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19.それぞれの3日間(ゴブ・ゼオル編)

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ありがとうございます!


SIDE:ゼオル


 俺の名前はゼオル。農家の倅として生まれたんだが、実りの少ない稼業に飽き飽きして12の時に家を跳びだした。トランド州は元々水運に力を入れてたもんで、船乗りに弟子入りして5年を過ごしたんだ。自分で言うのもなんだが、俺は船の扱いが他の連中よりも上手くてな、その上、天気の変化が「ニオイ」でわかるってんで、頭領から目をかけてもらってたわけさ。親方は頑固だが変わりもんで、何を思ったか一人娘のミランダを俺にくれやがった。子どもも生まれてよ・・・ま、幸せだったよ。

だけどよ、どこにでもいるんだ。てめぇの実力を棚に上げて、仲間組織して出る杭打とうとする馬鹿がな。そいつは古参の船頭で、俺が来るまでは仲間内でも一目置かれてたらしいんだわ。それに、ミランダに惚れてやがった。あいつからすりゃ、俺が全部持ってっちまったってわけさ・・・。

あいつはてめぇの失態を俺のせいにして、証拠をでっちあげて頭領が懇意にしる商人たちに触れ回りやがったんだ。頭領も最後まで最後まで俺を信じてくれたんだが、あの野郎は頭領を策に嵌めて殺し、その上で俺を追い出しやがった。ミランダの奴、無事でやってるかな・・・。

それからはよくある話よ。行き場を失って盗賊やってた時にピノトを拾ってやって、あいつは口が回るのが取り柄だったな。宿を値切ったり商人をだましたりするのに役に立つんで一緒に行動してたんだ。それが、タクトたちに捕まってな。ま、今ではあいつらと縁ができてよかったがな。

 いけね・・・つい湿っぽくなっちまったぜ。

 へへ、せっかく軍資金がたんまり手に入ったんだ。久しぶりに羽を伸ばそうってもんだ。

 お。いい店はあるじゃねぇか。まずはあそこで軽―く一杯やってくか。

 まだ時間も早いしな。ここで暗くなるまでちょいと飲んで・・・。

 それでその後は・・・へっへっへ。こいつぁロンの奴には秘密だぜ? あいつはまだ、若造だからな。



 俺は意気揚々と、一軒の居酒屋の扉を開いた。仕事終わりの時間より少し早めに入ることができ、カウンターの一席にすべりこんだ。小さい店ではあったが、すでに何人かの客が入っている。なかなかの人気店なのだろうか。

「邪魔するぜ・・・。エールを一杯と、そうだな、枝豆と煮込みをもらうぜ。マスター、早くな!」

「あいよ。ちょっと待ってくんな・・・ほい、お通しだ。」

 マスターはせわしなく動きながら、客の応対をしている。

 お通しの煮物を口に運ぶ。うまい。よく味が染みている。

 続いてエールを口に運ぶ。喉の奥を刺激される心地よさと、口に中に広がる苦みに背中が震える。

 しばらく店で落ち着いて飲むなんてことはなかったし、こんなに勢いよく酒をあおる贅沢を全身で噛みしめる。軍資金は十分にあるのだ。

 店内が混んできた。マスターはさらにせわしなく動いている。

 酒を傾けつつ、何とはなしに店内に視線を泳がせていると、また一人客が入ってきた。

「ミ、ミランダ・・・?」

 よく見れば、顔立ちは少し違うし髪の色も違っていた。しかし、なんとなく気の強そうな目が、かつての女房を思わせたのだった。俺は視線を外しはしたものの、なんとなく気になってちらちらとその女を見てしまった。

 そうしていると、つかつかと女が俺の横に近寄ってきた。「やべっ」と思った時はすでに手遅れで、ちょうど1席だけ隣が空いていたということもあり、その女が隣に座ってきた。

「マスター、私もこの人と同じやつ。で・・・、何か用かい? 盗み見は趣味が悪いんじゃないかい?」

 初対面なのにずばりと切り込んでくる。

「あ、いや、すまねぇ。ちょいと女房に似てたんでな・・・この通りだ。」

「なんだい。ずいぶん古臭い手だね。ま、いいさ。旅の人かい? 見ない顔じゃないか。」

「そんなところだ。生まれはトランド州なんだがな。」

 トランドと聞いて女は嬉しそうに反応している。

「なんだい、同郷じゃないか。懐かしいね。あたしはマヤってんだ。あんたは?」

 人間不思議なもので、生まれが同じだと急に親近感がわいてくる。

「ゼオルだ。」

 それから俺たちは故郷の話で盛り上がった。マヤはこの村にあるいくつかの酒場の一つで働いているらしい。今日はもう遅かったので、店の場所を教えてもらい、明日、今度はマヤの店で落ち合う約束を取り付けた。

 俺は酔いの回った体に当たる夜風の心地よさを感じながら、ふらふらと宿に戻ったのだった。


 翌朝、連日の二日酔いで痛む頭を押さえ、ゆっくりと寝床でまどろんでいた。

 タクトは鍛冶師に修行をつけてもらえるようになったと喜んでいた。今朝も早くから修行に行くんだと。全く、真面目なやつだ。ロンとゴブは近くに魔物狩りに行くらしい。昨日新調した武器の試し切りにいくと張り切っていた。ま、新しい装備を早く試したいって気持ちはわからんでもないな。

 俺は結局昼過ぎまでゴロゴロしていた。昼間っから働かずにごろ寝は最高だ。

とはいえ、いい加減寝ているのも飽きてきた。

(ちょっと腹も減ってきたな・・・うしっ、適当にぶらついてみるか。なんか面白いことでもあるかもしれないしな。)

 俺は勢いをつけて寝台から起き上がると、曲刀を腰に差し、部屋を後にした。1階のロビーを抜けて外に出ようというところでノールと鉢合わせした。

「なんでぇゼオル、こんな時間までごろ寝か? いいご身分だなぁ・・・よく眠れたか?」

「へへへ、まぁな。いい宿じゃねぇか。ちっと腹減ってな、どこかうまい店しらねぇか?」

「それなら裏通りをちょいと歩いたところにある、マツヤ亭ってのがおすすめだ。旅人がわざわざ旅人が行くような洒落た店じゃねぇが、牛椀がうまいんだ。安くて量も多いしな。」

「最高じゃねぇか。ありがとよ。」

 店主のノールに手を振って礼を言うと、戸を開けて外へ向かって歩きだしたのだった。



 俺はノールに言われた通りの道を歩き、目的の店に到着した。あいつが言う通り、見てくれはあんまりよくない。観光用の外装というわけでなく、安い飯屋という感じだ。だが、こういう店に限って、特に野郎向けのメニューが美味いんだよな。

 店内は労働者風の連中でにぎわっていた。どいつも大盛りの、うまそうな定食メニューをかきこんでいる。俺も壁際の1席に潜り込み、ノールの言っていた牛椀を頼んだ。

「ったく・・・それにしてもあの貴族、ムカつくよな・・・。『平民共!』とか抜かしやがってよ。」

「全くだぜ。アリオスとか言ったか? 噂じゃあいつ、それなりに腕の立つ魔術師サマだって言うじゃねぇか。しかもアルモン家のモンときた。」

 飯が来るのを待っていると、すぐ後ろの席からそんな話し声が聞こえてきた。

「アルモン家っていやぁ、魔術の名門だろ? なんでこんな村にいるんだよ。」

「なんだかよ、あの野郎あんなに威張っちゃいるが、どうも依頼でヘマしたかなんかで、冒険者としての名声が地に落ちたって話だぜ? もともとまだ大したランクじゃなかったらしいが、アルモン家だろ? それなりに一目置かれたらしいだよ。そのくせ馬鹿やったってんで、物笑いの種になってモレジオからこっちに流れてきたってわけさ。」

「チンケな野郎じゃねぇか。それなら、いっちょガツンと言わしてやるわ! 村の連中も、相当な人数が奴に難癖つけられただ、店のモン壊されただ、女が被害に遭ったとか言ってたぜ。タダじゃおかねぇってんだ!」

 どこにでも悪い貴族はいるもんだ。貴族なんてのぁロクなのがいないが、そのアリオスってのは大概だな。

「やめとけやめとけ! お前みたいに、血気盛んに怒鳴り込んだ奴がいたんだけどよ・・・そいつ一瞬で消し炭だ。野郎、魔法だけは一流らしい。それ以降村の連中も戦々恐々よ・・・早く出て行ってほしいもんだぜ。」

 その時、ちょうど店員が牛椀を持ってきた。が、後ろの連中の話を聞いてたら何だか胸糞が悪くなっちまった。

「並盛にするんだったなぁ。」

 目の前で湯気を立てる大盛りの飯を見ながら、俺はそう一人ごちてしまった。

 後ろの客の姿はもう無かった。



 大盛りの飯を何とか腹に収め、俺は適当に村をぶらついていたところだった。

 すると、反対側から、どこかで見たことのある小男が歩いてきた。向こうもこちらに気づいたのか、驚いている。

「おい、ピノトじゃねぇか! 生きてやがったのか。」

「なっ!? ゼオルか、お前こそ・・・フン、あの冴えない連中に取り入りやがって・・・連中と一緒じゃない

のか?」

 目の前の小男はモレジオに向かう峠越えの際に姿をくらました、かつての仲間のピノトであった。

「まぁ悪くない連中でよ、ここまでつるんで来たんだ。お前こそ無事だったんだな。どうよ、お前がその気なら

詫び入れて連中に厄介になろうぜ? タクトの奴は気前もいいしよ、何なら俺もクチ聞いてやるからよ。」

 ピノトは腕っぷしが弱い。カタギの商売も難しいだろうと思って、俺なりに助け船と思って声をかけてみたのだ。ところが、ピノトは俺の誘いを鼻で笑って吐き捨てた。

「はぁ? 馬鹿なこというなや。だれがあんなボンクラに頭下げるかってんだ。お前もヤキが回ったな、ゼオル。」

「んなっ・・・! ピノト手前! 誰に口きいてんだ!」

 ピノトの態度がおかしい。以前のこいつは俺に対してもペコペコしてやがったはずだ。

「俺も今じゃ、貴族サマのご家来よ。俺に失礼な態度を取ってみろ? お前と言えど容赦しねぇからな。ま、今回は昔のよしみで見逃してやるよ。次はねぇからな! 昨日も生意気な女がいたんで痛い目みせてやったんだ! どけや、俺は忙しいだよ!」

 そう言って、奴はムカつく面をして行っちまいやがった。

「なんでぇ・・・あの野郎。」



 ピノトとの最悪の再会の後、俺は「そういえば、マヤの店この辺だよな。」と思い出していた。まだ時間は少し

早いが、仕込みか何かで店にいるかもしれない。邪魔しちゃわりぃかなと思いつつ、あいつならそんな細かいこ

とは気にしなそうだし、ちょっと早めに飲ませてもらおうと、店に向かって歩き出した。

「ここか? なかなかいい店じゃねぇか。」

 見つけたのは洒落た感じのバーであった。外から中の様子は見えない。逆に言えば、ゆっくり飲めるってもん

だ。俺は扉に近づき、中に入ろうとした。よく見ると扉の不自然な位置が焦げている。

「邪魔するぜ。ここにマヤって娘がいると思うんだが・・・、おう! 昨日ぶりだな! っておい、なんだよこの有様は。」

 中に入ると、もちろんまだ店は営業していなかった。が、昨日一緒に盛り上がったマヤはすでに店内にいて、

カウンター席の1つに腰掛けていた。店内はひどいもんで、床には誰かが暴れまわったのか酒瓶やら皿やらが散

乱している。所々焦げている場所もある。

 俺が入ってきたことに気づいたのか、マヤが暗い顔で振り向いた。そして、そのまま勢いよく、俺の元へ突っ

込んできた。マヤは俺の胸に飛び込むと、しくしくと泣き出した。肩も震えている。

「一体何があったってんだ!? どこのどいつだ? ひでぇことしやがる!」

 マヤはしゃくりあげて泣いている。だが、懸命に涙を堪えると、昨晩の状況を説明し始めた。

 昨晩、俺と別れた後、自分の店に戻った。翌日に備えて掃除をし、家に戻ろうとすると、いきなりチンピラ

の小男が入ってきて、酒を出せと偉そうに言ってきた。もう店じまいだからと伝えたのだが、男は激高し、尚も

酒を出すように詰め寄ってきた。「いい加減にしな! 自警団のツレを呼ぶよ。」と脅しのつもりで言ったところ、

外から魔術師風の男が入ってきて、店を目茶苦茶にして行ったのだ。

「最後は私の腕をつかんで乱暴すようとしたのさ。怖くて、必死に叫んだらさ、騒ぎを聞きつけた近くの人たち

が集まってきてくれてさ、さすがにバツが悪くなったのか、そいつらも逃げていったのさ。でも・・・あんな奴

らが村にいると思ったら・・・今晩また襲いにくると思ったら・・・それで私・・・・。畜生、せっかくこの店

を持てたってのに・・・こんなのあんまりだよ・・・。」

 マヤは再び泣き出した。今度はやるせない怒りをぶつけるように、先ほどよりも激しく泣いている。時折俺の

胸ぎゅっと掴んでくる。

 しばらくそうやって泣かせてやった後、俺はすっとマヤの体を押し・・・腰の布袋をとって手渡してやった。

「これ持って逃げろ。そういう奴はしつけぇからな。ここにいたら危険だ。・・・大丈夫だ。お前ならどこの町で

も、また成功できるさ。そんな面すんな。マヤ、またな。達者で暮らせよ。」

 俺はそう言って後ろを振り向く。何歩か歩いたところで、マヤが後ろから抱き着いてきた。

「ありがとう・・・ゼオル。」

そのぬくもりを背中に感じながら、俺はもう一度後ろを振り向かずに歩き出したのだった。



 その後、ピノトの奴を探して村を歩いた。

 マヤの話の男たちは、ピノトだとみて間違いない。

 だが結局、その日も翌朝も奴を発見することはできなかった。念のためマヤの店を見に行くと、扉は閉じられ、

彼女の姿は無かった。なんとか無事に逃げていればいいのだが・・・。




SIDE:ゴブ


 マリの村についた日の翌朝である。

この日から、一行は3日間の自由時間となった。昨晩タクトからそれぞれ軍資金も受け取り、何をやるのにも自由である。

さて、ゴブは何をして過ごすのだろうか? 彼は人語を介するものの、まだ不得手である。ここは、語り部である自分ががんばるとするか・・・。



昨晩はギドーの出店前祝、ゼオルのパーティ加入後祝いと称し、遅くまで盛り上がっていた。ゼオルとギドーは未だに高いびきをかいている。一行の中で早く動き出したのは、ゴブ、ロン、タクト、そしてミオの4人であった。

 ゴブは最も早く目を覚まし、ベッドから起き上がった。ゴブは一族の長であるから、村にいる時も他のゴブリン達とは違い、家も生活も比較的豊かである。ゴブ自身は贅沢を欲してはいないものの、「長がそれでは示しがつきませんので・・・。」と側近たちにたしなめられてしまい、地面に直接寝るようなことはなかった。旅の最中も、ギドーから借り受けた敷物で寝てきた。昨晩は初めてベッドなるものに寝て、驚いた。ふかふかで、今まで経験したことのない幸福感だ。これは元の生活に戻るのは一苦労だなどと真剣に考えてしまった。

 さて、ゴブは朝の日課を消化すべく、いつも通り剣を手にした。

(いかん。この村では人目につきすぎるな・・・。どうしたもんかな・・・。)

 しばらく行動するか悩んでいたが、結局、外に出てみることにした。

 ルドンの村での一件があってから3か月が経っている。季節はすっかり秋。朝もだんだん冷え込むようになってきた。フードを目深にかぶり、人目を避けるようにして、ゴブは村の外れへと歩き出した。時刻はまだ5時半ごろだ。人気はほぼなく、村は静寂に包まれている。

 と、前方の通路の方から、自分と同じような格好をした人影がにょきっと姿を現した。周囲を確認すると、道の反対側の通路へ消えていった。

 ゴブはなんとなく気になり、人影が消えた通路の方に近寄ってみた。人影は通路の先へ進んでいき、そのうち地下に降りて行くのが見えた。ゴブがそっと近づいてみると、人影がドアをノックしたところだった。見た目にもボロボロで、所々隙間が空いている。すると、ドアが開き、中から小さい子どもの声が聞こえた。その人影はそのままドアの中に消えていく。どうやら、ここが彼らの住処のようだった。お世辞にもきれいとは言えない環境の中で、彼らは生活しているようだった。

「・・・ほら、お間が食べたいって言っていたりんごだぞ。なんとか1個くすねてきたんだ・・・。もっと一杯食べたいよな・・・。明日はもっとがんばるから、お前もがんばって待つんだぞ・・・。」

 じっと中の音に耳をそばだてていると、子どもと思しき声が聞こえてくる。

(人間も大変なのだな。ここのところ、争いが多いと聞くが・・・大丈夫だろうか?)

 あたりに人が増えてきた。

 ゴブは、これ以上この場にいる危険を感じ、足早に宿に向かって引き返したのだった。



 自由行動最終日の3日目。この日は午前中、タクトやロンがルドンの村の面々に何か土産になるものを探すというので、ゴブもついていくことにした。自由に行動できるが、さすがに買い物は人間たちが一緒でないと不安である。

 今日も市場は活気に満ちていた。ミオはアクセサリーに目を輝かせているし、ロンは商人から怪しい武器を勧められて悩んでいる。無駄遣いしなければいいのだが・・・。ゴブに人間たちの美的センスはわからないが、安全な環境下で人間たちの生活に触れることができるのを楽しんでいた。タクトと出会ってから、それまで分かり合えないと思っていた人間たちと交わり、その文化に触れる喜びを知ったのだ。

(お、あの飾り・・・。息子が喜びそうだな。)

 ゴブは一件の露店に目を付けた。その店は木工細工を扱っていた。その中で、木彫りの人形に目が留まった。「コレ ホシイ。イクラデ カエル?」

 ゴブの人語はだいぶ上達している。この時も、店主はお面を被ったゴブを怪訝な顔で見たものの、「外国の子どもかな?」と勝手に判断してくれたようだ。好都合なことに、身振りで値段を教えてくれた。タクトから大金を受け取っていたゴブにとっては痛くない出費であった。ゴブは、その人形と、妻へ髪飾りを買うことにした。代金を支払うと、店主が気を利かせてくれたのか、人形を服の裾に結び付けてきた。ゴブはどう答えてるのが正解か迷っていたのだが、店主がにこやかな顔で「また来てくださいな。」と手を振ってきたので、人間のマナーに倣うことにしたのだった。

 その時、市場の一角で喧騒が起きた。

「てめぇ! 待てこら! 最近商品がなくなっておかしいと思ったら、てめぇの仕業か! 待ちやがれ!」

 通行人たちが足を止め、「なんだなんだ」と、騒ぎの中心へ視線を向けている。ゴブも目をやると、店主と思しき男が、怒声を上げ、背の低い少年を追いかけようとしているところだった。少年は両手で果物を持ち、小さな体で懸命に人込みをかき分け、通路へ向かって走り去っているところだった。

 ゴブは瞬時に身を翻し、少年の走り去った方向へ向かっていった。

「あ、ゴブ! どこ行くんだよ!」

ゴブの様子が変わったことに気づき、ロンが声をかけた。

「ヤボヨウダ スグモドル!」

 そのまま、ゴブは人込みの中に消えていったのであった。



 少年は必死に走っていた。両手に2つずつ持っていたはずのりんごは、すでに1つずつになっている。なんとか、この2つだけでも持ち帰らなくては・・・。

「いたぞ! このまま追い込め! この先は行き止まりだ!」

 まずい、と思ったときにはすでに手遅れであった。追手の男が言う通り、この先は行き止まりで、逃げ場のな

い場所へ走りこんでしまったのだ。すでに男が、顔を真っ赤にして立っている。

「手間かけさせやがって、この盗人が! てめぇ、よく見たら鬼人族じゃねぇか。うす汚い亜人のガキが! た

だじゃおかねぇからな! 覚悟しやがれ!」

 そう怒鳴ると、男は手にした棒で少年を頭上から叩こうとした。鬼人族の少年は、これから起こるであろう私

刑の恐怖にかられながら、ぎゅっと身をこわばらせた。

しかし、いつまでたっても痛みは襲ってこなかった。不思議に思い、恐る恐る目を開けると、そこには口から

泡を吹いて気絶している男の姿と、フードを被った自分と同じくらいの人影が立っていたのだ。

 不思議な形のお面の奥から、これまた不思議なイントネーションの人語が聞こえてきた。

「ハヤク ニゲロ。オッテ マタクル。イソゲ。」

 ゴブはそう言うと、少年が落としたりんごを投げてやった。

「お前だれだ! 情けをかけたつもりかよ! こんな奴、俺一人でどうとでも・・・。」

 少年の強がりは最後まで語られなかった。ゴブが少年を引きずり、近くの物陰に引き込んだからだ。続いて、自警団の一団が走りこんでくる。一団は気絶している男の頬を叩き、意識のないのに舌打ちすると、再び犯人を捜すべく別の道へと駆け出していった。

「イマ オマエヒトリ アブナイ。イエマデ マモッテヤル アンナイシロ。」

 ゴブは有無を言わさず、少年に詰め寄った。少年は自警団を見て恐ろしくなったのだろう。素直にゴブの提案を受け入れ、両手にりんごを抱えながら、「こっちだよ・・・。」と案内し始めたのだった。




 ゴブたちは自警団に注意を払いつつ、やや遠回りしながら少年の家へとたどり着いた。少年は警戒しながら自宅の中へゴブを招き入れると、先ほどとは打って変わった殊勝な態度で頭を下げた。

「ここが俺の家だ。その、さっきはありがとう。おかげで助かったよ。」

「モンダイナイ。ソレヨリ・・・。」

 ゴブの視線が、真っ暗な部屋の片隅で、こちらを伺うさらに小さな陰に注がれた。不思議なお面の、男とも女ともわからない相手に見られ、小さな影がさっと物陰の奥に消える。

「キョウコ。この人は大丈夫だ。俺もさっき逃げていたところを助けてもらったんだ。出てきなよ。」

 キョウコと呼ばれた人影がおずおずとでてきた。少年もそうだが、2人とも粗末な服を着てやせ細っている。キョウコと呼ばれた鬼人族の少女もぺこりと頭を下げた。

「キュウマを助けてくれてありがとうございました・・・! 私、キョウコっていいます。あの、貴方は?」

「オレハ ゴブ。」

 キョウコは「ゴブさんって言うんですねー。」などと無邪気に答えている。キュウマと呼ばれた少年が兄で、2人は兄弟なのだろう。

「そうだ、キョウコ、ほら見ろ。今日はりんごが4つも手に入ったんだ。うまいぞ。食べろよ。」

 キュウマに促され、少女が果物にかじりついた。小さな口で一生懸命咀嚼している。

「ヌスミ ヤメタホウガイイ。イツカ ツカマッテ タイヘンナメニアウ。」

 ゴブは月並みだが、ごく当たり前のことを先達として伝えてみた。今日の一件で、さらに警戒が強まることは目に見えている。次は無い、と直感でそう感じたからだ。

「やめろっつったってよ、だったらどうすりゃいいんだ! まだガキの俺たちに働き口なんてありゃしないんだ! 周りの連中も『鬼人族が!』とか言って誰も助けちゃくれないんだ!」

 ゴブは少年の剣幕から、身寄りがないのだろうということをなんとなく察した。今は不安定な時代である。国が斜陽を迎えると、権力者たちは立場の弱い人種への差別を強め、負の矛先をそちらに向けがちである。この兄弟たちの親も、そんな風潮の中で命を落とし、寄る辺のない劣悪な環境の中で、なんとか2人は罪を重ねながら生きているのだった。

 その時だ。頭上がやおら騒がしくなった。

「おい、こっちの方に見えたっていうのは本当なんだろうな!?」

「ああ間違いない。逃げたガキと、似たような身長の怪しいのも入っていったんだ。昼間に別のガキも中に入って行くのも見た奴がいるんだ。ここがガキ共のねぐらになっているにちがいない!」

 あまり段数のない階段を踏み鳴らす音が迫ってくる。

「キュウマ キョウコ、サガッテイロ。イイカ シズカニ ナルマデ ゼッタイニ デテキテハダメダ。」

 扉が蹴り破られた。元々大した広さのない空間に、どかどかと5,6人の男たちが入ってきた。制服なのか、いずれも揃いのシャツを着ている。

「てめぇもガキの仲間か! あのガキはどこにいやが・・・ガハッ!!」

 先頭のリーダー格の男が罵声を言い終えると気絶するのは同時であった。周りの男たちは何が起きたのかわからなかった。3人目の仲間が泡を吹いて倒れた時、残りの2人が慌てて腰の剣を抜いたが、時すでに遅し。ゴブが壁を蹴り、剣の腹で男たちを立て続けに打ち据えたのだった。

 場が静まり返ったのを感じ、キュウマたちが物陰から出てきた。扉の前に男たちが伸びている。

「ゴ、ゴブ・・・あんた目茶苦茶強いんだな! すげえ!」

 キュウマは何事もなかったかのように剣をしまうゴブの正面に立った。そしてその手を取り、感謝を伝えようとして驚いた。ゴブが魔物だったからだ。

「あ、あああ、あんたゴブリン!? ま、魔物が何でここに!? キョウコ、か、隠れろ!」

 彼は慌てて妹の側により、自身の陰に隠している。恐怖に顔が引きつるのを感じながら、それでもたった一人の妹を守るべく、身体を盾にした。

 しかし、キュウマの思いと裏腹に、キョウコは兄を横に押しのけ、彼に向って不思議そうに言ったのだ。

「お兄ちゃん。ゴブさんは怖くないじゃない。私たちを守ってくれたんだよ?」

「で、でもお前・・・。」

「お兄ちゃん、魔物かどうかなんて関係ないじゃない。ゴブさんはゴブさん、命の恩人だよ。」

「・・・。」

 きょうだいの話を黙って聞いてきたゴブが、キュウマの肩に手を置き、諭すように話し始めた。

「アジンモ マモノモ サベツサレル。ソレハ ツライコト。ダケド ソレデ スベテガ キマルワケジャナイ。ツヨクナレ。オレ イマ ナカマ イル。ツライコトモ アッタガ イマハ トテモ タノシイ。ガンバレ。マケルナヨ。」

 そう言うと、懐から布の袋を出し、キュウマに待たせてやる。そして、キョウコに近づくと、服の裾についていた木彫りの人形を取ると、キョウコに手渡し、頭をくしゃっと撫でてやったのだった。それから、何事もなかったように、ゴブはその家を後にしたのだった。



SIDE:ゼオル&ゴブ



少年たちと別れた後、ゴブはフードを被り直し、宿に戻ってきた。部屋の戸を開けて中に入ると、ゼオルが机に突っ伏し、クダを巻いている。可哀そうに、ギドーが相手をさせられているようだ。

「・・・それでよ、俺はその女があまりにも不憫だと思ってよ、「達者で暮らせよ。」と切符良く有り金を渡してやったわけだ。その女「ありがとう、ゼオル・・・!」って、後ろから抱き着いてきたんだよ。まぁあれだ、その場はカッコつけて帰ったんだが、いい女なんだよ! ちょっといい事あるかな~なんて今朝顔見にいったらよ、女の家はもぬけの殻で・・・畜生め! まんまと騙されちまった! おら、哀れな俺に一杯恵んでくれよ。ちっきしょー・・・。」

「それは残念でしたね・・・。おや、ゴブ殿お帰りなさい。どうしたんです。今日はロンさんたちと土産を見に行ったんじゃありませんでしたか?」

 ギドーが不思議そうに声をかけた。ゴブはどう見ても、手に何も持っていなかったのだ。そればかりか、上着を脱いで身軽になったにも関わらず、いつも懐に括り付けている布袋が見当たらなかった。ゼオルが目ざとくそれを見つけ、ゴブに絡んだ。

「まさかお前も女に騙されたクチか!?」

「マァ ソンナ トコロダナ。」

「よしよし、俺たちは心の友よ!」

 ゼオルに肩をバシバシと叩かれるゴブを、不思議そうにギドーが見たところで、タクト達がもどってきたのだった。


筆者が学生時代、ROラグナロクオンラインにドはまりしました。

ちょうど名もなき島というパッチが当たったころで、勝手にRO全盛期と呼んでいます。

連日楽しかったことを覚えています。

仕事が始まってから手をつけていませんが・・・。

なので小説はROに多大な影響を受けています(笑)

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