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蕎麦うどんの作品

もも

作者: SSの会

 こんな夢を見る。


 場面はいつもの桃農園。僕の目線は普段より少し高くなっている、気がする。

 休みに入ってもう四週間。お盆に入ってさらに暑くなったと思う。

 ジリジリ。じりじり。何かに蝕まれているように。

「クリタくん、こんにちは」

 赤みを帯びた長い髪が、声を弾ませた。

 僕が暑さにやられて変なのか、それとも彼女がそういった情にさせているのか。わからない。けど、何度か会ったような気はするんだ。

「よく会うね、私たち」

「……そうだね。たしかに初めて会ったはずなのに、どこか、どこかで会ったような気がしてならない」

 ちょうど目の前に桃が成っている。梅雨が長続きしたことで満足いくできにはなっていないが、そうだな……三つほど彼女の頭に乗っければ、僕と同じくらいの目線になるのかな。

 ちょこんとした出で立ちも相まって、白いワンピースがとても似合っている彼女。それをさらに魅力的に見せようとしてか、太陽が彼女を背後から刺すかの如く鋭さを強めた。

「私がどこの子かわかる?」

 僕の顔を覗き込んできた。

「わからないけど、おおよそ、こんなど田舎で僕と何回か会って……ると仮定すると、昔、俺が生まれてすぐこの村から出て行ったんじゃないかって思うけど」

 言葉に困ったが続けた。

「だから正確には、正解はわからない」

 続けた。

「君はどこに住んでたの?」

「だいたい合ってるから言わないよー。正解ってところかな」

 なんだそりゃ。思わず溢れた言葉だ。彼女はいたずらに笑みを落とした。

「私は『モモ』ちゃん。歳は……君と同じくらい。クリタくんは度々、私を忘れるんだよねー」

 彼女は軽々とした音を鳴らすように駆け、背伸びをしながら桃をもいだ。あの身長で手に取ることができただろうか。一瞬思ったが、そんなことはどうでもよくなった。

「うぇー。甘くない……。水っぽすぎる……」

「今年は梅雨続きで甘くないし、美味しくないよ。おじいが今からくるから、もう殆ど収穫しちゃう」

「え? そうなの? でもこんなだと買い取ってくれるところもいないし、桃にうるさい人たちが食べたら文句の嵐だよ」

「うーん……どうするんだろ。捨てるか炭の足しにでもするんじゃないかな」

 ぼんやりと、そんなことを言っていたような気がしたから、僕も一つもいで言葉を返した。本当に陽にやられたのか、うっすらとしか思い出せない。彼女がどういった人間なのか、僕は“正確には”何をしにきたのかもぼんやりとしか。

 フワフワ。ふわふわ。浮いたような感覚だ。

「……この子たちもかわいそうだけど、やっぱ必要とされていないなら、そうなるのかな」

 小さく齧った桃を、彼女は何とも取れない表情で見つめた。

 かわいそう、悲しい。仕方ない、当然。

 さっと吹いた風に身を任せ、彼女の感情が流されていったようだ。

 桃というのは手間がかかる。苗を植えて三年。やっと実ができる。でもまだその出来は未熟。経験を積んでやっと甘味に、そして潤いを宿すかどうか。

 そもそもが繊細なものだ。水をあげすぎても、やらなさすぎても腐る。日照りが強くても弱くてもだめ。うまくいけば、それは作り手の手間暇の問題もあるが、桃自身が頑張った結果だ。僕はそう思う。

「この桃は焼くの? それとも埋める? はたまた水底にバイバイ?」

「知らないよ。僕も本当に捨てるのかなんてわからないし。でも、そんな気はするんだ」

 今さらだが、今の僕は下に目線を向けることができないことに気づいた。

 この時点で、これは夢だということに気づいた。通りで彼女についても、僕自身に関してもぼんやりするわけだ。

 瞬間だった。

 彼女は悟ったようにこういった。

「そろそろ帰らないと。久しぶりに会えて良かったよ」

 寂しそうに続けた。

「今度はいつ会えるかわからないね。まあ、あんまり会わない方がいいのかもしれないけど」

 続ける。

「この子たち、次は元気に育つといいね」

 それは玉露が垂れたような爽やかさと寂しさが詰まっていた。


 * * *


 こんな夢を見た。


 名も知らない少女が、桃の木からひょこっと顔を出し、はにかんだ。

 少女は時には青葉を駆け回り、雨が燻った時には隠れるように顔を濡らした。

 そして、決まってこれが夢だと気づくと、誰かに呼ばれたようにふっと消える。

 長く眠っている間、幾度と彼女を見かけ、次第にすぐそこにいるような感覚を得た。

 どれほど眠っていたかはわからない。しかし、その間に悲しいことが起きていたことは不思議とわかる。そういうことをしていたから。

 元気になったら種を蒔こうと思う。何を蒔くかは決めている。年月が経とうとも、立派に、元気に育ててやりたい。

 ズキズキ。ずきずき。蝕まれた箇所は腐りかけているというのに、痛みが走る。

 こんな時は、彼女に会いたい。

 彼女はまた「あまり会わない方がいい」と言うだろうな。

 でも、次はいっぱい喜ぶようなことをしてあげたいし、言いたいこともある。だから許してほしい。

 瞼も重くなってきた。

 今日も彼女に会えることを祈っている。

 おやすみなさい。



(終)

 ここまで読んでいただきありがとうございました。

 この作品はSSの会メンバーの作品になります。


作者:蕎麦うどん

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