21.それぞれの3日間(タクト・ミオ編)
タクト編の前編になります。
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チュン・・・チュチュン・・・チュン・・・
窓から差し込む朝日の明るさを感じ、俺は目を覚ます。
体を起こしてみたものの、まだ頭はぼーっとしているし、身体もやや重い感じがした。昨晩は祝勝会と称し、遅くまで盛り上がった。みんなで飲む酒の美味いこと。だが、「飲み過ぎだったな」と少し反省した。左右を見渡すと、ゴブの姿はすでになく、ギドーさんとロン、ゼオルはまだ寝ているようだ。ゴブがいないのは、きっといつもの日課だろう。
顔を洗いに部屋を出ると、ちょうど右手のドアが開いた。
「あ、タクトさん。おはようございます!」
「ミオさん。おはようございます。よく眠れました?」
ミオが笑顔で声をかけてくれる。彼女はいつもの普段着にフード姿だ。
「久しぶりの寝台が気持ちよくて・・・。タクトさんはどうでした? 昨日は遅くまで、みんなで盛り上がりましたね。ふふっ。」
「そうですね。ちょっと飲み過ぎました・・・。屋根のあるところで寝るのは、やっぱり落ち着きますね。」
俺たちは笑いながら、洗面スペースへ向けて歩き出した。ドアを開けたままで世間話をするのは、まだ寝ているみんなに悪い。この宿はキーオの宿と比べて立派で、内装も所々凝った造りになっている。洗顔用のスペースの横に長椅子が設置されていて、そこから村の様子を眺めることができた。風光明媚な、とはいかないが、高いところから望む朝日は気持ちいい。
「タクトさんは、今日はどうされるんですか?」
ミオが聞いてくる。
「ギドーさんのお話だと、村に鍛冶場があるとのことだったので、そこに行ってみようと思います。鍛冶のことを色々教えてもらって、できたら修行をつけてもらいたいですね。そこまでうまくいくかはわかりませんけど。ミオさんは?」
「そうですね。私もタクトさんとご一緒しようかな・・・。武器も大分傷んでしまったので、研磨をお願いしたいと思っていたんです。」
「大丈夫かな、鍛冶場の親方って、頑固で怖いイメージありません? 『冒険者風情に教えることなんざ無ぇ!
』とか追い返されないかな。ハハッ。」
「なんですかそれ。ふふっ、でもわかります。鍛冶場ってドワーフの職人さんがドン、っと構えているイメージありますね。」
それから、2人で話しながら部屋へ戻った。扉を開けると、ちょうどゼオルを除くみんなが起きたところで、顔を洗った後で朝食へ向かうことになった。なんだか旅行の朝のような感じで、気分も高まる。
食堂は清潔で、朝食を摂りに来た客でにぎわっていた。なんとなく、ビジネスホテルのそれに近い。俺たちは窓際の広めの席を陣取り、給仕の方に5人分の朝食を頼むと、本日の行動予定について話し合った。
「それじゃあロンは武器を見に行くのか。」
「あぁ、タクトのおかげでお金も手に入ったし、いよいよって感じだよ!」
ロンは嬉しそうだった。俺はバルクさんからドワーフの斧を借り受けていて不自由はないが、みんなは同じ武器を使い続けている。旅の途中で鍛冶場のあるような村はマリが初めてだったし、ミオが言っていたようにだいぶガタが来ている。それに、新しい村に着いたら武器屋と防具屋をチェックしたい気持ちはわからないでもない。
「でしたらまずは大通りの武器屋を訪れるといいですよ。店を構えているところは商人ギルドに加入していることがほとんどですから、詐欺の心配もほとんどありません。そこで値段の相場を覚えてから、市場に行くことをおすすめします。」
ギドーさんはさすがである。相場がわからないまま市場に直行するのは危険である。俺も、ギドーさんが市場の武器屋の場所を説明した後、昨日見たことを伝えてやった。
「ロン。いい防具と、それから魔石をセットできるような手ごろなアクセサリーなんかがあったら、帰ったら教えてほしいな。そろそろ魔石を利用しておきたい。みんなの旅も楽になるだろうしな。頼むよ。」
「わかった。見つけられなかったらごめん。」
「いいさ。鍛冶の修行が終わったら、ルドン村のみんなに土産を見繕いに行こうと思っているから、その時でもいいしな。ロンもいい武器が見つかるといいな。がんばれよ。」
朝食を摂り終えた俺たちは再び部屋へ戻ることになった。
ロンは武器探しに、ゴブは村の散策をするそうだった。今朝がた何かあったのか、「チョット キニナル コト アッテナ。」と、微妙な表情だった。それにしても、ゴブの人語はだいぶうまくなったと思う。ギドーさんは商人ギルドの仕事があるらしかった。ゼオルは未だに高いびきをかいている。
俺とミオも宿を出て歩き出した。鍛冶場の場所はギドーさんから教えてもらっている。昨日世話になった魔法屋が南西方向だとすると、鍛冶場は反対側の北東にある。火を扱う場所のため、村の外周部に位置しているらしかった。
隣を歩くミオにちらりと視線を向けると、彼女は何だか嬉しそうに歩いている。目が合うと、「どうしました?」と小首をかしげている。
「こんな風に2人で歩くのも久しぶりですね。」
「本当に。だいぶにぎやかになりましたもんね。」
時刻はまだ9時を回ったばかりだと思うが、すでに通りには多くの人が歩いている。農作業に向かう人もいれば、商いに従事する者、子どもたちなど、かなり雑多である。
「ミオさんは、マリは初めてでしたっけ?」
「いいえ、以前何度か来たことがありますよ。ここは食べ物屋さんがあって、モレジオや州都なんかに比べると値段が安くて入りやすいんです。甘い物を出すお店もあるんですよ。」
俺は相槌をうちながら、どこまで聞いていいのか考えながら喋っている。初めて会った頃のミオはアリオス達のパーティメンバーだった。パーティとは言っても、お世辞にも仲間という感じではなく、付き従っているといった様子であった。格好も、扱いも、決して良くなかった。今でこそ溌剌としているが、暗く影を落としていた印象があった。だから、過去のことはなるべく聞かないようにしてきたのである。
2人で話しながら歩いていると、目的の建物が見えてきた。あまり大きくはないが、レンガ造りで煙突が立っている。イメージ通りの「ザ 工房」という感じだ。少し離れた塀沿いに薪にするためなのか木材も積み上げられている。
俺は、緊張で高まる胸を抑えながら、慎重に扉を開いた。
(いきなり怒鳴られたらどうしよう・・・。)
「すいません、お邪魔しまーす。」
中に入ると、鍛冶場の主と思しき人物が炉の近くに立っていた。その人物は俺に気づくと、手に持っていたトングのようなものを壁にかけ、こちらに近づいてきた。
「らっしゃい。研磨かい?」
見たところイメージのような強面の頑固親父、という感じではない。種族も人族で、40代くらいの男性である。仕事柄筋肉質ではあるものの、怖い印象は抱かなかった。
「あ、こちらの女性は研磨をお願いしたいです。それと、不躾なお願いで申し訳ないんですが、俺は鍛冶について教えて頂きたいと思ってこちらに来ました。」
俺の言葉に、男性は驚いている様子だった。そりゃ驚くよな、いきなり弟子にしてくれと来たら・・・。
「ほぅ、鍛冶を? その前に、いくつか質問していいですかな?」
「は、はい!」
俺の様子が可笑しかったのだろうか、男性は噴き出した。
「そんなに緊張しないでいいぞ。どうした、そんなに緊張して?」
「あ、いえ、初対面でお願いするのも緊張したんですが、恥ずかしながら『馬鹿モン!』とか怒鳴られるかと思いまして・・・。」
俺の言葉に、男性はさらに面白そうに手を叩いている。どことなく、砕けた人で話しやすそうだった。
「ハッハッハ、なるほどな。ドワーフの頑固親父ってか? そうだよな。俺もそういうイメージだったよ。・・・どれ、ゆっくり話そうじゃないか。そこ、座ってくれ。」
親方に促されるまま、カウンター席に座らせてもらった。親方も反対側に、木製のいすを持ってきて腰掛ける。
「俺はハッサン。この工房の店主だ。そっちは?」
「はい、俺はタクトっていいます。こちらは仲間のミオさんです。」
「タクトか。そんなに緊張するな。別に取って食おうとか、そういうのはねぇからな。まず、鍛冶について知りたいらしいが、それは知識としてか? それとも経験としてか?」
「はい。どちらも、というと申し訳ないのですが、ルドンという村から来ました。昔から生産の仕事に携わりたいと思っていまして、今は旅の途中ですが、マリに工房があると伺っていてもたってもいらず参りました。」
俺はありのまま、正直に話すことにした。就職の面接でもそうだが、必要以上に自分を美化したり、美談を作り上げたりするのは良くない。誠実に答えるのが一番だ。
「生産って言っても色々あるだろ? なんでわざわざ鍛冶なんだ? お前さんだって、鍛冶が楽にできる道でないことくらいわかるだろ? 見たところ若者の出稼ぎってわけでもないし、生半可な仕事じゃないぜ?」
「はい。わけ合って今は旅をしていますが、いつかは自分の工房を持って、町の人や冒険者の方に対して仕事をするのが夢です。裁縫も調理も、村の人に教えてもらってできますが、やはり鍛冶に憧れています。武器や防具を作って喜んでもらったり、今は・・・ありがたいことにたくさんの仲間もできました。みんなの武器をメンテナンスしたり、そういう日常がくればいいなと思います。遠回りしましたが、自分のやりたいことを実現したいんです。」
俺の言葉をハッサンさんは黙って聞いてくれている。嘘も衒いもない、正真正銘まっすぐな俺の気持ちだ。自分以外の相手に話すのもこれが始めてだ。ミオも神妙な顔で聞いてくれている。
「その年で夢を叶えたいってか・・・。いくつになっても目標に向かうのはいいもんだよな・・・。よし、いいぜ。俺でよければ教えてやるよ。」
「本当ですか!? ありがとうございます!」
俺は嬉しくなって、思い切り頭を下げた。
「いや、別によ。そんな堅苦しく構えないでくれよ。同じ道を志す奴は経験年数は違えど仲間だと思っているよ。俺も若い頃、別のところで親方に修行をつけてもらってな、やっぱりその親方も言ってたぜ。同じ道を志す奴に年は関係ないってな。んじゃ、質問に戻るが、タクトは冒険者だと思うが、そちらの稼業は続けるのか? それとも鍛冶一本でやっていくのか? あぁ、別にやる気を問うているとかじゃねぇからな、率直に答えていいぜ?」
「そうですね。自分はまだ知り合いも少ないですし、鍛冶の素材や材料を自分で集めることも多いと思います。ですから、そのために必要なら冒険をしたりダンジョンにもぐったりすることもあるでしょうから、冒険者も続けます。」
「なるほどな。俺たちの業界では、『鍛冶職人』と『鍛冶師』、『鍛冶屋』っていう3つの言い方があるんだよ。どれも正式な決まりがあるわけじゃないんだけどな。まず、鍛冶職人ってのは鍛冶を専門に行う人間のことで、鍛冶だけをして生計を立てているやつだ。根っから戦闘に無縁だったり、鍛冶を突き詰めたいやつがこれだ。元々冒険者をやっていて、引退してこれになるやつも多いな。素材は他から完全に仕入れるから、元手は必要だ。腕のいい職人は国や州、個人の冒険者から依頼を受けて仕事をするわけだ。鍛冶に最も時間を割けるわけだから、熟練の職人が多い。スキルも経験も上がりやすいな。
次が鍛冶師で、こいつは素材集めなんかも自分でやる。自ら素材を集めるわけだから元手は鍛冶職人よりも少なくて済むし、高レベルの素材は目が飛び出る程高いからな。それを自分や仲間内で手に入れて、自分らで武器や防具を製造できるのが魅力だ。ただし、当然片手間になるからスキルレベルは上がりにくいな。冒険者としても、専門で戦っているやつよりはどうしても劣る。多くの場合がどっちつかずになるわけだ。
鍛冶屋ってのは、鍛冶の中でも研磨や鉄の精錬なんかだけを行うやつのことさ。これが最も人数は多い。ただ、別に馬鹿にしているわけじゃないんだぜ? 国や州の衛兵たち、それから冒険者にとって研磨は絶対に必要だ。鍛冶屋が多いってのは、それだけ命を落とすやつが減るってことさ。鉄の精錬も、国を支えるうえで鉄は必ず必要なわけで、精錬業だけをやっている人間ほどの生産力はないにしても重要な仕事なのさ。」
なるほど。素人の俺にもしっくりくる説明だった。話だけ聞くとお互いにお互いのことをよく思っていなさそうだったが、ハッサンさんの言う通りだとすれば、いい業界だと思う。
「俺は戦闘に自信があるってわけではありせんが、素材を自分で集めることも多いと思います。その3つで言えば、鍛冶師を目指したいと思います。」
ハッサンさんは否定せず、頷いてくれた。
「よし、わかった。となれば、まずは鍛冶スキルについてだ。そもそもだが、鍛冶スキルっては特殊だ。俺も他のスキルに詳しいってわけじゃないし、だいぶ親方の受け売りだが。鍛冶スキルは先天的に所持している人間はいないんだ。」
「え、そうなんですか!? なんとなくですけど、生まれつき『俺は鍛冶の才能がある!』のようななこともあるのかと・・・。」
「ハッハッハ、まぁそう思うわな。だが、生まれ持ってというのはこれまでの歴史上、1度もないらしい。ただし、言葉で説明するのは難しいんだが、鍛冶のスキルが発現する人間っていうのは、自然と鍛冶の仕事を選ぶそうなんだ。導かれるというのかな? 俺も最初は信じられなかったがな、親方も俺も、知り合いの鍛冶仲間も、みんなスキル持ちだ。例えばこれが他の裁縫とか、剣術とかなんかだと、どんなに修行しても得られないで終わる奴もいる。不思議なことだがな。だから、この業界じゃ、門を叩いてきた奴を追い返すってことはほとんどないんだ。むしろスキルを得てからが長い。なんせ終わりがないんだからな。」
「終わりがない、ですか?」
「ああそうだ。まず、鍛冶スキルは最も仕事の基礎となる鉄の製造から、インゴット製造、研磨、精錬、鍛造、鋳造なんていうどの作業をしても上昇していくんだ。極端なことを言えば、鉄の製造だけでもスキルLv自体は上昇していく。だが、鉄がたくさ作れるのと、いい武器が打てるのはイコールではあるまい? 次に、武器や防具は種類が豊富だ。例えばスキルLv30の職人がいたとしても、剣は打てるがそれ以外は打てない、なんてのはザラだ。町にいる大抵の職人は鉄の製造と研磨、精錬それと使用している割合の多い剣の鍛造をメインに行っている。俺も剣がメインさ。だから、冒険者は自分の得物にあった職人を見つける必要があるわけだ。最後に、これはスキルというか鍛冶の仕事自体の話だが、維持費用が高けぇ。さっきも言ったが、鉄は国力を維持するうえで重要だ。だから国も鍛冶ギルドを援助していて、新規の工房の立ち上げには援助金も出る。まぁ、最近はこの国も衰えだしているからな、援助金はかなり目減りしているらしいがな。ただし製造に使う素材の代金なんてのはもちろん支給はねぇ。これが鍛冶職人が増えない大きな原因にもなっているんだがな・・・。ここまで聞いてわかった思うが、改めて、生半可道じゃねぇってことさ。」
「ありがとうございます・・・。でも、やっぱり挑戦してみたいと思います。続きをお願いします!」
「ま、そうだよな。ここでやめるような奴は、そもそも門を叩かないからな。よし、ここからは実地に入るぞ。まずは鉄を製造できなきゃ話にならなぇ。鉄の製造方法は主に2つだ。タクトにやってもらうのは砂鉄から鉄を作る方法だ。この村を西に進むとモレン湖という湖がある。そこの湖畔の砂からは砂鉄が取れるんだ。砂をできるだけ集めてこい。幸い鉄の含有量が多いから、無駄になる割合が少ない。で、その取ってきた砂鉄をあっちのたたらに入れて木炭で燃やし続けるんだ。木炭は村に炭屋があるからそこで買える。もう1つは鉄鉱石から鉄を得る方法だ。これはもっと早い時間で高い温度が出る高炉という設備がないといけねぇ。そこにコークスと石灰石、鉄鉱石を溶かして作る。こっちはより多くの、より良質な鉄を得られるが個人でやるのはかなり厳しいな。資金力のある州都や王都規模で、かつ多くの人員がいる。知識としては覚えておくといいがな。」
ハッサンさんの言う通り、今の俺の状況だと、たたらによる製鉄が第1目標だ。いずれは高炉とやらで製鉄してみたいものだ。
「わかりました。それでは、砂鉄と木炭を準備して戻ってきます。」
「ああ。俺も弟子を持つのは初めてだ。期待しているから、頑張ってこい。素材がある程度集まったらまたここに来てくれ。」
「あ、そうでした。ミオさん、武器を研磨してもらうんですよね? モレン湖は俺だけで行ってきますから、先に研磨をしていただいたらどうですか?」
そう俺は提案したのだが、彼女は首を左右に振ってこたえる。
「いえ、村の外に出るなら複数で行くべきですよ。私もご一緒します。研磨は戻ってきた時、タクトさんが研磨の仕方を教わる際にやってもらいますよ。行きましょう。」
「そうしてもらえるとありがたいですけど・・・。なんかすみません。」
俺たちのやりとりを見ていたハッサンさんも、複数人で行くことを勧めてくれた。湖の近くの魔物は決して弱くはないそうだ。
俺たちは工房を後にし、まずはモレン湖とやらを目指すことになった。
「うわぁ・・・すごくきれいですね! 水が透明で・・・タクトさん、見てください!」
彼女の言う通り、モレン湖は水の透明度が高く、美しい湖だった。ゴミもなく、水の音が心地よく俺たちを癒してくれる。
湖は村から1時間ほどの距離にあった。鉄が重要資源だからか、ちらほらと砂鉄採集をするパーティも見受けられる。俺は、来るときに村の雑貨屋で購入した麻袋とスコップを取り出した。さすがに、マジックバッグに直接砂を放り込むのはまずいと思ったのだ。おそらく問題なくできそうだが、中に食品も入れる、気分の問題である。
湖面近くの砂にスコップを入れ、砂をすくっていく。それを延々繰り返し、1時間ほどで用意した7つの袋がいっぱいになった。ミオにも手伝ってもらい、なんとか終わったが、2人ともくたくたである。俺もミオも汗びっしょりだ。
「ふーっ、暑いですね。それに疲れましたね・・・。」
ミオが無防備に、フロンティアドレスの裾をパタパタと動かした。中に風を送るためだろうが、なんとなく目のやり場に困る。汗ではりついた髪やをかき上げる姿や、うなじに風を送る様がなんとも色っぽい。
「そ、そうですね・・・! だいぶ砂も集まりましたし、そろそろ戻りましょうか。」
俺は懸命に気にしていないフリをして、砂袋をマジックバッグの中に移動させていく。本来であれば重い砂袋をかついで戻らなければならないはずだが、マジックアイテムのおかげで軽くて本当にありがたい。魔物との戦闘も想定してきたのだが、今回は特にそういうったこともなく、目的であった砂鉄を得ることができた。
村に戻ると、次は炭屋に向かった。工房のすぐ近くにある店で、こちらも塀沿いであった。
「外から搬入しやすいようにこの場所にしているんですかね?」
ミオが積み上げられた木炭を見てそう言った。
「なるほど、確かに砂にしろ木炭にしろ、大量に運ぶとかなりの重量ですもんね。」
俺はその店で木炭を50kgほど仕入れた。仮に余ったとしても、今後の修行で使えるだろう。
時刻はすでに昼すぎだ。俺はここまで付き合わせたミオさんに対して申し訳なくなり、昼食を提案することにした。ちょうど、彼女も生きたい店があったらしく、案内についていく。案内されたのは、通りに面したおしゃれな店であった。現代風にいえばカフェのような感じだ。
「ここです。以前マリに来た時はとても私なんかじゃ入れないと思って諦めていたんです。ふふふっ、私も夢が叶いました。」
彼女の小さな夢を叶える手伝いができることに嬉しさを感じながら店内に入る。
「いらっしゃいませ。2名様ですね。こちらへどうぞ。」
この辺りは現代と変わらないのだなと思う。俺たちは店の中ほどの席へ案内してもらった。たくさんあるメニューの中から適当に選ぶ。それから明日の予定やマリの村のことなどを話しているうちに、オーダーした料理が運ばれてきた。洋食風な一品で、カツレツに似たような味付けであった。いつも食べているものよりも若干高級感がある気がする。ミオはデザートにも舌鼓を打っていた。店を出る際、会計をどちらがするかのひと悶着あったのだが、こちらのわがままに付き合ってもらったお礼、ということにして納得してもらった。
腹が満たされたので、再び工房にお邪魔した。
「おう、無事に戻ったな。鍛冶師を選ぶだけのことはあるじゃないか。それじゃあ、砂鉄と木炭をそこの炉の横へ出してくれ。」
俺が砂袋を7つと木炭を出すと、さすがの量にハッサンさんも驚いていた。
「すげぇ量だな!? そのマジックバッグもすごじゃねぇか。相当な高級品だぞ。鍛冶師をやるには打ってつけの道具だな。それじゃ、製鉄だが、砂鉄と木炭を交互にこのたたらに入れていくだけだ。中で化学反応が起きて、下から鉄が出てくるわけだ。普通は3日程度かかる。今回は3日前に入れたやつが順次できていくから、それを使うといい。」
「ありがとうございます。」
「これが鉄製造の基本だ。鍛造にはかなりの鉄を使うから、まめにストックしておくといいだろうな。次は研磨だ。研磨は状態にもよるが、金床と水を使う。損傷が激しい場合は溶かして打ち直しになるな。よし、ミオさんといったか? 君の武器を実際に研磨しながら教えるぞ。いいか、見た目でわかる場合とわからない場合があるが、刃物は使えば当然痛む。表面に凹凸が生じるわけだ。研磨ではそれを削っていく。こうして・・・金床に刃の面を当てて擦り合わせるんだ。だんだん摩擦で熱が生じて、表面の凹凸が取れていく。適度に水をつけて冷やしながら繰り返すんだ。よしっ、片面はやったからもう反面をやってみろ。仲間の武器だぞ、真剣にやるんだ。」
俺はミオの方を向くと頭を下げる。大事な武器を預かるのだ。それが相手に対する最低限の礼儀だと思ったのだ。刃を手で支えながら平行に動かしていく。「シュリシュリ」という研磨独特の音が耳に響く。しばらく続けると、見た目にも刃が輝きを取り戻したように見えた。
「よし、上手いじゃないか。筋がいいぞ。次はさらに目の細かい金床で削っていくんだ。冒険中に使える携帯用の金床は最初の研磨しかできない。これはまぁ応急処置だ。店で行うような研磨では、削りと仕上げを確実に行うんだ。それが武器を長持ちさせる秘訣だから。やり方は一緒だ。続けてやってみろ。」
ハッサンさんに促され、先ほどの金床よりも少し灰色がかった金床へ移動する。そして、同じように研いでいった。しばらく作業をすると、ハッサンさんからOKが出たので手を止める。初めに比べると、明らかに輝きが増しているのがわかる。
「すごい! 新品みたいですね。タクトさん、ありがとうございます。」
素人仕事で申し訳ないと思いつつ、ミオにダガーを手渡した。すると、頭の中にシステムメッセージが浮かび、鍛冶スキルを習得できたことがわかった。
鍛冶スキルを習得しました。
鍛冶・・・製鉄、インゴット製造、鍛造などの技術の総称。スキルLvが上昇すると、製造できる武器や防具、インゴットの種類、精錬の成功確率が上がる。
「あ、スキルが発現しました!」
「よかったな。ま、これがスタートラインさ。ここからが長いぞ。精々修行することだ。」
ハッサンさんは今日あったばかりの俺に温かい言葉をかけてくれた。俺は念願の鍛冶スキルを得ることができ、大きな喜びを感じていた。一日付き合ってくれたミオにも、改めて頭を下げる。
「ミオさん、ありがとうございました! 素材集めも研磨も、ミオさんがいなかったらこんなに順調にいきませんでした。本当にありがとうございます。」
「いえいえ・・・。良かったですね、タクトさん。これで夢への一歩ですね。」
「はい! ハッサンさんもありがとうございます。それと、お仕事を滞らせてしまって申し分けないのですが、差支えなければこのままここで修行をさせてもらえないでしょうか? この村にいるうちにできるだけのことをしたいんです。」
「俺は構わねぇよ。今のところ急ぎの仕事もないしな。仲間が増えるのはうれしいことだ。好きなだけ使っていいぞ。確か3日後この村を去るんだったな? 俺も手伝ってやるから、簡単な鍛造を覚えていけよ。」
俺はミオに頭を下げ、このまま鍛冶の修行を続けさせてもらうので、ここで別行動する旨を伝えた。ミオも事情を分かってくれて、夜また宿で再会することを約束したのだった。
SIDE:ミオ
「それじゃあ失礼します。タクトさん、頑張ってくださいね。ハッサンさん、お邪魔しました。」
私はそう言って、工房を後にしました。本当はタクトさんと村を見て回りたかったけれど、無心になって懸命にハッサンさんの話を聞いているタクトさんの顔を見ていたら、邪魔しちゃいけないって思いました。
「んー・・・これからどうしよう・・・。」
私は、急に手持無沙汰になってしまい、次の行動を決めかねていました。
思えば、このように完全な自由な時間なんて久しぶりでした。アリオスたちといた時は、パーティで依頼をこなさない時や休息日などは常に使い走りをしていまいた。あれからタクトさんたちと出会い、ルドンの村で生活するようになってからも、何かしら仕事をしていました。旅の間は常にみんなと一緒です。こんな安全な場所で、自由な時間を過ごすなんて何年ぶりでしょうか・・・。
ぼーっとしていても仕方がありません。以前はお金も時間もなかったので行くことができなかった甘い物を出すお店にいこうと思います。ちょうど時刻は3時ですし。
そのお店はたしか、中央通りを1つ入ったところにあったはずだと思い出し、記憶を頼りに歩いてみました。
「ここだ・・・! あの時から、全然変わってませんね。」
前回マリを訪れたのは、多分もう1年以上前でした。そのお店はマリでは珍しく、おしゃれなガラス張りのお店です。ドアを開くと、甘い、いい匂いがしました。
「いらっしゃいませ!」
店の女性が明るく声をかけてくれました。こちらの気分も明るくなるようです。
このお店では、ショーウインドウに並んだものから好きな物を選び、お金を払うスタイルです。私は迷った末に、栗を使ったケーキを選びました。
席に着くと、さっそくフォークで一刺し。柔らかい生地とクリームが口の中で溶けるようです。
「ママ! あたしはこのイチゴのやつがいい!」
「はいはい・・・この前もそれだったじゃない、好きねぇ・・・。」
先ほど私が見ていたショーウインドウを、親子が楽しそうに見ています。店員さんがイチゴのケーキを確認のためか女の子に見せてあげています。
(リコもイチゴが好きだったなぁ・・・・。)
私はふと、幼い頃いつも一緒だった友人のことを思い出しました。私と同い年で、みんなの前ではあまりしゃべらないけど、しっかり者のリコ。いつも一緒にいました。
「今頃・・・どうしているのかな・・・。」
リコのことを思い出す時、楽しかった明るい記憶と、その後の・・・悲しい記憶が蘇ってきます。
「・・・お客様、お茶のお代りは如何ですか?」
さっきの女性が、飲み物を持ってきてくれていることに気づかなった私は、慌てて笑顔を作り、「ありがとうございます。」と返事をして、お茶を頂きました。先ほどの親子はもういなくなっていました。
(リコ・・・それに、みんな・・・。)
ガラス越しの村のにぎやかな通りを、私はそのまましばらく見続けていました。
お店を出た私は、市場に来ています。いつも頭に被っているフードがだいぶ痛んできたので、何か別の物が欲しいなと思っていたからです。朝ロンさんとギドーさんが話していた感じだと、たしか真ん中の区画に防具類が売っているはずです。
「あれ・・・あんた、もしかして・・・あん時のお嬢ちゃんかい?」
何軒かの店を見て回っている時、突然話しかけられて驚きました。私は余計なトラブルを避けるために、一人の時は特に下を向いて歩くようにしています。こうすると、フードの奥が相手に見えずらくなるからです。本当は堂々と、いつか町を歩いてみたいんですけどね。
驚いて顔を少しだけあげると、若々しい女の人でした。その人は驚きとともに、親しみの籠った目で私を見ています。頭の上には山羊のような角が生えている、獣人の女性でした。
「忘れちゃったかい? あたしは覚えているよ。なんせ、そのフードをあげたのはあたしだからね。」
女の人はにこにこと笑っています。この笑顔・・・
「あなたはあの時の! 覚えています! たしかシュリカさんですよね? お久しぶりです。」
「元気そうじゃない。それに顔色も良くなっちゃって・・・顔もふっくらして・・・。良かった、安心したよ!」
思い出しました。シュリカさんはこの村で酒場を営んでいる方で、裁縫もお得意なので、時々市場でご自身の作った物を売っているのでした。
「思い出すねぇ・・・。あんた、前ここであった時はやつれててねぇ・・・。あのイヤな奴はどこに行ったんだい? 一緒にいないなんて珍しいじゃない。」
私は訳あって今は別行動をしていることを伝えました。詳しく話してもよかったんですが、ここは余りに人目が多すぎました。
「そうかい。あたしは安心したよ。ほんっとヤなやつだったからねぇ。それよか、そのフード、大事に使ってくれてるのね。嬉しいわぁ・・・。でも、だいぶ痛んでるじゃない。そうだ・・・ねぇ、これ、持っていきなさいよ。」
シュリカさんがくれたのは色鮮やかな飾り布でした。細かいところまで丁寧に塗ってあります。他の物と同様、かなり手が込んでいるので、無料でもらうのは気が引けました。
「そうだ! このフードと一緒に、代金をお支払いします。たまたま魔物を狩って大きなお金が入ったので、シュリカさんのおかげで私も気にせず普通に出歩けるようになりました。あの時、優しくしてくれる人がいなかったのに、シュリカさんだけは優しい言葉をかけてくれたんです。だから・・・。」
私がそう一気にまくしたてると、シュリカさんはにこにこしながら私の頭を撫でてくれました。
「そうかい。あんたも立派になったんだね・・・。ね、ちょっと時間あるかい? 荷物片づけるからさ、一緒についてきとくれよ。」
そういうと、シュリカさんは広げていた敷物を手早く片付けました。そして、隣で同じように商売をしていた顔なじみの人たちに、丁寧に頭を下げました。お隣さんたちは「おいおい、どうしたよシュリカ!?」とびっくりしていましたが、シュリカさんは「なぁに。いつも一緒にやってきたからね。」とにこにこしていました。
その後、私はシュリカさんに連れられ、村全体が眺められる高台へとやってきました。遠くの方で、もうすぐで沈む太陽が赤く染まっています。
シュリカさんは木の柵に手を置き、しばらく夕陽を眺めていました。
「ミオちゃん。あたしさ、今日で村を去るつもりだったのさ。」
「え・・・!? どうしてですか、シュリカさんのお店、とっても人気で、お洋服も、みんなに買ってもらって嬉しいって・・・!」
シュリカさんが振り向き・・・悲しい顔で笑っていました。
「あんたと会った頃はまだ良かったんだけどね・・・。だいぶこの村も獣人には暮らしにくくなっちまった。がんばって店も続けてたんだけど、村の代表がお貴族様、なんとかって家、と懇意にしてるとかでね。獣人は人間じゃないとかってお触れを出してさ・・・。うちと付き合いのある業者に圧力かけたりしてね。もうこの村では暮らせそうにないからさ、今日は最終処分市ってんで、昔馴染みのお客さんたちの顔を見たくて市に店を出してたの。ミオちゃんが達者にやってて、しかも冒険者として成功してるのね? 嬉しかったよ・・・。」
そうだったんだ。やっぱり、私たち獣人に対する差別は、年々ひどくなっているのね。
「そうだったんですね・・・。私、ずっとシュリカさんにお礼が言いたかったんです。シュリカさんのおかげで、今がありますって。・・・シュリカさん、これからどちらに行かれるんですか?」
「そうだねぇ・・・あてなんかないけど、とりあえず故郷のフォールンに戻ろうかな。あそこも人が住んでいるか分かんないけどね。あーあ、せっかく夢を叶えて店が持てたのになぁ・・・。またいつかやりたいなぁ。ね、ミオちゃんはさ、夢ってある?」
私はシュリカさんに言われて、ドキンとしました。まだ誰にも言っていないけど・・・
「はい・・・。私は元々、世界を見て回りたいって思っていました。それで・・・いつか、大変だと思うけど、このフードや飾り布を被らずに、普通に歩ける場所を作りたいです。私が、私たちがありのままでいられるような場所を・・・・。」
沈みゆく夕陽を見ながら、私はこれまで漠然としていた夢が、今ははっきり形になったような気がしました。ついこの間まで、こんなことを考えられるとは思ってもいませんでした。それってやっぱり・・・
「あれ、なんかミオちゃん、恋する女の子の顔になってるよ~? ふふふ、だれかいい人が見つかったんだね。あんなたがあんたでいられる相手がさ。ね、さっきの布、貸して。」
シュリカさんはそういうと、私から布を受け取りました。そして、後ろに回ると、私の髪の毛を結って、布で巻いてくれました。そのまま、後ろからぎゅっと抱きしめてくれました。
「がんばってね、ミオちゃん・・・あんたなら、きっとできるよ。またね・・・。」
そういうと、シュリカさんは手を振りながら、高台の麓へ向かって歩き出しました。
故郷に向かうシュリカさんの背中を、夕日が押しているようでした。
鍛冶のくだりは素人考えですいません(汗)




