5.ルドンの村(前編) 冒険者ライセンスととりあえず生
村に着くと、ロンは俺を「クエストの報告に行ってもいいかな?」と、酒場へと誘った。村の入口である木製の門からまっすぐ歩いていく。現代の町のように家と家はそれほど密接していない。何軒かの住居を通り過ぎて右に曲がると、他の家よりも少し大きい建物が出てきた。入口には酒場のマークなのか、瓶とグラスを象った看板が出ている。
ロンは扉を開けると、勢いよく中に入っていく。
「バルクさーん、戻りましたー!」
「おう、結構早かったじゃないか。その様子じゃ怪我なんかしてなさそうだな。」
ロンが開けっ放しにした扉を閉めながら中に入る。酒場の中はいくつかのテーブル席とカウンターがあり、の棚には雑多に酒瓶やらグラス、コップなどが置いてある。カウンターの奥には樽も見える。なんとなく「俺好み」な雰囲気である。久しく酒も飲めていないので、「とりあえず生!」とつい言いくなる。
「ん? 見ない顔だなお前さん。ロンの知り合いか?」
「バルク」と呼ばれた男が俺を見て、その後ちらりとロンに視線を向けている。
「この人はタクトさん。クエストで向かった北の森で会ったんだ。それと・・・」
ロンが目線で確認するように目を合わせていたので、黙って頷きで答える。
「記憶喪失で、気づいたら森で倒れてたらしいんだ。俺も最初は『ホントかよ!?』と思ったけど、話した感じいい人だし、マジでこの世界のこと覚えてないみたいなんだよ。」
「記憶喪失って・・・そんな与太話おいそれと信じられねぇが、ロンがそこまで擁護するってこたぁ、悪い人間じゃなさそうだな。まぁホレ、座んなよ。」
バルクも胡散臭げに俺を見たものの、ロンの様子にやや緊張を解いてくれたようだ。ロンがそれだけ、この人に信用されているということだ。腕を組んだままだったが、顎でいすに座るように促してくれた。「疑われるのも当然だよなぁ」とも思う。俺が逆の立場でも、普段それほど人の行き来のなさそうな村に、突然得体のしれない人間がやってきたらそうなるだろう。
いすに座ると、ロンが店主を紹介してくれた。
「バルクさんはこの店のマスターで、ギルドの仕事もしているんだ。すごいんだぜ! 昔は冒険者として、大活躍してさ、『岩裂きバルク』って呼ばれたんだ。剣の達人でさ、村の男たちはみんなバルクさんから教わって戦いにいくんだ。」
青年にとってバルク氏は英雄なのだ。熱を帯びた紹介からそれがわかる。
「すごい!英雄ですね。」
「そんな大層なもんじゃねぇさ。今はほれ、田舎に引っ込んだ中年よ。ギルドの仕事っつても、村の何でも屋みたいなもんで、正式な冒険者ギルドってわけじゃねぇからな。ロンもおめぇさんも口がよく回るな。」
そう言いつつ口の端が笑っているあたり、悪い気はしていないようだ。後ろの棚から干し肉のような物を取り出し、切り分けて「ホレ」と2人に出してくれた。バルク曰く、ルドンのような小さな村には冒険者ギルドは設置されないらしい。もう少し規模の大きい町や都市、近くにダンジョンのある場所にのみ置かれる。ただし、昨今の情勢の悪化から、末端の小さな村から人材を発掘したり、治安維持を目的として、Cランク以上の冒険者は、本人が認めれば相手をFランクの冒険者と認定できるきまりが作られた。ランクはFから始まり、Aが最高であり(中にはSランクという規格外の冒険者もいるらしい)、Cランクはそれなりの実力を有している。その有資格者が世界各地を回りながら、ダイヤの原石を発掘するのだそうだ。他にはバルクのように、引退して田舎に戻った冒険者が、村の治安維持に一役買っているのだそうだ。それなりの実力が必要とはいえ、Cランク冒険者の数は一定程度存在しているので、この世界の魔物被害はきまりができてから僅かながら減少したそうだ。
バルクからギルドのことを聞いているうちに、ロンはとっくに干し肉を食べ終え、落ち着かない様子で店主を見ていることに気づく。ロンの視線を感じたのか、バルクが水を向けると、ロンがうれしそうに袋から戦利品を取り出した。
「バルクさん!ほら、クエストの薬草と毒消し草だよ!これで大丈夫ですよね?」
「おぉそうだな。うん、十分だ。それに、なんだか質の良いヤツが多いな。運がいいじゃ
ないか、ロン。」
薬草類を1本1本検分したバルクが感心したようにロンを見てそう言った。
「運っていうか、ちがうんだバルクさん。タクトさんに良い物と普通のやつの目利きの仕方を教わってさ、そうしたら『目利き』のスキルが発現したんだ! 薬草がある場所には連れていってもらったけど、全部目利きをして、俺が採集したやつだよ。」
スキルと聞いてバルクも驚いたようだった。目を見張った後、ロンのスキル発言を祝福してやっている。そして、俺にも礼を言ってきた。
「自分はたまたま森で探索している時に薬草類を見つけたもので、ロンを案内しただけですよ。スキルが発現したとはいえ、目利きは難しかったはず。とてもがんばっていましたよ。」
俺の様子からバルクは何となくこちらの意図を察してくれたようだ。
「よしっ、これでお前らはFランク冒険者に認定する。今カードを発行するからちょっと待ってろ。」
「『ら』ってことはタクトも!? すごいじゃんタクト! やっぱりスキル持ちは特別な
んだな。おめでとう!」
ロンは俺のFランク就任を自分のことのように喜んでいる。と、バルクが戻ってきた。手にはカードが2つ。それを1枚ずつ俺たちの前に置くと、ロンを見て諭すように話し始めた。
「ロン。それは違う。スキル持ちが特別ってんでタクトを認定したと思ってんなら、それは俺に対する侮辱だ。そもそも薬草と毒消し草を取ってこいとは言ったが、極端な話、手に入れなくても冒険者になれる。」
バルクの言葉は、ロンには意外だったようだ。
「え、じゃあやっぱりスキルがあればいいってこと?」
バルクはやれやれと肩を落とした。先輩冒険者が語るより先に、俺は新米冒険者仲間にバルクの意図を伝えてやった。
「バルクさんはロンの姿勢を見ていたんだよ。クエストは薬草と毒消し草を持ってくればいいわけだから、買ってもいいし、俺からもらってもいいわけさ。手に入れられなくても、ありのままを報告すればいいのさ。さっきバルクさんに薬草を見せた時も正直に報告していただろ。」
「ま、タクトの言う通りってことさ。冒険者の認定はCランクの俺たちの匙加減さ。俺は薬草だの毒消し草って条件をつけたが、他の奴は魔物を倒してこいっていうこともあるし、人助けをしてこいなんてのもある。『俺と一晩』なんて馬鹿なことを言う輩もいるらしいが、要するになんでもアリなわけだ。でだ、俺としてはな、冒険者ってのは最後は心根だと思うわけだ。馬鹿でも弱くてもいいが、直向きであれ、真っ当であれってことさ。冒険者ってのは色んなやつがいる。ずるいやつ、ひでぇやつのが方が多い。だけどな、俺の経験からいわせりゃ、そういうやつらは一流にはなれねぇ。せいぜい小金で満足してるか、後ろ指さされてるような連中さ。ま、生き残るのは大事な能力ではあるがな。お前はちーっと頭は足りないが、根は悪くねぇ。薬草と毒消し草を集めてもきた。言うまでもなく合格よ。タクトはそれがわかってお前にブツを分けず、わざわざ時間をかけて一緒に探しやったんだよ。だから、コイツも合格さ。それに、同じ量の薬草も毒消し草も出せと言われれば出せるんじゃねぇか?」
バルクと俺に諭され、ロンは納得できたようだ。自分の発言に恥じ入り、「タクト、バルクさんすみません」と頭を下げている。バルクの言う通り、心根まっすぐな、いい青年だと思う。
「さて、ようこそ冒険者の世界へ。これでお前らは冒険者さ。このカードは特殊な魔法が込められたマジックアイテムで、ランクが上がると自動で情報が更新される。ここは正式なギルドじゃないからな、依頼をこなしてもランクが上がることはねぇが、もっと大きな町、ここから一番近いのはモレジオだな。そこのギルドで依頼をこなしていくと貢献値が記録されていくぞ。あとは、緊急事態が起きるとギルドから連絡が来る。町へ入る際の身分証の代わりにもなる優れモノさ。無くすなよ。再発行は高けーからな。」
バルクから説明を受け、カードを手に取ってみる。材質はよくわからないが、これで身分証明にも事欠かなったのはありがたい。ロンは俺が喜んでいるは俺とは違う理由だろうが、両手で上に持ち上げ、まじまじとカードに見惚れている。
それからロンは一度帰宅することになった。無事に帰還したことを両親に伝えるためだ。家に泊まりにきてほしいと何度も誘われたが、丁重に断ることにした。息子が晴れて冒険者になり、スキルも手に入れたのだ。家族水入らずの団らんに、部外者はお邪魔だろう。
「宿ならここに泊まればいい。ちょうど1部屋空いてるしな。まぁお世辞にもきれいとは言えないが、飯はうまいぞ。ガッハッハ!」
事情を聞いたバルクからありがたい提案もあり、俺は今晩ここに世話になることにしたのだ。案内された部屋はきれいに整頓されていて、久しぶりにベッドで横になることができそうだ。
夜になり、部屋から出て昼間と同じカウンターでバルクがうまいと自負する酒場メニューに舌鼓をうつ。謎の肉の煮込みに、大蒜を塗って焼いたパン(ガーリックトースト?)、なんと枝豆が順番に出てきた。りんごしかり枝豆しかり、日本と似た食材が流通しているようだ。異世界に来て未知のゲテモノを食わされることを覚悟していたので、慣れ親しんだ味が楽しめるは喜ばしい。調理のし甲斐もある。それに、目の前には木製のジョッキになみなみと注がれたエールが置かれている。
「ほらよ。ロンの事、ありがとな。カードよりもお前さんはこっちだろ?」
にやりとしながら、バルクが気を利かせてジョッキを置いてきた。
ごくり。ごくり・・・。
久しぶりの酒に体が狂喜乱舞する。
うまい。うますぎる。殺人的だ・・・!
日本にいた頃は毎晩の晩酌が楽しみでった。体には悪いのだが、これがやめられない。生憎とハイボールでないのが残念だったし、醸造系と思しき酒はそこまで得意ではないのだが、それはそれ。アルコールが体に染みわたる。
「おいおい。大事に飲めよ(笑)。2杯目は有料だぜ。」
店主の言葉に愕然として、大げさにカウンターに倒れこんだ。素材やら魔石やらはあれど金がないのだ。明日から森中のゴブリンを狩ってやろうと本気で考えていると、察したバルクが冗談で「金がないなら働け。働かざる者食うべからずだ」と笑い出したので、それに乗っかることにする。
すでに陽は落ち、辺りはすっかり暗くなっている。農作業を終えたおっさんや年寄りたち、マダムたちが談笑するためか、バルクの店は繁盛していた。ロンの話では人口はそう多くないはずだが、20人前後の客はいるだろうか。バルクは元が冒険者と言っていたが、魔物とは別のものと戦っていた。空いた皿やグラスは山になっている。俺はそれらを手に取り、洗剤替わりの灰汁を布にぶっかけると、無心になって洗い始めた。油分が多いわりに洗剤がなくて困るが、ゴシゴシと力を込めて洗っていく。
次はドリンクだ。赤ら顔の爺さんたちが先ほどからやかましく「バルク、エールまだか!」と叫んでいる。バルクの動きから察するに右奥のデカイ樽がエール樽だ。俺が洗ったジョッキを持って樽の前でどうやればいいか困っていると、強面店主がやってきてやってみせてくれた。爺さんは3人。残りのジョッキを「お前がやってみろ」とばかりにずいっと差し出してくる。見よう見まねでジョッキを傾けながら入れてみると、思いのほかうまくいった。バルクが鷹揚にうなずいたのを確認すると、喧しい爺さんたちの元へ。途端に静かになる。
「おいおい、ここはいつからおっさんズ酒場になったんだ。」
俺たちの様子を見ていたらしい常連らしき連中が囃し立てる。バルクは「うるせぇ!黙って飲め!」などと怒鳴っている。言われたこれまたおっさんたちがゲラゲラ笑いだす。喧しいが、なんだか温かい。
「こいつはタクト。旅の途中で無一文になっちまったんてんで、今日からここの下働きよ。なんか注文あんならちゃんとこいつに言え!」
「なんだ兄ちゃん、とんでもねぇ奴に捕まったな!」
「だいぶ年季の入った兄ちゃんだな(「笑)」
「おい兄ちゃん! そういうことならどんどん働いてバルクの奴にギャフンと言わせるしかねぇな! エール3つ、速くもってこい!」
バルクのとっさの機転で俺は無一文ということにされてしまった。まぁ似たようなもんだけども・・・。
戦場のような食事時をバルクと2人で切り盛りしていると、扉を開け新しい客が入ってきた。
「いらっしゃい! 何名様ですか?」
居酒屋のノリでそう尋ねると、なんとロンであった。
「なんでタクトが下働きしてんだ!? ちょっとちょっと、父さんと母さんがどうしてもタクトにお礼を言いたいって来てんだ。おーい父さん!こっちこっち!」
ロンが大声で呼ぶと、店の入り口から夫婦が1組入ってきた。服装は周囲のおっさん方と似ているが、その夫婦が入ってきた途端、それまでやかましくしていた連中が静かになる。ロンとよく似た、落ち着いた男性が深々とお辞儀をし、俺に声をかけてきた。
「貴方がタクトさんですか。今日は息子がお世話になったようで、なんとお礼を言ったらいいか・・・。本当にありがとうございました。私はロンの父親のファーゴと申します。」
「私は母親のエリンです。ありがとうございました。」
そう言いながら手を握られる。エリンさんは深々と頭を下げてきた。お二人ともロンとよく似ていて、彼がいい青年に育つ理由がなんとなくわかる。
ロン一家はバルクにも礼を述べた。そして、様子を見ていたマダムの一人がロンに事の顛末を尋ねると、バルクが「今日はロンが冒険者になったのさ。それとなんと、スキルもゲットしたんだと。」と、客に紹介してやった。
「あらー! それは良かったじゃない。みんな聞いた? 今日はお祝いね。バルクさん、タクトさん、急いでエールお願い!」
マダムたちがそう囃し立てたのをきっかけに、客たちがロンの周りに集まった。皆口々に祝福を伝えていて、酔ったおっちゃん達からはバシバシと少々手荒な歓迎を受けていた。俺が急いで酒を配り終えると、おっちゃん達の一人がジョッキを掲げ、高々と宣言した。
「今日はロンが男になった日だ! みんな、派手に行こうじゃねぇか!今日はバルクのおごりだ! 乾杯!」
「「「乾杯ー!」」」
「おい! 何言ってやがる! 馬鹿野郎ー! お前らさんざ飲んだ後に何言ってんだ!」
客たちの盛大な歓声に、店主の悲鳴はかき消されている。とはいえ、バルクも最後は自ら酒をつぎ、ロンを祝福していた。口では色々言いつつ、いいおっさんである。
ロンはというと、昼間の体験を熱っぽく語り、これからの未来に思いを馳せているようだ。俺のことも紹介してくれて、村のみんなにも温かく見てもらえることとなった。
バルクの店はこの日、遅くまで盛り上がっていたのだった。
会計大丈夫か?