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新年クリスマスシリーズ

サンタクロースの担当範囲のその外側へ

作者: 紅蓮グレン

「ピエールさん、何で毎年毎年ぎっくり腰になるんですか! プレゼント配れてないですよ!」

「静かにせんか、アカハナ。ワシはもう歳なんじゃ。ぎっくり腰は仕方ないじゃろう。」


 家の中に響く2つの声。初代サンタクロースでサンタクロースの起源でもある聖ニコラオスの子孫であり、第97代目サンタクロースであるサンタ・ピエールと相棒トナカイのアカハナは、サンタの家で相も変わらず言い争いを繰り広げていた。クリスマスはとっくに通り過ぎているが、ピエールの家にはプレゼント依頼の手紙が山と積まれている。


「毎年子供たちの頼みを無視して……そのうち愛想尽かされちゃったらどうするんですか!」

「大声を出すな、アカハナ。腰に響くじゃろう。今年に限ったことで言えば、フィンランド担当のヨウルプッキとヨーロッパ全土担当のファーザー・クリスマスが仕事をしとるからヨーロッパは問題ないじゃろう。」

「そういうことを言いたいんじゃないですよ!」


 ピエールとアカハナが言い争いを続けていると、突然少女の声が割り込んできた。


「私の担当するロシアはまだだから大問題なんですよ、ピエールおじ様。」


 ピエールたちが声のした方に目を向けると、そこには青いロングコートを着た少女がいた。ロシア全土にプレゼントを配る霜の精霊、ジェド・マロースの孫娘であるスネグーラチカだ。


「スネグーラチカか。ジェドは何をしているのじゃ?」

「お爺様ならぎっくり腰で動けなくなりました。」

「だからといって、ワシに恨み言を言うのはお門違いというものじゃぞ。そもそもロシアはワシの担当範囲外じゃ。」

「恨み言を言いに来た訳ではありません。担当範囲の話をする気もありません。代行をすでにファーザー・クリスマスおじ様、ヨウルプッキおじ様に頼みましたが両名ともに担当範囲ではない、の一言でバッサリ切り捨てられました。オランダの司祭様やイタリアの魔女様も同様です。ということで、望み薄と感じながらもここに来ました。しかし、ピエールおじ様もぎっくり腰ではどうしようもありませんね……」


 あからさまに落胆した顔になるスネグーラチカ。すると、その顔を見たピエールがニヤリと笑った。


「どうしたんですか、ピエールさん。気味の悪い顔をして。」

「人聞きの悪いことを言うな、アカハナ。ワシは遠路はるばる来たスネグーラチカの悩みを解決する策を思い付いたんじゃよ。」

「ロシアの子供たちにプレゼントを配る方法があるんですか?」

「うむ。その通りじゃ。アカハナ、少し耳を貸せ。」


 ピエールはアカハナに何かを耳打ちする。するとアカハナは、ピエールと同じようにニヤリと笑い、自分の体にそりを括りつけると夜空へと走り去っていった。


「ピエールおじ様、アカハナさんに何を頼んだんですか?」

「なに、ちょっとした野暮用じゃよ。」


 ピエールは怪しげな笑みを浮かべたまま返答した。


              ☆  ☆  ☆


「えーっと、確かこの辺だったような……」


 北極のサンタの家から空を駆けたアカハナは、日本の上空でとある人物の家を探していた。


「あ、あった。あそこだ。」


 しばらく駆けた後、ようやく目的人物の家を見つけたアカハナは、減速せずにそこに向かって一直線に突撃し、窓を突き破った。


 ――ガッシャーン!


 凄まじい音が鳴り、窓が粉々に砕け散る。壁の一部も吹き飛び、部屋は半壊状態になった。そこでは一人の青年が、げんなりとした表情を浮かべている。


「久しぶり!」

「アカハナ……今年もそりごと突っ込んで部屋を破壊したことに関する謝罪はないんだね……どうせ朝になったら勝手に直るし、アカハナを空中で止めることに関してはもう諦めてるからそれ自体は構わないけどさ。」


 青年、笠原和敏かさはらかずとしは呆れたように言った。和敏はサンタクロースの大ファンであり、今までに何度かプレゼント配りを手伝った経験者だ。尚、ピエールは和敏を後継者として周囲に吹聴して回っている為、彼は毎年クリスマスが近くなると各国のプレゼント配り担当者からスカウトが殺到するという迷惑極まりない状況に置かれている。


「今年もプレゼント配りの手伝いを頼みたいんだけど。」

「今年は配り終わってるよね? クリスマスの夜に空飛んでるアカハナ見たんだけど……」

「ああ、日本はどうにかして終わらせたよ……俺が。」

「何で他国のプレゼント配りを僕に頼むの? ピエールさんが無理ならファーザー・クリスマスさんとかに頼めば?」

「もう断られてるんだよ。頼れるのは和敏君しかいない。」

「……念の為聞きたいんだけど、どこの国?」

「世界最大、日本の45倍以上の国土面積を誇るロシア連邦だよ!」

「ロシアならジェド・マロースさんがいるでしょ?」

「ジェドさんはぎっくり腰。他の担当者に頼みに行ったものの軒並み断られて、どうにもならないってスネグーラチカが泣きついてきたんだけど、ピエールさんも生憎ぎっくり腰でね。」

「何でそうも毎年毎年ぎっくり腰になるのさ……」


 溜息を吐く和敏。


「そんなこと俺にだって分からないよ。で、どう? 手伝ってくれる?」

「僕が断ったらどうなるの?」

「ロシア全土の子のもとへスネグーラチカが徒歩で配りにいくことになるかな。因みにピエールさんは、良い事を思い付いた、とか言ってスネグーラチカを安心させていたよ。笑えるよね、和敏君が手伝ってくれるっていう確約も取ってないのに。」

「全っ然笑えないよ! ……はあ、でももう言っちゃんたんでしょ? ピエールさんを嘘吐きにする訳にもいかないし、スネグーラチカも気の毒だし……手伝うよ。」


 和敏は諦めの境地に至ったような顔をしながら、位置関係上今年も難を逃れたクローゼットからサンタの服を取り出して着用。続いて付け髭を装着すると、ポケットに秘密兵器を入れた。


「またアレをやる気なんだ。」

「このくらいしたって罰は当たらないでしょ。じゃあ、ピエールさんのところに行こうか。」

「了解!」


 アカハナは和敏をそりに乗せると、猛スピードで北極へと駆けだした。


              ☆  ☆  ☆


「カズトシ様、申し訳ありません。こんなことの呼び出しにわざわざ応えて頂いて……」

「いや、スネグーラチカは謝らないでいいよ。別に誰が悪いって訳じゃないんだし。」

「そうじゃ。強いて言うならこの時期にぎっくり腰で動けなくなったジェドが悪い。」

「それを言うなら、同じくぎっくり腰になって代行できないピエールさんも悪いってことになりますよ? そもそも和敏君のサンタ愛を利用して、約束もしてないのに勝手に請け負って断れない状況を作ってから俺に迎えに行かせている時点で悪人じゃないですか。」

「アカハナ、そんなことを話しとったら年が明けるぞ。その前に手伝ってやるのじゃ。ワシは動けんが、ここで応援しておる。」


 クッションに座ってのほほんと言うピエール。和敏、スネグーラチカ、アカハナの冷たい視線が突き刺さるが、ピエールは気にも留めない。


「ではアカハナさん、すみませんがよろしくお願いします。」

「はいよっと。じゃあ和敏君もスネグーラチカも乗って! 音速でぶっ飛ばすから!」


 和敏とスネグーラチカを急かし、2人がそりに乗ったことを確認したアカハナは全速力で夜空へと駆けだした。


              ☆  ☆  ☆


「アカハナさん、次はそこのお家です。その次は向こうで、その次はこっちです。」


 スネグーラチカがナビゲートしながらプレゼントを取り出し、和敏がそれを子供たちの枕元へと運ぶ。アカハナのサポートもあり何とかプレゼントを配り終えたが、その時にはもう空が白み始めていた。


「ここで最後です、アカハナさん。」


 スネグーラチカが最後のプレゼントを取り出し、和敏に渡す。和敏は滑り落ちないように気をつけながら煙突から家に入り、最後のプレゼントを枕元に置くと急いで退散した。


「お疲れ様でした、アカハナさん、カズトシ様。」


 スネグーラチカがぺこりと頭を下げる。和敏は疲れ果てていたため声も出せず、手の平をひらひらと振ることで答えた。


「和敏君はちょっと休んでて。まだ恒例行事が残ってるんだから!」

「カズトシ様、私からのクリスマスプレゼントです。これを飲んで北極に着くまでは横になってください。」


 スネグーラチカは温かいハーブティーと枕を取り出して和敏に差し出した。彼女の指先はハーブティーの熱で少し溶けている。


「す、スネグーラチカ、溶けちゃってるよ……大丈夫なの?」


 その指の状態を心配した和敏が声をかけると、スネグーラチカは微笑んで頷いた。


「このくらいでしたらすぐに元通りになりますので、ご心配には及びません。しかし、今ばかりはこの身体が恨めしいですね……もし雪でできていないのであれば、カズトシ様と温かいハーブティーを飲むことも、膝枕をして差し上げることも可能でしたのに……」


 悔しそうに少し下唇を噛んで呟くスネグーラチカ。スネグーラチカは霜の精霊ジェド・マロースの孫娘というだけあり、その身体は雪で形成されている。故に、温かいもののみならず人間の体温程度の熱でも溶けてしまう。


「まあまあ、それはしょうがないと思って割り切った方が良いよ。悔やんだところでどうこうなるものでもないしさ。」

「それはそうですが、何だか能天気トナカイのアカハナさんに言われると釈然としませんね……」

「ナチュラルにバカにされたような気がするなぁ……」


 アカハナはぶつぶつ言いながらもゆっくりと北極に向かって走り始めた。


              ☆  ☆  ☆


「去年と同じく寝ているね、ピエールさん。」


 そして北極、サンタの家の前。窓から中を覗くと、昨年と同じく暖炉の前でクッションに座り、船を漕いでいるピエールの姿が見えた。


「応援している、とか言っていましたがあの言葉は何だったんでしょうか?」

「夢の中で応援してるんじゃないかな? ……多分。」

「もうフォローする気にもなれないんだね……まあいいや。サクッと恒例行事を済ませようか。」


 和敏はサンタの家に入り、ポケットに入っていた秘密兵器、即ちクラッカーを取り出すと、躊躇いなく紐を引っ張る。パーンと小気味よい爆発音が鳴った。その音に驚いたのか、昨年同様一瞬で目を覚ましたピエールは、


「おわっ!」


 と叫んでクッションごとひっくり返った。


「和敏君、今年もいきなりクラッカーか……」

「クラッカーは挨拶じゃないですか? ねえ?」


 和敏がスネグーラチカとアカハナに同意を求めると、1人と1頭は、


「そうですね。クラッカーを鳴らすことも挨拶の一種と捉えて問題ないかと。」

「和敏君の中では【ピエールさんとの挨拶=クラッカーを鳴らす】っていう方程式が完成してるからね。」


 と全面的に同意。残念ながらピエールの味方はいなかった。


「まあ、しかし無事帰ってきたということは、プレゼント配りはイレギュラーなく終わった、ということじゃな。」

「こんな状況に出っくわしてる時点で十分すぎるくらいイレギュラーですよ……」

「和敏君、それは仕方ないと諦めるんじゃ。ワシの後継者なんじゃからな。」

「正式に後継者になった覚えはないんですが……」

「正式も何も、サンタクロースはワシなんじゃから、ワシが言えばそれはもう確定したようなものじゃ。それはそうと、今年もご苦労じゃったな、和敏君。手を出してくれ。」


 言われた通り手を出した和敏に、ピエールはスマートフォンを渡した。と同時に、着信音が鳴り響く。


「も、もしもし?」


 反射的に通話に出る和敏。


『おお、カズトシ・カサハラではないかね?』

「え、えっと……?」

『我はジェド・マロース。カズトシ・カサハラよ、スネグーラチカが世話になっておるな。』

「い、いえ……寧ろこちらがお世話になりっぱなしっていう感じで……」

『うむ、その謙虚な姿勢も好感が持てる。どうだね? そろそろ正式にスネグーラチカへの婿入りの準備を進めては?』

「あ、えっと、その……」


 ジェド・マロースからの怒涛の攻撃に和敏が戸惑っていると、スネグーラチカがスマートフォンを和敏の手から取り上げた。そして、


「お爺様! 私はまだ結婚する気はありません!」


 と怒鳴る。しかし、慌てて取り上げた為かスネグーラチカの指がスピーカーフォンのボタンに触れており、結果……


『おや、まだ、ということは……』


 というジェドの声が部屋中に響き渡ることになった。さらにジェドは、


『スネグーラチカよ、カズトシ・カサハラにいずれ我が家に顔を出すように伝えておくとよい。』


 と続けると、電話を切った。沈黙が部屋を包む中、地の底から響くような声で和敏が一言放つ。


「ピエールさん……謀りましたね……?」


 思わずスネグーラチカとアカハナが震えあがる程の冷徹な声。しかし、それに対しピエールは動じることなく返す。


「うむ、昨年はジェドの気をもむことで苦労してもらおうと考えておったんじゃが、ジェドが予想以上に寛大での。あまり苦労しなかったということに気付いたんじゃ。じゃから、今年は確実に苦労できるようジェドに色々と吹き込んでおいた。これで確実に苦労できるの。」


 このピエールの返答を聞いた和敏はもう我慢の限界だった。窓を全開にして思い切り叫ぶ。


「ああああああ! だから、サンタクロースだから散々苦労すとかダジャレで済ませようとすんじゃねえよコノヤロー!」


 またしても和敏の絶叫が北極の空に響き渡るのだった……

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