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3/11

 王座の国王はまだ壮年であったが、一気に老人になったかのような嗄れた声で、自分の3番目の息子に問うた。

 「今、何と言った?」

 「ですから、蝶が消えました。これで、あの忌々しいセリーヌとやっと婚約破棄ができます。その許可をいただきたい、と」

 「いつ、蝶が消えたのだ?」

 「さあ?私の蝶は背中にあったので、気がつきませんでした。昨夜、カトリナに指摘されて」

 「謹慎中なのに、女を引きこんだのか!?セリーヌ嬢をあのような目にあわせておきながら!!」

 激怒した国王だが、しかし、すぐに身を震わせた。

 「く、くる…!」

 国王の傍らに控えていた重臣たちも、そろって蒼白になった。

 「き、きますぞっ!必ずや、きますぞっ!」

 「ちょ、蝶代えになったからには、お、おそらくナシアスが…!」


 ここは、ナシアスの北にある小国群の1国リザ。ナシアスと隣接する国々がそうであるように、リザもナシアスの豊饒の大地の地続きゆえに、その影響を受けることができた。肥えた土地と穀物や作物の実りは、小国ながらリザを立派な農業王国としてくれた。

 「こ、国境から早馬はあったか?」

 国王は、体をカタカタと揺らして側近の腕をつかむ。青ざめた顔の側近は首を横にふったが、安堵はできない。

 「どの王子がくるのだ!?」

 「まさか、まさか、レイシス王子ではあるまいな?」

 「不吉なことを言うな!国が滅びる!」

 「あの悪魔は、冷酷で慈悲がないのだぞ!」

 血の気を失った重臣たちが喧喧囂囂とするなか、第3王子マイルスだけがきょとんと立っている。

 「レイシス王子とは、千の耳と千の目を持っていると言われる、あの英邁な?」

 「それは表の顔だ。裏の顔は苛烈な魔王だ」

 父親に怒鳴られるが、マイルスには、何故皆が形相をかえて右往左往するのか理由がわからない。

 「どうして皆、おびえているのですか?」

 「愚か者!教育を受けておらぬのか!?よいか、ナイジェル王子の番の母国は、ナシアスから国交を断絶されたのだぞ。ナシアスに切られたとなれば、他の国々からも相手にされなくなる。あの国は、交易の要として繁栄してきた国だ。もはや、衰退の道しか残っておらぬ。ましてや我が国は、ナシアスの豊饒のおこぼれをもらって成り立っている国ぞ。ナシアスを怒らせて、無事にすむはずもない」

 「だから何故、ナシアスが怒るのですか?」

 「お前が蝶を失ったからだ!あれほどセリーヌを大切にしろ、と口を酸っぱくして言ってきたのに!もしも、蝶代えがレイシス王子ならば、あの悪魔はーー」

 「悪魔は?」

 部屋に、凛とした涼やかな声が響いた。

 竜の爪で心臓を鷲掴みにされたかのように、部屋にいる全員が硬直する。恐ろしすぎて振り返りたくなかったが、それでも、ぎくしゃくと国王は扉のほうへ顔を向けた。

 最悪にして最凶の頭脳の主にして、生きて動いていることに感動するほどの圧倒的な美貌の王子、レイシスがそこにいた。

 ただちに国王は膝をついた。重臣たちも。マイルスだけが、レイシスの美貌に驚愕したまま、口と目をポカンと開けて立っていた。

 ゴキンッッ!!!

 骨の折れる音とともに、マイルスの体が壁まで吹っ飛んだ。

 無言でマイルスに近づいたレイシスは、拳を1発マイルスに叩きこむと、もう後も見ずに部屋から出ていく。その目は、蝶だけを見ていた。

 国王たちは、腰がぬけたかのように、震えてレイシスを見送った。そこへ、兵士が一人飛びこんできた。

 「城の、城のまわりを数万の軍勢が…っ!!」

 「ああ、わかっておる。リザはおしまいだ」

 国王は、顔を変形させて血を流して呻く息子を見て、弱々しく呟いた。


 セリーヌ・ザイン。

 口の中で、レイシスは番の名前を噛みしめる。その名を呼ぶだけで、口が甘露で満たされるようだった。

 すでに、リザ国に潜入させていた者たちの報告で、セリーヌの身に何があったのか、レイシスは知っていた。

 セリーヌとマイルスは、幼い頃はとても仲がよかったそうだ。

 幼少時に、花と蝶が宿り、この吉事に周囲は二人を婚約させた。

 しかし、成長するにつれ、セリーヌは美しく優秀になり、マイルスはそうはならなかった。努力を嫌うマイルスは、ただただ楽なほうへと流れ、顔と地位だけはあったので女性を侍らせ、称賛され、おだてられることを好んだ。

 国王はマイルスを諌め続け、セリーヌに対しては、マイルスの素行の悪さを謝罪するため、何より、女神の花を大切にするために、王宮内に美しい部屋を与え重きをおいた。

 それが余計にマイルスを、嫉妬させた。穏やかで優しいセリーヌは、常にマイルスを立てたが、マイルスの心には、もはや愛情ではなく嫉妬心だけが育っていった。

 事件が起こったのは、セリーヌが16歳になった時だった。

 マイルスが手をつけた女官が、セリーヌの顔に酸をかけたのだ。とっさに、右手で目をかばったので目だけは無事だったが、右頬から顎、首筋にかけて肌が変色し、右手の中指と人差し指は酸でとけて癒着した。

 そのセリーヌを見て、マイルスは嘲笑った。

 国王は激怒して、マイルスを謹慎させたのは20日前のことだった。

 そして、今。

 レイシスは、王宮内の治療室の前に立っていた。

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[一言] ん?  浮気相手の女官が酸をかけたの? 王子とセリーヌ嬢が相思相愛ではないのは知ってるのに かける意味がないというか、婉曲な自殺行為というか。 いやだって、速攻で処刑案件じゃないですか。 た…
[良い点] 花至上主義の溺愛体制。 [気になる点] 番以外と血をつなぐためだけの愛のない結婚をした王族がどれだけいたか。 絶対に自分を愛さない、愛する可能性すらゼロの相手と結婚するのは、いくら政略結婚…
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