うちにこい バレンタイン編
俺 :健一 主人公。男。
ウチ :理恵 幼馴染み。女。
高校二年の微妙な冬の休日。
今日も今日とて、幼馴染みの理恵と過ごしている。
誤字なのか本気なのか、おかしなメールを受け取って理恵を意識するようになってからそろそろ一年。
母親からは赤飯炊かれたし、二人の仲はさぞかし進展した。と周りからは思われているが……。
お気に入りのペンギンの抱き枕を抱き締めてなぜかふてくされた様子の理恵に、膝枕をする俺。しかも、理恵のベッドで。
これが現実。あのときのドキドキは何だったのか?
次の日に会ったときには、普段と変わらない様子の、表情がよく分からない理恵がそこにいた。
顔を赤くして、消え入りそうな声で、ウチに恋? と問うてきた幼馴染みはどこにもいなかった。
その、普段と変わらない様子もなんだかホッとしたが、今度は俺がモヤモヤを抱えるハメになってしまって……。
……3日で慣れた。これが現実。
それ以降、特に進展もなく。あのメールは本当に誤字だったのでは……? とときおり思い出しては、理恵に打ち明けることができずに悶々としていた。
……その、俺だって若いんだから、かわいい女の子といちゃラブしたいとは思う。
けれど、理恵以外の女の子に近づくとか、ちょっと考えられなかった。
……なんというか、理恵のそばにいることが、自然で、当たり前で、落ち着いて、……なんというか、しっくりくる。
あの、前みたいなドキドキは、その、ちょっと勘弁、だけど?
そんなこと考えながら、膝枕してるのにふくれっ面で背中を向ける理恵に、ほとほと困り果てていた。
「……なあ、理恵? 俺、なんか気に入らないことしたか? 理恵が不機嫌なままだと、俺も困るんだよ?」
「ぷー」
ふくれっ面から、息を吐き出す理恵。
いまだにご機嫌斜めだ。脇腹でもくすぐってみるかな?
「なあ、理恵? 機嫌、直してくれないか? 謝るから、何が気に入らないか教えてくれないか?」
困りながらも、以前よりも少し伸びた髪を、丁寧に撫でる。
四季を通して、理恵が甘えたいときは俺の膝を枕にしたがる。
冬の寒い日も、夏の暑い日も、それは変わらない。
だから、不機嫌ではあっても甘えたいのは確かなわけで。
でも、何が理由で不機嫌になっているか分からないのがまたつらい。
「むー」
もそっと身動ぎ。なにかを要求してる。そのなにかが、今は思い浮かばずに、困る。
どうすればいいのか、理恵を観察してみる。
……今はまだ寒い冬。夏の薄着のときと違って、目のやり場に困ることもない。
……そういえば、夏も冷房利かせて家にこもってたな。
あのときは、雰囲気だけでもプールか海かを想像するために、水着姿になったんだっけ。理恵だけが。
引きこもりのくせに括れた腰とか、日焼けとかない白い肌に似合う白いビキニとか、水着越しに見えるスレンダーだけどバランスのいい体つきとか、きれいすぎて直視するのがつらいくらいだったっけ。
「むー」
理恵が頭を揺する。なんだかさらに不機嫌になったようだ。
「どしたー?」
問いながら、指先で頭をカリカリかいてやる。
「……なんだか、健一が、他の女のことを考えてる気がする」
……ドキッとした。
「すごいな理恵。考えてたよ、女の子のこと」
「むー、むー」
頭も体もユサユサ。不機嫌マシマシ。
「夏のときの、水着姿の理恵のこと」
ピタリ。
「きれいで、ビックリした。俺の幼馴染みはこんなにきれいなんだって、すごい驚いた」
身動きしない理恵。
「ドキドキして、うまい言葉とか言えなかった。クラスの女子のスク水姿より、理恵の方がずっときれいでドキドキした」
モジモジくねくね。
「クラスが一緒でよかったよ。じゃないと、目の届かないところで俺の幼馴染みが知らない男子にコクられてるとか考えたら、もう、嫉妬でどうにかなりそうだった」
ピタリ。
「俺さ、理恵にこうして膝枕してやってると、落ち着くんだ。俺のきれいでかわいい幼馴染みに膝枕する特権は、俺だけのものだって思えるから」
しーん……。
「でもさ、肝心の俺の幼馴染みは、今日はなんだか不機嫌でさ? 大切な幼馴染みがふてくされてると気になるわけですよ俺としては」
……そのまましばし、互いに無言で過ごす。
時間ばかりが過ぎ、どうすりゃいいのか途方にくれる頃、ようやく理恵がむくれた声じゃなくて喋りだした。
「………… 」
「ん? どうした? 理恵?」
「……んんっ! そんな、幼馴染みが、チョコもらった! 女子から!」
咳払いのあと、普段より大きめの声。どうやら、思い違いがあるようだ。
「ああ、そうか。見られてたんだな」
「……にやにやしてた……」
自分の体を抱き締めるように、縮こまってしまう。
「なるほど。他からはそう見えたんだな。でもな、渡されたけど、受け取らなかった」
「………………ほぇ?」
ギクッ! と体が硬直したあと、気の抜けた声を出す理恵。
「渡されて、告白されたけど、受け取らなかった。理恵がいるから、理恵からもらうって。もらうなら理恵からがいいって。泣かれたけど、ちゃんと断った」
……また、しばし無言。
しばらくすると、縮こまっていた体を伸ばして、ふにゃふにゃと動いた。
理恵の頭が膝から落ちそうになったけど、動きが止まるまではそっとしておいてやった。
「断ったの? なんで? 義理チョコかもしれないじゃん?」
「本気だから、付き合う気ないなら受け取らないでって言われたからな。義理ならもらったけど、本気だって言うならいらない。もらうわけにいかない。俺には理恵がいるから」
また、沈黙。
すると突然、ガバッと体を起こす理恵。
あー、急に起きると……。
「くらくら……」
ほら、立ちくらみみたいになってる。だいじょぶかー?
「…… 」
理恵の額に手のひらを当ててやると、小さく悲鳴をあげていた。
そのまましばし目を閉じて、落ち着いたらしく、俺から離れていった。
そして、勉強机の引き出しから、ラッピングされた四角いなにかを取り出し、俺につきだしてきた。
「くれる?」
「あげる」
「そか、ありがとう。お返しはほどほどでな?」
「期待してる」
いそいそと包みを開けて、ふたを開ける。
「……にやにやしてる……」
「そりゃあ、嬉しいからな」
「…………食べさせてあげる?」
「よろしくお願いいたします」
2センチ角くらいの四角いチョコを、指でつまんで、あーん。
ふと、イタズラ心が顔をだして、かわいい幼馴染みの指までぱくり。
「みゃあっ!?」
子猫が驚いたみたいになって、つい、ニヤニヤしてしまう。
そんな俺を見て、ぷくーっと膨れた理恵は、ドスッとベッドに飛び乗って、
「……はい、あーん……」
なんと、俺の目の前でくつ下脱いで、足の指でチョコをつまんで、差し出してきた。
俺、しばし呆然。
理恵、片足上げてる姿勢がつらいのか、プルプルさせながら、だんだん顔を赤くしていった。
やはり恥ずかしいらしい。
「……あし、つかれる……」
「あ、すまん」
泣きそうな声の理恵の、上げたままの足を両手でつかんで、チョコと一緒に足の指もぱくり。
「みゃあーーーっ!?」
子猫みたいな声をだして、仰向けでじたばた。
いや、だからって、しばらくは離しませんよ?
人をドキドキさせたお返しだ。存分にドキドキしてもらおうか。
「……………… ………………」
あんまり調子に乗った俺は、消え入りそうな声で泣きべそかきはじめた幼馴染みを、必死こいて慰めるハメになった。
…………泣いてる理恵もかわいいと思ってしまった俺は、もうどっかおかしいのかもしれんね?
その日の夕飯に、赤飯炊かれた。解せぬ。
次の日理恵に聞いたら、理恵の夕飯も赤飯だったという。解せぬ。