18.マリの村
ゼオルを旅の仲間に加えた俺たちは、翌朝から早速マリの村へ向けて歩き出した。ゼオルが普通に歩き、ピノトが蒸発したことで、積み荷がほとんどなくなったため、一行の歩みは速い。この調子なら、夕方前には目的の村に着くとのことだ。
ゼオルは元々トランド地方の出身である。トランド地方は、この国の北側に位置しており、王都のすぐ近くにある。州都はそのままトランドといい、魔法の名門貴族が治めているらしい。この国の創成期に、王の信頼が厚かった魔術師の先祖が、王より領地を賜った。以後、代々優秀な魔術師を多数輩出するとともに、魔術師の学院を運営しているそうだ。魔法技術の最も発展している地方らしい。これから行くマリの村は、そのトランド地方の南端に位置するのだ。
現在は土地勘のあるゼオルが馬車の右側を歩き、ギドーが馬車と俺の間を歩いている。ゼオルの加入によって右手からの魔物へも対処できるようになり、旅の安全性も高まっている。
「あそこは村とはいえそれなりにデカイからな、ルドンやキーオを想像していたら、驚くぜ?」
ゼオルが訳知り顔で説明してくれる。ロンなどは、わくわくして落ち着きがない程だ。
「村の人口も桁が変わりますな。この国の北方への玄関口でもあるので、商人ギルドの支部もあります。常設の市もありますから、素材や物品の売り買いも自由ですよ。それに簡単な工房もいくつかありますから、タクトさんもご興味があるかと思いますね。」
ギドーさんの説明に、俺のテンションも上がる。いよいよ魔物素材の買い取りのチャンスがやってきそうだった。工房があるのもありがたい。
「市や工房があるのは楽しみですね。冒険者ギルドもあるんですか?」
俺の質問に、ギドーさんは申し訳なさそうにかぶりを振った。
「冒険者ギルドは残念ながらありませんね。やはりこの辺りではモレジオのみになります。ゆえに冒険者たちは、ライセンスを取得した後、こぞってあの町に集まるのですよ。ただ、そうですね。マリはゼオルさんの言う通り大きな村ですから、商人ギルドや酒場など、いくつかの場所で依頼が出ているはずです。特定討伐指定モンスターの情報などもあるでしょうし、一度覗いてみてもいいかもしれませんね。」
「ふふ、工房って聞いて、タクトさん嬉しそうですね。」
ミオが俺の顔を見て笑っている。一時は失敗から落ち込んでいたが、今は元気を取り戻したようだった。
「おい、城壁っぽいのが見えたぜ? あれじゃないか?」
いよいよマリが見えてきた。
俺たちははやる気持ちを落ち着かせつつ、まだ見ぬ村へ急いだのだった。
村の入り口に着くと、ギドーさんの案内でまずは馬車の係留所へと向かう。この規模の村では、馬車を中に乗り入れるようなことはできないのだ。そんなことをすれば、往来が阻害され人々がごった返すばかりか、馬や騾馬の糞で大変なことになってしまう。馬や騾馬も専用のスペースに留め置かれるのだ。
村に入る前に困ったのは、ゴブである。まさかこのまま入るわけにはいかない。
「それでしたら・・・これなんかどうすかね?」
そう言ってギドーさんが取り出したのは、民芸品っぽい不思議なお面であった。とりあえず、ゴブは満更でもなさそうに、ミオの古いフードを拝借し、それを着たうえでお面をつけることにした。
「ブァハッハ! おいゴブ、良く似合ってるぜ。人間のガキに見えないこともないだろうよ。」
「モンダイナイ。ゴブモ オオキナムラ タノシミ。」
「タクトさん、村の中に入ったら、どうしますか?」
ミオにそう聞かれたので、俺自身の考えを述べることにした。
「まず、ギドーさんは商人ギルドに御用があると思います。ですから、そのまま商人ギルドへ向かってください。俺たちはとりあえず、宿を探すというのでどうですか?」
「そうして頂けると助かりますな。私も用事を終えたら宿を尋ねますので、後で落ち合いましょう。」
「宿の案内なら任せろ。宿の親父は顔なじみだ。なんとかなるはずだぜ。」
というわけで、俺たちは村の中に入ることにした。村は城ほどではないが、石の壁で囲われていて、外敵からの防護もしっかりしていた。家屋も石造りのものがちらほらあり、全体的に立派である。道行く人も多く、町全体に活気があるようだった。道も大通りは舗装されていて、砂埃があがる心配もない。
しばらく歩くと通りに面したところに商人ギルドがあった。ギドーさんとはここで一旦別れ、ゼオルの案内で、そのまま道を進む。目的の宿屋が見えてきた。歩きながら村の様子を見ていると、パン屋やレストラン、武器屋などの専門店もあった。農業に従事する人々などは、きっと郊外で作業をするのだろう。
「ここだここだ。へへ、変わらねぇな。さ、中に入ろうぜ。」
宿の扉を開け、中に入る。キーオの村にも宿はあったが、そこよりも大きく、3階建てである。従業員と思しき女性が、忙しく働いているのが見える。ゼオルはそのまま店の帳場まで行くと、男性に話しかけた。
「おう、ノール、久しぶりだな!」
ノールと呼ばれた男性は、旧友の顔を見て驚いているようだった。
「なんだゼオルじゃないか! 冒険者稼業はどうだ? そちらの方たちは・・・。」
「まぁぼちぼちだな。今は商人の護衛でこの村に寄ったんだ・・・。後ろの連中は仕事仲間さ。何日かここに厄介になりたいんだが、部屋は空いているか?」
「ちょっと待ってくれ・・・今ちょうど隊商の団体が泊っててな・・・旧知のよしみだ、2部屋ならなんとかなるぜ。」
ゼオルは俺たちの方をちらりと向き直り、にやりと笑って店主に宿泊の旨を伝えた。記帳した後,カギをもってこちらに近づいて来る。
「部屋は2つしかないらしい。で、どうする? 俺としちゃ馬に蹴られて死にたくはないんだけどな。」
にやにやしながら俺とミオを交互に見やった。
「も、もうっ! ゼオルさん!」
ミオは顔を真っ赤にしている。ロンは「勝手にしてくれよ」とばかりだ。
「とりあえず、ミオさんは301を。野郎は302。以上です。」
「ちょ、タクトさん、悪いですよ。私一人で1部屋使うなんて! 私はいつも通りご一緒で、その、大丈夫です!」
あー・・・そのね、ミオさん、もうちょっと周りをですね・・・。
「この宿の壁、薄くないといいなぁ。うまくやれよお二人さん! ガッハッハ! おいロン、ゴブいこうぜ、後は若い二人に任せとけ。」
そういうと、ドカドカと足音を立て、3人は先に階段を上がっていってしまった。
さすがにこれだけ揶揄われた後で同じ部屋というわけには何ともばつが悪かったので、固辞するミオにカギを預け、俺も男部屋に泊まることとなった。ノールさんがゼオルに気をきかせてくれたのか、ベッドの数も多く、男4人でも問題なく眠れそうである。
そのまま、4人に部屋で待機していてもらい、俺は常設の市場へと向かった。旅で得た素材を現金に換えるためである。この村での滞在は数日に及ぶ。いつも全員で雁首並べているわけにもいかないので、当座の行動費用を捻出する必要があったのだ。
村の勝手もわからなかったので、商人ギルドを訪れることにした。建物内は簡素なもので、村役場のようになっていた。受付担当らしい若い男性が応対してくれた。
「いらっしゃいませ。行商の方ですか? それとも投機や出店,登録のご相談ですか?」
「あ、すいません。今日村に来た旅の者なんですが、常設の市場があると聞きまして、勝手がわからないので質問に伺ったんです。それと、別件で、こちらにギドーさんが来ておられると思うんですが、お手すきですか?」
「旅の方ですね。かしこまりました。ギドーさんは2階でギルド職員と会議中です。常設市場ですが、この建物の裏手に回って頂いて、少し進んだ先に広場があります。誰でも自由に商売ができますし、手数料もありませんよ。ただし、店舗とは違いますから、盗難には気を付けてくださいね。町の自警団の方が不定期に回ってくれていますが、トラブルは避けてください。ちなみに、売り物はなんでしょうか?」
「魔物の素材です。種類が多いのですべての説明は省きますが、魔石もいくつかあります。」
生憎、今回はポーションなどの加工品がないのが残念であった。準備期間が短かったのと、道中は道を急いでいたので、寄り道や薬草収集などができなかったのだ。
「なるほど。魔物素材は需要次第ですね。冒険者ギルドではないので、全てを買い取ってもらうのは難しいかと思います。魔石も同様ですね。ただ、こちらはある程度相場が安定していますので、交渉してみる価値はありますね。常設市場では、主に3つの方法で商いがされています。1つ目は商品を直接陳列する方法です。客が欲しい物を目で見て選ぶわけです。2つ目は直接売り手と買い手が交渉します。盗難は防げますが、客は商品を目で見られないので、あまり効率は良くないです。最後に、板やなにかに商品を書く方法です。道具は必要ですが、客も在庫がわかります。これらを組み合わせて商売をするのが基本ですね。なお、敷物と板はこちらで貸し出しています。それぞれ敷物が1日300ギル、板は自由に書き消しができるマジックアイテムのため1日1000ギルですが、どうされますか?」
職員さんに丁寧に説明してもらったので、商いの勝手を理解することができた。
「ご丁寧にありがとうございました。今日は様子を見るだけにしてみます。ギドーさんには、宿が決まったということをお伝え願えますか? よろしくお願いします。」
職員の方に頭を下げ、俺はギルドを後にしたのだった。
情報通り、店の裏手に回り、進んでいくと、奥の方からがやがやと喧騒が漏れ聞こえてくる。あれが件の市場のようだった。
「おー・・・すごいなこりゃ! ものすごい活気だ!」
広場に一歩足を踏み入れると、そこは人でごった返していた。首都圏のショッピングモールのような人込みで、活気に満ち溢れている。通行人にぶつからないように歩くのが精いっぱいである。どの店からも威勢の良い声が聞こえてくる。呼び込みにも熱が入っている。わけもわからず物品を借りなくてよかったと思う。販売していエリアと思しきところはどこも全く隙間がない。この時間からのこのこやってきても、商売をする場所も無さそうだ。
店は果物や野菜を売る店、服やアクセサリーを売る店、魔物素材を売る店と多種多様であった。この世の相場がわからないので、目で見ながら、耳で感じながら必死に覚えていく。
目が回りそうな感覚になりながら、1区画をようやく、一区画を見終わった。わかったのは、素材の買い取りはかなり難しいということだ。魔物素材は多種多様なので、売り手と買い手の要求が一致するのは難しいのだ。俺には知識もないので、下手に売っても大損するか、全く売れないのどちらかになる。それよりは、薬草類の情報を集めて採集してポーションを作って売るか、元手はかかるが薬草類を購入して加工品にして売った方が確実に売ることができそうだ。俺は、この手のゲームでも、画面いっぱいに広がる露店を一つひとつチェックするまでの気力が起きないタイプなので、素材を売るのは冒険者ギルドにお任せする方針に決めた。
そのまま2区画目に入る。こちらは武器や防具、アクセサリー系の店が多い。ロンやミオと来たら2人とも喜びそうだ。疲れてきたので、「明日誘ってみようか・・・」などと考えながら適当に歩いていると、客があまり集まっていないエリアを発見した。どの店にも商品が陳列しておらず、先ほど商人ギルドで見た板に文字を書いて並べている店ばかりであった。おそらく、ここは買い取り専門のエリアなのだと思う。1つ1つを選ぶのに疲れた今の俺にとってはなんともありがたい。
そのエリアの中でも、とりわけ人気のない、客のいない店の板が目に入った。
「魔石屋 魔石買い取り&販売」
なんともわかりやすいネーミングである。
俺は暇そうに船を漕いでいる店主に声をかけてみた。
「こんにちは。ちょっとよろしいですか?」
突然声をかけられ、驚いたらしい。声からして年老いた女性といった感じである。
「あぁ・・・客かい? 珍しいね。冷やかしならごめんだよ。」
老婆は不機嫌そうに答えた。
「いえ、魔石の買い取りをお願いしたくて・・・。」
俺の言葉に老婆は再度驚いたらしい、目を見張り怪しいと言わんばかりに詰問してくる。
「本当に持っているんだろうね? 見たところいかつい感じもしないし、魔力もあんまり感じないね。魔石は極稀にしかドロップいない貴重品だ。そうおいそれとないからね。偽物でごまかそうたってそうはいかないよ? これでも目利きのスキル持ちさ。偽物掴まそうとしてんならただじゃ置かないよ。魔法で黒焦げにしてやるからね。」
恐ろしい事を言うお婆さんだ。俺は現物を見せることにした。百聞は一見に如かずだ。
「あ、はい。例えば・・・一番最初に手に入れたのがこのホーンラビの魔石で・・・スライムのもありますね・・・他には・・・。」
「ちょ、ちょいと待ちな! 何でそんなにポロポロと魔石が出てくるんだい!? 本物だろうね!? 悪いけど、ホーンラビのやつを見せてもらってもいいかい?」
俺はホーンラビの魔石を老婆に手渡す。常設の店舗ではないとはいえ、彼女も商人だ。いきなり魔石を持ってとんずらするようなことはないだろう。
「ほ、本物だね・・・。他のやつもこれと同じだっていうんだったら・・・あんた何者だい?」
こんな場所で、しかも信用のない相手にスキルの説明をするわけにはいかないので、はぐらかしておいた。薄々感じてはいたが、このスキルは国家レベルで危険なシロモノである。下手にばれて、王都に連れていかれたり、悪人に命を狙われたりする恐れもある。
老婆はふと考えるそぶりをして、俺に魔石を返した。そしてちょいちょいと手を自分に向けて振り、耳を貸すように身振りで示してきた。俺が耳を近づけると、老婆は周りに聞こえぬよう、小声で提案してきた。
「今から商人ギルドへついてきてくれんかね? あそこは商談用に部屋を借りることができる。なんなら詐欺防止のために、職員を同席させることも可能さ。あたしの店に来てもらってもいいんだが、あんたも初対面の私を信用できないだろう?」
老婆の提案は俺にとってもありがたかった。周りに客は少ないとはいえ、人の目は多い。誰が見ていると限らない状況で、魔石や現金を大量にやりとりするのは避けたかったのだ。
俺は老婆の真摯さと真心に感謝し、そして彼女を信用することにした。
「わかりました。提案ありがとうございます。それじゃああなたのお店に連れて行ってください。」
俺の回答に老婆は目を見張っている。だが、こちらが嘘を言っていないことがわかったのか、そのまま立ち上がり、商売道具をしまい始めた。そして、周りの商人たちに一声かけると、俺を伴って市場を後にしたのだった。
老婆の店は、村の奥まった一角にあった。店頭には杖を模した木札がぶら下がっている。
「もしかして、魔法とか、そういった物を扱っています?」
老婆は店の中へ俺を案内すると、手にした杖を振る。すると、不思議なことに、奥からいすが飛んできて、俺たちの前にことりと落ちたのだ。
「よくわかったね。あんた、見ない顔だけど、旅人だろ? どこから来たんだい? みたところ田舎の方からきたのかい?」
ルドンの村からだと答えると、納得したようだった。
「そうかい。あっちの方には魔法屋はないだろうからね。あんたが言う通り、ここは魔法屋さ。魔法のスキル書を扱っているよ。」
スキル書と聞いて俺も驚いた。
「すごい! それを読めば、というか使えばスキルを得られるんですか?」
「何にも知らないんだねぇ。その通りさ。だけど当然、値は張るよ? そもそも魔法は適性が必要だし、身に付けるには修行がいるからね。貴族共や王都の金持ちたちは学院に通って儀式を受けさせたり、血統でそもそも先天的にスキルを持っていたりするが、大概の人間は魔法なんて使えないからね。今は冒険者が躍起になって魔法を使える者を取り合っているからね、値段はうなぎのぼりさ。初級の魔法でも・・・6桁はあたりまえだね。」
何十万が最低ラインとは驚いた。さりとて、逆にいえばお金さえあれば、魔法が得られるともいえる。
「もっと聞きたいところですが、あまりお時間を頂くのも悪いですよね。魔石の商談に入りましょう。」
「あんた変な子だね・・・。普通はもっと自分の都合のいい事を考えるもんさ。言葉も馬鹿丁寧だし・・・。あたしはリンネってんだ。よし、それじゃあ魔石を見せてもらうよ。」
老婆はリンネというらしい。向こうから名前を名乗ってくれたことを見るに、こちらを悪くは思っていないようだ。俺は、手持ちの魔石を1つずつ、机に並べていった。本当は複数個持っているものも多いのだが、リンネを驚かせてしまうと思ったからだ。
「すごいねこりゃ! どんな運を持っていたらこんなことになるんだい? そうだね、どれどれ・・・ポイズンスネークの魔石があるじゃないか! これなんかは毒付与率が高いからね、探索者達に人気だよ。値段も一番だね・・・ふーむ、こりゃすごい。これだけあれば、一財産だよあんた。」
リンネは丁寧に査定してくれた。効果と値段を簡単にリストアップすると以下の通りだ。
ホーンラビの魔石 運バフ 1個 40000ギル
スライムの魔石 魔力微バフ 1個 20000ギル
ゴブリンの魔石 暗視バフ 1個 70000ギル
ポイズンスネークの魔石 毒付与バフ 1個 800000ギル
フラッシュバードの魔石 素早さ+2 1個 150000ギル
ファレストスパイダーの魔石 素早さデバフ 1個 90000ギル
タックルボアの魔石 力+1 1個 300000ギル
キラーベジタブルの魔石 ランダム野菜入手 1個 30000ギル
ニードルエイプの魔石 ダメージ反射 1個 85000ギル
スキル「貴方の人生に幸多からん事を」のおかげで、これまで戦闘を行った魔物の魔石は全て手に入れていた。すべての値段が桁違いではあるものの、やはり便利で有用なものは高い。
(ポイズンスネークの魔石はミオさんに使ってもらうと良さそうだな・・・タックルボアの魔石はアクセサリー系に使うと、誰でも効果が高そうだ・・・ひとまず、あんまり使用しなそうなやつを売ってしまうか。)
「わかりました。どれを、どれくらいなら買い取ってくれますか? リンネさんとしても、何でも、いくらでもというわけじゃないですよね? 魔石が貴重で、高級なのはわかりましたけど、売れないものを買い取ってもしょうがないですよね?」
「あんたってやつは・・・普通は『なんで買い取らねぇんだ』って言うもんだよ。『買い取
りませんよね?』って言われたのは初めてさ・・・。そうだね、あんたの言う通りさ・・・と普通は言うところだけど、いいよ。全部買い取るよ。」
俺は店員に悪態をつく人間が大嫌いだ。基本的に丁寧に応対するのは、人として当たり前の信条であるとも思う。今度は俺の方がリンネの言葉に驚いた。まさか全部引き取ってくれるとは思わなかった。
「いいんですか!? ありがたいですけど、すいません。ポイズンスネークのやつだけは仲間が使うといいかなと思っているので、取り下げさせてください、代わりに、複数個持っている魔石もあるので、そちらでお願いしたいです。」
俺がさらにマジックバッグから魔石を取り出すのを見て、リンネはさらにあんぐりとした表情であった。
結局、使わない魔石を大量に買い取ってもらうことになった。逆に、ポイズンスネークの魔石を1つ、フラッシュバードの魔石を1つ、ニードルエイプの魔石を1つ、タックルボアの魔石を5つ残した。総額はなんと353万ギルであった。
リンネは計算を終えると、「ちょっと待ってな」と言って一旦店の奥に引っ込んだ。そして・・・パンパンに詰まった布袋を持って戻ってきた。
「はいよ。ここにきっちり入れておいたよ。金貨で払うのが楽だけど、金貨なんてそうそう市井の店で使えことないからね、銀貨や銅貨も適当に混ぜといてあげたよ。ふぅ、久しぶりに魔石でこんだけの取引をしたよ・・・。」
ちなみに、この世界では5種類の金銭が存在する。一番価値の低いものが硬貨で1つ1ギルに相当する。次が銅貨で100ギル相当、銀貨は10000ギル、金貨が1000000ギルである。リンネが言っていた通り、金貨をそこいらの店で出したら両替のお金が大変なことになるのだ。
「ありがとうございます。お気遣い助かります。」
「丁寧な若者は嫌いじゃないよ。それと・・・ちょっと目を瞑って楽にしな。・・・それっ!」
俺にはリンネが何をしたのかわからなかかったが、彼女が合図をしたので目を開いてみるとどこにも変化はなかった。しかし、突然頭の中にリンネの声が聞こえてきた。目の前の彼女は口を動かした様子は無いのにも関わらずだ。
「念話の魔法さ。これで、離れていても魔法をかけた者同士は話すことができるよ。この村から離れたところでも、魔石を売りたくなったらいつでもいいな。あたしが直接行けない時は、使い魔を飛ばしてあげるさ。あんたにはご贔屓にしてもらいたいからね。」
「こちらこそ、よろしくお願いします。」
俺はリンネに礼を言うと、店の外に出た。辺りはすでに夕暮れを迎えている。
「すっかり遅くなっちゃったな。宿に戻らないと。」
こうして、俺は意気揚々と宿に向かって走り出した。疲れてはいたが、宿に向かう足取り
は軽かった。
宿に戻り、302号室をノックする。
「おや、タクトさん。お戻りですな。どうでした、市場の方は? 盛況だったのではないですか。」
中に入ると、すでに全員が集合していて、最後に戻ってきた俺を出迎えてくれた。
「ええ、すごい活気ですね。それで、ギドーさんの方はどうですか? 何日くらいマリに滞在する感じになりますか?」
「3日間頂戴できればと思います。ここはギルドがあって安全なんですが、その分手続きやらが多くてですね。」
「わかりました。それじゃあこれから3日間はそれぞれの自由行動にしましょう。ゴブも変装していれば大きな問題はないかな? 不安な時は俺が一緒にいるから、行きたいところがあればいつでも声をかけてくれ。」
俺の提案に、ゴブは鷹揚に頷いた。
「いよっしゃぁ! 3日間かぁ、俺、ルドン以外の、しかもこんなデカイ村で過ごすの初めてだぜ。たっのしみー!」
ロンが拳を握って喜んでいる。さしずめ、初めて親元を離れた修学旅行生と言ったところか。
「ふふっ、ロンさんったら・・・。私も楽しみです。明日はどこのお店に行こうかな、マリにはいくつかお菓子のおいしいお店もあるんですよ。」
ミオも久しぶりの自由時間が楽しみのようだ。
一方であまりテンションの上がっていないのもいる。元盗賊のゼオルである。
「3日間自由っつってもなぁ・・・軍資金がないんじゃな・・・仕方ねぇ、のんびりさしてもらうとするか。」
「あ、そうでした。そのことなんですが・・・はい、皆さんの分です。」
そう言うと、俺はマジックバッグから5つ、小分けにした布袋を取り出した。小分けと言ったが、どれもパンパンに膨らんでいて、木製のテーブルに置いた瞬間、「ドン!」と大きな音が鳴ったほどである。
5人はそれぞれ、目の前に置かれた「それ」を信じられないという目で見ている。
「お、おいタクトよ。・・・まさかとは思うが、それって・・・ゴクッ」
「はい。お金です。一人22万ギルあります。」
「「「「に、22万ギルー!?」」」」
突然目の前に現れた大金に対して、5人とも驚いていた。この中では唯一、大きなお金を扱いなれているギドーが、一番最初に冷静さを取り戻し、俺に聞いてきた。
「タクトさん、このお金は一体どこから・・・? タクトさんのポーションは質の良い物ですが、それを売ったにしても、すごい額ですな・・・。」
俺はどう説明しようか迷ったので、ある程度本当のことを混ぜて説明することにした。
「たまたま魔石が手に入っていて、それを高値で欲しいという人がいたんですよ。みんなで行動していた時に手に入れたものですから、みんなで分けました。6人で分けても結構な額ですよね。」
俺の説明をどうにかみんな信じてくれたらしい。まぁ完全に真実ではないが、大筋として間違っていないだろうし。
「すげぇ! 俺、こんな大金初めて見たよ! 多分、父さんも母さんも見たことないんじゃないかな!?」
「ロン、このお金は紛れもなく、ロンが稼いだものさ。だから、遣うのも自己責任だ。ほら重いぞ?」
俺から受け取ったものの重さを、ロンはまだ正確に理解していないようだった。それでも、嬉しいには嬉しいようで、田舎にどんな土産を買うか思いを馳せている。つくづくいい子である。
「タクトさん、私も、こんなに受け取れませんよ!? 私のせいで皆さんを危険にさらしてしまいましたし、それはタクトさんがもらってください。」
「いえいえ、ミオさん、そんなこと言わないでください。ミオさんが先頭で気を配ってくれるからこそ、ここまでみんな五体満足で来られたんですよ。ミオさんにはいつも感謝しっぱなしですよ。それはミオさんが受け取ってください。美味しいもの、たくさん食べられそうですね。」
「もうっ! そんなに食べませんよ。それじゃあ・・・すみません、頂きます。」
「ええ、是非。ゴブ、あんまり使いどころが難しいと思うんだけど、これはゴブのものだ。ゴブが行者をしてくれるから助かっているよ。いつもありがとう。」
「アリガタクモラッテオク。ツマト ムスコ 、ムラノミンナ ミヤゲ カウ。」
「そうだね。きっと喜ぶよ。買い物する時、困ったら言ってくれ。」
ゴブが袋を持つと、あまりの重みで「ズン!」と袋が落ちてしまった。一生懸命持ち上げようとするのだが、何せゴブの体は人間よりも小さい。本人(?)もわざとやっている気もするが、ゴブの滑稽な姿にみんなで笑い合った。
「俺はお前らを襲った盗賊だぜ? ホントにいいのかよ、こんな大金もらっちまってよ?」
ゼオルは未だに目の前の大金を疑っているようだ。腕を組み、袋の前で仁王立ちしている。そのいで立ちは、まさに侍のそれだ。
「あ、じゃあ俺が2人分もらいますね。」
「待ってくださいすいません神様タクト様! いやっほぅ! 大金だぜぇ! さっそく町に繰り出すぜ! 誰も俺を止められねぇ!」
あれ、侍じゃなくなったぞ?
大金をひったくるように掴むと、誰よりもはしゃぎ回っている。
「まぁ、もちろん冗談ですよ。ゼオルにはミオさんの命を救ってもらいました。それに、もう仲間ですからね。ちょうどいい、俺も町の飲み屋が気になってたんです。お供しますよ。」
「お、おう。まぁな。・・・ハハハ、それより飲み屋か! いいところがあるぜ。今日は飲み明かすぞ! ロン、ついてこい! 大人の世界ってやつを教えてやるぜ!」
あ、悪い先輩だ。ロンのやつ、大丈夫か? まぁゴブもいるし平気か・・・。この中で一番の常識人がゴブリンであるというのは如何なものかと思うが。
「タクトさん、私もこんなに頂いてよろしいので? 護衛なわけですから、本来はこちらがお金を払う方なのに・・・。」
「もちろんですよ! ギドーさんのおかげで、いい経験をさせてもらっています。ゼオルにも言いましたが、俺たちは仲間ですよ。」
「ありがたいですなぁ・・・。実は、商人ギルドにも冒険者ギルドのように、ランクがありましてね。まぁ資金であるとか、人脈であるとか、その他細かい要素があるんですが、今回のモレジオ行きの交易が認定されれば、晴れて店を構える許可を得られるようなんです。その折はぜひ、タクトさんを第一に懇意にさせて頂きますよ。今後もよろしくお願いします。」
「そうなんですね! おめでとうございます! じゃあ、今日は前祝ですね。・・・早く行かないとゼオルたちに店の酒、全部飲まれちゃいますよ。さ、行きましょう。ミオさんも。」
「はいっ!」
ミオが弾けるような笑顔で返事をした。
こうして、マリの夜は更けていった。




