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6.ルドンの村(後編) 問題発生

「おはようございます。バルクさん。」

 そう言いながら店内に入ると、髭のマスターは「おう」と鷹揚に頷いた。すでに昨晩のどんちゃん騒ぎの片付けを始めていたらしく、テーブルの半数が片付いている。

 一宿一飯の恩義という言葉もある。俺も早速片付けに参加した。この世界では木製の食器が一般に使用されるようで、陶器やガラス製の物は小数だった。木製なので壊れにくいのがありがたい。作業が2人になったので、バルクが皿を回収し、俺が洗う。日本でも家事をすることが多かったので、野郎2人とは思えないスピードで片付けていく。

 一しきり作業を終えると、バルクが朝食を出してくれた。パンと野菜スープの簡素なものだが、深酒の翌日には助かる優しいメニューだ。バルクもカウンターの奥で同じものを食べている。

 窓の外に目をやると、今日もいい天気だ。この世界、もしくはこの地方は雨が少ないのだろうか?

「今日はどうするんだ?」

 食事を摂り終えたのを見計らい、バルクが尋ねてきた。

「ファーゴさんに家に招かれているので伺おうと思います。家の場所、ここからどう行けばいいですか?」

「あー簡単さ。扉を出て右手にまっすぐだ。ファーゴさんの家はこの村じゃ一番の農家だ。母屋もデカいからすぐわかる。

 バルクに礼を述べ、外に出る。

 村は男手が少ないと言っていた。通りには洗濯をする女性や手伝いをする子どもたちの姿が多い。また、歩きながら作業場のようなところがあり、何人かの女性たちが集まって織物をしていた。小さな村だ。きっと農作物以外にも物を作り、それでなんとか食べていっているのだろう。

「あらー、タクトさんじゃないの。昨日はどうもね。久しぶりにたくさん飲んじゃったわよ。」

「旅の方だって言ってたけど、どこから? 最近は物騒だからねぇ・・・。」

「あんたいい人はいるのかい? いなけりゃいい子がいるんだ。紹介するよ!」

「今日もバルクのところかい? ウチにおいでよ。部屋なら空いてるよ。フフフ。」

 マダム達のパワーに圧倒されつつ、答えられる質問には真面目に答えていく。バルクからのアドバイスで、あまり記憶がないことを吹聴するのも難しいことになるかもしれないとのいうことだったので、一般には旅人ということにしておいた。バルクが咄嗟に無一文などというので、「根はいいけど抜けている兄ちゃん」ということに落ち着いたようだ。

 俺は女性たちの作業に興味を惹かれた。道沿いの作業場には、茶やグレーなど、いくつかの生地が丸めて置いてあった。木製の作業台には縫い途中のズボンか袴っぽいものが置かれている。どうやら、雑多な生地から服を作っているようだ。

 今はそこまで気温が高くなく、日本と比べて湿気がすくない気候のおかげでなんとかなっているが、1週間水洗いだけで、しかも同じ服装というのは現代人である俺にとってはかなりきつい。幸い食べるものと住むところは確保している。残りは着る物というわけだ。いち早く着替えられる服を調達したいなと思っていたので、マダムの一人に衣服をどう調達しているかを尋ねてみた。

「変なことに興味があるんだねぇ。見ての通り、この村じゃあたしらが作っているのさ。布は行商に来る商人からみんなで代わりの物やお金を出して手に入れる。町まで買いに行くのはほとんどないね。なんせ男手が少ないだろ?それに道中は魔物も出るし、結構距離があるからねぇ。」

「いちから服を? すごいですね。これなんか売り物みたいですよ。」

「あんた中々目の付け所がいいね。これはそっちのマームの手仕事だよ。村一番の職人さ。あんたが言う通り、布は大事に使って、自分たちが着ない分は商人に取引してもらうのさ。ここじゃあ野菜や小麦なんかの食品と同じくらい、あたしらの服が収入源さ。」

 家内制手工業というのだろうか。やはりこの世界では手作業で物を作り、物々交換と貨幣を使い分けているということだ。女性たちはおしゃべりもそこそこに作業に戻っていった。収入源だと言っていたが、事実ここでは彼女たちの指先が村の経済を支えているのだろう。

 その時だ。作業場の奥で作業していた一人の女性が悲鳴を上げた。

「あたたた! いやだ、壊れちゃってる。痛ったぁ・・・。」

 騒ぎの中心には先ほど俺に色々教えてくれた女性が腰をさすりながら床にしりもちをついている。よく見ると、すぐ近くに脚の折れたいすが転がっている。

 俺はいすを手に取って見てみた。折れている部分以外も大分ガタがきているようだ。壊れたいすを持ちながら、けがをした女性に声をかける。

「大丈夫ですか? 腰、痛めました?」

「痛たた、なんとか大丈夫だよ。でも困ったね。立ったまま作業はしんどいわ。」

「自分で良ければ修理しますよ。余っている木材ありますか?」

「え、兄ちゃんが? いやいや悪いわよ。そこまでさせちゃあ。この後用事もあるんだろ?」

「大丈夫ですよ。自分もいくつか木材持っているですが、大きさがまばらなもので・・・。」

「いいのかい? それなら裏手にまわってくれたらそこに少し積んであるよ。しまった、工具が無いわね。誰か近くの家に借りてきてもらうわね。」

 周りに声をかけようとする女性を静止し、言われた裏手に回ってみる。手ごろな木材がいくつかあったので、そのまま木材の前に腰を下ろす。「工具も使わずにどうやってやるのかしら?」と、何人かの野次馬もついてきた。

 俺は木工スキルを発動させる。いすは拠点でも作っているし、材料の消費も少ないのでお手の物である。目の前に新品のいすが現れた。スキルで作ったので故障はないわけだが、一応コンコンと叩いてチェックし、女性に手渡した。

「ちょっと形は違いますが、これで大丈夫だと思います。スキルで作ったので故障はないはずですけど、座ってみてもらえますか?」

 女性はいきなりいすが出現して驚いていたが、スキルと聞いてさらに驚き、そして感心した様子でいすに腰掛けた。

「空中からいきなりいすが出て驚いちゃったよ。すごいわね! 作りもしっかりしているし、デザインもいいわよ。こんないい物逆に申し訳ないわね。タクト、あんた木工職人もやっているのかい?」

「まぁそんなところですね。ハハハ。」

 生産職を目指しているのであながち間違ってもいない。いすの方はスキルレベルが上昇したことにより、拠点にある物と比べるとかなり出来栄えがよくなっている。意識を向けるといす(かなり良品)と出てくるので間違いない。

 女性のいすを見て、他のマダムたちも物欲しそうにしていたので、作業場のいすをすべて作り変えて差し上げた。1つだけ作ってこの場を去れば、いらぬ争いを生みかねない。村の安寧のためにも、ひと肌脱ぐことにした。作業自体はスキルと木材さえあれば今のところいくらでも可能である。30分ほどで作業を終えることができた。思いのほか時間がかかったのは、新品のいすを無邪気に喜ぶマダムたちの噂を聞きつけ、他の作業場からも人々が集まってきたからである。「お前んところのはまだ新しいじゃねぇか!」「うるせぇ!お前こそさっき自分で壊しただろ!」などという声も聞こえる。

 作業を終え、喧騒が落ち着いたところで、最初にいすが壊れてしまった女性がお礼を言いに来た。

「タクトありがとうね。こんないい物もらっちまって。みんなも大喜びさ。なんかお礼をしたいんだけど、何か困っている物はないかい? お金はないけど、ここにいるみんなも協力できることなら何でもいっとくれよ。」

 皆さんもうんうんと頷いている。

俺は渡りに船、とばかりに服の作り方を教えてもらうことにした。自分で作れれば、この先生きていくうえで役に立つだろう。スキルが上がれば、いざという時はそれを売って稼ぐということも選択肢にできる。

早速女性たちは俺を作業場に案内してくれた。ここではそれぞれ2~3人ずつの担当を決めて流れ作業で服を作っているそうだ。順番に説明を聞き、実際にやらせてもらった。家庭科の授業で針をつかって以来の作業に戸惑ったが、日本にいた頃よりも目が良くなっていて助かった。この村で作る服はごく一般的なものであるらしく、縫製もそこまで複雑ではなくて助かった。集中して作業し、男性用の服を作り終えると、「裁縫」のスキルが発現した。


裁縫スキルを習得しました。

裁縫・・・素材を元に服や布製品などを作りだす技術。スキルLvが上昇することで作り出すことのできる物が増える。また、作成したものの性能が上がったり、追加効果が発現することもある。


 お目当てのスキルを得ることができ、女性たちにお礼を言ってから作業場を後にした。立ち去る際、少し布も頂いてしまった。こちらが遠慮していると、「いすのお代だよ。ありがとね。またよろしく」と、全員に言われて送り出されてしまった。



 大分寄り道してしまったが、目的のファーゴさんの家が見えてきた。バルクが言っていた通りで、周りの家に比べると中々立派である。裏手の方には柵で囲まれた広い畑が見える。

「あれ、タクトー! こっちこっち! おーい!」

 こちらに気づいたのか、遠くからロンが叫んでいる。ロンの声に気づいたご両親も作業をやめ、3人がこちらに近づいてきた。

「お仕事でお忙しい時に来てしまってすみません。昨日はどうも。」

「いやいやこちらこそ、お呼びだてしてすみません。見ての通り汚い恰好ですが、どうぞどうぞ。」

 ファーゴさんが家の庭に案内してくれた。そこには簡易的なテラスがあり、木陰で涼しそうだ。俺とファーゴさんが席につくと、母親のエリンさんはお茶を取りにいった。そして、息子には、畑で作業を続ける他の人たちに休憩を促すよう指示を出した。ロンは話に混ざりたくて不満気だったが、若さで勢いよく駆け出していった。

「この度は本当にありがとうございました。倅は冒険者になったこともそうですが、スキルを得られたことに大喜びでしてね。我が家は私も妻も、低級ではありますがスキルを持っています。きっとロンは、『一家で自分だけ・・・』と心の中でずっと思っていたのでしょうね。あんなに明るいあの子を久々に見ましたよ。」

「そうだったんですか。ロンくんはいい子ですよ。私の話をきちんと聞いていましたし、クエストにも真剣に取り組んでいました。バルクさんが目をかけるのもわかりますよ。」

「バルクと私は昔からの友人でね。冒険者として活躍している噂を聞いて、そりゃ嬉しかった。いずれはもっと有名に、と思っていたんですが、何を思ったか、つい数年前にひょっこり戻ってきたんですよ。『何かあったのか?』って聞いたら、口をつぐんで答えなかったんです。あんまりしつこいのも悪いからそれっきり聞かないでいますが、今はあいつなりに村の警備をしたり、若い者に稽古をつけたりしてくれいます。飲んだくれですが、まだ所帯も持ってないからか、ロンを可愛がってくれてますよ。」

 息子のロンや友人のことを語るファーゴさんはとても穏やかな様子だった。聞けば、ファーゴさんはこの村のまとめ役をしているらしい。食料関係や村の運営はファーゴさんが、村の警備や力仕事関係をバルクがそれぞれ中心として担っているそうだ。先ほどの作業場でけがをした女性も村の中心なのだそうだ。

遅れてやってきたエリンさんが冷たくした飲み物を出してくださった。俺はありがたく頂戴し、奥さんにもロンの頑張りを伝えた。エリンさんは息子の活躍を嬉しそうに聞いている。子どもを褒められて嬉しくない親はいないものだ。

 お代わりの飲み物をいれ終えると、エリンさんは俺に柔和な表情で提案してくれた。

「バルクさんから伺いましたが、旅でお困りなんですって? 私たちに何かできることはないですか? 少しですが蓄えもありますし、息子が無事に、貴重な経験をさせてもらったお礼をさせていただきたいんです。」

「いやいや、そんな。こうして美味しいものも頂きましたし、ロンくんとの冒険はこちらも楽しかったです。素敵な場所に案内もしてもらって、こちらがラッキーでした。」

「タクトさん、私からもお願いします。何か必要な物はありませんか?」

 実際ほしいと思うものはいくつかあった。調理に使う鍋や小物、調味料である。生産の中でも鍛冶や武器防具作りに憧れのある俺としては、鉄や鍛冶場関連の設備や道具が欲しい。しかし、どれもルドンのような小さな村では手に入れるのは難しいだろう。それに、ある程度まとまった現金もほしいところだ。今の状況では不自由が多いのも事実である。

「そうですね。塩や胡椒といった調理に使う調味料が全然無いので、少し分けて頂けると嬉しいです。ちなみに、行商に来る商人は次回はいつ頃来ますかね?」

「行商人は1月に2度か3度やってきますね。4日前に来たから・・・次回は6日後くらいだと思いますよ。塩はうちにも備蓄がありますから、後で妻に用意させますよ。胡椒は、うーん、私たちのような庶民はほとんど口にできませんからね。申し訳ない。」

 そうだった。現代日本では当たり前に使われている香辛料は、かつては同じ重さの金や銀と同じ価値があるとされていたのだ。塩も時代によっては高級品である。この世界でも塩は広く流通しているようだが、香辛料は貴族や一部の裕福な家庭で使われているのだろう。

「ありがとうございます! そうしたら、次に行商人の方が来る時にまた村にお邪魔させてもらってもいいですか? それまでに木工で作ったり、魔物の素材なんかを集めておきます。」

「お邪魔だなんて仰らないでください。いつでも歓迎しますよ。タクトさんは北の森に拠点を構えていると聞きましたが、村のはずれになってしまいますが、空き家があります。良ければこちらの村に来たときはそこを使ってください。」

「そうしてくださいな。ロンも喜びますよ。」

 二人にそう言われ、丁寧にお礼を述べた時、ロンが息せき切って走ってきた。

「父さん、大変だ。またやられたよ!」

 何のことかはわからなかったものの、ファーゴはロンの口ぶりから察したらしく。俺に一声かけてロンとともに歩き出した。エリンさんも心配そうな顔をしている。一家の様子が気になり、俺も2人について畑の奥の方へ向かった。



「うーむ、こりゃひどくやられたな。くそっ!」

 温厚そうなファーゴさんがかなり怒っている。そこは家畜を放しておくために囲われた場所で、何者かの襲撃から逃れた鶏に似た魔物が2羽、おびえた様子で蹲っている。周りには生々しい血の跡や飛び散った羽があちこちに落ちている。

「ファーゴさん、うちの畑もやられたよ。もうすぐ収穫だってのに・・・。根こそぎ持っていきやがった。」

「うちもだ。りんごの実もだめだ。低い位置のやつは大抵持っていかれてる。」

 付近の家の住人が集まり、それぞれの被害を伝え合っている。

 この村で食料生産に被害を受ければ大きなダメージになることは目に見えている。住人の一人の言葉が気になり、ファーゴさんに聞いてみる。

「ファーゴさん、これって人間の仕業じゃないですよね? そちらの方のお話から察するに、背の大きくない何か・・・例えばゴブリンとかの?」

「ええ、その通りです。今年になって時々ゴブリンが現れるようになったんです。昔はこのあたりにいなかったんですが、どうも住処を変えたのか・・・。村人、うちにはバルクがいてくれますから、何度も撃退しているんです。それでも、やつらはかなりの数がいるのか、すべてを防ぎきれず・・・。くそっ、このままじゃ生活が・・・。」

「王都はこんな村の話など耳に入らない。冒険者ギルドに依頼はしてあるが、なんせちっぽけ村だ。報酬はいいとは言えない。冒険者がわざわざ報酬が少なくて危険な仕事を選ぶとは思えないし・・・。ファーゴさん、なんとかならないんですか!」

村人から必死に詰め寄られ、ファーゴさんも困っている。

「難しいだろう・・・。だが、私ももう一度、ギルドに頭を下げに行ってくるつもりだ。」

 ファーゴさんの真剣な様子に、他の皆も納得したようだ。



それから、手の空いている村人で新しく柵を作り直し、無事だった家畜用の魔物を村の中央に移動させたりした。そして、村の主だったメンバーでバルクの店に集まり、今後の方針を話し合うこととなった。

 話し合いでは、まずは荒事を担当するバルクが考えを述べた。

「厄介なのは魔物の規模がわからねぇことだ。やつらは北の森を根城にしているのはまちがいないんだが、これまで何度撃退してもしつこく現れる。規模が分からず、こちらは戦闘に耐えうる人数も限られているわけだから、攻め込むのは無理だ。まずはもう一度、ファーゴはギルドに依頼を出しに行く。俺がいければ顔が効くんだが、ゴブリンどもが大量に攻め込んでこないとも言えない状況だ。俺はここを離れない方がいいだろう。次に、村の防備をさらに固めるんだ。タクトが木工スキルを持っているのはみんなもう知っているな? タクト、村の人間じゃないお前を巻き込んで悪いが、力を貸してくれ。お前のスキルで、さらに大型の柵を村の外周に作る。手の空いている奴らはタクトがスキルで使う木材を確保するんだ。力仕事の難しい女たちは備蓄品の移動、それからあんまりないと思うが、籠城戦の準備をしてくれ。なぁに、説得はファーゴががんばってくれるはずだ。俺たちはちぃとばかし根性入れて村を守るんだ。」

 悪くない作戦だと思う。さすがは戦闘経験の豊富な冒険者である。この村に彼がいることが、一番の僥倖である。他のみんなもバルクの案で納得したようで、明日の集合場所を決めて各々の家に帰宅していった。


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