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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

死出山怪奇譚集

死出山怪奇譚集番外編 父の手紙

作者: 無名人


 私は、父親の顔も声も知らない。何故ならば産まれる前に亡くなってしまったからだ。優しかったおばあちゃんの息子で、母親の隣に居た父親の何を私は知っていたのだろう。

 昔誰かから聞いた話だと、私とよく似ていたそうだ。そして性格は、息子の優太と似ている。だが、それを確かめる術は残念ながらなかった。


 

 夏がもうすぐ近づく日の事だった。私は押し入れの中を片付けていた。私が引っ越した時に中身も知らずに移動させたものがあったのでその中身を確認しようと思ったのだ。しばらくそれをしていると、古い服の中から、固いものがあった。

「ラジオ…?」 

どうやらそれは、古びた黒いラジオのようだった。その隣には紺色の着物が綺麗に畳まれてある。

 私はそのラジオを妻の志保に渡した。志保は音が鳴るかとしばらくラジオを弄っていたが、すぐに私に返した。

「これ壊れているじゃない」

「そうか…、なら捨てるしかないな」

私はそのラジオを家電量販店の回収箱の中に入れて、戻ってきた。




 翌朝、私は妙な音で目を覚ました。玄関に出ると、私が捨てたはずのラジオがこちらを向いていた。ダイヤルは『808』、日付にすると八月八日、父親の誕生日に合わさっている。だが、その番号の局はなかったし、志保もそう合わせた記憶はないと言った。

「捨てたはずのラジオが戻ってきたって事?」

「ああ、妙な事にね」

私はダイヤルを回したり、アンテナを動かしてみたがやはり音は鳴らなかった。

「私のお母さん達なら、お義父さんの事知ってたりするのかな」

「ああ、今度来た時に聞いてみるか」

志保は仕事を思い出したらしく、私との話が終わると自分の部屋に篭ってしまった。



 私は仏壇の前にそのラジオを置く事にした。目の前には亡くなった両親、それから祖父母の写真、皆生前の笑った顔でこちらを向いている。

 その時、私は生前に母親から父親の話を聞かなかったことを後悔した。おばあちゃんも息子の事をあまり語らなかった。私は父親よりも、祖父によく似た性格だと言われた事があるだけだった。

「そういえば志保が言ってたな…、優太の名前は父から貰ったんだって」

私が振り向くと、幼い息子の優太が遊んでいる。優太の優は、私の父親の名前の優介から貰ったそうだった。



 実を言うと私は、狂気から覚めた後に人ならざるものが視えるようになってしまった。人ならざるものに長い間触れていたせいだろうか、時々似たような気配を感じる。


 狂気から覚めて初めて家族の墓参りに言った時、背後から声を掛けられたような気がした。それ以降、そういうものが時折家の前を横切る事もあるのに気づいている。だが、私の気配が怖いのか、視えたとしてもすぐに消えてしまう事が多かった。


 それでも父親が私の前に現れたことはなかった。もうこの世に未練はないのだろうか。夢にも現れるのかと期待はしているのだが、そこまで強い願いではないせいか見た覚えはなかった。




 そんなある日の事だった。志保の両親が私の家を訪ねてきた。突然の来客に私が驚いていると、志保が現れてこう言った。

「お父さん、お母さん、どうして急に?」

「ええ、急に会いたくなってね」

二人は玄関を上がって居間に通された。そして座ると、私にこう言う。

「ここにアルバムあったでしょ、茂吉さんね、カメラ好きだったから是非見たくてね」

茂吉、私の祖父の名前だった。そういえば私も優太と同じで祖父の名前から貰った名前だった。



 私は志保に頼まれてそのアルバムを持って来た。幾つものアルバムをめくりながら集めていると、その中の一つから何かが落ちてきた。それを拾い上げると、どうやら手紙のようだった。私も写真が好きでよくアルバムを眺めているが、これを見たのは初めてだった。

「手紙…?」

「どうしたの?」

「いや、見た事ない手紙が入っているから」

私はその手紙と一緒にアルバムを持っていく事にした。



 志保の両親も、そのアルバムを懐かしそうに眺めていた。その中には、私達が知らない写真もある。

「でもごめんなさいね、休日に突然押しかけてきて」

「いや、いいんですよ。丁度私もお二方にお伺いしたい事がありましたので」

「茂さんが、私達に聞きたい事があるって珍しいわね?」

「ええ、私の父親の生前について、何かご存知ですか?」

二人はしばらく考えていると、目の前の手紙を見て驚いた。

「その手紙、優介さんの字じゃない!」

「優介さんって、茂のお父さんの?」

「ええ、懐かしいわね。この手紙がここにあるってことは、もしかして絵里に渡したものじゃいかしら?」

「じゃあ、茂の両親のラブレターって事?」

志保は思わずドキドキしながら、目の前にある既に開いた封筒の中を開けた。



 封筒の中には一枚の写真と手紙が入っていた。写真は秋祭りのもので、紺色の着物の男性と、隣に女性が写っている。女性の方は、若かりし日の母親だとすぐに気づいた。

「じゃあ紺色の着物の人が茂のお父さんなの?本当にそっくりなのね!」

確かに志保の言う通りだった。まるで生き写しのように私と生前の父親はよく似ていた。


 そして手紙の方は、元気がない字で書かれてあった。志保は最初はラブレターと思ってワクワクながらその内容を見ていたのだが、よくよく見るとそれは恋というよりも遺書のようなものになっていた。どうやら、父親が亡くなる直前に書いたもののようだった。



『絵理へ

一か月前の秋祭りは本当に楽しかった。また梨花や仲間達と一緒に出掛けられると思ったが、容態が悪化してそれどころではなくなってしまった。これが最後のお出かけだったかもしれない。冬に近づいているからただでさえ出かけられないのに、ますます動けなくなっていく。


 ようやく結婚出来たというのに、僕は何度も持病で倒れて、迷惑をかけてばかりだった。父親の着物が着たいが為に秋祭りに出掛けた時も、僕のわがままに付き合ってくれて嬉しかった。だが、もうわがままは言えなくなってしまった。僕達の子供に会う事も残念ながら叶わないかもしれない。


 これをメールで書こうと思ったが、手紙の方が良いと思ったのは、自分でも最期が近づいているのを分かっているかもしれない。


 子供が産まれたら、僕の事は気にせずに可愛がってほしい。もうその頃には僕は居ないだろうから、寂しがらずにその子供を離さないで過ごして。


 僕が死ぬ前にもう一度会えたら嬉しいかな 優介より』



 手紙を読んだ私は、それを折り畳んでもう一度写真を見た。写真の中の父親は、笑いながらもどこか苦しそうだった。

「そっか、自分が苦しいのに茂の事を思っていたんだね」

「優介さんは自分が苦しい時でも人の事を思いやれる人だったわ。」

志保の母親、梨花さんはそう言っていた。手紙にも名前が出ていたから親しくしていたのだろうか。

「年下だけど、仲良くしていたのよ。まさか今の志保よりも若くして亡くなるとは思ってもいなかった。茂さんとは違って機械の事が得意でね、あのラジオも自分で組み立てたんじゃなかったらしら。」

その目線の先にはあの黒いラジオがあった。やはりあれは父親のものだったのか、年期は入っているが、そこまで古いものではない。もしかすると、その中には父親の思念が残っていたのかもしれない。

「ああ、優介には僕も何度かお世話になったよ、『俊明』『優介』ってお互いに呼び捨てにするくらい仲良くしていた。それなのに、何も言わずに死んでしまうなんて、あの時は驚いたよ…。」

志保の両親は私の父親とかなり親しい間柄だった事を初めて知った。その後も、私の知らない父親の話や昔の事を色々聞かせてくれた。倒れた時に病院に運び込んだ事、死出山に居るもの同士仲良くしていた事、お葬式には慌てて囲んだ事、どれも二人にとって思い出深い事ばかりだった。



 志保の両親が帰った後、私は父親の着物を着て写真を撮ってもらった。そして二枚の写真を並べる。確かに、私は亡くなった父親によく似ているのだと思った。

 そして私は、今日の話を父親に話した。私よりも若くして亡くなった父親は、私以上に様々な思い出を残してくれたようだった。私は、父親よりも長く生きているが、同じように思い出に残る存在になっているのだろうか。


 その話が終わって立ち上がろうとした時、背後から声が聞こえた。

『大きくなったね、茂』

私は思わず振り向いたが、誰も居なかった。聞いた事ない声だったが、ひよっとして父親の声だったのだろうか。

「父さんは、私をずっと見守っていてくれていたのだろうか…」

私は立ち上がって着物を普段のものに着替えると、手紙を仏壇の引き出しに入れて部屋を出ていった。




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