが、鈴の鳴るような、女性の声だった。

「アリオス様。ゴブリン達の持っていた素材や硬貨を集め終わりました。武器は売れる物だけ回収致しました。」

「こんな所で俺に話しかけるな! 品位が下がるだろうが! フン、ゴミ漁りは終わったのか? 素材はギルツのマジックバッグに入れておけ。ミオ、次は偵察だ。村の貧乏人どもの話だと、大物が北の森とやらに逃げこんだらしい。ったく、手のかかる連中だ! 明日には根絶やしにして、さっさとこんな田舎とはおさらばだ。わかってるだろうな? 目ぼしい情報を発見するまでは戻るな。それと、その大物とやらには手を出すんじゃないぞ? 討伐は俺がやる。でないと、ランクが上がらないからな。わかったらさっさと消えろ!」

「おらどけよ! 偵察さっさと終わらせて戻ってこいよな! この村はババアしかいねぇ。へへっ、本当はお前なんか願い下げだが、仕方ねぇ。夜は俺たちの相手があるんだからな! おら! どけよ!」

剣使いがミオ、と呼ばれた人物を払いのけた。アリオス達はフードの女性に目もくれず、

ファーゴを急かして案内させた。

 俺は地面に倒された女性に近づき、助け起こそうとしたのだが、女性は「ありがとうござ

います。大丈夫ですよ。」と、自ら立ち上がり、一一礼して去っていった。立ち上がる際、フードからちらりと、栗色の髪が見えた気がした。


 

アリオス達がいなくなると、みな口々に彼らの態度を非難した。息巻く者たちを冷静に諭

したバルクの号令で、とりあえず何か口にしようということになった。昼間から働きづめで、みなくたくたであった。

俺たちは村の中央に集まり、炊き出しを始めた。広場のあちこちに即席のかまどが作られ、

男たちが火を起こしていく。女たちは各々の家から鍋やら食器やらを取りに走った。

 俺は、コンポジットボウを作成するのにロンが狩猟してきたホーンラビを素早く捌き、大

型の鍋にみじん切りにした大蒜と一緒に入れて炒めていく。付近にいい匂いが立ち込める。次に、肉を一旦取り出し、くし切りにした玉ねぎを炒めていく。玉ねぎは保存がきくので、ルドンの村の備蓄品として重宝した。そして、取り出した肉を戻し、塩とトマトを加え煮込んでいく。

近くでは、バルクも店からパンや豆を持ってきて競うように料理をし始めた。

「旅人に飯で負けるわけにはいかねぇな。」

「お手柔らかに。」

 即席のおっさんズ酒場、開店である。

 しばらく煮込んだ後、鍋の蓋を開けると、大蒜のいい香りがしてきた。いつもの器にたっ

ぷりと盛り付け、待ちきれないといった表情のみんなに配っていく。

「おいしい!! なんだこれ!?」

「トマトの酸味と大蒜の風味がいいなおい。酒も進むぞ!」

「肉がほろほろだ。うめぇなこいつは・・・。」


ホーンラビのトマト煮込みのレシピを習得しました。

ホーンラビのトマト煮込み・・・肉とトマト、玉ねぎを煮込んだもの。素早さ+2 魔力+1

調理スキルがLv5になりました。


 これは生前もよく作っていたメニューだ。簡単で、飯にもつまみにもなる。ホーンラビの

肉が鶏もも肉に似た味なので、おそらくできると踏んで作ってみたら大成功である。さりげ

なく調理レベルもあがって嬉しい。



 食事が終わると、体力に余裕のある者は木柵や堀の補修を行った。スキル持ちが増えたの

で、作業自体はスムーズだったが、いかんせん戦いの後だ。緊張感からくる疲れは相当なも

ので、みな眠そうな目をこすりながら作業した。限界を迎えた村人たちは家に帰り、バルク

と俺はそれぞれ、最外周の点検をすることにした。門の前までバルクと歩き、そこで東西に

分かれた。俺の担当は町の西側だ。

 今回はどうやら別動隊はいなかったらしく、外周部分は無事ですんだ。ほっと胸をなでお

ろすと、ファーゴさんの家が見えてきた。村のかがり火の数は少ないので暗かったが、ここ

だけ昼間のような明るさだ。中から男たちの騒ぎ声が聞こえてくる。ファーゴさん一家の心

労を憂えながら家の側を通ると、ちょうど家の中からミオが出てくるところだった。

「あ、ミオさんでしたっけ? こんばんは。偵察ご苦労様でした。それに、昼間も。みなさ

んのおかげで村のみんなは無事でした。」

 声をかけられたミオは驚いているようだった。声をかけれたものの、困ったようにしてい

る。

「そんな、私は何もしていません。北の森も、皆さんが情報をくださったので。ッツ・・・!」

 ミオが痛そうに腕を押さえている。暗くてよく見えないが、もしかしたら剣使いに倒され

たせいでケガを負っているのかもしれなかった。

「すいません、失礼します。」

 俺はマジックバッグから中級ポーションを取り出すと、なるべく手に触れないようにし

ながら、患部と思しき腕の辺りにポーションをかけていく。本当は飲んだ方が効果が高いが、

初対面の相手から差し出された物を飲むのに抵抗があるだろう。以前擦り傷にかけた時に

も効果があったので、今回もそれに倣ったのだ。

 松明を近づけ、患部を見てみると、青黒くなっていたところが元の色に戻っていった。

「すみません! 私なんかのために、これ、すごいポーションですよね?」

「いえいいんですよ。ポーションはまた作ればいいんです。あなたも明日、また森に行くん

ですよね。ミオさんが無事なことの方が大事ですよ。あ、それとちょっと待っててください。」

 そういうと、俺は急いで村の中央に戻り、炊き出しで使った鍋の中をのぞいた。思った通

り、まだ少し残っている。

「どうぞ。冷めちゃいましたけど、冷めてもまぁまぁいけますよ。さ。」

 トマト煮が入った器を差し出すと、ミオはさらに恐縮したように身じろぎした。

「ホントに大丈夫です。私なんかのためにすみません・・・。」


キュル、キュルー・・・


 と、器を受け取らずにいた女性だったが、お腹の虫が可愛くなってしまった。

「ほら、どうぞ?」

 彼女は恥ずかしそうに、そして恐縮しながら器を受け取り、恐る恐る食べ物を口にした。

「・・・おいしい! おいしいです! こんなおいしい物久しぶりです。それに・・・なん

だか温かい・・・。ええっと・・・。」

「いやぁ、ホントは温めてあげたかったんですけど、待たせるのも悪いしと思って、すみま

せんね。あ、俺はタクトって言います。」

「タクトさんって言うんですね。ありがとうざございます。こんなあったかい料理、久しぶ

りに食べました。」

 昼間の男たちとの様子からして、ミオという女性は決していい暮らしを送っていないの

だろうと思った。おいしそうに煮込みを味わう彼女の顔はまたフードに隠れて見えない。何

か立ち入れない、複雑な事情がある感じもする。

「・・・いい村ですね。タクトさんも、皆さんも、とても親切で・・・。こんなに星がきれ

いに見えるの、久しぶりだなぁ・・・。」

 彼女は食べ終えた器を抱えながら、頭上の星を見上げた。俺もそれに倣い、空を見上げる

と、零れんばかりの星空が広がっていた。ちらりと女性を見ると、彼女はうっとりした顔で、

ただしどこか遠くを見るような顔で、星空を眺めていた。

「ごちそうさまでした。お世話になりました。おやすみなさない・・・。」

 彼女はそう言って一礼し、裏手の方へ去っていった。


 星空を見つめる彼女の横顔が、しばらく俺の脳裏に焼き付いていた。



 こうして、俺たちは再びゴブリン達の襲撃を退けたのだった。


ようやくメインヒロインが登場しました!

魅力的に書けるか心配ですが、頑張ります!

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