13.キーオの村へ
「いらっしゃいませ。串焼き2本ですね? タクトさん、2本追加です。」
「了解。はいこれ、スペシャル串焼き2本ね。」
「はい、串焼き2本で200ギルです。ありがとうございました! 焼きトウモロコシ1本、はいありがとうござます。80ギルです。」
俺たちは現在、ルドンの村の南に位置するキーオの町に来ている。何をしているのかと言えば、出店である。
話は半日前に遡る。
この日、ミオと2人で家の前の畑で収穫作業していた。およそ1か月前に種を蒔いたばかりのはずが、ぐんぐん成長し、すでに食べごろになっていた。明らかに農業スキルの効果である。このスキルがあれば、世界の食糧事情が簡単に解決するのでは・・・などと真剣に考えてしまった。
今回植えたのはナス、トマト、トウモロコシ、ピーマン、所謂夏野菜である。試しに始めた、いわば家庭菜園に毛が生えた程度の広さだったが、どれもよく実っている。イメージ的にはスーパーの野菜の1.5倍くらいある。2人で試しにトマトを一口かじってみたところ、あまりのうまさに跳び上がってしまった。それほど、肉厚でとてもうまかった。
「おいしい! こんな野菜初めてです!」
「この村の野菜はうまいと思っていたけど、これもすごいですね。土地がいいのかな?」
これだけの野菜があれば、夕食も色々なものが作れるだろう。あれこれメニューを模索していると、ロンが家を訪ねてきた。どうやら、ファーゴさんからの用事だそうだ。俺はロンに礼を言い、ついでにトマトを1つ放ってやる。野菜は苦手と言っていたロンはしぶしぶといった様子でかじりついたが、「うめぇぇ!」と跳び上がったそうだ。
「失礼します。ファーゴさん、いらっしゃいますか?」
勝手知ったる村長のお宅を訪ねる。今日は休息日らしく、ご夫婦で自宅にいらっしゃった。
「タクトさんわざわざご足労頂いてすみません。さぁどうぞ。」
いつも通り、柔和な表情で出迎えてくださった。席に着くと、すかさず夫人が飲み物を出してくれる。
「今日はどうされたんですか? 何か緊急の事態でも?」
村長が直々に呼び出したので、何か重要な話かと思った。
ところが、ファーゴさんは「いえいえ、違うんです。」と穏やかな態度で答えた。
「この村の南へ、川沿いに1時間ほど歩いたところにキーオという村があります。この村は小麦があまりとれないので、定期的にあちらと行き来して、こちらの野菜やポーラ達が作った服と交換しておるのです。村の復旧も落ち着きましたし、収穫した野菜もある程度の数になってきました。そこで、タクトさんにお願いなのですが、キーオの村に行き、次の交易の日取りを伝えてきてほしいのです。こちらに私が手紙をしたためましたので、これをキーオの村長に見せれば話は進むと思います。」
かなり興味を惹かれる依頼だった。異世界に来てからしばらくになるが、そろそろ別の町にも行ってみたいと思っていたところだったからだ。
「もちろんです。俺でよければ!」
「ありがとうございます。タクトさん。おそらくですが、そろそろ行商人のギドーという方がキーオに来る時期だったはずですから、タクトさんにとってもプラスになると思いますよ。厚かましいお願いではありますが、村に帰る際に同道してもらえますか? このあたりに盗賊が出ることはほとんどありませんが、魔物はいますので、タクトさんに護衛して頂けるとギドー殿も安心でしょう。これは私かの気持ちです。今日中に戻るのは大変でしょうから、キーオの村で一泊してきてください。あの村は川沿いですから、夜は光蟲がきれいですよ。」
それから家に戻った俺は、ミオに依頼のことを相談した。道中で魔物もいることを考え、初めは一人で行こうと思っていたのだが、彼女に「魔物が出るなら猶更お一人で行かせられません。二人の方がリスクも下がりますよね?」と言われてしまった。
「それに・・・。」
「それに?」
「キーオの村の光蟲の噂は私も聞いたことがあります。私も見てみたいんですけど・・・ダメですか?」
と、上目遣いで聞かれてしまっては、俺に断る理由などないのだった。
さて、急いで旅支度を済ませ、村を出発することにする。村の交易の約束の方はおそらく問題ないだろうが、行商人のギドーさんという方の方が気になった。行商人は町から町へ移動していく。買い物が落ち着いてしまっては、次の町へ移動してしまうだろうと思ったからだ。なんとか入れ違いにならないようにしたい。
俺たちはファーゴさんに教わった通り、目印となる川沿いを南下していく。俺の方はいつも通りの格好で、手に弓を持っている。この弓は前回のホーンラビの素材に加え、フラッシュバードの素材を追加している。攻撃力に補正がかかる一品である。あれから何度か森でゴブに弓を習い、手作りしたコンポジットボウだ。ゴブはさすがの腕前で、教えるのもうまくて驚いた。ゴブの弓術スキルLvは21らしく、ミオによれば、各戦闘技術はLv20で達人クラスなのだそうだ。普通は一生涯修行したり、強力な魔物と戦ったりして、どうにか辿り着くLvらしく、ゴブのすごさがわかるというものだ。ちなみに、俺の弓術スキルはLv9で、まだまだ発展途上だ。ただゴブには、「フツウ 1シュルイ ブキ エラブ。イロイロ ツカエル タクト スゴイ ヘン。」となんか呆れられていたのは気のせいだろうか。
ミオの方はと言うと、こちらは旅装用の装備に着替えている。元々冒険者であったので、軽装ながら革製の品で急所を多い、あまり高くない防御力を補っているのだそうだ。村では外しているが、頭にはフードを被っている。無用なトラブルを避けるためだ。腰には愛用のダガーを差している。
道中は安全そのものだった。見通しの良い平野が広がっており、ホーンラビがのどかに草を食んでいる。50cmくらいの大きな蜘蛛の魔物、フォレストスパイダーに初めは驚いたが、攻撃も単調だったため、苦も無く倒すことができた。この蜘蛛型の魔物からは「森蜘蛛の糸」というものが手に入った。説明を見ると防具素材になるようで、地味にありがたい。他にもなぜかしめじをゲットした。それらの魔物を適当に倒しつつ道を進む。
「タクトさん・・・素材の入手確率がおかしいです・・・。」
「え、そうなんですか? あはは、たまたまだと思いますけどね。今日は運がいい日なのかな?」
「魔石がこんなにポロポロ落ちていたら、今頃冒険者たちは廃業ですよ・・・。」
珍しくミオがジト目で見てくる。
薄々そうではないかと思っていたのだが、客観的に言われてはっきりした。やはり例のスキルは恐ろしい性能のようだ。それと新たに分かったのが、魔物から得られるドロップアイテムは自然にマジックバッグに収集される仕組みのようだ。おそらく、この袋の魔法効果であると思われる。そのこともミオに聞くと、とんでもないシロモノであるらしい。
フォレストスパイダーの糸を手に入れました。
森蜘蛛の糸・・・フォレストスパイダーの体内で生成される人。伸縮性があり、丈夫にできている。防具の材料として使用される。
フォレストスパイダーの魔石・・・敵の行動速度を遅くする魔法の効果が20%上がる。
1時間半ほどでキーオの村は見えてきた。ルドンの村と規模は似たようなもので、こちらは柵もない。この辺りの村の多くはこんなものなのかもしれなかった。昔はルドンの村もそうだったので、久しぶりにルドンの村を訪れたら驚くかもしれないな、などと思ってしまった。
村につくと、中央通りを通って村長の家に向かった。ファーゴさんの話では、一番奥まったところにあると言っていたはずだ。途中ですれ違う人々に好奇の目で見られている気がする。きっと、田舎の村では村人以外の人間はめずらしいのだ。途中、こちらも村の様子を観察していたのだが、川沿いということもあって、小さな船着き場があった。
目的の家屋が見えてきた。日は中天に差し掛かっている。在宅してくれているといいけど・・・。家の前の呼び出し用のすずを鳴らす。
すると、運よく中から返事がして、ファーゴさんと同年代の男性が迎えてくれた。
「おや、どなたですか?」
「ルドン村からファーゴさんの使いで参りました。私はタクトといいます。こちらはミオです。こちら、ファーゴさんからの手紙です。ご確認ください。」
そう言って、預かった手紙を見せる。
「ファーゴの? 見ない顔だと思ったけど、村は変わりないかい? ・・・ふむふむ、なるほど、ゴブリン達と、それは大変でしたね。さ、どうぞ、立ち話もなんですから。」
ファーゴさんの親書が功を奏し、俺たちは中に案内して頂くことができた。
「改めて、ご足労ありがとうございました。私はキーオの代表をしているカーゴと申します。ここのところルドンから定期の連絡もなかったので皆不安がっておりました。この村からルドンに嫁いだ者、あちらから嫁いだ者も多いのでね。ゴブリン達と争っていたとは・・・。タクトさんに、それからミオさんは最近村人になられたらしいですね。大変な時にお住まいになったんですねぇ・・・。」
俺はできるだけ簡単にことの経緯を説明した。カーゴさんにも安心してもらわないといけない。
「それで、交易ですね。こちらも再開してもらえるとありがたい。ルドンの野菜はうまいし、服は丈夫で腕がいいっていうので、村の者はいつも取り合いなんですよ。次の休息日にどうでしょうか? そうファーゴにお伝えください。」
「わかりました。確かにファーゴさんに伝えます。それと、ギドーさんという行商人の方がそろそろお見えと伺ってきました。もう村にお見えですか?」
「まだ来ていませんね。いつもの感じですと今日辺りに着くはずなんですが・・・。まぁ、1日くらいずれることは珍しくありません。今日お帰りですか?」
「今日はこちらの村にお世話になろうと思います。」
「そうですか、それなら安心ですね。村に宿屋を営む家がありますので、そちらにお泊りにください。後で連絡しておきますよ。」
「助かります。ありがとうございます!」
「いえいえ、何もない村ですが、ゆっくりしていってください。」
ファーゴさん同様、カーゴさんも親切な方で助かった。
俺たちは丁寧に礼を述べ、お宅を後にした。そのまま村の中央広場に戻り、宿屋を探す。
「タクトさん、きっとあれじゃないですか?」
ミオの言う通り、軒先にベッドの描かれた木札がかかっている。定番の絵文字のようだ。中に入ると、初老の男性が迎えてくれた。
「いらっしゃいませ。こちらに記帳をお願いします。・・・ありがとうございます。タクトさんとミオさんですね。1泊2食付きで1部屋200ギルになります。」
俺は店主の言葉にぎくりとしてしまった。なぜなら、ファーゴさんからは宿泊費として頂いたのも200ギルだったからだ。この世界の宿屋の相場は知らなかったが、よくRPGゲームなどでは「いらっしゃい、一人80Gだよ」なんて会話をよく目にするので、「一人分は結構安いのかな?」などと勝手に思っていたのだ。
(どうしよう・・・。ファーゴさんが意地悪するとは思えないし、よく考えたらルドンの村にとっても200ギルって安いお金じゃないよな。いかん、持ち合わせも110ギルしかないし・・・ミオさんにいくらかお借りして・・・。)
俺は背中を冷たい汗が流れるのを感じた。恥ずかしながらお金をお借りしようと、ミオの方を向こうとすると、村に来てからずっと後ろに控えていたミオがすいっと前に出てきて事も無げに言ったのだった。
「ありがとうございます。お食事はあちらのテラスですよね?」
そう言い、200ギルを支払って店主から鍵を受け取った。
「はい。うちの宿は川が近いですから、きっと光蟲が見えますよ。お部屋は2階の右手になります。ご案内しますよ、どうぞ。」
カウンターから出てきた店主の後に続き、ミオが歩き出す。2,3歩行ったところでこちらを振り返り、「行きましょ?」と言わんばかりに微笑んできた。俺は慌てて、彼女を追いかけるのだった。
「うわぁ、川がきれい・・・。」
部屋に入ると、ミオはさっそく窓から外を眺めている。それまでずっと被っていたフードを外すと、彼女の栗色の髪がそよ風に揺れている。
部屋はツインタイプの簡素なもので、ベッドが2つと小さなテーブルが置かれているだけだった。
「そ、そのお部屋すいません!? 持ち合わせがなくて・・・!」
俺が詫びると、ミオは最初不思議そうにしていたが、合点がいったというように微笑んだ。
「こういう田舎では1人1部屋だとかえって怪しいですよ。私たちは冒険者に見えませんし。」
言われてみればその通りだ。俺たちの格好は普段着に近い。そんな2人がやってくれば、普通は夫婦だと思うだろう。
「それに、いつも一緒に生活させてもらってますし、同じですよ。宿代も勿体ないし。」
確かに一緒に生活してはいる。しかし、部屋は当然別である。区切るもののない空間で2人っきりというのはやはりマズいのではなかろうか・・・。どうにも腑に落ちないが、ここはミオの言う通りにするしかなかった。
(いや、でもなぁ・・・付き合ってもいない男と女が同じ部屋っていうはやっぱりマズいよな。村のはじの方にスキルで家を建てさせてもらうか? それは辺か? それに、あんまり固辞するのも逆にミオさんに悪いか・・・。ギクシャクしても嫌だしなぁ・・・。そうだ! いい考えがあるぞ!)
「ミオさん、あのですね・・・!」
俺は思いついたことを実行するべく、ミオを外に連れ出した。
そして、現在に至る。
俺は狩りで得たホーンラビの肉と家から持ってきた野菜を適当な枝に刺し、塩を振って焚火にくべていく。袋からトウモロコシも取り出し、今売れた本数分、こちらも枝にさしていく。
「すごい売れ行きですね。お野菜、足りますか?」
ミオの言う通り、出店を始めてから1時間ほどで売り切れ間近となっている。あまり人口の多く無さそうな村だったし、最初は得体のしれない2人組がやっているこれまた怪しい出店だ。なかなか売れずにいたのだが、ちょうど宿屋に話をしにきたカーゴさんが興味を持ち、1本買ってくださった。
「うまぁぁぁ! この野菜、とんでもなく美味しい! 肉の油と合わさると、甘味とうま味が合わさって最高ですよ! これが1本100ギル!? もう1本お願いします!」
多分、普段取り乱すことのない村長の豹変ぶりに驚いた村の人たちだったが、興味は持ってくれたようだ。「村長が買っているなら。と、近くにいた男性も買ってくれた。そして、その男性も同じように喜んでくれ、そこから爆発的にヒットしたのだ。娯楽の少ない田舎の村だ。普段食べられないもの、それもとりわけうまいものであれば売れるのは必然である。
「こんなことなら、また売りに来てもいいですね。ミオさんもお疲れのところすみません。」
「いえいえ、タクトさんこそ。お疲れ様です。ずっと火の側は熱いですよね。」
そう言って笑顔を向けてくるミオ。味もそうだが、この笑顔が売り上げにかなり貢献しているのも間違いなさそうだ。
「すいません。旨そうな串焼きですな。まだありますか?」
と、目の前にお客さんが立っている。
「はい。トウモロコシが1つと、串焼きがあと2本です。」
「280ギルね。全部もらえますか? おや、もしかしてあなたも・・・。」
お金と商品を受け渡しながら男性の顔をよく見ると、帽子を被ってはいるが、特徴的な耳がはみ出している。ミオのものと違い、ウサギに近い形をしていた。
「私はギトー。行商で生計を立てています。・・・うーん、うまいですね! こんな野菜は王都でもなかなか手に入りませんよ。あなた方が? そうですか、それはごひいきにしてもらいたいですね。」
出店の最後のお客になったのが、俺たちの第二の目的であるギトーさんであった。つい先
ほどこの村に到着したのだという。
「俺たちはルドンの村から来ました。タクトと、それからミオです。村長のファーゴさんから、ギトーさんにお会いして村まで護衛するよう伺っていたんです。」
「おーそうですかそうですか。それはありがたい。ルドンの服と野菜はいい物が揃っていま
すからな。」
「よろしくお願いします。ギトーさんはどれくらいこの村に滞在されますか?」
彼の滞在日数は気になるところだ。それにより、宿代がかなり変わってくる。
「今回は割と早い時間に着きましたから、これからいつも通り村長のところへ挨拶に行っ
て、取り引きは明日の朝になるでしょう。早ければ明日の昼には出発できますよ。」
こちらの意をくんでくれたのか、ギトーさんはすらすらと答えてくれる。
「そうですか。お時間を取らせてしまってすみません。それでは、明日の昼にご一緒させて
ください。」
「いえいえ、このあたりは長閑とはいえ、魔物も出ますからな。護衛して頂けるのはありが
たいですよ。最近じゃ、貴族の横暴やらで王都周辺も怪しくて。冒険者くずれのような連中もいますからね・・・。ところで、もし、奥様はもしかして、獣人族の方では?」
「奥様」という言葉に慣れずに違和感を覚えつつミオを見やる。
「はい。」
「そうでしたか。いやはや、この国じゃ我々は少々肩身が狭いですからね。タクトさんは人族でいらっしゃるんで、いいご縁で・・・。失礼ですが、ご出身は?」
ミオはどこか答えづらい様子だった。言い淀んでいたが、そのうち「ベラです。」と静かに答えた。
「それはそれは・・・とんだ質問をしました。すみません。そうでしたか・・・私はテヘランの出で。」
俺が「?マーク」を浮かべた顔をしているのに気づき、ギトーさんが助け船を出してくれた。
「テヘランというのは、ここからかなり南の方の獣人族の国の王都です。ベラは人族との国境沿いの村の名前ですよ。」
どうやら人族以外の国もあるらしい。ギトーさんは行商人ということだけあって、情報に長けていて、短い時間ではあったが俺の知らない色々な話を聞かせてくれた。「ベラ」という名を口にしてからミオがずっと黙っているのが気になったが、なんとなく話しかけてはいけない雰囲気を感じ、そっとしておいた。
ギトーさんは食べ終わった串を折ると、ゆっくりと立ち上がった。そして、「それでは失礼。奥様、先ほどは失礼しました・・・。」と丁寧にお辞儀をし、カーゴさんのお宅へ向けて去っていった。
重苦しい沈黙が流れる。どう話しかけようか迷っていると・・・
「タクトさん、ここ、私片付けていきますから、先に宿へ戻っていてください。だいぶ歩いてきたし、お疲れですよね?」
ミオから提案されてしまった。食い下がろうかとも思ったが、一人になりたい感じもあり、俺はその場を後にさせてもらうことにしたのだった。
夕刻。俺が手持無沙汰になり、やることもないので出店の売り上げを勘定していると、ミオは戻ってきた。先ほどの雰囲気はもうなかった。テーブルに並べられた硬貨を発見すると、興味深げに聞いてくる。
「結構、儲かりました?」
「あ、はい! 串焼きが13本、トウモロコシの方が10本だったので、2100ギルですね。」
「すごーい。明日ギトーさんのお店に行くのが楽しみですね。」
ミオはわざと明るく振舞っているのか、少しいつもと違う感じもする。ただ、先ほどのような暗さはなくなったようだ。
階下からいい匂いがしてきた。夕食の時間は近い。
「それじゃあ、食事、いきましょうか。」
「光蟲、楽しみですね。」
チェックインの時に寄ったカウンターの横を抜け、テラス席に着く。席が4つほどあり、一番奥の席に器が並べられていた。俺たちがその席に座ると、タイミングよく昼間の店主が食事を運んできた。小麦が豊富だということで、夕食はパスタに似た麺類であった。野菜とクリームがかかっていて、ルドンの村では味わえない一品だった。
季節は夏。昼間は暑くてここまでの道中大変だったが、夜は風がなんとも気持ちよい。
「すてきですね。なんだか宝石みたい・・・。この光蟲って、水がきれいな場所にしかいないんですよ? 初めて見ました・・・。川が近くて、水の音って落ち着きますね。」
「そうですね。すごいですね光蟲って。触るとやっぱり熱いのかな?」
「ふふっ、まさか・・・。タクトさん面白いです。」
食後は密でつけた果物であった。パスタの塩味を甘味が中和してくれる。これも大変おいしかった。
「ちょっと川の近くまで降りてみませんか?」
ミオはそういうと、テラス席の脇にある段を降りていった。俺も彼女に続く。段を降りると、数mで川べりだった。辺りには光蟲が飛び、なかなかに幻想的だ。
「ベラは国境沿いにある村なんです。今は・・・もう無いんですけどね。」
ゆらゆらと飛ぶ光蟲を目で追っている時、不意にミオがそう言った。
「私が小さかった頃、村に人族が攻めてきました。人族といっても、盗賊たちで、他の種族もいたかもしれません。久しぶりに村の名前を聞いてびっくりしちゃいました。」
俺はなんと声をかけていいかわからずにいた。不用意な一言で、彼女を傷つけてしまうと思い、二の句をつげないでいたのだ。
「それから、身寄りのない中でなんとか生きていく仕事はないか考えて冒険者になったんです。モレジオの町のギルドは大きいですけど、探索者って数が少ないので、依頼をこなすうちにアリオスさんたちに拾われたんです。」
あれほど粗末に扱われてきたにも関わらず、アリオスたちに敬称をつけるのはミオの美点だろう。人に対して丁寧なのは、冒険者としては珍しいだろうが。
ミオがくるりと振り向き、こちらを向いた。後ろで手を組んでいる。
「私・・・今とても幸せです。タクトさんのおかげで、毎日穏やかに生きていられます。今日はこんな素敵な場所に来られました。私なんかがこんな思いをしてもいいのかなって思ってしまいました。私、小さい頃に夢があったんです。世界の色々な場所を見てみたいって・・・。タクトさん、ありがとうございます。」
「そんな、よしてくださいよ。俺もミオさんのおかげで助かっています。ホント。毎日楽しいです。それ、その「私なんて」はやめましょう。ミオさんはいい人ですし、素敵な人ですよ! 俺なんかに言われても微妙だと思いますけど・・・。」
「『俺なんか』もダメですよ?」
「あ、はい。りょ、了解です。」
やり返されてしまった。
再び沈黙が走る。
俺は迷っていた。この世界の生まれではないことを伝えるべきかどうかをだ。ミオは信じてくれるだろうか?
「・・・俺も夢がありまして、鍛冶師になりたいんですよ。 ほら、武器とか防具とかを作って、店なんかを開くのもいいな! それで、冒険者の人が買いに来たり、時々自分も素材集めでダンジョンに行ったりして・・・!」
「いいですね。鍛冶っていうと鉄ですか。うーんどこで手に入るかな・・・。私もタクトさんの夢、お手伝いしますね。」
「ありがとうございます。」
結局、俺は言い出せなかった。
いつか、彼女に全てを打ち明ける日が来るのだろうか・・・。
「ん・・・んっ・・・んー・・・スー・・・スー・・・。」
(ね、眠れん・・・!)
その後、部屋に戻った俺たちは翌日に備えすぐに休むことになったのだが、すぐ隣で寝息を立てる息遣いが聞こえてくる。
翌朝寝不足になっていないか不安である。




