第35話 ゴールデンウィーク その6
お・ま・た・せ♡
第35話 ゴールデンウィーク その6
―旭野朽―
水族館の中を明日香と二人、ゆったりと歩く。
大小さまざまな水槽の中で泳ぐ魚たちの速度と相まって、本当に時間の流れが遅くなったかのように感じる。
「朽はさ……」
何かを聞こうとして、彼女は口ごもり俯いた。
「明日香?」
「ううん。何でもない」
「なんだよ?気になるじゃんか」
「ほんとに何でもないのー!」
唐突に顔を上げて数歩前に踊り出すように駆ける彼女。
その姿についつい見惚れてしまう。
「今はね…どんな言葉を重ねても、きっともったいない」
「あーでもわかるかも。こんな贅沢な時間の使い方……」
「違うよ。時間の使い方じゃない」
「ん?」
「朽との時間の過ごし方だよ」
「俺との過ごし方?」
「うん。この先、きっと朽はいろんな女性と出会う。法律でもそうだし、今の社会じゃ仕方ない。」
悲しそうで泣きそうな笑顔。
ついこの間までの彼女だったら見ていて痛々しい程の感情が乗った表情。
でも、そんな彼女のはにかむ姿が妙にかわいらしくて、目を奪われる。
「……うん」
喉の奥から絞り出した返事に彼女は満足そうにうなずく。
「でもね。今だけは……今だけは、朽にとって私はたった一人の彼女」
覗き込むような上目遣いで、真っすぐ見つめられる。
「それがねほんとにほんとに、うれしくてさみしくて誇らしいの」
「だからね。今日だけじゃ、やだ。これからもたくさん一緒にデートして」
「たくさん一緒に思い出を作って」
「たくさん!たくさん!色々、……」
嗚咽ともいえる彼女の願いを唇で受け止める。
多分、それが俺に今できる最良の選択肢。
「大丈夫。これからも一緒だよ」
強く頭を抱き寄せ、優しく彼女の体を包み込む。
「うん。ありがとう……ありがと」
何度かお礼を重ねる彼女を慰めるように励ますように背中をさする。
こうして、俺は楽しくて贅沢でちょっとだけ切ない初デートを終えた。
ちなみに水槽の中でおもくそ出歯亀してるダイバーのお姉さんたちには終始気づかないふりをしていた。
―宮本明日香―
どうして、こうも不安定になんだろうか。
朽と付き合い始めて私は、悪夢を打ち払えた。
けれども、どうにも感情のコントロールが苦手になった。
今日もそうだ。
彼にポエミーなセリフを自信満々に言い放ち、しまいには泣いてしまった。
なんという失態だ。
こんな、めんどくさい女は大体捨てられる。
私が男なら絶対に彼女なんかにはしたくないタイプ。
まぁそれは今更。
入学したての頃のほうがもっとやばかったのは傍目から見ても一目瞭然だ。
あぁ私はなんてことをっ!
と、そんな風に黒歴史を記憶の中でヘビーローテーションしていたが
本番はここから……。
そう、私は彼氏を実家に連れていくという一大イベント!
最早既成事実では?
を今から実行するのだ!
MPIの車に揺られながら、何度目かの緊張からくる吐き気を飲み込み私は口を開く
「「あのさっ!」」
言葉が重なる。
お互いがそれなりの勢いでしゃべろうとしたものだから、お互いが吃驚したまま見つめあう。
「ん゛ン!!」
わざとらしい彼の咳払いに思わず吹き出しそうになるけど、彼の言わんとしていることが
なんとなくわかって期待してしまう。
「あの!よかったらこの後、明日香のおかあさんたちにお会いしてもいいかな?」
「い、いいの?」
結局、男性至上主義のこの社会でその意味合いは特に重たい。
男が頭を下げてまで女を娶りたいという意思の表れ。
彼のその気持ちがうれしくて、また泣きそうになってしまう。
「うん。このまま何も言わずに今後もこういう関係を続けていくってのは不誠実だと思うし」
そんな優しい言葉でダメなんて言えるはずもない。
そもそも、言うつもりもないのだから返事は一つだ。
「ありがとう!うれしいっ!」
こうして、彼は初めて私の家族に会うことになった。
1話1話が短いのでかなり間延びした印象になりますね……今後は連投するか
1話を眺めにするかでゴールデンウィーク編をそそくさと終わらせたいと思います。




