1.異世界へ
パチッパチッっと音を立てる火。
目の前の焚火をじいっと眺めつつ、周囲の音に耳をそばだてる。
ザザァっと、時折木々を風が揺らす。
虫の鳴き声や獣の遠吠えは聞こえない。
もちろん、本来は自然と聞こえてくるはずの人工物の音も・・・。
ー貴方のこれからの人生が、幸多からん事をー
俺は半日ほど前、意識が薄れゆく中で聞こえた壮年の男性と思しき声を思い出していた。
右半身に強烈な衝撃を覚えたと思ったら、急に目の前が真っ暗になった。
猛烈な激痛。
反対に、体温がすうっと下がっていくような感覚に襲われる。
なんだかよくわからないまま、頭痛とものすごい吐き気をもよおした。
永遠のような時間の中で、周囲の音が無くなり、次第に五感すらもなくなったような感覚がしてくる。
突然目の前が青くなる。
音はない。
感覚もあまりない。
どこか浮遊感のある変な状態である。
真っ青だと思っていた視界が、次第に明るくなっていく。
背景? といえばいいのだろうか。
遠くの方で模様が波打つように動いている。
ここはどこなのかと、ぼうっと考えていると、目の前の景色が歪み、ゲームの神官服のようなものに身を包んだ壮年の男性が突然現れた。
(一体誰だろうか・・・?)
「残念ながら、貴方は命を落としました。」
壮年の男性はやや肩を落としながら、残念そう言った。
「石﨑拓斗さん、貴方はお子さんとの帰宅途中に車に撥ねられ、命を落とされたのです。」
ああそうか、となんとなく合点がいってしまう自分がいた。体に突然来た衝撃は、おそらく知らぬ他人の運転する車で、それがぶつかってきたというわけだ。日頃から3歳の息子と歩く時は、自分が車道側を歩いているので、それで運悪く事故にあったということなのだろう。
「なるほど。状況はわかりました。ご説明ありがとうございます。」
「すごく落ち着いていらっしゃいますが・・・心中お察しします。2人目のお子さんも生まれたばかりで、これからと言う時に・・・。」
男性が言う通り、俺には子どもがおり、自分の死を後悔する気持ちが無いでもない。しかしながら、その後さらに男性の口から、息子が無事だったことがわかり、それ以上不思議と悲しみは沸いてこなかった。残してしまう家族には申し訳ないが、どうにもならないこともあるのだ。
「私はイアソンと申します。ここは生と死の狭間の世界。因果の中で不慮に起こった死に対して、説明と選択の機会を与える仕事を承っております。」
なんだか不思議な雲行きになってきた。
これは所謂、書店やネット小説なんかで流行っている異世界モノの流れではないだろうか?
「石﨑様は生前、かなりの善行を積んでおられたようですね。」
「善行って言われましても・・・。そんなことしてますかね、俺。」
何をもって善行なのか微妙なところではある。俺としては当たり前に生きてきただけなのだが。
「そんなに謙遜されなくても結構ですよ。石﨑様はいつも何かする際、他人に譲ってこられています。自分よりも他人を優先する。言葉でいうのは簡単ですが、それを実行するのは大変なことだと、私は思いますよ。」
そういうことかと男性の言葉に合点がいく。
俺はこれまで、何か他人と一緒に活動する際は、常に相手に譲ってきている。その方が円滑にコミュニケーションがとれるし、最終的に円満でいられると思っているからだ。少なくとも、俺はその生き方に後悔はないし、概ね満足もしていたはずだ。
「どうでしょう。貴方が望むのであれば、新しい世界で2度目の人生を歩んでみませんか? 今度は、ご自身の願いを実現することを第一に生きてみてはどうでしょう。」
魅力的な提案である。別に俺自身、「もう〇〇はこりごりだ!」というような後ろ向きな感情は特にない。30代半ば、まだまだやりたいこともあったわけで、男性の言葉に思わず感情が高ぶる。
「いいんですか!? ただまぁ、三つ子の魂百までって言いますし、結局今度も他人に譲って生きていくかもしれません。ハハッ。」
「それもまた貴方の人生。構いませんよ。ですが、1つだけ。今度の世界ですが、同じ2022年の日本、というわけにはいきません。それですと因果が壊れてしまいます。申し訳ありませんが、異世界の、現代風の表現ですと、中世の剣と魔法の世界に行ってもらうことになります。」
ますます持って小説の世界である。ただ、同時にテンションも上がってくる。
「なんだか夢みたいです。モンスターとか、スキルとかも?」
「はい。仰るイメージで概ね合っています。貴方の前世と[
、死の理由を考慮しまして、新しい世界でどのように生きていかれるか、簡単に言えば設定を貴方にある程度決めて頂ければと思います。最大限考慮致しますよ。」
イアソンさんの投げかけに対して、俺は思いつくままに答えていく。
「年齢は今のまんま34歳。性別は男で。種族はあれですかね、亜人とかもいるような世界ですか?」
「ええ、そうなります。今のままでいくならば普通に人族ですね。その世界はスキル制で、様々な技能を習得していきます。魔法も使えますね。人々は生まれつきスキルを持っている場合もあれば、日々の生活や鍛錬によって獲得していきもしますよ。」
「でしたら人族でお願いします。スキルは・・・うーん、差し当たって思いつかないな・・・。」
「日常会話や五感のような所謂『コモンスキル』は一通り設定しておきます。」
「ありがとうございます! 確かに種族が色々あるなら言葉で困らないのはとても助かります。」
「他に何か欲しいスキル、アイテム、もしくは石﨑様がやりたいことなどはありますか? 『一撃で岩を砕く』とか『世界を救える力』、『宗教で人々を魅了する叡智』『無限にお金が湧き出るカバン』等など、ご自由にどうぞ。」
イアソンさんがさらっとんでもないことを言っている。
「いやいやいや、とんでもないですね・・・。」
非常に魅力的ではあるのだが、生前、結構なゲーマーだった俺は、似たような設定でイージーモードのゲームをしてみたことがある。そういった神設定は最初は楽しいのだが、しばらくすると飽きてくるるものだ。イアソンさんはゲームをくれるのではなく、新しい人生をといってくれている。ここは自制すべきところだろう。それは自分のためにもなる。余計な恨みを買わなくて済むのもありがたい。
「そういうのは大丈夫です。ご厚意ありがたいですが。うーん、例えが悪いんですが、アクションゲームとか苦手なんです。運動もそれほどですし、すごい勇者になれる気はしないので、生産職みたいなことをやって細々生きていきたいです。」
我ながら小さいなぁと嘆息してしまうのだが、ここへきて隠してもしょうがない。それに、ゲームでいうところの生産職、鍛冶師や裁縫師、そこまでいかないにしても、料理スキルなどの寄り道は好きだったので、希望はしっかりと伝えられたかなとも思う。
イアソンさんは丁寧に俺の話を聞いてくれている。本当に親切な人(?)だなぁと思う。
「わかりました。では、34歳、人族、男性ですね。石﨑様のご希望に合わせ、こちらで人生が少し豊かになるように設定しておきます。この後軽い頭痛がしますが、身体への異変ではないので少々我慢を。目が覚めたら異世界、もとい新しい貴方の世界が開始されます。衣服周りや最低限の物は所持した状態ですのでご安心を。」
「何から何まですみません。イアソンさんにお会いできて本当に良かったです。ありがとうございました。」
俺の言葉にイアソンさんは少し驚き、そして柔和に微笑んでくれた。
「貴方という人は・・・。えぇ、こちらこそ。それでは。」
イアソンさんがそう言って一礼すると、彼が言っていたように軽い頭痛があった。そして、青かった世界が徐々に暗転していく。周囲の様子とは裏腹に、俺の気持ちは高まっていた。どのような世界だろうか、そして、どのような人生になるだろうか。
ー貴方のこれからの人生が、幸多からん事をー
遠くの方でそう聞こえたのは、気のせいではないだろう。
イアソンさん、最後まで素敵な御人だった。
私の「こうだったらいいなぁ」が詰まった寄せ鍋のような話です。
よろしくお願いします。